「優花ったら、起きなさいよっ!」

 友人が自分を呼ぶ声に、ハッと現実に引き戻された優花は、呆然と声の主を見つめた。

 少し癖のあるセミロングの黒髪と、小麦色の肌。

 黒縁メガネの奥の意志の強そうな綺麗な二重の瞳が、呆れたように自分に向けられている。

「玲子……ちゃん?」

「玲子ちゃんじゃないよ。何、一時間目から居眠りこいてるのよ?」

「ほえ……?」

 居眠り?

 まだ寝ぼけた思考が、現実に帰りきらない。

「ちょっと、大丈夫? なんだか顔色悪いよ?」

 あ、そうか。

 現国の授業を受けていて……。

「優花?」

「あ、ううん。平気平気。やだなぁ、ついついウトウトしちゃった」

 まさか、リュウの心地よい声音に眠りに引き込まれたとは言えない優花は、『あははは』と、引きつった笑いでごまかした。

 猫にカツオブシ。

 こんな絶好の小説ネタを、玲子に提供してしまったら、後々面倒なことになるに決まっている。

 幼なじみと海外留学生との間で揺れる、恋に悩めるヒロインの役になるのは、御免こうむりたかった。

 あの手の話は、読む分には楽しいが、自分で演じるのは羞恥心の許容量を遥かに超えている。