報告会が行われてから、皆が動き始めた。
アデレードとオリビアとサンドラは、神殿の主であるヤスに許可を求めた。
最悪の状況をしっかりと説明をした。
正直な話として、神殿が受けるメリットは少ない。”ほぼない”と言ってもいいだろう。それでも、ヤスは作戦の実行を許可した。
リーゼの安全が確保されていることや、マルスからも作戦の実行中に神殿部分に被害はないだろうと推測している。
危険なのは、トーアヴェルデとウェッジヴァイクだろう。二つ目には、戦力を配備している。帝国に面している森にも戦力を配置している。
会議が終了してからも、細部を決めるために、呼ばれる者を変えながら、会議が行われた。
ヤスが、許可を出したのは、神殿の住民として受け入れ始めているオリビアの安全と立場を確立するためだ。
--- ユーラット
ギルドの一室。
「アフネス殿。どういう事ですか!?」
部屋はドアを閉めているが、ギルドマスターのダーホスの怒号が外まで響いている。
「ダーホス。少しは落ち着け」
「落ち着けだと?落ち着いていられるか!アフネス殿。貴殿が大丈夫だというから、見逃していたのだぞ!」
「先ほどから謝っているだろう?」
「謝って済む問題ではない。元帝国の姫というだけで、他のギルドから睨まれているのに・・・」
「亡命を受け入れたのは、神殿のヤスだ。ユーラットではない」
「そういう建前の話をしているのではない!」
「ダーホス。神殿に居るドーリスからの報告か?」
「そうです!ドーリスが扱いに困って、報告をしてきました」
「困ったものだ」
「ドーリスは、ギルドの人間です。神殿の人間ではありません。報告は、当然の事です」
「わかった。わかった。それで?」
「それで?”それで?”と言いましたか?」
「貴殿が何を望んでいるのか解らないから対処ができない。腹の探り合いもいいが、毎回だと胃に凭れる。はっきり言え」
「それでは、はっきりと言わせていただきます」
「・・・」
「帝国の姫が書いているという日記を処分するか、ギルドに渡して貰いたい」
「は?ダーホス。何を言っているのか解っているのか?」
「解っていますよ。帝国の姫が、日記の形で神殿の情報を書き留めているのだと認識しています。神殿の情報が漏れるのは・・・。困りますが、ギルドの問題ではないので、いいでしょう。しかし、ギルドの機密に近い情報や、周りの情報や、戦力はダメだ。アフネス。解っていますよね?日記ではなく、密偵に渡す情報だと考えています」
「何を・・・。そこまでいうのなら、ダーホスは、中身を見たのだな」
「見ていません。だから、確認の為に、持ってきて欲しい」
「ドーリスに頼めばよかろう」
「何度でも言いますが、ドーリスはギルドの人間です」
「だから、ギルドの命令で、日記を取り寄せればいいだろう?」
「無理です。帝国の姫が、ギルドに登録をしてくれれば、可能ですが、違いますよね?だから、貴女に頼んでいるのです」
「なぁドーリス。頼むというのは、こちらへのメリットの提示が必要だとは思わないか?」
「・・・」
「無理なら、この件は、貴殿が対応するしかないだろう?」
「・・・。解りました。アフネス殿。ギルドではなく、私個人として、帝国からの亡命姫である”オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット”を呼び出します」
「それが、貴様の判断なのだな。神殿と事を構える可能性もあるぞ?」
「覚悟の上です」
