異世界の物流は俺に任せろ


 少し整理しよう。

 ここはどこだ?

 俺の記憶が正しければ、車を停めて仮眠したのは、東名高速下り中井PAだ。でも、周りを見ると、そんな雰囲気ではない。

 見たことがない場所だ。道路ですら無いのかもしれない場所で、愛機のマルスに乗っている。

 そうか、夢である可能はあるな。
 ラノベの読み過ぎで、頭が混乱しているのかも知れない。もう一度寝よう。そうだ、それだ!寝て起きれば・・・。問題解決・・・にはなっていないだろうな。

 寒さを感じる。確か、今日は6月で夜は涼しいかも知れないが、寒いと感じる気温では無いはずだ。暑いのなら、まだ解るが・・・。寒いと感じてしまう。

 そして決定的なのは、フロントガラス越しに見える。
 子供より少し大きい身体で、緑の体表面色を持ち、腰に布を巻いただけの姿で、粗末な・・・棍棒のような物や、錆びついた剣や槍を持っている。生物が、10~20匹こちらを伺っている。ギィギィやギャギャと叫んでいる。

 どう見てもゲームやマンガで見た、”()()()()”だ。

 俺って転移しちゃったの?
 そんなわけないよな?

 死んでも居ない・・・。多分。
 誰かを助けたわけでもないからな。きっと夢・・・は、もうやめよう。

 それに、マルスが有る。この世界ってガソリン有るのかな?
 そもそも、トラクタ部分だけで、トレーラがなくちゃ使いみちがあまりないよな?接続部分を作って、引っ張るにしても、テクノロジーの違いを吸収できるとは思えない。そもそも、ガソリンの入手ができるのか?
 ラノベの定番設定だとしたら、中世くらいの技術や文化だろう?魔法があるかも知れないが・・・。どうなのだろう?

 そもそも、マルスを動かして大丈夫なのか?
 こいつなら、ゴブリンを跳ね飛ばすくらいはできそうだけどな。

 とりあえず、再度、火を入れてみるか?

 マルスの起動スイッチを押す。

 電飾が灯る。なんとなく安心できる。
 そうだナビ!マルス本体なら、何かしらの情報があるかも知れない。

”ピッピッピッピ”

 やはりダメか?エラー音が虚しく響く。

”マスター登録をお願いします”

 は?
 マスター登録?アイツらに言われて、何度か初期化したが、マスター登録なんて要求されなかったぞ?

”マスター登録をお願いします”

 えぇやり方がわからん。アイツらがいじったから、マニュアルなんて置かれていない。
 そうだ!スマホ!

 取り出すが、電波・・・がある?
 繋がる!

 しかし、セットアップしていたツールが全部無くなっている。
 ”マルス”というアプリだけが残されている。これも、あいつが作ったものだ。マルスの状態を見たり、短い距離なら呼び寄せたりできる物だ。

 電話アプリは入っているが、電話帳には、”マルス”とだけ存在する。

 克己や真一に連絡できれば何かがわかったかも知れないのに!

”マスター登録をお願いします”

「やり方がわからん!それにここはどこだ!」

”マスター登録の方法を説明します”

 お!進んだ
 ナビだった画面に説明が出るようだ。さっきまで真っ暗だった物が光った。
 言語を選択するのか?日本語以外、何の文字なのかわからない。日本語を選択する。

”日本語が選択されました。レールテ標準語とのコンバートを開始します・・・・・コンバート成功しました。これより、レールテ標準語と日本語には相互変換が適用されます”

 へ?
 意味がわからないけど、まぁいい。

 画面が次に進む。
”魔力の登録を行って下さい?”

 俺、魔力なんて持っていないぞ?

「マルス。俺、魔力なんて無いぞ?」

”レールテでは、必ず魔力を持っています。ナビに触れてください”

 俺、レールテ?生まれじゃないのだけどな。
 言われた通り、ナビの画面にふれる。12.1インチのディスプレイだ。

”魔力パータンを検知。登録・・・成功しました。登録名:ヤスシ・オオキ 年齢:21 種族:不明 ステータス:体力A 腕力B 精神力A 知力H 魔力A 魅力A スキル:マルス 生活魔法”

 知力Hってなんだよ。確かに、俺は頭が悪かった。でも、Hは無いだろう。Hは!
 年齢21ってかなり若返っているけどいいのか?さっきから気になっていたが、フロントガラスに映るのが俺だとしたら、かなりイケメンになっている。イケメンのトラック運転手で、21歳。どっかのTVに出られそうだな。髪の毛も、完全な茶髪になっている。短くしていたが・・・そうか、21歳くらいの時には、茶髪にして少しだけ長めにしていた時期だ。その時と同じくらいだろう。
 あの頃は楽しかったなぁ・・・彼女も沢山いたしな・・・。

 おっと、現実逃避は良くない。
 確実に異世界なのだろう。

 さて次は?

 画面が次に進む
”拠点の構築を行います”

「拠点?」

”マルスの整備・補充を行う場所です”

「俺、簡単な整備しかできないぞ?それこそ、エンジンオイルの交換とか・・・。タイヤ交換くらいだぞ?」

”整備は、マルスが自動的に行います”

「自動的?」

”工房にて、オートモードで整備・補充を行います”

「そうか、任せられるのだな」

”了”

「まかせた」

”オートモード設定。それに伴い、拠点にマルスが移動します”

「え?拠点がマルス?お前もマルス?」

”マルスはマルスです”

「わかりにくいな。よし、お前は、ディアナだ」

”登録しました。拠点/工房を、マルス。車体をディアナと呼称します。マスター拠点の設置をお願いします”

「設置と言っても、勝手に作っていいのか?」

”問題にならない場所をサーチ・・・成功。65,535(上限)箇所が該当”

「多いわ。そうだな・・・その中から、ここから近い場所で、なるべく広くて、そうだな・・・。海辺で街が近いのに、山の中腹に有るような場所はあるか?」

”近くと広いと中腹の定義が曖昧です”

「そりゃぁそうだな。距離は今のディアナで移動できる距離の半分程度ではどうだ?”広い”はそうだな。4キロ平米以上の広さで、中腹は、周りを山に囲まれていて、山の真ん中より上の場所で、そうだな。人がほとんど寄り付かない場所、あと、誰の土地でもなく、問題にならない場所だな」

”エネルギー残量検知・・・成功。距離換算・・・成功。条件にあった場所を検索・・・成功。1箇所該当します。場所は、ユーラットから10km山に入った場所に、40キロ平米の更地があります”

「そこは、何が有った場所だ?」

”古代神殿があり、居住スペースも存在します。総てを、マルスの支配下に置くことができます”

「なんか、ヤバそうな感じはするけど、そこだけなのだよな?問題になりそうに無いのならいいかな。マルス。拠点をそこに設置」

”拠点作成・・・成功”

 画面が終了にならない。

”情報端末の登録をお願いします”

 スマホが、振動して存在を主張する。
 ポケットから取り出す。

 マルスアプリが立ち上がって居る。

 画面には、マルスと接続しますか?
 となっている。YES 以外の選択肢がある事が不思議だが、様式美なのだろう。YES を選択する。

”情報端末登録・・・成功”

「情報端末にも名前が付けられるのか?」

”可能です”

「よし、エミリア。情報端末は、”エミリア”にする」

”情報端末の名称変更・・・成功。エミリアと呼称”

 スマホにも同じ画面が表示される。
 これで、登録作業が終わったようだ。拠点/工房(マルス)の説明や、(ディアナ)の説明や、スマホ(エミリア)の説明が、表示されている。とりあえず使ってみるが基本の考え方だ。マニュアルは困った時に開けばいい。今は後でマニュアルを確認できる事がわかれば十分だ。
 マニュアルは便利な事に同じ内容が、エミリアのアプリからでも参照できるようだ。

 ここまでくれば、認めるしか無いだろう。
 ここは異世界だ!

 おれ、死んだのかな?死んだ記憶は無いけど若返っているし、戻れないだろうから、死んだと同じだよな。
 まぁ1人身だし、弟は居るけど・・・もう何年も音信不通だし、親はすでに他界しているからな。友達といえる奴らも、桜と美和と克己と真一くらいだろう。あぁあいつも居るけど・・まぁいいかぁ

『マスター』

「マルスか?」

『マスター登録が終了いたしました。拠点の制作が終了しました。拠点の把握が終了しました。ディアナの機能把握が終了しました。マルスとディアナの接続が完了いたしました。エミリアの機能把握が終了いたしました。マルスとエミリアの接続が完了いたしました。ディアナとエミリアの接続が完了しました。マルスが古代神殿を把握しました。続いて、マスターヤスシ・オオキとマルスの接続し進化を開始します』

「おっおう」

『接続許可・・・完了。接続・・・完了。マスターヤスシ・オオキの進化を開始・・・進化成功。これにより、マスターヤスシ・オオキは情報生命体に進化しました。続いて、神殿及びディアナ及びエミリアとの接続を行います』

「あっあぁ」

『接続許可・・・接続完了。これにより、マスターヤスシ・オオキは、拠点及び神殿の権能を、いつでも使えるようになりました』

 え?いきなりどうした。情報生命体ってなんだ?

