教室に帰ると、わたしの帰りを待っていてくれた沙織は一早くわたしのうれしさを隠せていない、気持ち悪い顔に気づいた。
「初香ちゃん、何かいいことあった?」
「え、あ、うん。真田が四人で花火大会に行かないかって」
「あ、わたしも聞かれた! だからね、初香ちゃんに聞こうと思って」
「わたしはいいけど、沙織は? どう?」
「わたしは初香ちゃんがいいなら大賛成だよ!」
「じゃあ放課後にでも返事しに行こうか」
「うん!」
こうして決まった花火大会ダブルデート。いや、そう思ってるのは多分わたしと真田だけだけど、それでも一応ダブルデートなのだ。
当日の天気予報では降水確率40パーセント、なんて中途半端な数字をしめしていたけど、空を見るかぎりは多少雲があるだけで雨の心配はなさそうだ。夕方からは沙織と二人で浴衣を来て、早く約束の時間にならないかとはしゃいだ。カチコチとゆっくりと進む時計の針が妬ましく、けれど止まってしまえばいいとさえ思ってしまう。
沙織の幸せとわたしの可能性、その両方を片方の受け皿に乗せててんびんにかけた。もちろんあの選択は間違ってなかったはずだ。だが今さらになって胸がざわめく。
「初香ちゃん、そろそろ行こうよ」
「うん、そうだね」
止まれ、止まれ。
大きくなるざわめきを必死でおさえながら沙織と手をつなぐ。
小学校で出会った時からずっと一緒だった沙織。わたしがその手をにぎるのはきっと今日で最後になる。だってこの場所は真田のものになるから。
待ち合わせは神社の鳥居の下にある石段で、そこにはすでに真田と秋庭の姿があった。二人のリアクションは真逆で、沙織の浴衣姿にみとれる真田と、わたしがこの場にいることが信じられないとイヤな顔を隠そうともしない秋庭。もちろん口を開いて出た言葉も違う。
「カワイイ……」
簡潔に、けれどもうれしい言葉をかけたのは真田。
「なんでいるんだ……!」
わたしの手を引き、口を耳元によせて話すのが秋庭だ。
秋庭の顔と言ったら本当にイヤそうだった。今までで見た中で一番。それはもうここに来たことを軽く後悔する程度には。
「別にいいでしょ……」
そう返す言葉も弱くなる。
浴衣を着てオシャレして、カワイイって言ってくれるかななんて少しだけ期待していた分、テンションは急降下する。
ふつうに考えれば秋庭がわたしの浴衣姿をほめるわけなどないんだけどさ……。でもこんなに嫌がられるとは露にも思わなかった。
「花火の打ち上げまで時間あるから適当に回ろうか」
不機嫌の秋庭とテンションだだ下がりのわたし。それとは対極に沙織の浴衣姿を拝めた真田は試合で点数を取った時よりはしゃいでいた。
「そうだね。あ、初香ちゃん、わたあめ、わたあめあるよ!」
そして沙織は初めての屋台に子どものように目を輝かせていた。
「沙織、わたし買っ「俺が買ってくるから待ってて」
いつものように買ってくるから待っていてくれとわたしが言うよりも早く真田が沙織をせいして店へと向かう。
ああ、そうだ。今日は真田がいるんだ。
「はい、沙織ちゃん」
「ありがとう」
その姿は沙織の恋人候補の行動としてはほめられるべき行動なのに、役目を取られてしまったことにいら立ちと悲しさを覚える。
「はい、初香ちゃんも」
「あ、ありがとう」
けれど真田はそんなことも知らずに協力者のわたしにまでわたあめをわたしてくる。これは好意と取るべきかはたまた協力を承諾したお礼と取るべきか……。真田と沙織が二人きりになる代わりにわたしと秋庭も二人きりになる、というのは秋庭の態度からしてムリそうだけど何とか決行しなければならなさそうだ。
そう悩んでいるうちに花火の打ち上げ時間は刻一刻と近づいてきた。それに伴っていい場所を確保しようと人々がたくさん押し寄せる。初めは何とか他の三人について行くことが出来ていた。けれど浴衣だからと慣れないゲタを履いているせいか思うようには進めない。
「すいません、すいません」
人を避けて進んで行くと目の前にはもう三人の姿はなかった。
「沙織! 沙織―」
どこにいるの? とさけぶと遠くで「初香ちゃん、初香ちゃん」と沙織がわたしを呼ぶ声がした。けれどそれはあまりにも遠く、いつの間にか聞こえなくなってしまった。
「わ、あ、すいません」
人ごみの中にまぎれて一人、流れにそむいて人探しをするわたしはとても邪魔だ。よくぶつかるわ、舌打ちされるわで散々だ。
「何してんだろ……」
はあっと深いため息が自然とこぼれた。
疲れたなぁ……。そう思い、わき道によけると屋台の裏手に石段を見つけた。
ふだんはあまり来ないから気づけなかったが、近隣住民にはちょうどいい休憩スポットとして知られているのだろう、ちょくちょくとそこに腰かけている人たちが目に入る。わたしもそこに座り、足をぶらつかせる。そして巾着から取り出したスマートフォン片手に悩んだ。
連絡を取るべきかいなか。
わたし一人ではあるが『打ち上げ花火の少し前に別れよう』と真田と打ち合わせした通りにはなっている。今さら連絡したところで、最悪沙織たちは打ち上げ花火を見れずに終わってしまう。だからといって二人きりと三人じゃムードも何もが変わってしまう。
不測の事態だったとはいえ最悪のタイミングで別れてしまったものだとあきれてしまう。
せっかくの花火大会なのに……。
「はぁ……」
