八
倉庫の扉につけられたのは、丸落としという閂の一種である。丸落としは本来、扉の下に取り付けて地面に開けた穴に固定させるのだが、この倉庫は扉の取っ手から少し離れた位置に横にして取り付け、地面の穴の代わりに輪っかの形をした金具を取り付けた仕様になっている。
南京錠やダイヤル錠のように鍵や暗証番号で開かないようするものではなく、一本の棒にはストッパーのようなものがついており、そのストッパーを淵にはめることで鍵がかかるという仕組みだ。
さらに南京錠をつければさらに強化できるだろうが、流石にゴミ置き場に盗みに入る輩はいないと考えてもおかしくはない。誰でも出入りが自由だから、いつ火事が起きても不思議ではない、案外不用心な倉庫だ。
東雲君が引っ張って開けてくれた、わずか五センチの隙間からストッパーになっている鉄の棒が見える。この棒を引いた方向とは反対に動かせば、錠となっている棒も一緒に動いて扉も開けられるはずだ。
私は大量に積まれたゴミ袋の中から、缶のゴミ袋の近くに錆び付いたハンガーを見つけると、軽く折り曲げてみた。少し錆びて塗装が剥げているが問題はない。折り曲げて長細いU字に少しだけ反らせた形を作る。
「そんなボロボロのハンガーを使って開けられるモンなの?」
歪な形のハンガーを珍しそうに見ながら東雲君が聞いてくる。
「丸落としの棒のストッパーを上に動かすの。初めてやるから上手くいくかわからないけど、この倉庫自体が古いから外れるかも」
扉の前にしゃがみ、五センチの隙間からハンガーを通し、丸落としの棒を伝ってストッパーに当てた。カンカン、と小さな音が聞こえる。やはり簡易的な丸落としのようだ。ストッパーさえ上げてしまえばこっちのもの。――と、高を括っていたが、手元が見えないからこそ難しい。
「もうちょっと、なのに……っ」
「扉、もう少し開けた方がいい?」
「ううん。大丈夫」
これ以上開くと、ストッパーがしっかり嵌ってしまって動かない可能性がある。慎重にハンガーを動かして、ストッパーを上へと押し上げる。
「ねぇ……手元見えないのになんでわかるの?」
「なんとなく」
ハンガーに集中しているため目線は動かせないが、不思議そうに訪ねてきた東雲君に投げやりで答える。すると勝手に考察を始めた彼は、私の後ろでブツブツと呟いていると、納得したように言う。
「きっと身体にピッキングの感覚が沁み込んでいるんだろうな。幼少期からの英才教育とでもいうべきか……。牛山ちゃんがいれば密室も開けられるね」
「絶対、嫌」
謙遜しなくても、と茶化してくる東雲君は放っておく。これ以上は時間の無駄だ。
全神経をハンガーに集中させて、棒を通して丸落としの形状とストッパーがどうやって入っているかを確認する。入る前に見た形状を頭に浮かべながら、丸落としをなぞるようにハンガーを動かす。
ようやくストッパーの部分に触れると、折り曲げたU字の部分にはめる。あとはストッパーを上にあげるだけだ。
「――東雲君、もう一回聞くよ。本当に私の無実を証明してくれるんだよね?」
手元だけを見つめながら、後ろにいるであろう彼に問う。私から見えないが、きっと彼は嗤っているのだろう。
「もちろん」
「……そう」
――がちゃん。
ストッパーが上がった音が倉庫内に響く。立ち上がって引き戸に手をかけると、簡単に扉は開いた。
開かれた先には見慣れた中庭と校舎が並んでおり、人気はなかった。隙間から見えた誰かの後ろ姿も今はもういない。
ハンガーをゴミ置き場に投げ捨てると、私は呆然としている彼に笑って言う。
「開いたよ」
「……マジか」
「ちょっと、信じてなかったの?」
「いやだって……本当に開くとは思わねぇじゃん! 鍵が扉の向こう側で、手元が見えない状態で開けた? アンタもしかして透視能力とか持ってんの?」
「開けろって言ったの東雲君でしょ!」
私がピッキングできることを見抜いた彼が、今更何を驚いているのだろうか。
どうしてこれがハンガーだけで動いたのか、牛山ちゃんには壁の向こう側が見えるのかなど、興奮冷めやらぬ東雲君が倉庫の外に出て丸落としをガチャガチャと動かしながら、訳の分からない質問攻めに遭うが、すべて無視することにした。
「たまたま、運がよかっただけ」
私はそう言って大きく息を吐いて、ハンガーの剥がれた塗装が付いた右手を見つめる。