「いきなり過ぎてわからん。情報生命体ってなんだ?」

『神殿で保管されていた古代魔法です。肉体生命体は、肉体の老化及び損傷で生命維持活動が終わります。情報生命体は、神殿に生命情報を保管します。肉体の老化及び損傷による生命維持活動の損耗を防ぐことができます。なお、生命情報は、神殿・マルス・エミリアに保存されるため、同時に3箇所を破壊されない限り、失われる事がありません。次に、マスターヤスシ・オオキの伴侶をお決め下さい』

「伴侶?」

『伴侶は、マスターと同じ情報生命体または、情報生命体への進化が可能な者をお選びください』

「今居ないから保留はできる?」

『可能です。また、進化条件は、マスターの総てを受け入れる事です』

「はぁそんな事調べられないだろう?」

『探索魔法構築・・・成功。エミリアにて、進化条件を満たしている場合にシグナルが出ます』

「へぇまぁその前に、人に会ったりしないと状況が判断できないな。そう言えば、俺のステータス?で種族がハテナ()ハテナ()ハテナ()になっていたけど、情報生命体とか出るのか?それは一般的な事なのか?もし、違うのなら、隠蔽や偽装とかできると嬉しいのだけどな」

『ステータス改ざん実行・・・成功。マスターヤスシ・オオキの種族を、人族に変更・・・成功』

「マルス。サンキューな。それじゃ、拠点に移動するか?」

『かしこまりました』

 おぉぉぉ火が入る。
 エンジン音はそのままだな。

 ライトが灯る。ワイパーも動く。そのままだな。

 アクセルを踏み込む。エンジンの音が気持ちいい。安心してしまう。

 ナビは使えないだろうな。拠点まではどうやって行けばいい?

「マルス。拠点までのナビは可能か?」

『エミリアが答えます。マルスは、工房に移動しました』

「そうか、エミリア。ナビは可能か?」

『かしこまりました。ナビを開始します。道情報がありません。方角と距離を示します』

「あぁ頼む」

 ナビは、西南西の方角を示している。距離にして約500km。高速なら、6時間と言ったところか?

 道がないかわりに、制限速度などという物も無いだろう。

「エミリア。この世界・・・レールテとか言ったな。主な移動手段は?」

『マルスに接続します・・・成功。情報を検索・・・成功。常時接続モードを推奨します。主な移動手段は、徒歩または馬車』

「接続は許可する。馬車の移動速度って、時速で4kmとか8kmだよな?」

 音声では答えられなかったが、ディスプレイに”了”と表示されたので、常時接続モードになったのだろう。これで、検索がスムーズにできるようになるだろう。

『レールテでは、魔法馬車が存在します。これは、時速10km程度には速度が出ますが、一般的な馬車では、6km程度です』

「そうか、それなら物流とかの仕事ならありそうだな。ディアナを使えばかなりの速さで・・・そうか、トレーラが無いのか・・・」

『トレーラでしたら、拠点にご用意できます』

「なに!?」

『マスターとマルスが接続した事により、マスターの記憶を参照いたしまして、トレーラの再現に成功しました。拠点にて、制作が可能です。他に、物資の補充も可能です』

「それって、俺以外でも運転・・・操作できるのか?」

『できません』

「なんとかできないのか?」

『マスターへの隷属・・・奴隷契約を行う事で可能です』

「もう少しゆるい契約・・・そうだな。従業員契約とかではダメなのか?」

『従業員契約を検索・・・失敗。契約情報を参照・・・成功。従業員契約を構築・・・一部成功。条件付きで行えます。従業員契約には、魔力の登録が必要です。魔力パターンにて、運転が可能です。ただし、運転技術の確認ができないために必ず運転できる保証はありません。また、従業員契約では神殿への入場はできません。マスターの記憶にある駐車場や従業員宿舎への入場だけの権限です』

「うーん。丁度いいかも知れないな。駐車場や従業員宿舎は作れるのか?拠点や神殿に入れるのは、俺だけなのか?」

『駐車場と従業員宿舎を検索・・・成功。制作権限取得・・・成功。場所の確保・・・失敗。マスター、駐車場と従業員宿舎の広さや規模はどういたしますか?』

「駐車場は、拠点の近くに確保で、できるだけ広く。そこに、従業員宿舎を、俺の記憶にある”従業員宿舎”で作成できるか?」

『できるだけ広く確保するとしたら縦横10kmほどの広さまでいけます』

「そんなにいらないな。でも土地は確保しておいて、まず駐車場は縦横2kmくらいで、従業員宿舎は、大丈夫か?」

『土地確保・・・成功。駐車場作成開始・・・作成開始成功。終了まで、3日かかります。従業員宿舎は、3階建てで20家族が住めるくらいでよろしいですか?全部屋に風呂とトイレを完備。キッチンも作成。1階には社員食堂を作成。隣接して、娯楽施設を作成。で、よろしいですか?』

「この世界の標準がわからないからな・・・従業員宿舎は一旦保留」

『従業員宿舎保留申請・・・成功。一旦保留します。土地の確保のみ行います』

『続けまして、拠点と神殿への入場規制に関してですが、マスターとマスターの伴侶。あとは、永続奴隷契約を結んだ者です』

「永続奴隷契約?」

『通常の奴隷契約では、従業員契約とほぼ同じです。拠点への入場はできますが、神殿・・・マスターの居住区への入場はできません。永続奴隷契約は、解放される事がない、マスターに従う奴隷です』

「犯罪奴隷とは違うのか?」

『犯罪奴隷を検索・・・成功。犯罪奴隷ではありません。犯罪奴隷は、賃金を必要としませんが、永続奴隷は、マスターとの間で取り決める報酬が必要です』

「報酬を払えば、犯罪奴隷も永続奴隷扱いになるのか?」

『なりません。犯罪奴隷は、国が定める物です。永続奴隷は、奴隷本人の申請が必要です』

 なにか抜け道がありそうだけど、まぁいいか。

 よし!
 異世界での初ドライブに出発するか!

 どっかのHONDA狂が改造(魔改造)して操作が通常のトラックではなくなってしまった。

 ステアリングに付いているクラッチボタンを押しながら、パドルでセミオートマのギアを繋ぐ。スタート時だけの操作だが、文句をいいながら結構気に入っている。うまくつながらなくても、エンストするわけでもなく、少しホイルスピンするくらいだ。

 地面の状態がわからないから少し回転数を抑えめにすればいいだろう。

 降りて確かめようと思っても、ゴブリンが周りを囲むようにしている。多分、降りたら襲われて殺されるだけだ。

 ヘッドライトを付ける。もちろん、ハイビームだ!

 正面に居たゴブリンどもが慌てて逃げる。
 なにかの攻撃とでも思ったのだろう。

 クラッチミートはうまくできた。ホイルスピンも無いようだ。
 ゴブリンたちが逃げた場所にディアナを走らせる。

 俺とディアナは、ゴブリンの群から無事脱出した。

 異世界のドライブと洒落込もう!

 どのくらい走った?

 何回か、コボルトやゴブリンと思われる(魔物?)に遭遇した。石礫や弓矢や何やら魔法らしき物で攻撃してきていた。

 しかし、マルス・・・ディアナには、一切通用しなかった。バリアやATフィールドを張っているわけでも結界でも無いようだが、傷が付くことはなかった。
 フロントガラスに、石を投げつけられた時には”フロントガラス”が割れたと思ったが、石の方が砕け散った。

 過信は禁物だが、ディアナの中にいれば俺は安全なのではないか?
 大物の魔物が出たときには、全速力で逃げれば・・・・。逃げ切れるよな?

 マルスは、駐車場/居住スペースの作成を実行中で応答ができないらしい。俺の対応は、エミリアが行っているようだ。
 それにしても、ディアナの移動が可能な距離は、最低でも1,000kmになるってことだよな?500km先にある拠点までが半分の距離だって事だからな。
 現在のガソリンメーターが指しているのは”F”近くだ。ほぼ満タンだということを示す。これもおかしな話だ。日本?で、静岡から都内に東名と首都高を使って走った。帰り道の中井PAまで走っている。最低でも200kmは走っている。それなのに、ほぼ満タンという事は経験的にありえない。

 異世界補正がかかっているのか?

 考えてもわからないけど、少し気持ちが悪いな。

 考えても結論は出てこないだろう。でも、何らかの方法でガソリンが補充されたと考えると、満タンにすればもう少し走れそうだな。
 途中でガソリンスタンドなんて無いだろうから、給油方法を考えておく必要がアルのだろうな。

 まぁのんびり行くか!
 異世界に来てしまったのは間違い無いだろう。戻れるかわからないけど、若返っている事を考えると、戻る事はできないのだろうな。戻れないのなら、戻れないでこちらで楽しめる事を探せばいいだろう。娯楽は少なそうだよな。

 ラノベの定番設定だとすると・・・。ハーレム・・・かぁ・・・。俺にゃぁ無理だな。

 うーん。流石に、道が悪い。
 跳ねるまではいかないが速度をかなり落とさないと走る事ができない。直線距離で、500kmだからな。今も、道なりに進んでいるけど、方角が違うからな。
 考えてもしょうがない。ナビにはならないが、指し示される方向に向かって、ディアナを進める事にするか?

 そうだ!

