「せっかくの休日に、まさか一日中家で、ダンゴムシみたいにゴロゴロ丸まってたこともないだろ」

 ダ、ダンゴムシ!?
 もっと他の言い方はないの?

「私のプライベートはどうだっていいでしょう。それより、血圧を計るからさっさと腕出して下さい」

「雫、もしかして本当に彼氏がいるのか?」

「……え」

 同じ病室の三人が、テレビや新聞を見ながら明らかに聞き耳を立てている。

「だから、私のプライベートはどうだっていいでしょう」

 私は彼の腕を掴み、血圧を計った。

「えっ?また高めだよ!百四十八の八十三もあるんだけど」

「だから、美人ナースに触られてドキドキしてるんだよ。ほら、胸触ってみる?心臓バックバクだから」

 彼は厚い胸板を突きだし、子供みたいにニンマリ笑った。体は大人だが、精神年齢はまるで子供だ。

 や、やめてよね。
 そういう行為も、セクハラなんだから。

 唇を盗んだ憎き彼の笑顔が、可愛いと思えるなんて、私は毒牙に犯され幻覚を見せられているに過ぎない。

 そんな目で私を見ないでよ。
 私の方がドキドキしてるんだからね。

「雫の血圧も計ってやろうか?俺さ、血圧計れるんだぜ。お前、今ドキドキしてるだろう」

「……そ、そんなわけないでしょう」

 否定しながらも、私の顔は火照っている。

 ――図星だよ。

「俺さ、右腕めっちゃ痛いんだよ。これって瘢痕《はんこん》残るかな?」

「残念だけど瘢痕は残ります。熱傷の範囲が広かったから、ある程度は仕方がないですね。でも、顔じゃなくてよかったですね」

「はぁ……やっぱ……瘢痕が残るんだ。お婿に行けないな」

「はい?お婿……ですか?」

 私は彼の発言に、不覚にも笑ってしまった。

 俺様で極悪非道な野獣のくせに、『お婿に行けないな』って、ちょっと笑える。

「あっ!雫が笑った!初めて笑った!ああ良かった。雫を怒らせたまま退院って、後味悪いからな」

 彼はバカみたいに歓喜の声を上げたけど、『怒らせたまま』って、一体誰のせいなのよ。院内で私の同意もなしに、強引にキスするからでしょう。

 彼を睨みつけるものの、目が合うとトクンと鼓動が跳ねる。

 彼に心を奪われそうになった時、ドアが開き怜子が病室に入ってきた。

「おはようございまーす!」

「怜子待ってたんだよ。着替え持って来てくれた?」

「うん。持って来たよ。ごめんね、お店が忙しくて。なかなか来れなくて」

「こっちこそ、忙しいのにごめんな」

 あの野獣から、こんなにも優しい言葉が飛び出すなんて、恋の力は偉大だな。

 室内は怜子の香水の匂いに包まれ、彼女の吐息からはお酒の匂い。店って……やっぱり水商売のようだ。

 二人のやり取りを聞き、我に返る。

 彼には恋人がいたんだ。

 でも、昨日のあの男性は……。

 彼女には愛人がいるのに、どうして彼と二股が出来るのかな。私だったら、絶対に無理だ。

 二人の男性と同時に付き合うなんて、同じ女性としてありえない。