「せめてもの慈悲だ。我が、呼び出し状を持って神殿に行く」
二人の話は、部屋の中で行われていた。
ギルドマスターの怒号と、ユーラットのまとめ役を行っているアフネスの会話は、静まり返ったギルド内に響いていた。もちろん、ギルドに呼び出されていた、3人も話を聞いていた。
部屋の扉が乱暴に開けられて、ギルドマスターであるダーホスが出てきた。
呼び出していた3人を軽く見ただけで無視をして、ギルドマスターの部屋に向かう。そこで、オリビアを呼び出すための手続きを行う。ギルドとして動くのではなく、個人としての呼び出しだ。
ダーホスが、ギルドマスターの部屋から出て、アフネスが待っている部屋に入って、書類を渡す。
「アフネス殿」
「わかった。わかった。何時だ?」
「すぐに行ってもらう。準備も必要だろうが、すぐに行動してくれ」
「わかった。それで?オリビア姫は、何時までにこちらに来るように言えばいい?」
「即日だ。それが条件だ」
「無理だと言えば?」
「ギルドから正式な呼び出しになる。最悪は、解っているだろう?」
「王都の査問委員会を動かすか?」
「それだけの事案だ」
「わかった。オリビア姫には、すぐに動くように伝える。護衛は?」
「必要か?神殿との往路は、安全だ。それに・・・」
ダーホスは、ここまで言って、ドアからダーホスとアフネスの話に聞き耳をたてている、ヒルダとルルカとアイシャを見る。3人は、ダーホスとアフネスの視線に気が付いて、横を向いた。しっかりと聞いていたのは、はっきりと解ってしまっている。
「わかった」
アフネスは、ダーホスから書状を奪い取るようにしてから、部屋を出た。
そのまま、3人の方向に歩く。
「貴様たち」
「なんだ!」
ヒルダは、虚勢だがアフネスの問いかけに答える。
ルルカとアイシャも同じように、威嚇をするように構える。
「ははは。そんな、野栗鼠が歯をむき出しにいきがっても怖くない。それよりも、話を聞いていたのなら解るだろう?」
「何を!だ!話?何のことだ?」
「弱いだけではなく、演技も下手だったのか・・・。まぁいい。貴様たちの姫。あぁ亡命が認められているから、元姫だな。元姫が、ユーラットに来るが貴様たちには会わせない。意味は解るな?」
「何!貴様にそんな権利はない!」
「権利?面白いことをいう。元姫は、お前たちの借金を肩代わりする条件を飲んだぞ?」
「貴様!」
「もっと、言葉はないのか?さっきから、同じ事しか言っていないぞ?」
「何を、姫様が、私たちを」
「違うな。貴様たちの行いで、元姫は多額の負債を抱えた。負債の利息の代わりに、債権者が求めたのが、ユーラットにいる元部下や帝国との連絡を断つことだ。元姫様は、悩まれたが、貴様たちがユーラットで行ったことを聞いて、承諾された。だから、元姫と貴様たちは会えない。貴様たちの行いの結果だ。よかったな」
「何が!よかっただと!貴様たちが、姫様と私たちを・・・」
ヒルダが激昂した所で、ルルカとアイシャが間に入った。ヒルダが話を続けたら、この場で戦闘になるのは解り切っている。今までも、何度も近い状況になって回避してきた。
「ははは。そっちの二人は解っているようだが、一人、考えが足りない者も居るようだ。こんな者でも騎士を名乗れるのだな。だから、ここ数年は負け続けているのだな。帝国の人材も底をついたのか?」
アフネスは、言葉になっていない音を、ヒルダが発しているのを無視して、ギルドを後にした。
近くに待機していた。ディアスを手招きする。
「旦那は?」
「もうすぐ来ると思います。警備隊に顔を出しています」