「ディアナ!」
『はい。マスター』

「おぉぉ音声入力に対応しているのか?」

『エミリアが答えます。ディアナは音声出力には対応しておりません。しかし、ディアナ内部にて操作する場合は、安全を考えて、エミリアがディアナからの情報をマスターに伝えます』

「そうか、わかった。エミリア。自動運転って、なにができる?」

『質問が曖昧です』

「うーん。俺が運転しなくても、速度を20kmに固定して、安全に走れるルートで、目的地に向かう事はできるか?」

『可能です。ただし、不測の事態への対応が行えないため、補助機能だとお考え下さい』

「そうだよな。わかった」

 自動運転といいながら、運転できる人間が運転席に座っていないと安全ではないと言うことだな。
 日本の道路で行う自動運転よりは安全なのだろうな。周りに同じ速度で走る車が居ない。周りにだけ注意していれば避けられそうだな。速度は、圧倒的にディアナの方が早いだろうからぶつからないようにだけ注意していれば良さそうだな。

「エミリア。周りの状況を判断する事はできるか?」

『質問が曖昧です』

「エミリアの周り10m程度。前方50mに生き物の反応が有った時に、アラームで知らせる事は可能か?」

『現状は不可能です。前方と後方のみカメラが有るので可能ですが、真後ろは不可能です』

 そうか、トレーラーを連結する関係で、真後ろにはカメラの装着はしていないからな。カメラが売っていたら、後方にも着けたいな。
 売っているわけ無いだろうけど・・・。

「わかった。前方と後方の見える範囲で、生き物の反応が有った時には、アラームで知らせてくれ。後は拠点まで、速度を30kmに固定して、安全に走れるルートを選択して走ってくれ、多少時間がかかってもいい」

”了”

 ディスプレイに表示された。エミリアではなく、ディアナが答えてくれたようだ。

「ディアナ。エミリア。俺、居住スペースに居て問題ないか?」

『問題ありません。魔物の反応を見つけた時の対処は?』

「”対処”とは?」

『はい。1.轢き殺す。2.跳ね飛ばす。3.直前で停止。4.見える位置で威嚇。5.発見次第クラクションを鳴らす。6.マスター自ら殺す。どれにいたしましょうか?』

「は?どれも却下だ。見つけ次第。その場で停止。俺に知らせろ」

『かしこまりました』

 エミリアなのか、マルスなのか、ディアナなのか、わからないが、過激な思想を持っているようだ。少しだけ注意しておこう。俺の影響じゃないよな。絶対に元を作った、桜か、真一か、克己か・・・の影響だろう・・・そう思いたい。いや、そうに決っている!

 自動運転の経験はないが、異世界の道を走る事自体初めてだし、数時間走った感じだと、ディアナ以外の車はなさそうだ。人や動物さえ轢かなければ、問題は無いだろう。

『マスター。左前方に、ゴブリンです』

「エミリア。魔物とそうじゃない生物の区別はできるか?」

『可能です。しかし、現地での呼称と一致する保証はありません。マスターの記憶上の呼称を利用しています』

「わかった。それなら、未知の生物や人を検知したら、停止して知らせろ」

『かしこまりました。あのゴブリンはどうします?』

「無視だ」

『かしこまりました』

 ディアナがまた走り出した。
 ゴブリン達がディアナの前に躍り出てきた。襲おうとするようだ。

 ”あっ”と思った時には、既に遅かった。
 ディアナが、十数体居たゴブリンを跳ね飛ばした。

「あっ!」

 大丈夫なわけないよな。
 子供くらいの身長のゴブリンが宙を舞っているのが見えた。

”ゴブリン6体討伐”

 ディアナからか?
 ナビに文字が浮かんでいる。

「ディアナこれは?」

『マイマスター。エミリアが答えます。ディアナが、魔物を討伐した事を記憶しました』

「ん?魔物討伐?」

『はい。この世界では、生き物を殺すと、討伐記録が刻まれます。マルスは、その討伐数で機能や消耗品の補充を行います』

「討伐数?」

『討伐記録を見る事で確認ができます』

「討伐に関してはいい。それよりも、討伐する事で、マルスのできる事が増えるのか?」

『はい』

「魔物って討伐していい物なのか?」

『魔物討伐を検索・・・成功。レールテには、人族と呼ばれる種族と、魔物と呼ばれる種族が存在します。人族が含まれる動物と植物に分類されます』

「あぁ」

『魔物は、動物でも植物でもない存在で、レールテを脅かす存在です』

「討伐して大丈夫なのか?」

『マスターの記憶を参照・・・成功。マスター。レールテを人の身体だとお考え下さい。魔物は、身体を蝕むウィルスに相当します』

 あぁウィルスは排除しないと駄目だ。・・・と、いう事だな。

「エミリア。身体に有益なウィルスも存在するよな?」

『情報を検索・・・失敗。検索条件が曖昧なために失敗しました』

 まぁいいかぁ
 魔物は討伐しても大丈夫な物と認識していれば大丈夫なようだ。

 まずは、拠点に戻って、どんな事ができるのかを把握しないとな。

「ゴブリンは殺していいよな?」

『わかりません。マスターの記憶からは、ゴブリンは殺して問題ないと判断されます』

 そうか、やはり、現地の人とのコミュニケーションも考えないとダメだな。魔物の討伐を含めた、異世界の常識を俺の常識と比較したい。
 俺の知識と言っても、ラノベやアニメやマンガの知識だからな。正しいとは限らない。

「まぁいいか・・・考えてもわからん。ディアナ。俺、居住スペースで休んでいるから、頼むな」

 ディスプレイに”了”とだけ表示された。

 居住スペースに入る。運転席から移動が可能なのだ。残ったゴブリンが気になるが、気にしてもしょうがないだろう。
 スタートも、問題なくディアナができるようだ。少しだけホイルスピンしたようだが、まぁ問題ないだろう。

 ディアナがゆっくりと速度をあげていく、心地よい振動と、安心できる空間で、睡魔が俺を襲ってくる。

 ディアナが大きく跳ねた。バンプが有ったのだろう、こんな路面じゃしょうがない。

「ディアナ。俺、どのくらい寝ていた?」

『エミリアが答えます。マスターは、36分42秒ほど、意識を手放されていました』

 おいおい。脈拍でも測っているのか?
 まぁいい。30分ちょっとネタだけで頭はスッキリしている。もともと眠気が強かったわけじゃない。
 気分的に横になりたかっただけだが、やはり混乱して緊張して疲れていたのかもしれない。

 運転席に戻るが、ハンドルは握らない。ディアナの自動運転を見ている事にした。

 観察していて、わかったのだが、俺の運転と似ている。アクセルワークから、ハンドルの切り方、ブレーキングポイントポイント、ブレーキの深さ・・・何から何までというわけじゃないが、俺が運転していてもそうするだろうなと思える運転をしている。
 速度を見ると、20km/h程度だ。周りの景色から、もっと遅いかと思ったが、比較できる物がない場所では、どうしても遅く感じてしまう。

「ディアナ。速度は、これ以上は出せないのか?」

『エミリアが答えます。姿勢制御が切られています。速度を上げると振動が激しくなります』

 そりゃぁそうだよな。
 でも、やってみないとわからない!

「試しに、30km/hで走行」

”了”

 速度が少し上がる。
 振動が激しくなる。ハンドルを握っていないので判断は難しいが細かい調整が必要だろう。

 今はディアナが細かく調整しているのだろう。トラクタだけだから余計に振動には弱いのかもしれない。
 荷物を積んだトレーラーを引っ張っていたら、もっと慎重に走らないと横転しても不思議ではない。

 思った以上に道が悪い。馬車で走っているとしたら、かなりの振動が乗っている人間に伝わるだろう。

 でも・・・。ラリーカーとかで走ったら楽しいかもしれないけどな。そう言えば、WRCのヤリスは総合優勝はできたのか?
 岐阜-愛知で行われるWRC日本を見に行きたかったな。

「ディアナ。運転を変わる」

”了”

 やはりハンドルを握ると、安心できてしまう。
 異世界に紛れ込んだのか、それとも、呼ばれたのかわからないが、マルスが一緒で良かった。俺1人なら、多分最初にゴブリンに囲まれた時点で死んでいただろう。それに、マルス・・・今は、ディアナか・・・に乗っていると、桜と真一と克己や”あいつ”との繋がりを感じる事ができる。アイツらなら、俺が居なくなっても、あの場所をキープしてくれるだろう。アイツらにとっても大事な場所だからな。

”ビィービィービィー”

「どうした!」

『マスター。前方に、ゴブリンが16体。人族と思われる人物が1名。近くに、乗り物の残骸があり、人族と思われる亡骸があります』

 ゴブリンに襲われている!
 ラノベの定番だな。お姫様か商人の娘・・・。まぁいい。助けないという選択肢はない!

