お店の中は見回せば、古書店と言うよりは図書館の趣だった。
 表からは普通の二階建てに見えた。
 中に入って少し、・・・かなり驚いた。
 天井まで吹き抜けになっていて開放感があり中二階、つまりロフトのような造りで、書棚は上段下段とも六、七列ぐらいづつ並んでいる。

 あたしが通されたのは入り口からすぐ右手のホールで、今座っている円卓席と同じものがあと二組。
 上から吊り下げられたシーリングファン付きのシャンデリアと言い、まるで図書館に併設した喫茶室にいるかのよう。
 床材は花梨か何かで、暗褐色の落ち着いた色調がクラシカルな雰囲気を醸している。
 そして、その空気に溶け込んで違和感の無いひと。
 清潔感のある髪型、端正な顔立ち。
 紳士服店の折込チラシでモデルでもやっていそうな。
 白のドレスシャツの首許にスカーフなんて、普通なら気取ってそうだけれど品良く見える。・・・贔屓目かな、ずい分。

「本はお好きですか」

 低めの、少し鼻に掛かったような聴き心地のいい声。
 
「・・・子供の頃から読むのは好きです。今は漫画とか小説ぐらいですけど」

 なにか言わなくてもいいことまで喋ってる自分。

「古書はちょっと興味無かったので、初めてです、お店に入ったのも」

 苦笑い気味に、正直に。

「専門書が多いですしね。普通は足が遠のいて当然です。でも・・・もし良かったら手伝っていただけませんか。OLなさってる乃宮さんでしたら、電話応対などもお任せできるでしょうし、都合のつく時だけで構いません。何より丸っきり本に関心のない方にお願いするよりは、僕も落ち着くんですが」

 古書には古書の価値があり、単なる物扱いは避けたいのだと淡く笑みを浮かべてる。
 ・・・どうしようかな。
 心が揺れ動いてる。
 仕事自体はきっと、問題ないだろうと思う。
 ただ。

「日曜はわりとお客様もいらっしゃるので、助かります」

 ・・・懸案事項クリア。
 二人きりは、どう考えても気まずいと思ったから。

「空いてる日だけで本当に宜しいんですか・・・?」

「こんな小さい店ですから、きちんとしたパートさんを雇う程でも無いですし、猫の手を借りる程度の雑用を手伝わせてしまうようで申し訳ないんですが」





 その答えを聞いて、決めてしまったんだっけ・・・。 
 どんな猫の手のつもりだったんだか。

『いい娘だね。・・・リツ』

『・・・かな、え・・・。ぁ、・・・んっ・・・』

『さあ・・・〝仕事〟の時間だ。大丈夫、僕はいつでも君のそばにいる。・・・安心して啼きなさい。・・・いつものように』

 闇の中。叶が耳許に囁く魔法の呪文。
 足の間に這う指に、躰ごと融かされながら。
 ここからがあたしの・・・、ほんとうのお仕事。
 
 〝お客様・・・、ようこそ人形堂へ〟
 遠くに響く叶の声。

『今宵一夜限りの・・・虚夢(ゆめ)をどうぞお愉しみ下さい・・・』