「そうか・・・。貴様まで来るとは思わなかったぞ?」
「ヤス様の指示です」
「ヤスの?」
「はい」
「??」
「・・・」
ディアスは警備隊の屯所から出てきたカスパルを指さす。
「そうか、飲まされるな」
「はい。時間が、時間ですし、久しぶりなので、可能性として、高いだろうと・・・。それに、ユーラットの警備隊は、今・・・」
「問題を抱えて、ピリピリしている。カスパルが能天気に飲み物を持って訪ねたら・・・」
「はい。私は、カスパルが飲まされた時の交代要員です」
「?と、いうことは?」
「はい。ユーラットまでの運航許可とカスパルと同じ免許に、合格しました」
「それはおめでとう。安心して、任せられる」
「はい」
千鳥足ではないが、確実に飲まされた雰囲気があるカスパルは、アフネスに謝罪して、妻であるディアスに鍵を渡す。
ヤスとしては、久しぶりだからゆっくりと飲んできてもいいと言ったのだが、カスパルとディアスが役目を全うしたいと言い出したのだ。
停留所から離れた場所に、ライトバンが置かれている。
カスパルの愛車だ。
盛大な茶番の始まりは、ディアスが吹かすエンジン音だ。
俺は、オリビアとアーデルベルトから、ユーラットを囮にした作戦の詳細を聞いている。作戦が決まったので、会議室で説明をしたいと呼び出された。
危険はあるが、二人だけではなく、皆が作戦の実行を支持しているようだ。
サンドラも途中から加わって、3人から説明を始めた。ドーリスが書類を持ってきて、補足を説明する為に残って、俺の説得に加わった。
作戦には、マルスとセバスも立案に携わっている。
ユーラットのギルドと神殿のギルドも協力を表明している。
この段階で、俺がストップしても止まらないだろう。
それに、いい加減に帝国からのちょっかいを止めたい気持ちにもなっていた。滅ぼすとか、政権交代とか、面倒なことは考えていない。神殿へのちょっかいを辞めさせたいだけだ。
特に面倒なのが、楔の村への攻撃がうまく行かなくなると、トーアヴェルデに兵を向けて来る。違う貴族なのか、似たような作戦を実行する。貴族に連なる者も何人も捕えている。
サンドラにもアーデルベルトに聞いても、無駄だと言われて、捕えて神殿の肥しになってもらっている。
取り扱いが面倒な者(貴族家の当主や跡継ぎ)はまだ来ていないが、時間の問題だと言われている。
俺が居ない時にも、何回も攻め込んできた。
そんな状況の時に、俺とリーゼがオリビアたちを連れてきたので、皆が警戒をした。
オリビアとメルリダとルカリダの努力やリーゼのフォロー。カイルとイチカからの話で、徐々にオリビアたち3人は神殿に受け入れられた。ここで、問題になったのは想像の通りに、ヒルダとルルカとアイシャだ。特に酷いのがヒルダだ。
今回の作戦には、姫騎士の3人を排除することまで含まれている。
もし、3人の中で、皆が想定している状況を変えた者が居たら、引き込みたいと考えているとまで言っていた。サンドラの予想では、アイシャは、こちら側に転びそうな雰囲気があるらしい。
そして、前々からサンドラを通じて話が来ていた、ユーラットの神殿への統合を実行するタイミングにも丁度いいだろうという事だ。
その作戦まで含まれていると、説明された。
皆の想定通りに動くとは思えないが、それでも神殿のメリットが考えられている点は評価をしている。
「大筋は理解した。実行は?」
「ヤス様の許可を頂きましたら、開始したいと考えています」
俺の許可を待っている状況か?