適当に買ってきた南京錠をピッキングをし続けて数年、仕組みくらいしかわからない丸落とし――簡易的な錠を開けたことはなかった。更に錠前も鍵も見えない中でピッキングをするなんて、開けることだけが楽しかった小学生の時の私は想像できただろうか。
不安の中、見えない鍵を開けたその瞬間は、今まで味わってきた達成感と快感がじわじわと湧いてくる。そして錠前が外れた音がすると同時に、感じるほんの少しの寂しさが心地良いのだ。
――楽しかった。
ピッキング自体が犯罪に変わりないかもしれない。楽しいと思ってしまった私はやはり泥棒の子供だからなのか。悪い気はしない。
「さて、資料室に戻るか」
一通り丸落としをいじって満足したのか、東雲君は倉庫から可燃物の袋を持って資料室のある校舎に向かう。
校舎の中に入ってすぐ、廊下の向こうから巳波先輩が慌てた様子で走ってきた。
「お前ら、今までどこに行ってたんだよ!」
「裕司先輩、何慌ててんの? 汗だくじゃん」
「別館から戻ってきてもいなかったから、校内をずっと走って探してたんだよ。一度資料室戻ってスマートフォンに連絡が入っているか確認しようと思ったけど、牛山の連絡先知らないし、祥吾がスマートフォン自体持ってないこと思い出したから虱潰しに走って……って、なんでそんなに汚れているんだ? つか臭くね?」
鼻をひくつかせながら私達を見る巳波先輩。それはそうだろう。なんせ私達は先程までゴミという異臭の山奥にいたのだから。
「こっちもこっちで大変だったんです。あのゴミ置き場の倉庫に閉じ込められて、叫んでも誰も近くにいなかったから……」
「倉庫に? 業者はそっちにいなかったのか?」
「業者って?」
「専門棟から戻ってきて倉庫に行こうとしたら止められたんだよ。『今、倉庫に業者が来て作業しているから近づくな』って。お前らのことを聞いたら校舎に入って行ったとも言われたし……てっきり、他の教室でも調べているんだと思ったんだ」
ゴミ置き場の倉庫に閉じ込められてから出てくるまで、業者どころか人がいる様子はなかった。誰かが校内に入っていく後ろ姿は見えたけど、はっきり見えたわけではない。立ち去ったあの人物は本当に業者だった? あの後ろ姿は実は犯人で、あの倉庫に立ち寄らないように仕組まれていた?
東雲君は黙って倉庫がある方向へ目を向ける。
「祥吾、どうかしたか?」
「……いや、何でもない。とりあえず資料室に戻ってこれを見てみよう」
そう言ってずっと持っていた袋を掲げる。破り捨てられた二年A組の反省文が入った袋だ。
「なんだ? ゴミ?」
「そう。裕司先輩は何か見つけた?」
「ああ、それらしきものはいくつか見つけた。……でもこんなのでわかるのか?」
「見つけるさ」
鼻で哂う東雲君は真っ直ぐ資料室に向かって歩き出した。無表情ではあったものの、どこか怒っているようで、声をかけるのを躊躇う。
巳波先輩と顔を合わせると「いつものことだ」と肩をすくめて小さく笑い、彼の後を追うように歩き出した。
先輩には東雲君の行動が読めているのだろうか。資料室でのやり取りをただの小言争いだと思っていたのであまり気にしていなかったが、東雲君が意見交換できる人だと考えると、巳波先輩は聞き上手であることがわかる。
彼らの関係性が未だにわからないが、何となく羨ましく思った自分に首を傾げながら、二人の後を追った。
資料室に戻ると、東雲君はすぐさまゴミ袋を机の上に広げて分別し始めた。
お菓子のパッケージや袋など、他にもたくさんあるゴミの中から原稿用紙だけを取り出し、それらを同じ筆記体のものをセロハンテープで繋ぎ合わせていく。作業をしながら見ていた巳波先輩に反省文の話をすると、何か思い出したように本棚を漁って「校内事変、二十五」と書かれたファイルを開いた。
「生徒指導になった生徒が反省文を書くことになったのはここ二、三年の話だ。事の発端はカンニングした生徒の指導だったらしい。といっても反省文は書いて教師が保管、生徒が卒業した後に処理されるのが決まりになっている。例えば一年の時に何か問題を起こしたら、その時書いた反省文は三年生になって卒業する時まで保管される。……二年A組はまだ卒業もしてない。これはおかしいぞ」
「それだけじゃない。原稿用紙を見る限り日が経ってない。少なくともここ一か月……いや二か月くらいか」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「原稿用紙の日焼けの色が違う。ちゃんと管理していたとしても、新品みたいに白いだろ」
