ギルドの入り口でデイトリッヒが挨拶をする。アフネスがギルドに入ってきた。
「ミーシャ!ラナ!それで?何があった?」
椅子に座る前にアフネスは同郷二人に問いかけた。
ミーシャとラナはお互いの顔を見て何かを諦めたかのような表情をしてヤスが領都からユーラットに向けて出立してからのことを話した。
「それで、ミーシャとラナはリーゼ様を守る形でユーラットに移住を決定したという事かい?」
「姉さん」「ミーシャ。その呼び方をするなと言っているよな?お前はわかってやっているのか?」
ミーシャが頭を下げるが、ラナもアフネスもミーシャが改める気がないことを知っている。
「わかった、それでミーシャ。ヤスはなんと言っている?ミーシャとラナのことだから何も考えないで、大人数を率いてきたわけじゃないのだろう?」
ミーシャとラナと一緒に座っていたダーホスが手を挙げる。
「アフネス殿。申し訳ないが先にギルドの・・・。冒険者ギルドの話をさせてもらっていいか?」
ダーホスが意を決したような発言をした。
みなの視線が集中するのだが、アフネスからの言葉は簡単だった。
「わかった」
ホッと息を吐き出すダーホス。
領都での出来事はすでにダーホスに伝わっている。秘匿しているわけではないが隠したい気持ちが強くドーリスだけにしか詳しく話をしていない。
「ミーシャ。それに、ラナ殿。スタンピードが無くなっていたと聞いたが間違いないのか?」
「ユーラットのギルマスには申し訳ないが、”わからない”が答えです。ラナも同意見で、デイトリッヒに聞いても同じ意見になると思う」
「そうか・・・。何か、ヒントのような物は無いのか?このまま動いても無駄足になってしまう」
無駄足と聞いてアフネスが口を挟む。
「ダーホス!ギルドなんて物は、無駄足だと解ってもやるべき時に動かなければ存在する意味がない」
「アフネス殿。それは解っているが、危険だと解っている場所に・・・」
「それが間違いだと言っている!危険な場所に赴いて情報や素材を持ち帰る。それが冒険者ギルドの役目じゃないのか?」
「そうだが、領主が・・・」「ダーホス。領主は領主だ。今は、冒険者ギルドの話をしている!」
アフネスが完全に切れている。
ダーホスに切れているわけではない。領主が動かないことに嫌気が差しているのだ。
「姉さん。ダーホス殿。スタンピードのことなのですが、ヤス殿に聞くのは良いと思うのですが?」
「は?ヤス殿?」「ヤスが素直に話すと思うか?」
ダーホスは普通に疑問に思っている。
アフネスはヤスが何かをした可能性があるとは思っているが素直に話すとは思えなかった。
「ミーシャ。ヤス殿が何をしたのかはわからないが流石に・・・」
「そうね。教えてくれるとは思えないけど、聞いてみる必要はあるだろうね」
「アフネス殿?」
「ダーホス。スタンピードの時期が明確になっていないから正確な事は言えないけど、ヤスは領都とユーラットの間を最低でも1往復している。その間にスタンピードがユーラットに近づいていると考えるのが自然だ。それなのに、ヤスは無傷で領都にもユーラットに現れた。イザークが見た所、アーティファクトにも傷がなかったのだろう?」
急に声をかけられたイザークは肯定の意味を込めてうなずく。
うなずいてから一つだけ伝えていない情報があることを思い出した。
「ヤスの奴、俺と話をしたときにかなり疲れていたのは確かだぞ?」
「「!!」」
アフネスとミーシャがイザークの言葉に驚いている。
「イザーク。それは本当か?」
「うーん。間違いないかと言われると心配になるけど、疲れているように見えたのは間違いないぞ?」
「・・・。そうか・・・」
アフネスが考え込んでしまった。
実際には、単純に寝ていないから疲れていただけなのだが、ヤスが乗っているのを通常のアーティファクトと同等だと考えている面々は、ヤスの魔力を使って動いていると思っているためにヤスの疲労はアーティファクトを酷使したためだと考えたようだ。
実際に魔力は使っているが、ヤスの魔力だけを使っているわけではない。そのために、皆が考えているほどヤスには負担はない。