辺境伯と連名で、国王・・・。じゃなくて、第一王子のジークムントの名前で作戦の許可の書簡が添えられている。
「そういえば、ジークの許可なのだな?」
アーデルベルトが頭を下げてから説明をしてくれた。
「はい。私の名前だと、いろいろ国内が・・・」
そうか、許可を出した者の功績になってしまうのだな。ジークムントが作戦の責任者になっているけど大丈夫なのか?失敗した時の責任は神殿の主である俺ではなく、作戦を許可したジークムントと辺境伯が取る事になってしまっている。
成功を確信しているけど・・・。
成功の定義が無いのだな。
ユーラットに攻め込んできた帝国兵を撃退する。神殿の力を借りたが、無事に守り切った。その時に、ギルドからの情報流出がきっかけだと神殿から糾弾される。困った王国は、ユーラットを神殿に差し出す事で、糾弾を交わす。ギルドは、責任者ということで、ダーホスの首を切る。ダーホスは、辺境伯領で引き取る。時期を見て、神殿の西側と辺境伯の橋渡しを行う組織の長になる。
アーデルベルトの名前だと、茶番が際立ってしまう上に、派閥論争が再発する可能性がある。アーデルベルトも神殿で羽を伸ばして気楽な生活に馴染み始めている。今の生活を失いたくないと言っている。
「そうか?それで、最初は、ユーラットで、ダーホスとアフネスの演技にかかっているのだな?」
資料を持ってきて、説得に加わったダーホスが笑いながら教えてくれた。
「はい。練習しても無駄なので、本気でアフネス様と喧嘩するつもりで、話をすると言っていました。私は、ダメだと思っていますが、今回は情報が、ヒルダに渡ればいいので、演技は求められていないと思います。それに、密室で声だけなので、大丈夫だと・・・」
脚本が悪い。
ユーラットに昔から居る者には、ダーホスとアフネスの力関係が解っているのだろうけど、ヒルダやルルカやアイシャは、力関係が解らないだろうからいいのだろう。漠然と、ギルドマスターであるダーホスの方が権力者に思えるだろう。
人選では、ダメだけど、肩書だけを考えれば、配役としては正解なのだろう。
それに、アフネスを宿屋の女将程度に思っているのなら・・・。
ダーホスが、神殿に肩入れしているアフネスを叱責するのは、神殿を過小評価しているヒルダには受け入れやすい。
「本当に?」
大丈夫だとは思うが、心配は心配だ。最初に躓いたら、作戦もなにもない。
「大丈夫だと・・・。いいと、思っています。アフネス様が一緒なので、大丈夫だと思います」
俺は、そのアフネスを心配しているのだけど・・・。
ダーホスは、アフネスに言いたいことが山ほどあるだろう。言葉が悪いが、脚本を盾に、アフネスを怒鳴り散らせるから大丈夫だろうけど、アフネスがダーホスの言葉を聞いて、言葉のナイフを隠していられるか心配だ。
「そうか?俺は、アフネスが怪しいと思っているのだけど・・・」
「ははは。聞かなかったことにします」
オリビア以外の表情が固まることから、俺と同じ事を考えたのだろう。
アフネスが大丈夫だと言っている限り、俺たちはアフネスの”大丈夫”を信じるしかない。
さて、本題に入ろう。
”おじさん”をあまり舐めないで欲しい。今は、若返って”おじさん”には見えないけど、経験は心に残っている。
表情を上手く隠しているつもりだろうけど、出来ていない。
カイルやイチカとは違うから、何倍も上手いけど、まだまだ経験が追いついていない。これなら、ドーリスの方が上手く感情を隠している。
「それで、皆で揃って、俺の説得に来ているけど、俺がここに来た時点で、許可されると思っているよな?」
「そんなことは・・・」
「サンドラは辺境伯の娘だし、アデーとオリビアも国は違うけど王家の血筋だ。表情を隠すのは上手いけど、経験が足りない」
「え?」
「海千山千の連中と渡り歩いてきたからな。契約書も自分で読み込んで・・・。いや、それはいい。経験をあまり甘く見ない方がいいぞ?」
「・・・」
「いいよ。やってみろよ。安全には配慮されているのだろう?」
「はい!」
話が終わったと考えて、マルスがモニタに現れて、話しかけてきた。
『マスター』
「どうした?」
『地域名ユーラットの組み込みを実行しますか?』
「待て」
『了』
「サンドラ。アデー。ユーラットを神殿に組み込むタイミングは?組み込んでいいのか?」
オリビアだけが意味が解らないのだろう。
この場所に居るのなら知っておく必要があるだろう。気にしないで話を進める。後で、サンドラかアーデンベルトから説明させればいい。
裏切られたら、その時に処分すればいい。神殿からは逃げられない。
「ヤス様のタイミングで、大丈夫です。書類上は、既にユーラットは神殿に譲渡されています」
指摘はしないで置くけど、多分こういう所で経験が不足しているのが露呈してしまう。
作戦の説明で、神殿のメリットとして上げているユーラットの譲渡が、既に書類上で終わっているというのは、最後のカードとして残しておくべきだ。
「マルス。聞いたな?」
『了。地域名ユーラットの組み込みを開始します。終了予定。795秒後。カウントダウンの必要はありますか?』
「必要ない。終わったら知らせてくれ」
『了』
さて、ドーリスが俺の言葉を受けて、会議室を出て行った。
ユーラットのギルドに連絡を入れたのだろう。
平行で遂行できる時期は既に終わっている。
キャストとなるヒルダがどんな踊りを見せてくれるのか?