「エミリア。接触までどのくらいだ!」

『今の速度だと、23秒後です』

「わかった!飛ばすぞ!」

”了”

 アクセルを踏み込む。
 路面の振動で、ハンドルが取られる。

「ディアナ。姿勢制御は可能か?」

 無茶を言ってみる。
 克己が、ダンパーにコンピュータ制御を入れて、振動が激しいときの姿勢を”なんちゃら”と、言っていたのを思い出す。

『エミリアが答えます。可能です。行いますか?』

「姿勢制御をオン!」

”了”

 揺れが少なくなる。
 ハンドルが安定する。桜は・・・別にして、克己や真一は本当にすごかったのだな。日本に帰る事ができたらしっかり礼をいわないと駄目だな。あいつらすごいことをしていたのだな。

 馬車の残骸が見えてくる

「キャァァァこっちに来ないでぇぇぇぇ来るなァァァ!!!犯されるゥゥ」

 よし!女だ!
 どこかの国のお姫様に決定!馬車は古いようだし騎士や御者の姿も見えないが、お姫様一択でお願いします。

「エミリア。どこに突撃するのが安全か計算できるか?」

『不可能です。経験が少なく、エミュレートに失敗しました』

 なにぃぃぃ経験が少ない!!!!
 道中で、ゴブリンやコボルトを跳ね飛ばしておけばよかったって事か??

 男は度胸!

 狙いは、お姫様の目の前で停止して、ドア開けて、ディアナに引っ張り上げる。
 これしか無い!

 アクセルを緩める。ハンドルに付いている、速度固定のスイッチを押す。
 これで、ブレーキを踏み込むか、アクセルを踏み込むまで、速度が固定されるはずだ。ハンドル操作だけに集中する。

 距離も問題なし。路面の感じも掴んだ。

 あとはブレーキのタイミングだけ。滑るなよ!かっこ悪いからな。

 よし。フルブレーキ!

 少し、リアが流れた!大丈夫、お姫様には当たっていない。砂埃で見えないが、お姫様は無事(だといいな)!

 路面の関係で距離があいてしまった。完全に停止してから、ドアを開ける。

「こっちだ!急げ!」

 言葉が通じるのか?
 女は、驚いているが、とっさに判断したのだろう。頭のいい女は好きだ!

 俺が差し出した右手を握った。
 温かい、人の手だ。

「飛べ!」

 女は地面を蹴った。
 俺は、力任せに女を引っ張り上げる。

 女はハンドルを持った左腕に背中を預ける格好で、俺の腿の上に座るような格好になる。

 ディアナの中に女が入った事を確認して、アクセスを踏み込む。
 ドアを閉めて、女の無事を確認する。

 前方に居たゴブリンを跳ね飛ばした。
 ハンドルに嫌な感触が伝わってくる。ドライバーをやっていて初めて動物・・・人型の生物を跳ねてしまった。

 女が、ハンドルを握った。女はハンドルを回った状態で固定している。

 女が俺の足の上に乗っている、踏み込みを緩める事ができない。

 ディアナが急発進。

 舗装されていない路面での急ハンドル。

 ディアナがスライドする。

 後輪がスライドする。横に居たゴブリンどもを跳ね飛ばす。馬車の残骸が後輪に当たったのだろう。なにか破壊する嫌な音がする。

「おい!手を離せ!」
「え?」

 意味が通じたようだ。
 女は、ハンドルから手を離した。

 ハンドルを緩やかに戻してしっかり固定する。パドルでクラッチを外す。踏み込んだ状態のアクセルを戻す。

 周りを確認するが砂が舞い上がって何も確認できない。落ち着くまで少しかかるだろう。

 女を観察する。どうやら、お姫様ではなさそうだ。

 町娘風だ。お姫様じゃ無かったか・・・。まだ、大商人の娘やお忍びで来ている近隣諸国のお姫様の可能性だってある!

 しょうがない。女である事は間違いない。それに、ファーストコンタクトだ!大切にしよう。

 まだ、俺が差し出した手を握っている。本人も意識していないのだろう。

 年齢は、多分高校を卒業したくらいか?未成年でなければOKだ。何がOKなのかはわからないが、法律に触れなければ大丈夫だ。

 おっぱいは・・・。小さい。まぁ巨乳派ではないから問題ない。巨大よりは、小さいくらいの方がいい。

 髪の毛は、金髪だ。
 かなり汚れている。鎖骨を越えるくらいの長さがある。顔は、一瞬しか見ることができていない。今は、震えて俯いてしまっている。

 握られた手や服から覗く腕や脚は、若さがある事がわかるが、多少汚れているように見える。

 うーん。やはり、風呂は無いと思ったほうがいいかもしれないな。

 見えている部分に大きな傷はなさそうだ。

 1番の問題は、俺の腿の上で動こうとしない事だ。
 その状態で、汗やらもしかしたらゴブリンに襲われて漏らしているのかもしれない匂いもしている。微妙だが、女の匂いもしている。

 いろいろ聞きたいが、今は落ち着くのを待ったほうがいいだろう。

 周りに居たゴブリンどもの耳障りな声も聞こえない。舞い上がっていた砂も落ち着いたようだ。

”ゴブリン15体討伐”

 ん?全部で16体だったはず。どこかに隠れているのか?吹き飛ばされたけど、生き残ったって事か?

 ディアナが停止してから少し経ってから、エンジンを切る。
 エンジン音がなくなって、静寂が訪れる。

 さて、状況を確認しよう。

 今、金髪・・・まぁまぁ美人の汗と雌の匂いをさせて少々別の匂いも混じっている女が腕の中に居る。まだ、俺の差し出した手を握って震えている。ハンドルを握っていた手を離して、肩を抱き寄せるようにしている。
 少しでも落ち着いてくれると嬉しい。震えている事から、よほど怖かったのだろう。ゴブリンの群れに襲われたのだから、怖がるなというのが無理な注文なのかもしれない。

 ディアナからの報告では、15体のゴブリンを倒した事になっている。最初に認識したのは、16体だから1体が生き残っていることになっている。見回したが見つける事ができない。
 窓を少し開けて、音を聞いたり周りを見るが、安全になっていると思って良さそうだ。遠くに飛ばされたのかもしれない。

 ディアナのドアを開けて、女を抱きかかえて、足を踏み出す。

”グッエェ”

 なにか踏んだ?
 生き残っていたゴブリンを踏んでしまったようだ。慌てて、その場から遠ざかるが、ゴブリンは死んでしまったようだ。俺が最後の止めを刺したのだろう。

「おい。おい。言葉はわかるのだろう?」
「え?あっ・・・うっ・・・うん」

「そうか・・。なぁ・・・。降ろしていいか?」
「え?あっ・・・・・・・・・・・・・キャァァァァァァ!!!!!!」

 片腕で支えているのだぞ、耳元で悲鳴をあげるなよ。
 落としそうになってしまう。

「暴れるなよ」
「ヤダ!ヤダ!ヤダ!犯されるゥゥゥゥ!!」

 あぁもう。落とすぞ!

「暴れると落ちるぞ!」
「ヤダ!イヤ、怖い!ダメ!」

 理不尽この上ない叫びだが、甘んじて受けよう。
 お前が俺の手を握っているのだけどな。俺としては、降りてくれたほうが、話ができて嬉しいのだけどな。

「解った。解った」

 ゆっくりと女を地面に下ろす。
 地面に足が付いて、少しは安心したのか、騒がなくなった。

「それで、いつ、俺の手は自由を取り戻す事ができる?」
「え?あっ!」

 自分が、俺の手をガッチリ握っているのがわかったのだろう、手を離して近くに転がっていたゴブリンの死体を蹴飛ばしている。よく見れば、耳が長い。もしかして・・・

「エルフか?」
「え?そうよ!エルフよ(ハーフだけど・・・)!エルフだとわかって犯すの?」

 急に強気になられても、事情がわからない。エルフだと犯されるのが当然なのか?

「犯さないよ。そんな漏らすような女を抱いても嬉しくないからな。もっと綺麗になってから来な!」
「・・・何よ。じゃぁなんで助けたのよ!僕を奴隷商にでも売るつもり?」

 おぉぉぉボクっ娘のエルフかぁ・・・一部のマニアからは需要ありそうだな。

「あぁ?そんな事をするために助けるわけ無いだろう?お前さんが”助けて”と、叫んでいたからに決まっているだろう?」

 なんだよ。その疑いの目は?
 確かに可愛いとは思うけど、まだガキだろう?

「ガキに興味はない。後10年経ったら相手してやるよ。そのくらいになれば、おもらしも治るだろうからな。ハハハ」

”バチーン”

 女は、俺の頬を殴った。平手打ちというやつだろう。今までも、何度も受けているから解る。あたる瞬間に首を少し動かすだけで、音が大きくなるだけで殴った方の手が痛いだけの平手になる。

「痛えぇな」

 俺の想像通りだ。女は、殴った手を見て驚いている。殴られる瞬間に、少し動くだけで音がすごいだけで、俺の方はそれほど痛くないようにできる。

「何よ。あんたが悪いのだからね。僕は、謝らないわよ」

「あぁいいよ。別に、謝ってほしいわけじゃないからな。それじゃ、気をつけて帰れよ!」

 俺は、失礼な女をその場に置いて、ディアナに乗り込んだ。

 ディアナに”火”をいれる。心地よいエンジン音が響く。

 ディアナの窓を開けて、ディアナのナビに映っている情報を女に伝える。

「この辺りで、生きているのは、俺とお前だけみたいだから、安心していいぞ」

 ナビには、他にも情報が表示される。

”損傷率0.05%。自動修復時間30秒”

 カウントダウンが始まる。どうやら、自己修復とやらは、ディアナに火が入った状態じゃ無いとできないようだ。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 うーん。修復中でも走っても大丈夫なのかな?