下を向いて吐き出したため息は石畳に吸い込まれていった。
「初香ちゃん、何かいいことあった?」
「え、あ、うん。真田が四人で花火大会に行かないかって」
「あ、わたしも聞かれた! だからね、初香ちゃんに聞こうと思って」
「わたしはいいけど、沙織は? どう?」
「わたしは初香ちゃんがいいなら大賛成だよ!」
「じゃあ放課後にでも返事しに行こうか」
「うん!」
こうして決まった花火大会ダブルデート。いや、そう思ってるのは多分わたしと真田だけだけど、それでも一応ダブルデートなのだ。
当日の天気予報では降水確率40パーセント、なんて中途半端な数字をしめしていたけど、空を見るかぎりは多少雲があるだけで雨の心配はなさそうだ。夕方からは沙織と二人で浴衣を来て、早く約束の時間にならないかとはしゃいだ。カチコチとゆっくりと進む時計の針が妬ましく、けれど止まってしまえばいいとさえ思ってしまう。
沙織の幸せとわたしの可能性、その両方を片方の受け皿に乗せててんびんにかけた。もちろんあの選択は間違ってなかったはずだ。だが今さらになって胸がざわめく。
「初香ちゃん、そろそろ行こうよ」
「うん、そうだね」
止まれ、止まれ。
大きくなるざわめきを必死でおさえながら沙織と手をつなぐ。
小学校で出会った時からずっと一緒だった沙織。わたしがその手をにぎるのはきっと今日で最後になる。だってこの場所は真田のものになるから。
待ち合わせは神社の鳥居の下にある石段で、そこにはすでに真田と秋庭の姿があった。二人のリアクションは真逆で、沙織の浴衣姿にみとれる真田と、わたしがこの場にいることが信じられないとイヤな顔を隠そうともしない秋庭。もちろん口を開いて出た言葉も違う。
「カワイイ……」
簡潔に、けれどもうれしい言葉をかけたのは真田。
「なんでいるんだ……!」
わたしの手を引き、口を耳元によせて話すのが秋庭だ。
秋庭の顔と言ったら本当にイヤそうだった。今までで見た中で一番。それはもうここに来たことを軽く後悔する程度には。
「別にいいでしょ……」
そう返す言葉も弱くなる。
浴衣を着てオシャレして、カワイイって言ってくれるかななんて少しだけ期待していた分、テンションは急降下する。
ふつうに考えれば秋庭がわたしの浴衣姿をほめるわけなどないんだけどさ……。でもこんなに嫌がられるとは露にも思わなかった。
「花火の打ち上げまで時間あるから適当に回ろうか」
不機嫌の秋庭とテンションだだ下がりのわたし。それとは対極に沙織の浴衣姿を拝めた真田は試合で点数を取った時よりはしゃいでいた。
「そうだね。あ、初香ちゃん、わたあめ、わたあめあるよ!」
そして沙織は初めての屋台に子どものように目を輝かせていた。
「沙織、わたし買っ「俺が買ってくるから待ってて」
いつものように買ってくるから待っていてくれとわたしが言うよりも早く真田が沙織をせいして店へと向かう。
ああ、そうだ。今日は真田がいるんだ。
「はい、沙織ちゃん」
「ありがとう」
その姿は沙織の恋人候補の行動としてはほめられるべき行動なのに、役目を取られてしまったことにいら立ちと悲しさを覚える。
「はい、初香ちゃんも」
「あ、ありがとう」
けれど真田はそんなことも知らずに協力者のわたしにまでわたあめをわたしてくる。これは好意と取るべきかはたまた協力を承諾したお礼と取るべきか……。真田と沙織が二人きりになる代わりにわたしと秋庭も二人きりになる、というのは秋庭の態度からしてムリそうだけど何とか決行しなければならなさそうだ。
そう悩んでいるうちに花火の打ち上げ時間は刻一刻と近づいてきた。それに伴っていい場所を確保しようと人々がたくさん押し寄せる。初めは何とか他の三人について行くことが出来ていた。けれど浴衣だからと慣れないゲタを履いているせいか思うようには進めない。
「すいません、すいません」
人を避けて進んで行くと目の前にはもう三人の姿はなかった。
「沙織! 沙織―」
どこにいるの? とさけぶと遠くで「初香ちゃん、初香ちゃん」と沙織がわたしを呼ぶ声がした。けれどそれはあまりにも遠く、いつの間にか聞こえなくなってしまった。
「わ、あ、すいません」
人ごみの中にまぎれて一人、流れにそむいて人探しをするわたしはとても邪魔だ。よくぶつかるわ、舌打ちされるわで散々だ。
「何してんだろ……」
はあっと深いため息が自然とこぼれた。
疲れたなぁ……。そう思い、わき道によけると屋台の裏手に石段を見つけた。
ふだんはあまり来ないから気づけなかったが、近隣住民にはちょうどいい休憩スポットとして知られているのだろう、ちょくちょくとそこに腰かけている人たちが目に入る。わたしもそこに座り、足をぶらつかせる。そして巾着から取り出したスマートフォン片手に悩んだ。
連絡を取るべきかいなか。
わたし一人ではあるが『打ち上げ花火の少し前に別れよう』と真田と打ち合わせした通りにはなっている。今さら連絡したところで、最悪沙織たちは打ち上げ花火を見れずに終わってしまう。だからといって二人きりと三人じゃムードも何もが変わってしまう。
不測の事態だったとはいえ最悪のタイミングで別れてしまったものだとあきれてしまう。
せっかくの花火大会なのに……。
「はぁ……」
下を向いて吐き出したため息は石畳に吸い込まれていった。