彼女たち、神殿の頭脳であるマルスが想定している通りに動いてくれるのか?
俺とリーゼの出番はなさそうだから、今回は高みの見物を決め込む。
そういえば、軽飛行機に手が届きそうだけど、必要かな?遊びでは欲しい。凄く欲しい。操縦はできる。燃料の心配もない。空の面倒な法律もない。
私は、アデヴィト帝国-近衛兵団-オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット付きの騎士だ。
姫様が、何をお考えになっているのか解らなかった。
しかし、姫様からの私に対する指示だと思える話を聞いた。
「いいか、明日。姫様がこちらに来られる」
「ヒルダ。いい加減に」「うるさい!姫様が、帝国の皇女である姫様が、帝国を裏切ることはない。絶対にない!今までの姫様は、擬態だ。神殿を攻撃して、帝国の物にするための策略に違いない。そうだ。そうでなければならない。姫様は皇女だ。私たちの主なのだ。私と、私たちと、帝国のために動かれている!」
そうだ。
姫様が、帝国を捨てるわけがない。
だから、あのような文章が残されているのだ。
「でも、ヒルダ」「うるさい!うるさい!」
ルルカとアイシャは、姫様が心変わりをされていると言っている。
私が聞いてきた話も、都合がよすぎると言っている。
それに、神殿の話を村民に聞いて、話している姿を何度も見ている。
そうか、姫様は裏切り者が居るとお考えなのだ。
私は、姫様のお心がしっかり、はっきり解っている。私だけが姫様の事を理解している。私だけが姫様のお味方なのだ。姫様もわかっておられる。だから、私にだけ解る方法でお知らせ下さったのだ。
そうだ。そうだ。ルルカとアイシャが裏切り者だ。間違いない。
姫様からのご指示は私が・・・。
そうだ。私は、姫様に選ばれた騎士だ。実家や学院から押し付けられたルルカやアイシャとは違う。
流石は、姫様だ。
裏切り者まで把握されている。
そのうえで、神殿の情報をまとめていらっしゃる。
そうだ。
姫様を救出して、情報を帝国に送る。私が姫様から託された作戦だ。姫様と私で神殿を手中に収める。そして、帝国に凱旋する。姫様が、初めての女帝となり、私が姫様を支える近衛兵団をまとめる。
そうだ。そうだ。そうだ。
私は間違っていない。私は正しい。私は・・・。私は・・・。
---
「いいのか?」
「はい」
「帝国を裏切る行為だぞ?」
「もともと、帝国に忠誠を誓っておりません。私が忠誠を捧げるのは、オリビア殿下です」
「わかった。貴殿たちの協力に感謝を」
「アフネス殿。我らも、あのおんなの狂信には・・・」
「ルルカ!」
「何度も確認して悪いが、本当に良いのか?」
「構わない」
「帝国が滅ぶかもしれないのだぞ?」
「構わない。帝国が、姫様に何をした!報いを受けるには遅すぎる!」
---
私は、ルルカ。
オリビア・ド・ラ・ミナルディ・ラインラント・アデヴィット付きの騎士だった。
同僚と呼べる者は、殆ど居ない。
帝国では、”外れ姫”などと陰口を叩かれている姫だが、私たちには”良い姫”だ。
オリビア様の口癖は、”私が間違えたら指摘して欲しい”だ。
陛下ではなく、姫様の兄上である第二皇子が姫様を王国に送り出した。姫様が”民衆からの支持を受けているのが気に入らない”というあまりにも理不尽な理由だ。帝国は腐っている。
王族は、宮廷闘争にしか興味がない。貴族も同じだ。一致団結して何かを成し遂げようとはしない。
私は、帝国の子爵家の三女だった。上の二人の姉は、正妻の子で私は第二夫人の子供だった。