「ディアナ。修復が完了する前に、動かしても大丈夫なのか?」

『エミリアが答えます。マスター。ディアナの損傷率が激しい時には、停止状態が必要ですが、現状の損傷率では問題ありません』

「どの程度と考えればいい?」

『定義が曖昧です』

「そりゃぁそうだよな。パンクとかでも修復できるのか?」

『走行に影響するような場合には、停止状態が必要になります。また、部品の欠損なども同じく停止状態が必要です。傷や凹みの場合には、稼働状態でも問題ありませんが、修復は停止状態が有効的です』

 欠損も治るのは嬉しいな。何か条件があるのだろうけど、工房でマルスに聞けばいいか・・・。

「そうか!それは良かった。それじゃ拠点に移動するか?」

『はい。マスター』

「だから、僕を無視するな!」

「はぁ?お前は、なんだ?俺に用事でもあるのか?」

「え?あっ」

 なにか気がついたのだろう?

「どうした?」

「ごめんなさい・・・。それから、ありがとう」

「え?なんで謝る?謝る必要はないよな?」

「助けてもらったのに、殴っちゃったから・・・」

「そうか謝罪はわかった。どこまで帰るのかわからないが頑張って帰れな」

 女がキョトンとした顔をする。

「助けてよ・・・。こんな所に・・・。一人なんて・・・。どうやって・・・」

 おぉ今度は泣き落としか?
 嫌いじゃない展開だぞ!

「そうか?次に来る優しい人に助けてもらえよ?俺だと犯されるのだろう?」

 だめだ、ニヤついてしまいそうになる。

「あぁぁぁだからゴメンなさい!!僕、男の人が怖くて・・・助けて貰ったのに、命・・・、だけじゃなくて・・・、尊厳を守ってもらって・・・、ありがとうございます」

 可愛く、頭を下げる。

「それに・・・その鉄の馬車が怖くて・・・ゴメンなさい」

「わかった。わかった。お前さん、荷物とかは有るのか?」

「荷物は、アイテムボックスに入っているから大丈夫・・・それよりも、ここは本当に安全なの?」

「どうだ?ディアナ?」

『エミリアが答えます。近くに、生体反応はありません』

「大丈夫だって・・・よ。周りに、生きているのは、俺とお前さんだけだぞ」

「ねぇさっきから聞こえてくるこれって何語?なの?大陸(レールテ)語じゃないわよね?エルフの言葉でもないし?」

「そうなのか?エミリア?」

『はい。マスターにだけ解るようにと、日本語で話しかけています』

「そうか、レールテ語に設定できるのか?」

『可能です』

「わかった。でも、今はいい」

『了解いたしました』

「俺の国の言葉だ。気にしないでくれ」

「わかったわ」

「それよりも、アイテムボックスか・・・そうだ、お前さん。これからどうする?本当に誰か通るまで待っているのか?」

「・・・」

 可愛い女の子にそんな顔をさせたいわけじゃない。話をすれば情も湧いてくる・・・。乗せるのは問題ないと思うが・・・。問題は、方向だよな・・・。
 この世界のことをいろいろ教えてもらえるチャンスかもしれないからな。

「わかった、わかった、どこまで行きたい?て、聞いても、俺はこの辺りどころか、自分がどこに居るのかもわからないからな」

「そうなの?」

「あぁこの・・・ディアナって言うのだけどな、こいつと彷徨っていた」

「この鉄の馬車・・・アーティファクト?なの?」

「エミリア。どうだ?」

『アーティファクトを検索・・・成功。マスター、この雌に次のように告げて下さい”ユーラットの古代神殿に入った。アーティファクトはその時に得た、乗り込んだ瞬間に別の場所に飛ばされた”で大丈夫です』

 お!解決策まで提示してくれるとは、エミリアは優秀だな。

「細かい事は覚えていないけど、ユーラットだと思うけど、神殿でこのアーティファクトに乗り込んだら知らない場所に飛ばされた」

「え?ユーラット?」

「そう・・・だけど?」

「僕も、ユーラットに住んでいるけど、古代神殿?なんてあったかな?」

 おい。なんて展開だ。
 ご都合主義の塊だな。嫌いじゃない展開だ。小説なら読み飛ばすかもしれないが、現実だとありがたい。

『大丈夫です。”山の中腹あたりにある神殿だ”と伝えて下さい』

「あぁ・・・山の中腹あたりだと設け度、神殿だったぞ」

「・・・あそこ・・・神殿だったの?」

 もう、ラノベの定番設定で説明だ!

「らしいぞ?なんで俺が神殿に居たのかはわからない。神殿の中で、マルスを名乗る声から、そう説明されただけだからな。聞こえた声の指示された通りに、このディアナに乗り込んで、エミリアに触れたら・・・。いきなり、使い方とかが頭に流れ込んできて、気を失ってしまったようで・・・な。気がついたら、ここよりも東の知らない場所に居たってわけだ」

「・・・それじゃ、自分の名前もわからないの?」

「いや、名前とかは覚えているけど、自分が居た場所がどこなのかとか、何をしていたかとか、そういうのが一切わからない」

「え?家族は?見た目から、奥さんも居たでしょ?」

「家族は居なかった。1人だったのは間違いない。嫁さんも居なかったなって。俺ってそんなに年寄りに見える?」

「え?20歳くらいでしょ?人族なら結婚しているのが普通だと思うけど?」

 そうか・・・。
 嘘言ってもしょうがないな。結婚はしていないし、子供も”多分”いない。家族は弟が居るけど、音信不通で何年も声さえ聞いていない。

 それにしても、20歳で結婚か・・・。そんな気にはならないな。

「そっ・・・。そうか?それで、お前さんはどうする?俺も、一度神殿に戻る必要が有るみたいでな、ユーラットに向かうつもりだ。それに、あの辺りが俺の支配下になったみたいだからな」

「え?山って、どっちだろう?」

『山を検索・・・失敗。マスター、雌に、山の名前と形を聞いて下さい』

「さぁ俺もわからない。そもそも、山の名前も形もわからないからな」

「そうだよね。ユーラットから見える山は3つでね。ブレフ山はそれほど高くないけど麓に森が広がっていて魔物が沢山住んでいると言われているの、アトス山は高さも高いけど大きく峰が広がっていて3つの山の中では1番だと思う。アトス山の中腹からは神域が広がっていて入られない、ザール山は高いけどそれだけの山だけど・・・。貴重な植物やなんとかっていう高級な薬草も生えているらしいけどよくわからない」

『マスター。雌の説明にあった、神域がマスターのために確保した領域です』

「へぇ・・・(え?)・・・。多分だけど、そのアトス山にあるのが古代神殿だな」

「・・・。・・・。はぁ?貴方・・・。神人族なの?」

『神人族を検索・・・失敗。マスターの種族は、人族だとお答え下さい』

「違う、違う、人族だ」

「本当なの?それなら、なんで神域に入られるの?」

「それこそ、俺が知りたい。それよりも、お前はどうする?俺は、今からユーラットに戻るぞ?乗っていくか?」

 おっ心が動いているな。表情が大分変わった。
 ここに残されても、次に来るのが、俺のようなジェントルマンとは限らないからな。

「何もしない?」

「しない。しない。あと10年経ったらわからないけどな」

「うぅぅぅ・・・。ここにおいていかれるのも・・・。怖い。でも・・・。鉄の馬車・・・。それに、男の人・・・。でも、神域に入られるという事は、神に認められた・・・。可能性だってある。う・・うぅゥゥ」

 何やら激しく葛藤しているな。
 タバコ・・・は、やめたのだった・・・コーヒー・・・も無い。飴ちゃん・・・お!ある!

 自分だけで食べてもいいけど・・・。試しに!

「おい!」

 反応がない。葛藤中なのか?

「おい!」
「あっ?なに?」
「口を開けろ!」

 無造作に口を開ける。危険だと考えないのか?
 開けられた口に、1つ取り出した飴玉を放り込む。日本に居る時に、同僚の子供にやっていたから同じ要領でやればいいだけだ。

「え!」

 驚いた顔をする。
 そりゃぁそうか、毒でも入れられたのかと思ったのだろう。

 顔がみるみる変わっていく。

 俺も、一つ飴玉を口にいれる。
 口が寂しいときには、これに限る。甘党ではないが、疲れている時に特に欲しくなる。

「!!!」

 おっびっくりしている。
 それほど甘い物じゃないけど、美味しいだろう?

 質より量で、量と値段で選んだ物だがなかなか気に入っている。味は、6種類ある。
 俺が食べたのは”みかん”味のようだ。女の口に放り込んだのは”りんご”味のようだ。

「なにこれ?すごく美味しい!甘い!甘い!」

 興奮してくれて俺も嬉しいよ。
 飛び跳ねるように騒いでいる。

「うまいか?」
「うん。うん。うん。すごく、美味しい!」
「なめろよ。噛むなよ」

「うん。うん。でもこれって何?なんで、”りんご”の味がするの?」

 おっ嬉しい。”りんご”が”りんご”で通じるのか?