繋ぎ合わせた五枚の反省文の一部を見比べる。まだ完成していないが、しっかりと書かれた本人の名前と内容が確認できる。
――「私は放課後、駅近くの薬局でリップグロス一点を万引きしました」「私は深夜になっても家に帰らず、警察に補導されました」「部室で他の生徒の私物を盗みました」「学業に必要のないゲーム機を授業中に使用していました」「他校の生徒と口論になり、暴行してしまった」
そして巳波先輩がまとめた校内事変ファイルに、最初に窃盗にあったA組の生徒の名前が原稿用紙に書かれた名前が全員一致した。
「こんな反省文一つで終わらせたつもりか? 現に処分を下していない時点で、学校側が無かったことにしているのだとしたら大問題だぞ。今からでも校長先生に……」
「落ち着けよ、生徒会長。卑劣なことをしたエリート組の生徒を学校側が見過ごしましたって吊し上げたところで、この窃盗騒ぎは終わらねぇ。それに下手したら理事長にも手が回っている可能性だってある」
「じゃあどうしろって言うんだ? 学校の存続を懸念していた経営者側の言いなりになれとでも言うのか?」
怒りを露わにした巳波先輩に、東雲君はあくまで涼しい顔をして続ける。
「五人を裏で動かしてた黒幕を引っ張り出す。その方が早い」
私も先輩も混乱している中で、東雲君が反省文の一番最後の分を指さす。そこには確実に黒幕を裏付けるものが五枚全てに書かれていた。
「これって……」
「これだけあれば十分脅せるさ。そうだ、裕司先輩。先輩の広い人望を利用してちょっと調べて欲しいことがあるんだけど」
「調べてほしい? 人望と何か関係があるのか?」
東雲君が耳元で話すと、巳波先輩は眉をひそめた。
「なんだ、それならすぐわかると思うが……そんなことだけで本当に実証できるのか?」
「やってやるよ」
そう一言だけ答えると、東雲君はまた作業に戻った。いつになく真剣な表情に声をかけるのを躊躇うと、私も巳波先輩も目の前の作業に取り掛かった。
倉庫の扉につけられたのは、丸落としという閂の一種である。丸落としは本来、扉の下に取り付けて地面に開けた穴に固定させるのだが、この倉庫は扉の取っ手から少し離れた位置に横にして取り付け、地面の穴の代わりに輪っかの形をした金具を取り付けた仕様になっている。
南京錠やダイヤル錠のように鍵や暗証番号で開かないようするものではなく、一本の棒にはストッパーのようなものがついており、そのストッパーを淵にはめることで鍵がかかるという仕組みだ。
さらに南京錠をつければさらに強化できるだろうが、流石にゴミ置き場に盗みに入る輩はいないと考えてもおかしくはない。誰でも出入りが自由だから、いつ火事が起きても不思議ではない、案外不用心な倉庫だ。
東雲君が引っ張って開けてくれた、わずか五センチの隙間からストッパーになっている鉄の棒が見える。この棒を引いた方向とは反対に動かせば、錠となっている棒も一緒に動いて扉も開けられるはずだ。
私は大量に積まれたゴミ袋の中から、缶のゴミ袋の近くに錆び付いたハンガーを見つけると、軽く折り曲げてみた。少し錆びて塗装が剥げているが問題はない。折り曲げて長細いU字に少しだけ反らせた形を作る。
「そんなボロボロのハンガーを使って開けられるモンなの?」
歪な形のハンガーを珍しそうに見ながら東雲君が聞いてくる。
「丸落としの棒のストッパーを上に動かすの。初めてやるから上手くいくかわからないけど、この倉庫自体が古いから外れるかも」
扉の前にしゃがみ、五センチの隙間からハンガーを通し、丸落としの棒を伝ってストッパーに当てた。カンカン、と小さな音が聞こえる。やはり簡易的な丸落としのようだ。ストッパーさえ上げてしまえばこっちのもの。――と、高を括っていたが、手元が見えないからこそ難しい。
「もうちょっと、なのに……っ」
「扉、もう少し開けた方がいい?」
「ううん。大丈夫」
これ以上開くと、ストッパーがしっかり嵌ってしまって動かない可能性がある。慎重にハンガーを動かして、ストッパーを上へと押し上げる。
「ねぇ……手元見えないのになんでわかるの?」
「なんとなく」
ハンガーに集中しているため目線は動かせないが、不思議そうに訪ねてきた東雲君に投げやりで答える。すると勝手に考察を始めた彼は、私の後ろでブツブツと呟いていると、納得したように言う。