貧乏貴族だが、見栄だけは立派な親に育てられた。親の借金を清算するために、皇都の豪商に嫁入りが決まっていた。私が10歳の時だ。相手は、46も上の男性だ。妻と呼べる者だけで19名。愛人の数は本人も把握が出来ているとは思えない。そんな相手だ。
嫁入りの日。
絶望を越えて、感情が死んだ私を救ってくれたのが、オリビア様だ。
姫様は、泣きそうな私を従者に望んでくれた。
子爵家の三女であった私は、あの時に死んだ。
それからは、姫様に剣を捧げる騎士となることを夢見た。従者やメイドの道もあったのだが、私は姫様に救っていただいた心を、命を、姫様のために使いたい。メイドでは、姫様をお守りできない。姫様の代わりに死ぬことができない。
姫様が、王国に使者として赴く時に自ら志願した。
従者兼メイドが二人と騎士が三名。姫様が自ら選んだ者たちだ。他は、第二皇子が指名した者たちだ。
騎士の中で、年齢が上のヒルダが騎士を仕切ろうとしていた。
姫様に諫言を言っているが、私にはヒルダの言っていることの理解ができない。確かに、帝国は大事だ。しかし、私は、姫様が望んだことなら・・・。
決定的になったのは、私たちが襲われたことだ。第二皇子の関与が疑われる状況だ。
襲われた私たちを救ったのが、帝国と王国の間に出現した神殿の主だ。
どんな恐ろしい者なのかと思ったが普通の人だ。
一緒に居たエルフの少女の方が、恐ろしい魔力を感じさせる。
”ヤス”と呼ばれた神殿の主殿は、姫様を受け入れてくれた。
姫様が、私を見ている。
何かを心配している時の目だ。
私を見てから、アイシャにも目を向けている。そして、ヒルダを見てから視線を逸らした。
そうか、姫様は・・・。
それから、姫様の懸念が当たってしまった。
ヒルダが、神殿の主殿に・・・。
ヤス殿が所有しているアーティファクトを見て、あれこそ帝国に相応しいと興奮している。
私とアイシャは、姫様に忠誠を誓っている。近衛になりたかったヒルダとは根本の考え方が違う。
姫様が、神殿への亡命を希望した。
ヒルダからしたら、最悪の事態だ。しかし、姫様の気持ちは変わりそうにない。ヒルダが叫べば叫ぶほどに、姫様の気持ちが固まっていく。。
私だけで話し合うと言っていたが、姫様が必死にヒルダを説得している状態が続いた。
ヒルダも渋々だが、姫様の言葉に従うが、姫様が居なくなれば、私やアイシャに八つ当たりをする。
私の両親だった人たちの様だ。自分の考えが正しいと思い込んで、自分の考えを他人に押し付ける。押し付けられる側の事など何も考えない。
信じている正義なら、自分一人で満足していればいいのに、自分が信じる正義が唯一絶対の正義でなければ気が済まない。反対側に同等の正義があるとは考えない。自分の考え以外は悪で間違っている事だと本気で信じている。狂信者だ。
姫様と従者兼メイドのメルリダとルカリダが神殿の領域に行くことになった。
ヒルダは、ユーラットという港町に残る。私とアイシャもヒルダに表面的には従っているように見せた。アイシャと話し合って決めた。姫様が何を考えているのか解らないが、ヒルダを一人にしておく方が心配だ。ヒルダが自滅するだけならいい。姫様に”害”が向かないようにする必要がある。
ユーラットの町では、ヒルダは問題行動を繰り返している。
帝国の漁村で貴族の愚か者が行うような問題だ。帝国の近衛を名乗っているのも問題だ。私たちは、姫様の騎士で、近衛ではない。何度も注意したがきかない。