『りんごを検索・・・成功。マスターの認識に合わせて翻訳されます』

 ということは、食材や物の名前で困る事はなさそうだな。
 米が見つかれば嬉しいが、なければないで、まずは食べ物で困らないようにならないとな。

『レールテ語に変換できない物は、そのまま相手に伝わります』

 そうか、まぁそれで問題はないのだろうな。
 伝われなければ、その物がないと思えばいいのだろうからな。

「飴玉ってお菓子だ。俺の産まれた場所でよく食べられている物だ」

 しまった。
 記憶が無いとか言っておきながら・・・。

「そうなの?」

 大丈夫のようだ。神殿に入る前辺りからの記憶が無い事にしておけばいいかな。
 実際、中井PAで仮眠したあたりからの記憶が無いのも事実だからな。

「あぁ知らないのか?」

「・・・うん。知らない。祖母(ババ)様なら知っているかもしれないけど、僕ハーフだから、祖母(ババ)様に会えない・・・」

 なにか事情が有るのだろう。
 あまり踏み込むと面倒な事に巻き込まれるのだろう。

 でも、今”ピコーン”とフラグが立ったからな。
 覚えておいて損はないだろう。

「それでどうする?」

「・・・。あの・・・。連れて行ってほしいけど・・・。僕、着替えと頼まれた荷物(手紙)以外全部盗まれちゃって・・・。帰ったら、お金を払うから・・・。ユーラットまで連れて行って欲しい・・・。です」

 そうか、前払いが基本で考えているのか。
 考えていたのは、身の危険云々も有るだろうけど、お金が無いからどうしようって事だったのだろう。

「そうだな・・・。条件次第だな」

「条件?僕の身体・・・。とか?」

 身体か・・・。魅力的だけど、まだ若いな。あと10年熟成してからだな。異世界だからって10代に手を出すのはダメだろう。

「違う。違う。助けて、身体よこせって・・・。ラノベでも顰蹙を喰らうような事はしない」

「”らのべ”?」

「こっちの話だ。条件は、何が有ったのかを教えて欲しい事と、この辺りのことや、ユーラットや付近のことを教えて欲しい」

「え?そんなこと?」

「俺にとっては重要なことで、なにか思い出すかもしれないだろう?どうだ?」

「うん!それなら、でも、僕が知っている事だけになっちゃよ?」

「それで十分だ。それから、俺の事は、”ヤス”と呼んでくれ」

「わかった!ヤス。僕は、リーゼ。ユーラットの宿屋で働く、ハーフ・エルフです」

 そういって、リーゼは頭をピョコンと下げた。

 残念ながら、助けたのはお姫様でも、豪商の娘でも、貴族の娘でも無かった。

 ハーフエルフの町娘だった・・・。まぁエルフが居る事がわかっただけでも収穫には違いない。
 これなら、ドワーフとかも居るだろうし、いろいろ見て回ったら楽しそうだな。ゴブリンやコボルトが居る事や、リーゼがゴブリンに”犯される”と言っていたことを考えると、ラノベ設定のままだと考えて良さそうだ。

「ねぇヤス。僕・・・」
「どうした?乗らないのか?」

「・・・あのね。僕・・・。着替えを・・・。その・・・。あの・・・」

「あぁいいぞ、待っていてやるから着替えてこいよ。馬車の中に、何かあるのなら持っていこうぜ!特に、食べ物とかな!」

 飛ばす事ができれば、ユーラットまで数時間で到着できるだろう。ゆっくり走って、多分明日には到着できるだろう。
 それなら、どこかで野営をしなければならない。水は・・・まだペットボトルが有ったから大丈夫だろうけど、食べ物が殆ど無い。馬車での移動なら、食べ物くらいは積んでいただろう。”うまい”か”まずい”かは置いておいて、腹が減っては運転に支障が出てしまう。

「うーん。食べ物・・・無いと思う。あれば、僕も、ゴブリン共に食べ物投げて逃げる事ができた・・・。おいていかれた御者も殺されないで済んだと思う」

「そうか・・・。リーゼ。まずは、着替えてこいよ」

「うん。わかった!」

 あっカメラがある事言っていなかった。
 ディアナの後ろに回っていくリーゼの姿が映っている。

「ディアナ。ディスプレイを切ってくれ」

 ”了”とディスプレイに表示されて、モニターから後方の映像が消えた。

 リーゼをどこに座らせるか・・・だけど、助手席は座れるような状況じゃないし、俺の膝の上では、俺が疲れてしまう。後ろは速度を出すと跳ねるし掴まる場所もすくない。そうなると居住区になってくる。

 居住スペースを覗いてみるが、見られて”まずくないもの”がない。全部を隠したほうがいいだろう。
 でも・・・な・・・。隠すのも面倒だし雑誌類だけ隠しておけばいいかな。あとは、”アーティファクト”で通そう。

 リーゼが戻ってきた。
 上着も変えてきたようだ。

 少しだけなにかを燃やした匂いがした

「ヤス・・・。どうしたの?」

 少しだけびっくりした。
 薄汚れていた顔が綺麗になっている。着替えの時に拭いたのか?

 汗臭いとか・・・、おしっこの匂いとか・・・、いろいろ気にしたのか?
 そういやぁ俺のほうが汗の匂いがしない可能性がある。ファブ○ースとアリ○ールはすごいな。

「なんでもない。何か燃やしたのか?」
「え?なっなんで?」
「ん?いや、さっきまでしなかったけど、布が燃えるような匂いがしたからな」

『告。雌が脱いだ下着を燃やしました。雌は、自分の下着で放尿あとを拭いてから燃やしています。証拠の動画があります再生しますか?』
「下着を燃やした?いい必要ない。消せ」
『告。証拠動画のため削除できません。雌は新しい下着を取り出して履いてから魔法を発動しました』

「え?ヤス?」
「あっなんでもない。燃えた匂いが気になったけど、結局わからなかっただけだ」
「本当?」

 明らかに、リーゼがホッとしている。恥ずかしかったのだろう。汚れた下着をアイテムボックスに入れる気にもならなかっただろうし、そのまま捨てるのはもっと恥ずかしいというわけだな。それで燃やしたのだろう。

「あぁ。乗っていくだろう?」

 ディアナのドアを開けながらそう答える。

「どうやって乗るの?」

 戸惑っていると思ったら、そうだよな。
 馬車と違うし初めて見るのだろう、乗り方を知っているはずがないな。

 手を差し出すと、少しだけ躊躇してから、手を握ってきた。

「えへ」

 なんだ、素直で可愛い表情もできるのだな。
 少しだけ照れた顔がすごく可愛い。

 手を握って引っ張り上げる。

「狭いから注意しろよ。あぁ奥に・・・そうそう、そこのカーテンの奥が居住スペースだから、そこに居てくれ」

「え?あっはい」

「お・・・。靴は脱いでくれ、土足禁止だ」

 ディアナの運転スペースは違うが、居住スペースは土禁にしている。

「うん。わかった」

 履いていたブーツの様な物を脱ぐ。素足のようだ。リーゼは、ブーツをどこにおいていいのか迷っていたから、居住スペースと運転席の間に置くように言った。素直に従ってくれるようだ。

「ねぇヤス。これもアーティファクトなの?」

「あぁそうだけど、なにか気になるのか?」

「気になる・・・って、全部だけど、知らない物ばかりだよ。ヤスは、使い方とか解るの?」

「おおむね、わかるぞ。神殿の効果かもしれないけど、知識が流れ込んできたからな」

「へぇ・・・。すごいのね(祖母(ババ)様ならなにか知っているとは思うけど)」

「あぁしっかり座れよ。動き出すからな」

「わかった」

 リーゼが、居住スペースに座ったがカーテンを開けた状態でこっちを見ている。物珍しいのだろう。

 まぁいい。
 アイドリング状態からエンジンストップになっていたディアナを再スタートする。

 エンジンに火が入る。
 ゆっくりとした振動とエンジン音で心が落ち着いてくる。

「よし行くか!」

 アクセスを踏み込む。
 エンジンの回転数が上がる。路面のことを考えて、2速でスタートする。しっかりクラッチが繋がった感触が足に伝わる。パドルからもギアが入ったのが伝わる。

 タイヤはしっかりと路面を掴んでいる。
 ブレーキバランスもオート状態で問題ないだろう。

 ゆっくりとディアナが動き出す。
 徐々に速度が上がっていく、ナビが光る。自分の位置と目的地方角を示す線が表示される。さっきまでと違うのは、ナビの画面に赤い点が表示されている事だ。

