それはいつものことでした。
 例えば、勉強したくねぇなって、面倒だなって。
 それでも何か大好きな文章でも読めば元気になれるのでは?なんて思ったのです。けれど本棚にならぶものなんて読み尽くして頭の中で描けるものばかりで。

 僕は小説が好き……いや、もしかしたらただ、文章が、文字が好きなだけなのかもしれませんが。まぁそんなことどうでも良い、僕にとっても、誰かにとっても何も得るものなどない、生産性のないエピソードだ。

小説っていっても紙の上が全てじゃないのは僕が生まれた時からそう。
最近じゃもっと、もっとよく見かけます。そして僕は通学鞄の底からスマートフォンを引っ張り出しました。
そして、インターネットを開いた。これが数十分前のこと。

 そして、今。僕は手紙を書いています。
 自分に言い聞かせるように、日記のように、僕はここで感情を吐露しているのです。
 ______僕が僕であれるように。

 話が前後してしまって申し訳ないけれど……うーん、これは僕以外の誰かに読ませるものではないからどうでもいいのかなとおもったりするんですね。よくわかんないや。もし、僕以外の読者がいたのなら、とても嬉しいです。

 ともあれ。僕は手紙を書いています。
 お気に入りな三毛猫柄の油性ボールペンをお供に、文字を書いています。

 今日、正しくはもっと前に、僕の敬愛なる物書きが消えていました。
 事実としては、たったそれだけ。他になにもありません。……ほんとうになんにもありません。
 

 彼女(いや万が一彼)は自分の書いた作品をもれなく非公開にして去っていたのです。
 なんかいも読んで、なんども感想を送ったおはなしも、なにも……跡形もなくなっていたときの、無力感。あなたにわかるとよいのですが。

 じゃあ、この便箋はなんだってなりますね。送るのか?と。
 彼女だか彼だか知らないですが、所謂SNSっていうやつのリンクを貼ってないし、当たり前といえば当たり前、住所もわからないのです。
 だから送るものではありません。強いて言うなら……そう、形見____メメント。

 僕はあの人が書いた小説で出てきたその『メメント』という言葉が好きで好きで致し方ない。
 これは形見です、あの人が確かに僕の知っている世界に存在して、あの人が確かに綴ったという証拠であり、形見。
 僕からすればこの、秋の色をふんだんに詰め込んだ、黄金色に茜色を縁取ったこのうつくしい便箋はチリソス。言うなれば黄金。これは形見。

 笑いたくなったけれどそれは許してください。
 薄暗い部屋、ひとり机に向かって、低気圧による妨害のお陰で頭がガンガンなりつつ、はははと笑ってしまった僕を許してください。
 ほら、その人から教わった言葉が僕の世界の大事なパーツになっているでしょう?ああ、あなたに伝えたかった! こんなにあなたの言葉によっている人がいるって、伝えたかった!

 くだらない、メメント。
 でも世界の半分以上くだらないと一蹴できるものでできているとおもうのです。メメント・モリ『死を記憶せよ』
あなたという文字書きがここで息絶えたこと、それを僕は忘れられないのでしょう。あなたの書いた文章が色あせたセピアになっても、あなたの存在だけは忘れないでしょう。

 ぽたり、僕の目から涙が落ちて便箋の色が滲んでしまいました。
 ひとつふたつみっつ。読めないところが増えていきました。ああ、僕は本当にあの文章が好きだったのです。
 続きなんて望まないけれど。けれど、せめて1作でも残していて欲しかったというのはあまりに身勝手で、馬鹿でしょうか。伝えようのない願いも勝手に受け取ったメメントも、きっとばかには違いない。
あなたことを忘れるのが賢いなら、僕はずっとばかのままでいいや。

 あなたは『人は声から忘れる』とか言ってたけれど、声すら知らない僕はあなたをいきなり全て忘れるのでしょうか。
鬼籍に勝手に名前を書いて? 嫌だよ、そんなの。願うのならば、奇跡をミラクルを願わせてよ。

 歌で、『さよなら』は決してかなしい言葉じゃないって歌っていたけれど、転校して行く初恋の彼女の背中をそうやって見送ったけれど。
 今はすごくかなしくて寂しくて。
それなのに。いいや、だからこそ。いくら経験してもかなしい別れを彩るために歌われたのだと、僕は信じていたいとも思うのです。



 あんたにゃ届かないメメント。独りよがりにもほどがあるファンレター!
 僕はあんたを泣くほど愛していました。



 もし、また巡り会えたなら。
また、大きな冷たい涙が頰を降りていくのをパーカーの袖口で拭います。
ぬぐいきれなかった雫は、ポタリと黄金色のファンレターに落下。
かける言葉は決まっています。
一生埋められない空白。名前のところに好きに書くしかない空白。

その空白に愛を込めて、ただひたすら。一言でいいから。

「好きです」

そのたった4つの音を届かせたいのです。