神殿で、姫様の世話をしているルカリダから密書が届いた。帝国の暗号で書かれた書類だ。
最初は、姫様に何かあったのかと思ったが、暗号の指定を変えるという密書だった。
ヒルダに知られないように、新しい暗号の方法をアイシャと共有した。
ルカリダから送られてくる密書は、神殿やユーラットの有力者の検閲を受けていると教えられた。
神殿には、王国の辺境伯の娘や王女が居るという信じられない内容ばかりだ。それだけではなく、最初に会った”リーゼ”と名乗ったエルフは、エルフの里の巫女だと教えられた。実際には、巫女の家系だという事だが、伝説上の存在である”ハイ・エルフ”のハーフだ。そんな人に、ヒルダは暴言をぶつけている。それだけでも、ヒルダが殺されても帝国は文句を言わないだろう。
そして、喜んで、ヒルダと姫様を生贄に捧げるだろう。
ハイ・エルフは、世界樹と繋がっている。世界樹の素材を得られる可能性があるのなら、騎士の一人や二人や三人や四人くらいなら平気で差し出す。帝国は、そういう国だ。
私は、帝国が滅ぼうとも構わない。
滅んでしまえとも思えている。ヒルダのような人間が帝国の上層部には多い。奴らの為に、姫様が犠牲になるくらいなら、姫様が神殿に亡命して安心して笑って過ごせるのなら、亡命もありだと思える。
そして、密書で書かれている姫様の日常は、姫様が望んでも手が届かなかった事なのかもしれない。
姫様が笑って過ごせるのなら・・・。
---
「本当?」
「本当です」
「あの子・・・。」
「明日は、注意した方がいいと思います」
「そうだね。どうする?保護する?話は通した?」
「はい。話はしました。できる限りのことはしてくれると・・・。しかし・・・」
「そうね・・・。特に、あの子は・・・」
各陣営の思惑が入り混じった混沌とした作戦の実行が明日に迫っていた。
踊らされている陣営が上手く誘導されているのか最終確認に向かった者が先ほど、神殿に帰ってきた。
「首尾は?」
「渡してきました。姫様。本当に、よろしいのですか?」
最後のピースを、ヒルダに渡す役目はルカリダに委ねられた。
オリビアが持っていて、盗ませる方法も考えたのだが、どう考えても不自然な上に、ヒルダが、最後のピースに気が付かないと、作戦が破綻してしまう。作戦の鍵になりえる物を先に渡してしまおうと考えたのだ。
作戦の鍵を託されたのは、ルカリダだった。作戦に先だって、ルカリダは、アーティファクトを使わずに、数回に渡ってユーラットを行き来した。その間に、アイシャを通してヒルダと接触を行っている。
当初、ヒルダはルカリダのことを警戒していた。しかし、ルカリダの『”姫様を正常に戻すため”の準備をしている』を信じた。自分に都合がいい事柄は、信じるまでの時間が極端に短い。ヒルダは、ルカリダがスパイだとアイシャに話をして、自分の手柄のように伝えている。
ヒルダの暴走を使った”茶番劇”の幕が上がろうとしている。
その結果、誰が幸せになるのか解らない。しかし、ヒルダにしても、ヒルダから情報を受け取る者も、疑うことも、信じることも、そして、行動を起こすことも、起こさないことも、自由だ。
どれを選んでも、自由だ。しかし、自由には責任が伴うのを認識してほしい。
選択肢を絞られているが、出だしで間違わなければ、疑わなければ、”正義”を信じなければ違う道が・・・。
---
「姫様」
第一幕が上がろうとしている。
客席で舞台を見る事はできない。自分が、舞台で踊らなければ・・・。
