そもそも、電池を買ってきてもその時の正確な時間が分からなければ、やっと動き出せる秒針すら合わせられない。

けれど、この部屋には他に時計は置いていないしテレビもない。 他に何か、今の時間を表示しているものと言えば……。

そう思って、僕は徐に寝室のクローゼットに放り込んであるバックパックの中からスマホを探し出す。 

スマホは、この町に来た時から触っていない。 だから、充電なんてのはとうの昔に切れてるはずで、スマホを見つけても合わせて充電器も探さなきゃ……。

ガサゴソとバックパックの中を漁っていると、スマホを見つけ出すよりも先にA5サイズのノートを一冊発見した。 

今家にあるノートとは違う、黒色のノート。 これは一体なんだっけと思ってページを開いてみると、そこには僕の文字で色々と書かれている。

「……そうか」

これは、僕がこの病気を患って間もない頃の日記だった。 

“7/31 入院して今日で4日目になる。 先生に今日から日記をつけるよう言われた。 だが、何を書けばよいか分からない。”

“8/1 そういえば、入院してからなんだか頭がぼーっとしている気がする。でも、それ以外に変わったことはない。”

“8/2 先生から改めて、病状についての説明があった。 その説明したことを資料を見ながらで良いので思い出しながら日記に書いて欲しいと言われた。
 僕は7/27に事故にあい、その時に頭を打って脳の記憶をつかさどる部分に損しょうを受け、それ以前の記憶の一部の欠落と、それ以後の記憶の保持がむずかしくなったそうだ。
 普通は、事故以前・以後の記憶障害が同時で起こることはマレだそうだ。先生は脳の損傷だけではなく、過労やストレスでも記憶障害を起こりえると話していた。
 これから僕は、常に忘れっぽい人間になるようだ。 だから、今後はメモを取るクセをつけた方が良いそうだが、まずは、メモを取ることを忘れてしまうのでその練習が必要らしい。 この日記も、リハビリのためだと言っていた”

……この頃の僕は自分自身の出来事のことなのに、なんて他人事のように考えていたのか。

というよりも、単に実感がなかったのかもしれない。そして、受け入れられなかっただけなのかもしれない。