「きっと身体にピッキングの感覚が沁み込んでいるんだろうな。幼少期からの英才教育とでもいうべきか……。牛山ちゃんがいれば密室も開けられるね」
「絶対、嫌」
謙遜しなくても、と茶化してくる東雲君は放っておく。これ以上は時間の無駄だ。
全神経をハンガーに集中させて、棒を通して丸落としの形状とストッパーがどうやって入っているかを確認する。入る前に見た形状を頭に浮かべながら、丸落としをなぞるようにハンガーを動かす。
ようやくストッパーの部分に触れると、折り曲げたU字の部分にはめる。あとはストッパーを上にあげるだけだ。
「――東雲君、もう一回聞くよ。本当に私の無実を証明してくれるんだよね?」
手元だけを見つめながら、後ろにいるであろう彼に問う。私から見えないが、きっと彼は嗤っているのだろう。
「もちろん」
「……そう」
――がちゃん。
ストッパーが上がった音が倉庫内に響く。立ち上がって引き戸に手をかけると、簡単に扉は開いた。
開かれた先には見慣れた中庭と校舎が並んでおり、人気はなかった。隙間から見えた誰かの後ろ姿も今はもういない。
ハンガーをゴミ置き場に投げ捨てると、私は呆然としている彼に笑って言う。
「開いたよ」
「……マジか」
「ちょっと、信じてなかったの?」
「いやだって……本当に開くとは思わねぇじゃん! 鍵が扉の向こう側で、手元が見えない状態で開けた? アンタもしかして透視能力とか持ってんの?」
「開けろって言ったの東雲君でしょ!」
私がピッキングできることを見抜いた彼が、今更何を驚いているのだろうか。
どうしてこれがハンガーだけで動いたのか、牛山ちゃんには壁の向こう側が見えるのかなど、興奮冷めやらぬ東雲君が倉庫の外に出て丸落としをガチャガチャと動かしながら、訳の分からない質問攻めに遭うが、すべて無視することにした。
「たまたま、運がよかっただけ」
私はそう言って大きく息を吐いて、ハンガーの剥がれた塗装が付いた右手を見つめる。
適当に買ってきた南京錠をピッキングをし続けて数年、仕組みくらいしかわからない丸落とし――簡易的な錠を開けたことはなかった。更に錠前も鍵も見えない中でピッキングをするなんて、開けることだけが楽しかった小学生の時の私は想像できただろうか。
不安の中、見えない鍵を開けたその瞬間は、今まで味わってきた達成感と快感がじわじわと湧いてくる。そして錠前が外れた音がすると同時に、感じるほんの少しの寂しさが心地良いのだ。
――楽しかった。
ピッキング自体が犯罪に変わりないかもしれない。楽しいと思ってしまった私はやはり泥棒の子供だからなのか。悪い気はしない。
「さて、資料室に戻るか」
一通り丸落としをいじって満足したのか、東雲君は倉庫から可燃物の袋を持って資料室のある校舎に向かう。
校舎の中に入ってすぐ、廊下の向こうから巳波先輩が慌てた様子で走ってきた。
「お前ら、今までどこに行ってたんだよ!」
「裕司先輩、何慌ててんの? 汗だくじゃん」
「別館から戻ってきてもいなかったから、校内をずっと走って探してたんだよ。一度資料室戻ってスマートフォンに連絡が入っているか確認しようと思ったけど、牛山の連絡先知らないし、祥吾がスマートフォン自体持ってないこと思い出したから虱潰しに走って……って、なんでそんなに汚れているんだ? つか臭くね?」
鼻をひくつかせながら私達を見る巳波先輩。それはそうだろう。なんせ私達は先程までゴミという異臭の山奥にいたのだから。
「こっちもこっちで大変だったんです。あのゴミ置き場の倉庫に閉じ込められて、叫んでも誰も近くにいなかったから……」
「倉庫に? 業者はそっちにいなかったのか?」
「業者って?」
「専門棟から戻ってきて倉庫に行こうとしたら止められたんだよ。『今、倉庫に業者が来て作業しているから近づくな』って。お前らのことを聞いたら校舎に入って行ったとも言われたし……てっきり、他の教室でも調べているんだと思ったんだ」
ゴミ置き場の倉庫に閉じ込められてから出てくるまで、業者どころか人がいる様子はなかった。誰かが校内に入っていく後ろ姿は見えたけど、はっきり見えたわけではない。立ち去ったあの人物は本当に業者だった? あの後ろ姿は実は犯人で、あの倉庫に立ち寄らないように仕組まれていた?
