私は、アラニスの正当な後継者・・・だった。

 もうアラニスの名前は重荷でしかない。少し考えるが重荷というのとは少し違う。

 アラニスの家に生まれてしまったために、私は殺されるところだった。
 暗く何もない場所に捉えられて殺される日を待つだけだった。犯されるようなことはなかった。祖先が私たちを守るために広めた話があり、犯されると問題が発生するらしい。

 女は初潮後に処女で死ぬと魔力の暴走が発生する。
 男は精通後に死ぬと魔力の暴走が発生する。

 最初は意味がわからなかった。
 殺されるのには違いない。祖先がこれで自分たちの何を守ろうとしたのかわからなかった。
 解ったのは、母や姉が生かされて、父や兄が殺されてからだ。

 皆が死んで次は私の番だ。生かされていた母と姉は自害したらしい。

 殺されるだけならいい。女としての尊厳を奪われるのは避けたい。
 祖先が守ろうとしたのは”これ(尊厳)”なのかもしれない。

 私は生き残れた。
 偶然が重なった結果だ。

 アラニスを知っていたのはアフネスと名乗った女エルフだけだ。
 この町---ユーラットと言っていた---を、仕切っている女性のようだ。

 私は助けられた身だ。
 それに言われている通り、私は紛争の火種になる。

 やっぱり死ねばよかったのか?

「だから、あんたは、神殿に匿ってもらいな」

「え?神殿?」「は?」

「あぁ乗ってきたアーティファクトの持ち主さ。領都から来ている者たちを受け入れてくれるようなお人好しだよ。あんたの事情を言えば匿ってくれるだろうよ」

 何を言っているの?
 神殿?王国に攻略されていない神殿があるの?神殿に匿ってもらう?

 意味がわからない。

 私を助けてくれたカスパル様もそれがいいと言い出した。
 皆がその方向で話をする。

 でも、私に選択権などない。
 ここに居ては迷惑になるのなら迷惑にならないところに行くしか無い。

「それで、あんたはどうしたい?」

「え?」

「ディアス・アラニスとして、帝国に戻りたいのなら・・・。時間がかかるが手配してやる。こんな田舎町だけどここでいいのなら方法を考えよう。辺境伯を脅してもいい」

「え?あっなんで?」

「ん?あんたが住む場所だからな。あんたが決めないと駄目だろう?神殿の主はお人好しだから匿ってくれるだろうけど絶対じゃない。次の手段を考えておく必要があるだろう?」

「あっ・・・。はい。私は、神殿に行きたいと思います。主様の許可が得られないようでしたら、ユーラットにお世話になりたいです」

 私は初めて自分の意思で住む場所を決めた気分になった。
 誘導された結果かもしれないが、自分で口にしたことで意識できた。

「よし。イザーク!ドーリス!ダーホス!異論はないね」

 アフネス様が呼ばれた三人が肯定してくれた。

「あとは、ヤスの説得だけど・・・」

 どうやら、神殿の主はヤス様とおっしゃられるようだ。

「姉さん。それですが、ディアスさんの事情を黙っていれば」

 奥に控えていた女性が口を挟む。
 私は、ヤス様に事情を説明したい。匿ってくれる人を騙すようなことはしたくない。

「ミーシャ!ヤスじゃなければそれもいいだろうけど、駄目だね。ヤスとは友好な関係を築いておきたい」

「あの・・。それなら、私が神殿の主様にお願いするのは駄目なのでしょうか?」

 なぜか皆さんの顔が厳しい。
 そんなに気難しい人なのでしょうか?

「あの・・・」「ディアスさん。多分、神殿の主は事情を聞いても問題なく受け入れてくれるでしょ」

「ならば?」

「問題は、ディアスさんが可愛い女性なことで・・・」

「もう面倒だね。ドーリス。あんたも神殿に行くのだよね?」

「あっはい。その予定です」

「リーゼには説明した?ヤスはリーゼが取りまとめると思っているはずだよ?」

「え?アフネスさんがリーゼさんに言ってくれるのですよね?」

 喧々諤々の言い争いが始まってしまった。
 話を聞いていると、リーゼさんに誰が説明するのかで揉めているようだ。そんなにリーゼさんは怖い人なのでしょうか?

