「なんだよ、それ。というか九重《ここのえ》、おまえいつ真田のこと……」
「秋庭に真田が沙織のこと好きだから諦めろって言われたすぐ後くらい」
「ならなんで夏祭りなんて……」
「だから言ったでしょ。ダブルデートのつもりだったんだって。花火が打ち上がる少し前に二手に別れる計画だったの」
「つまりはぐれたのは計算のうちだった、と?」
「あれは偶然。だって秋庭がしぶしぶとはいえ、探しにきてくれるとは思わなかったし」
「……」
「そうだ。お礼になんかおごらせて? 出店のものだったらなんでもいいよ」
「……」
「さっき歩いてた時に焼きそば入りのお好み焼き見つけたんだけど美味しそうだったよ」
「……」
「あ、それとも焼きイカがいい? さっきすれちがった男の人が持ってたやつ、結構肉厚で美味しそうだったなぁ」
「……」
「甘いものがいいならクレープとかあんずアメなんてどう? わたし、あんずアメの数決めるあの機械、やったことないんだよね。もらえる時は一気に5コももらって逆に困っちゃったりすることあるって聞いたんだけど、秋庭、やったことある?」
「……」
 黙り込む秋庭とは対象的に、わたしの口からはサラサラと言葉が流れ出す。
 ふっきれたのと、お祭りの出店でお買い物することへの楽しさがまざり合って、不思議なテンションになっているんだって自分でもわかる。
「なんで過去形なんだよ」
「ん?」
「勝手に終わらせるなよ……」
 やっと口を開いたと思えばそんな分かり切ったことを……。
 だってこんな気持ち、持ち続けても迷惑でしょう?
 そう告げようと口を開けば、わたしの声が出るよりも早く、秋庭が言葉をつなぐ。
「俺はおまえのこと、まだ好きなのに……」
「え?」
 秋庭がわたしのこと好き?
 え、幻聴かな?
 集合場所での秋庭の表情を思い出して、一度頭をクールダウンさせる。
 落ち着け、わたし。
 脳に新鮮な酸素を送りこんでから秋庭とたいじすれば、彼はせきを切ったように反撃を開始する。
「まさか言われてすぐにはいそうですか、って諦めると思わないだろ!」
「いや、だって相手、沙織だし」
「おまえの好意はそのくらいだったのかよ!」
「え、あ、うん。沙織への気持ちがあっしょうした」
「……一年の時から応援してたくせに」
 なんで失恋してキレられなくちゃいけないのか。
 その切っかけを与えたのは確実に秋庭だ。それ以外は考えられないのに。
「沙織と一緒にいた期間の方が長いけど?」
 だからこちらもキレ気味に応戦することにした。
 好きな相手に好きだと打ち明けられた直後にすることではないが、沙織への思いを疑われて黙っていられるほどわたしは大人しくはないのだ。
「時間がそんなに大事かよ」
「密度の方も負けてませんけど!?」
「付き合い、いつからだよ」
「小学生からだけど?」
「それに勝てるのって同じ小学校の男だけじゃねえか」
「小学校からずっと同じクラスの男子なんていないけど?」
「御堂《みどう》、ラスボスすぎんだろ……。いや、待てよ? 過去形であったとしても一度は…………」
「なにいってんの?」
 後半から一気に声が聞き取りづらくなっていく。
 まさか沙織の魅力に気づいたとか!?
 今ごろ真田が頑張っているのに、今さら参戦とかやめてよね。いくら沙織が美人さんだからっていっても、友だち同士で女の子を取り合うとか、それも明らかに遅れをとって参戦とかハッピーエンドを迎えられる気がしない。
 どう転んでも沙織が困るやつじゃん!
 ここは沙織の親友として、きっぱりと諦めていただかなくては! と決心する。なのに秋庭の口から発せられたのは思いもよらない言葉だった。
「九重、好きだ」
「は?」
「おまえの気持ちがもう俺から離れていようと、おまえからもう一回好きだと思ってもらえるように頑張ることにする」
 真っすぐとわたしにだけ伸びた視線。秋庭のこの目に、わたしはほれた。そして今も、もう一度恋を始める背中を押してくれる。
「頑張らなくてもいいよ。だって、まだ……好きだし」
「は? さっき、好きだったって言っただろ?」
「あれはてっかい! 今も好きなの! 文句ある!?」
「ない」
「ならいいじゃん」
「ああ、そうだな」
 初恋は思いを告げることすらかなわなかった。
 そして二度目の恋は……終わることなかった。
 でもこんな告白ってある?
 つられたとはいえ、普通ではないのは確かだ。
「そうだ、九重。連絡先、教えてくれ」
「うん」
 だけどまぁ、こんな始まりがあってもいいんじゃないかな?
 連絡先に加わった秋庭の名前を見つめながら、わたしの胸は花火みたいにはじけるのだった。