東雲君は黙って倉庫がある方向へ目を向ける。
「祥吾、どうかしたか?」
「……いや、何でもない。とりあえず資料室に戻ってこれを見てみよう」
そう言ってずっと持っていた袋を掲げる。破り捨てられた二年A組の反省文が入った袋だ。
「なんだ? ゴミ?」
「そう。裕司先輩は何か見つけた?」
「ああ、それらしきものはいくつか見つけた。……でもこんなのでわかるのか?」
「見つけるさ」
鼻で哂う東雲君は真っ直ぐ資料室に向かって歩き出した。無表情ではあったものの、どこか怒っているようで、声をかけるのを躊躇う。
巳波先輩と顔を合わせると「いつものことだ」と肩をすくめて小さく笑い、彼の後を追うように歩き出した。
先輩には東雲君の行動が読めているのだろうか。資料室でのやり取りをただの小言争いだと思っていたのであまり気にしていなかったが、東雲君が意見交換できる人だと考えると、巳波先輩は聞き上手であることがわかる。
彼らの関係性が未だにわからないが、何となく羨ましく思った自分に首を傾げながら、二人の後を追った。
資料室に戻ると、東雲君はすぐさまゴミ袋を机の上に広げて分別し始めた。
お菓子のパッケージや袋など、他にもたくさんあるゴミの中から原稿用紙だけを取り出し、それらを同じ筆記体のものをセロハンテープで繋ぎ合わせていく。作業をしながら見ていた巳波先輩に反省文の話をすると、何か思い出したように本棚を漁って「校内事変、二十五」と書かれたファイルを開いた。
「生徒指導になった生徒が反省文を書くことになったのはここ二、三年の話だ。事の発端はカンニングした生徒の指導だったらしい。といっても反省文は書いて教師が保管、生徒が卒業した後に処理されるのが決まりになっている。例えば一年の時に何か問題を起こしたら、その時書いた反省文は三年生になって卒業する時まで保管される。……二年A組はまだ卒業もしてない。これはおかしいぞ」
「それだけじゃない。原稿用紙を見る限り日が経ってない。少なくともここ一か月……いや二か月くらいか」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「原稿用紙の日焼けの色が違う。ちゃんと管理していたとしても、新品みたいに白いだろ」
繋ぎ合わせた五枚の反省文の一部を見比べる。まだ完成していないが、しっかりと書かれた本人の名前と内容が確認できる。
――「私は放課後、駅近くの薬局でリップグロス一点を万引きしました」「私は深夜になっても家に帰らず、警察に補導されました」「部室で他の生徒の私物を盗みました」「学業に必要のないゲーム機を授業中に使用していました」「他校の生徒と口論になり、暴行してしまった」
そして巳波先輩がまとめた校内事変ファイルに、最初に窃盗にあったA組の生徒の名前が原稿用紙に書かれた名前が全員一致した。
「こんな反省文一つで終わらせたつもりか? 現に処分を下していない時点で、学校側が無かったことにしているのだとしたら大問題だぞ。今からでも校長先生に……」
「落ち着けよ、生徒会長。卑劣なことをしたエリート組の生徒を学校側が見過ごしましたって吊し上げたところで、この窃盗騒ぎは終わらねぇ。それに下手したら理事長にも手が回っている可能性だってある」
「じゃあどうしろって言うんだ? 学校の存続を懸念していた経営者側の言いなりになれとでも言うのか?」
怒りを露わにした巳波先輩に、東雲君はあくまで涼しい顔をして続ける。
「五人を裏で動かしてた黒幕を引っ張り出す。その方が早い」
私も先輩も混乱している中で、東雲君が反省文の一番最後の分を指さす。そこには確実に黒幕を裏付けるものが五枚全てに書かれていた。
「これって……」
「これだけあれば十分脅せるさ。そうだ、裕司先輩。先輩の広い人望を利用してちょっと調べて欲しいことがあるんだけど」
「調べてほしい? 人望と何か関係があるのか?」
東雲君が耳元で話すと、巳波先輩は眉をひそめた。
「なんだ、それならすぐわかると思うが……そんなことだけで本当に実証できるのか?」
「やってやるよ」
そう一言だけ答えると、東雲君はまた作業に戻った。いつになく真剣な表情に声をかけるのを躊躇うと、私も巳波先輩も目の前の作業に取り掛かった。