「そうだ!」
ミーシャが何かを思い出した。
正確には、報告すべきことを思い出しただけなのが、あたかも”今思い出した”雰囲気を出すことにしたのだ。
「どうした?」
「いや、領都からユーラットに来る途中の石壁や湧き水や空き地は確実にヤス殿が行ったことだろうとは思うが一つだけ不思議なことがある」
「ん?石壁や湧き水や空き地だけでも不思議だぞ?」
「ヤスのことと、スタンピードのことは、領都からユーラットの道中の話を話し終えてから話をしませんか?」
ミーシャが気になるワードを口にしたことから、ダーホスも状況を確認してからスタンピードのことを聞くことに方向転換した。
「姉さんもダーホス殿もイザーク殿も、今から説明が終わるまで質問はしないでください。答えられません。ラナとデイトリッヒは補足をお願いします」
ミーシャは、領都を出た辺りからの説明を始めた。
当初は予定よりも遅れていたことも正直に話をした。
神殿の麓に来たときの異様な風景は言葉では説明が難しいと思っていたのだが、ラナとデイトリッヒが補足を入れることでアフネフにもダーホスにもついでにイザークにも伝わった。
「ミーシャ。質問ではなく確認なのだが?」
「何でしょうか?姉さん」
「石壁は、イザークが数日前に門の近くにできたと言うのと同じか?」
「同じなのかわかりませんが、麓からユーラットまで続いています。それから、私の憶測ですが、裏門まで続いているのではないかと思います」
「そうか・・・。ミーシャ。話の腰を折って悪かった続きを頼む」
ミーシャは不思議な休憩場の話をまとめた。
「それで?」
「発見者は私ではなくデイトリッヒですが、神殿の麓は海までの距離も近くなっています」
「そうだな」
ダーホスが肯定する。そのまま、イザークにギルドから周辺の概略地図を持ってきてもらった。普段はギルドの関係者にしか見せることが無い地図だ。
「この辺りか?」
ミーシャはよくわからないと言葉を詰まらせたので、デイトリッヒが補足を入れる。
「わかった。それで?」
ダーホスが地図に置き石をしたことを確認してから話をすすめる。
「この辺りの海は崖になっていますよね?」
ダーホスとイザークがうなずく。
「崖の下と表現していいのかわからないけど、捨てるように大量の魔物の死骸があった」
「なに!本当か?」
ダーホスが立ち上がってミーシャに詰め寄る。
「ダーホス。少し落ち着け。話の続きがありそうだ」
「姉さん。ありがとうございます。それで死骸には、コボルドやゴブリンやオークやオーガだけではなく上位種や変異種らしく死骸もありました」
「数は?」
「わかりません。それこそ、おびただしいと表現してよいかと思います。それだけではなく、大量のスライムも確認しました」
「数は・・・確認するしか無いか?」
「ダーホス。それは無理だ。スライムが居たとミーシャが言っていただろう?すでに溶かされてしまっているだろう」
「姉さんのおっしゃっている通りです。私たちが確認した時でもすでに溶かされた死骸がありました」
ダーホスは少しだけ考えてから口を開く
「そうなると確認するには降りて魔核を確認する必要があるのか?」
「あっそうでした。すべてを確認したわけではありませんが、ゴブリンやコボルトは喉の下辺りを、オークやオーガの中型種は、胸の中心部分が切られていました」
ミーシャの説明をデイトリッヒが補足する。
魔物が自ら死んだわけではない事はわかっている。確実に人の手が入っている証左である。
ヤスだけの仕業であると考えるのには無理がある。
最低でも、数千の魔物を倒せたとしても、それを崖に落とす作業だけでもかなりの時間が必要だ。二人の説明から、かなりの距離を移動しながら魔物を倒して、倒した魔物から魔核を抜き取って、さらに崖下に落としていくことが可能なのか?それだけではなく、海には存在しないスライムを死骸の処理に使っていることも不思議な方法だ。ギルドに持ち込めば換金できる。
「結局、ヤスを問い詰めないと話がわからないということか?」