「ディアナ。この赤い点は?」

『エミリアが答えます。マスター。ディアナのディスプレイに表示される赤い点は、認識できたゴブリンとコボルトです』

「そうなのか?距離的に合わない位置にも表示されているけど?」

『マスター。マルスが神殿に記憶されていました古代魔法を調べました。”魔素検知”が使えるようになりました』

「魔素検知?」

『生き物は、魔力パターンを持っています。種族により一定のパターンが存在します。そのパターンを検知する機能です』

「え?そうなると、人族は全部同じなの?」

『マスターの知識を検索・・・成功。DNAの様な物だとお考え下さい』

「・・・ん。わからんけど、人族でもみんな違うけど、種族で決められたパターンがあるって事でいいのだな」

『はい』

「わかった。それで、その魔素検知はどのくらいの距離で使える?」

『現在のディアナでは、500mが限界です』

「今の?今後伸びる可能性があるのか?」

『はい。魔物を討伐する事で機能を強化する事ができます。先程のゴブリン討伐で、魔素検知がディアナに組み込まれました』

「おぉぉそうか、これから、機能が増やせそうなときには教えてくれ俺も選びたい」

『かしこまりました。マスター。雌・・・リーゼが、不審な表情を浮かべています』

 フロントガラスに映る表情は、不審というよりも、不安な表情だな。

「リーゼ。すまん。ディアナに関しても、俺も覚えている最中で、わからない事も多い」

「ううん。それはいいけど、魔素検知とか言っていたけど、探索魔法が使えるの?(ヤスの言っている言葉しかわからないから断片的にしかわからないけど・・・)」

 おっアイテムボックスって話していたから、魔法があるとは思っていたけど、やっぱり有るのだな。
 そう言えば、俺も”生活魔法”が使えるとなっていたな。

「探索魔法が、どんな物かわからないけど、ゴブリンやコボルトを見つける事はできるみたいだ」

「特定の魔物を?」

『探索魔法を検索・・・失敗。古代魔法ではないようです』

「あぁ・・リーゼ。ワリぃ。俺、魔法に関する知識がすっぽり消えているから教えてくれる嬉しい。古代魔法とリーゼが言っている魔法って違うのか?」

「こっ古代魔法?ヤス。古代魔法が使えるの?え?賢者様?」

「違う。違う。だから、俺は普通の人族だって言っただろう。マルスが、古代魔法の一部が使えるみたいで、その一部がディアナでも使えるだけらしいぞ」

「・・・そうなの?」

「あぁ」

 ディアナは、順調に走っている。
 速度固定にしているから、35km程度で走り続けている。いつの間にかステアリングに増えた、オートボタンを押すと、ナビに”オート運転。目的地まで16時間41分”と表示されている。道路が無いのに、どうやって時間を割り出しているのか気になったが、突っ込んでもしょうがないだろう。あと、半日ちょっとで到着する事になるらしい。

「ヤス。もしかして、ヤスは人非人(にんぴにん)?」

人非人(にんぴにん)がわからないけど、多分違うぞ?」

人非人(にんぴにん)を検索・・・一部成功。人非人(にんぴにん)・・・人あらざる人の意味で使われている。元々の意味は、人で有りながら人の道を外れた行いをする人。ひとでなしの意味』

「そうなの?」

「あぁそもそも、人非人(にんぴにん)がわからないけどな」

 リーゼは、人非人(にんぴにん)を説明してくれた。
 俺、リーゼが言っている人非人(にんぴにん)だな。
 でも、一点だけ違う所がある。俺はリーゼの言葉が解るリーゼも俺の言葉が解る。少なくても、リーゼが知っている人非人(にんぴにん)は言葉が通じなかった事になっている。エルフの長老が言うにはという前置きがあるけど、少なくても”人非人(にんぴにん)”で言葉が通じた状態になった者は1人も居ないようだ。
 リーゼが聞いた限りだと、力や魔法が強かったけど、言葉が通じない事から、人の形をした人以外の人となっていた。俺と同じ転移者なのだろう。日本人かはわからないけど、リーゼが聞かされた話としては、力や魔法が強くて気に入らないとすぐに暴力に訴える獣の様な人なのだと教えられたらしい。

「そうか・・・でも、俺はリーゼの言葉がわかるからな。リーゼも俺の話している内容が解るだろう?」

「うん。でも、アーティファクトが話している言葉・・・わからないよ?」

「それは、アーティファクトだからな。古代語かもしれないだろう?」

「え?あっそうだよね。人非人(にんぴにん)なら、僕を助けてくれたりしないよね。その場で殺して食べているよね」

 異世界はやっぱり怖いな。人食が行われているのか?
 それとも、人非人(にんぴにん)だけが人を食べると思われているのか?

「リーゼ。聞いていいか?」

「うん。僕が知っている事なら、そういう約束だからね」

 聡い娘だな。自分の役割をしっかりと認識している。

「ユーラットってどんな街?」

「ヤス。ユーラットを通らなかったの?」

「あぁすまん。その辺りの記憶は全部なくなっていて、”わからない”としか言えない」

「・・ごめん。そうだったよね・・・あのね。ユーラットは、小さな港町だよ」

「へぇぇ港町・・・か・・・。おいしい物も多いのだろうな」

「うん!すごく多いよ。あっ!もし、宿が必要なら言ってね。僕が女将(おばさん)さんに紹介して安くしてもらうからね」

「リーゼ。そこは嘘でもタダにしてもらうとか言えよ」

「えぇそんな・・・。”タダ”なんて言えないよ。あっ!でも・・・。でも、大将(おじさん)にお願いすれば一食くらいなら”タダ”にしてもらえるかも!」

 へぇ今の感じだと、リーゼは”ただ”の従業員じゃ無いのだろうな。
 家族ではないけど、かなり親しい間柄なのだろうな。もしかしたら、リーゼもハーフエルフと言っているし、なにか事情があるのかもしれないな。

「宿屋の主人は、僕のおじさん?だよ・・・僕のお父さんの弟さん」

 言い方が少し・・・なにかあるのかもしれないな。

「わかった、食事も気になるし、リーゼが仕事しているところを見るのもいいだろうから、落ち着いたら行くよ」

「うん。待っているね。ねぇヤス。この馬車・・・。どうやって走っているの?」

「あぁ・・・説明が難しいけど、こういう物だと思ってくれよ」

「そう?なにか、魔法かな?と、思ったけど違うみたいね」

「古代魔法の一種ではあるけどな」

「そう・・・古代魔法だと再現は難しいね。でも、すごく早いみたいだけど・・・」

「そうだな。普通の馬車の5~6倍の速度で走っているからな」

「え?そんなに?それじゃユーラットに一日くらいで着くの?」

「このペースだと、明日には到着するぞ?遅ければ、もっと飛ばすぞ?」

「ううん。違う。早いからびっくりしただけ・・・」

「そうか、これ以上スピードを出すと、跳ねたりして話ができないからな」

「うん」

「リーゼ。それで、ユーラットは他に何がある?どんな町だ?」

 ユーラットは、バッケスホーフ王国の辺境にあって、農作業には適さない街らしくて、少しの果実畑があるだけで基本的には漁業で生計を立てている街のようだ。幸いな事にユーラットでしか捕ることができない(エビ)が有るために王都のヴァイゼに頻繁に運ばれると言うことだ。

 ユーラットは特殊な地形で、3つの山に囲まれるような形状になっていて、小さな砂浜はあるが、断崖絶壁の海岸線になっているので、そこから抜ける事はほぼ不可能。海も地元の人間でさえ潮目を間違えるほどで、知らない人間は座礁してしまう可能性が高い。

 陸の道も一つだけ抜けられる街道があるだけの街のようだ。

 魔物の森とも隣接しているために、冒険者たちも居るらしいのだが、魔物の数は多いが、それほど強い魔物や素材になるような魔物が少ないために、第一級の冒険者は滞在していないという事だ。

 思っていたとおり、貴族が居るらしいのだが、ユーラットは王家の直轄領になっている。
 リーゼは、直轄領という事は知っていたが、理由までは知らないらしい。

 3方向を山で囲まれて、全面には海。魔物が確認されている森がある。
 街として詰んでいるのは間違いなさそうだな。
 そもそも、なんでそんな場所に町を作った?捕ることができない(エビ)だって確かに珍しいが必需品では無いだろう?贅沢品だろうから無くても困らないだろう?

 一本抜けられる街道・・・ディアナで通られるかな?
 無理なら、どこかに道を通す必要がでてきてしまうな。それは面倒だから避けたい。

「ヤス。そろそろ暗くなってきたけどどうするの?」

「どうするって?」

「えぇ・・・と、野営とか・・・だけど・・・」

「あぁそうか、リーゼが嫌でなければ、そこ使っていいぞ?俺は、ここ(運転席)で寝られるからな。気になるようなら、奥の・・・そうそう、その部分に取っ手があるだろう?それをスライドさせると、壁ができるし、中から鍵がかけられるからな」

「へぇ・・・ううん。そうじゃなくて、ヤスがここで寝るのでしょ?僕、外でもいいよ」

「ダメだ。ディアナが回りを見ているからって、女の子を外で寝かせるわけには行かない」

「ありがとう・・・。でも・・・」

「大丈夫だ。慣れているからな」

「うん。わかった。ヤス。ありがとう。あっ!そうだ。ヤス。僕!食べ物を持っているから一緒に食べよう。明日着くのなら、食べちゃっても大丈夫だよね」

「あぁそうだな」

 さすがに、ディアナの中で食事するには狭いので、ディアナを停めてから火をおこして食事にすることにした。

 夕方に差し掛かっていて、空を見上げると星空が見えている。
 知力H(笑)の俺でも解る。日本から見えていた星空ではない。大気汚染なんかもないのだろう。すごく綺麗な空に見たことがない星々。そして、月なのだろうか・・・・

「今日は、双子月が綺麗だね」

 空を見上げている俺に気がついた。

「双子月?」

「え?ヤスの所ではそう呼ばないの?」

「覚えていないのだよな。月だって言うのは解るけどな」

「そう・・・」

 そう言って、リーゼは月に関する話をしてくれた。
 本当にあった話だと仮定しても、いわゆる”おとぎ話”だ。唄うように話すリーゼの話に聞き入ってしまった。

 美形で声までいいとか・・・こりゃぁ将来が楽しみだな。

「ヤス?」

「ん?あぁすまん。あまりに綺麗な声だったから聞き入っちゃったよ。どこかで唄っているのか?」

「僕の声?ううん・・・。でも、ありがとう」

 少し照れた顔が悔しいほどに可愛い。
 火は異世界でも同じなのだな。物理法則も同じようだし、リーゼの歌から、この世界が丸い球体だって事は理解しているようだな。

 それにしても、英雄は居るのに、魔王や勇者の存在は歌には出てきていない。俺には関係ない。

 まぁせっかく異世界に転移したのだから、楽しめば・・・いいよな。

 愛機(マルス・ディアナ・エミリア)も一緒だし、困る事はないだろう。なんとかなるよな?