「おばさん!まだ?アーティファクトを動かしていた女性のところに男性が訪ねてきたよ?」

「リーゼ!あんたは、宿屋に居なさいと言ったはずだよね?」

「だって・・・」

 え?
 リーゼ?

 この可愛い子が?年齢は私と同じくらいか少し下だと思う。でも、健康的ですごく可愛い子を町の重鎮たちが怖がっている?

「それで?その女性と男性は?」

「ん?呼んできたほうがいい?」

「そうだね。話を聞いたほうがいいかもしれない。リーゼ。頼んだよ」

「わかった!」

 リーゼさんは元気よく飛び跳ねてギルドから出ていった。
 皆がそれを見てため息をつく。

「なんで?」

 私がボソっといった言葉をイザーク様が聞いていたようで簡単に説明してくれた。
 リーゼさんにはなんの問題もないし、問題行動もしない。一部の人がリーゼさんを神格化しているのが問題になると教えられた。

 それでもなんで自分やドーリス様が問題になるのかわからなかった。

 その答えはアフネス様が教えてくれた。

「リーゼは、ヤスに自分以外の女性が近づくのが気に入らないのさ」

「え?どういう・・・。あっ」

 恋愛なんてしてこなかった私でも流石にそれだけ教えられれば解る。神殿の主様はリーゼさんよりも歳上なのでしょう。もしかしたら、私よりも上なのかもしれない。それで、リーゼさんは神殿の主様に誰かが近づくのを警戒されているのでしょう。

「そんな・・・。わたし・・・(カスパル様が・・・)」

 最後は自分でも驚きました。
 声に出してはいないと思いますが、顔が赤くなるのがわかります。確かに助けられて、初めて男の人に優しくされて嬉しかったのは間違いありません。

 思わずカスパル様を見てしまいました。カスパル様を見た事がアフネス様には解ってしまったのでしょうか?何やらお考えになってからカスパル様を呼んで耳打ちされています。何を言われているのか心臓がうるさいほどに鳴っています。

「おばさん!連れてきたよ!」

 入り口を見ると、リーゼさんが男性と女性を連れてきていた。
 女性は私たちを助けてくれた人だ。男性は初老だと思うが驚くほど姿勢がいい。服装もびっくりするくらい高級そうな服を着こなしている。

「お呼びと伺いました。私は、セバス・セバスチャンと言います。旦那様に仕える執事でございます」

「ツバキです。マスターに仕えるメイドです」

 二人が皆に挨拶をする。
 本当に綺麗なお辞儀だ。

「わたしは、アフネス。セバス殿。旦那様とはヤスの事で間違いないかい?」

「はい。間違いございません。アフネス様」

「セバス殿・・・。ヤスはユーラットに来ているのかい?」

「それに関してはお答えできません」

「ふむ・・・。それじゃ、セバス殿はどの程度の権限があるのかい?」

「移住に関しての判断を行う権限を頂いております。旦那様からは、交渉事に関しても一部権限を頂いております」

「そうなのかい?ギルドが支店を出す事は?」

「伺っております」

 え?

「そこのドーリスが行く事になっているけど?」

「はい。存じております」

「え!!ドーリスが神殿に行くの?おばさん!聞いてないよ!」

「リーゼ!ギルドが支店をだすのは当然だろう?ドーリスが指名されたのだからしょうがないだろう?わかったら宿屋に戻って夕飯の支度を手伝っていな」

「・・・。わかった」

 リーゼさんが不承不承だけどギルドから出ていった。宿屋に戻るのだろう。

「すまない」

 アフネス様が皆に頭を下げる。
 セバス様も問題ないと言って話を元に戻すようだ。

「ドーリスの件は聞いているのだね」

「はい。すでにギルドで使う建物とドーリス様が住まわれる場所を確保してあります」

「え?」

 何を言っているのか理解に苦しむのだが、どうやら神殿の主様は受け入れ体制を整えているようだ。

 セバス様と交渉をして私の受け入れは承認された。ただし、状況が解るまで神殿の領域から出ないという条件が付けられた。これも当然の処置なので不満には思わない。もしかしたら日の当たる場所で生活できるの?すきな物を食べたりできるの?お腹いっぱいに食べることができるの?人の足音に怯えないで寝ていいの?寒さに震えなくていいの?
 一つでも叶えられたら私・・・幸せを感じてしまうかも・・・。