 食事を終えて、ディアナに戻った。そのまま、リーゼは居住スペースに入って横になった。すぐに、居住スペースからかわいい寝息が聞こえ始める。

 食事をして少しは落ち着いたのだろう。ゴブリンに襲われて怖い思いもしたのだろう。ゆっくり寝かす事にした。
 そっとカーテンを閉めて(外からでは壁を引き出す事はできない)、ナビの画面を見つめる。

 時折、赤い点が光るだけのナビを眺めている。
 ディアナが通った場所は道として表示されているが、それだけの寂しい地図だ。

「エミリア。あとどのくらいだ?」

『時間計測・・・成功。あと、11時間32分後に到着予定。ただし、途中馬車などと遭遇した場合、現在の速度が維持できなくなる事が予測されます。その場合、到着時間が遅れます』

「わかった。音楽を鳴らす事は可能か?」

『音楽プレイヤーを起動・・・失敗』

「なんで失敗した?」

『音楽プレイヤーの機能が組み込まれていません』

「どうしたらいい?」

『魔物の討伐が必要です』

「どのくらいの魔物討の討伐が必要になる?」

『討伐履歴を参照・・・成功。続いて、音楽プレイヤーを検索・・・成功。ゴブリン換算で、約1万2千匹の討伐が必要です』

「1万2千匹?ゴブリン以外ではどうなる?」

『魔物を検索・・・失敗。サンプルが無いために、計算できません』

 そりゃぁそうだよな。
 ゴブリン以外倒していないのだからな。そもそも、街道沿いに出てくる可能性がある魔物以外は倒せないよな?

 俺が武器を持って戦う?
 現実的じゃないよな?

「どうしたら、討伐を増やせる?」

『討伐方法を検索・・・成功。ディアナで轢き殺すのが1番確実です。それ以外ですと、マスターが御自ら倒す事です』

「それができないから悩んでいるのだけどな」

『マスターと契約した奴隷や従業員が倒しても、討伐に記憶されます。ちなみに、マスターのステータスは、知力を除きますがレールテの平均値を大きく上回っています。英雄と呼ばれる冒険者にもなれます。武器を持って倒す事も不可能ではありません』

「平均値?」

『およそ、D-Eです。Cあれば上位者です。B以上は限られた人がたどり着くステータスです。ちなみに、Hは最低です』

 ”ちなみに”は必要ないよな?
 そうか・・・ん?そうなると、隠蔽した方が目立たないよな?

「エミリア。ステータスだけど、俺のステータスでは目立たないか?」

『目立つ事が考えられます』

「隠蔽はできるか?」

『ステータス隠蔽を検索・・・成功。一部隠蔽は可能です。知力は最低のHですので隠蔽ができません』

 知性Hがそんなに不思議か?
 隠蔽できる事がわかった。上の物を下に見せる事はできるのだな。

「わかった、知力以外を、3段階下げてくれ」

『かしこまりました。AをDに、CをEに偽装します。知力のHは偽装できません』

--- ステータス
ステータス
 体力D
 腕力E
 精神力D
 知力H
 魔力D
 魅力D

 ディアナの運転席で、船を漕いでいると突然アラームが鳴り響いた。

『マスター。マスター』

「どうした?」

『はい。前方15分くらいの距離に、馬車と人の気配があります。どうされますか?』

 流石に跳ね飛ばすとは言えないし、ディアナでは目立ってしまうだろうな。

「馬車が居るのか?違う道を探したほうがいいかもしれないな?」

「ヤス。アーティファクトで間違いないよね?これ?」

 後ろから声が聞こえてきた。

『後ろで寝ていた雌が起きたようです』

 報告されなくても流石にわかる。
 カーテンを開けて、リーゼがこっちを見ている。

「そうだけど?」

「それなら、このまま進んでも大丈夫だと思うよ。なにか言われたら、僕が話をするよ」

「へぇリーゼにはそこまでの権力があるのか?」

「ん?違うよ。僕は、ユーラットにある宿屋に居る。美人の店員さんだよ?」

「自分で美人とかいう奴の言葉は信用できないな・・・。まぁ可愛いのは認めるけどな。美人ではないな」

「ヤス・・・。僕の事・・・。可愛いって・・・。違う!大丈夫だよ。それに、門番とか商隊の護衛は、宿屋の常連が多いから顔なじみが多いよ」

「そうか、そういう事ならこのまま進むか・・・。速度を落とせば大丈夫だよな?」

「うん!」

 速度を15キロ程度まで落とした。
 揺れが少しおさまった。やはり道が悪いなって日本と比べるのがダメなのだろうな。

 リーゼに任せるとして、なにか問題が有ってもディアナの中に居れば安全だろう・・・。だといいな?

「本当に早いのね?」

「そういっただろう?」

「うん。もうこの辺りなら僕が道案内できるよ?」

「ほぉ?近道とかも?」

「近道?ないない。普通に、この道をまっすぐ進めば、いいだけだからね」

「おい。それは道案内と言わないと思うぞ?」

「そう?」

 後ろから身を乗り出して、外の風景を見ながら、リーゼは面白くもない事を言い出している。

「でも・・・」

「どうした?」

「このアーティファクト・・・。誰かに盗まれないかな?宿の近くに置いて置けるかな?大丈夫かな?」

「どうだ?エミリア?」

『マスター認識でロックされます。マスターが許可しない者は、ドアを開ける事ができません。また、破壊の意図を感じたら攻撃する事もできます』

「なんだって?」

「あぁそうか、リーゼにはエミリアの言葉がわからないのだったな」

「・・うん(ヤスにわかるほうが不思議なのよ!)」

「そうだな。リーゼは大丈夫だとしても、それ以外の者が扉を開けようとしても開かないようにできる。壊そうとしたら、ゴブリンを跳ね飛ばしたように攻撃する事もできるし、逃げる事もできる馬車だってことだよ」

「へぇすごいのね」

『マスター。雌に、マスターの凄さを解らせましょう』

「エミリア。いい。面倒だよ。それよりも、マルスはまだ作業をしているのか?」

『はい。マスター。マルスは、拠点を作っております』

「そうか、わかった。拠点にも行かないと駄目か・・・。説明を聞かなければならないだろう?」

『お願いいたします』

「わかった、マルスが拠点作成を終えたら教えてくれ」

『了』

「ヤス。帰るの?」

「そうだな。拠点には帰るつもりだけど、まずはリーゼをここまで運んだ”駄賃”をもらう約束になっているからな。仕事として考えれば当然だろう?」

「・・・。そうだね。うん」

「あぁおやっさんの料理は美味しいのだろう?」

「え?あっ!もちろんだよ!」

「楽しみにしているからな」

「うん!」

 速度を落としたと言っても、馬車の1.5倍程度の速度は出ている。
 まだ馬車とは遭遇していないが、ナビには確かに人族の反応が出始めている。

 そう言えば、マークのオンオフとかできるのかな?

 たしか、真一の説明では・・・おっできた。

『マスター。運転しながらの操作は危険です』

「あっすまない」

『いえ、エミリアにお命じください。操作を行います』

「次からは、お願いする」

 フロントガラスに映る可愛い顔したリーゼが”むぅ”という表情をしている。
 自分が無視されたのが気に入らないのだろう。”お子ちゃま”はだから嫌いだ。

「リーゼ。宿屋までは、このサイズの馬車が入っていけるのか?」

「え?あっ・・・。大丈夫・・・じゃないかな?」

 なんか、曖昧な表現だな。

「なんだよ、曖昧だな」

「だって、この”エミリア”だったよね?僕、大きさわからないわよ」

『雌に告げてください、ディアナのサイズは、通常の馬車の4台分です』

「ディアナな。それで、大きさだけど、幅は倍で長さも約倍くらいだぞ?」

「うーん。それだと難しいかな?」

『マスター。ディアナを、街の外に停車してください』

「リーゼ。ディアナは、街の外に停めておくことにするから大丈夫だ」

「へ?わかった」

 馬車がちらほら見え始めたが、ディアナを見て動揺はしているみたいだが、突っかかってきたり、文句を言ってきたりする者は居ない。
 少し遠巻きにして見ている位だ。

 速度差もあるので、気にしてはいられないのだろう。

 などと思っていたが、ユーラットの街?が見えてきたら状況が一変した。