アデレードは、気合を入れなおす意味で、鏡に映っている自分の表情を見直す。
神殿に来てから、”姫”であることを意識しなくなった。自然と振舞えるようになった。帝国に居る時には、”姫”と呼ばれるのに違和感が付きまとっていた。しかし、神殿では”姫”と呼ばれるのも、違う呼び方をされるのも、同じに聞こえる。皆が、アデレードをアデレードとして見てくれるからだ。
「どうしたの?」
「そろそろ、お時間です」
「わかりました。でも・・・」
「危険ですので、お辞めいただいても・・・。アフネス様も、アデレード殿下も、サンドラ様も、ヤス様も、姫様のお気持ちが大事だと・・・」
「メルリダ。ありがとう。違うの・・・」
「違う?」
「そう・・・。神殿に来てから、アーティファクトでの移動に慣れてしまって、カートというアーティファクトの楽しさを知って・・・。馬車での移動が苦痛に思えてしまって・・・。神殿で改造された馬車なので、揺れが無くて快適なのは解っているのに・・・」
「あっ・・・」「・・・」
二人とも、オリビアが何を残念に思っているのか身をもって体験して理解している。
オリビアが、ユーラットに謝罪に行くという理由付けの為に、アーティファクトは使わない。帝国式で作られた馬車に乗って、ユーラットに行くことになっている。その為に、わざわざイワンたちが、楔の村から拿捕した馬車を神殿に移動して改造を施した。少しでも乗り心地をよくする為だ。それでもアーティファクトに慣れてしまった者たちには不評だ。揺れるし、速度が遅い。アーティファクトに比べたら取り回しが圧倒的に悪い。
それでも、自分が言い出した作戦だ。
オリビアは、準備をして家を出る。
「本当に、この屋敷は素晴らしいですね」
「そうですね。もう少しだけ広ければ、もっと良いのですが・・・」
神殿の家なので、鍵は必要ない。
登録した者とヤスにしか家に入る権限が与えられていない。安全面が配慮されている。
「十分でしょ?私は、メルリダとリカルダが側に居てくれる・・・。この屋敷が気に入っていますよ。それに・・・」
「それに?」
「自分でいろいろできることが、こんなに楽しいとは知らなかった。リーゼさんに感謝ですね」
3人は、中央の神殿に移動した。
既に、馬車の準備は終わっている。
「オリビア姉ちゃん?」
「大丈夫よ。少しだけ緊張をしているだけ・・・。メルリダ。行きましょう」
カイルが心配そうな顔をしている。
作戦の概要を伝えている。そして、カイルとイチカだけではなく、子供たちが見送りに来ているのには理由があった。
学校の先生を、オリビアが担当している。
ヤスからのお願いで、オリビアが帝国式の授業を再現している。最初に、話を聞いたときに、オリビアだけではなく、アデレードもサンドラも意味が解らなかった。
ヤスとしては、王国の教育だけでは偏ってしまう可能性があるのを懸念していた。
オリビアから話を聞いて、歴史観以外は大きな違いがない事や、臣民に関する考え方と貴族家の考え方が微妙に違うことなどを皆に説明した。オリビアから帝国で教わる内容を皆に教えることを求めた。
子供たちから見たら、オリビアは帝国の姫ではなく、神殿の学校で、自分たちに帝国の事を教えてくれる先生に変わった。
オリビアが、”先生”と呼ばれるのを固辞した関係で、一部の子供たちは”姉ちゃん”と呼ぶことになった。
「ヤス様。リーゼ様」
オリビアが、二人が近づいてきたのに気が付いて、馬車から降りて挨拶をする。
「無理はしないように・・・」
「ふふふ。解っています。それに・・・」
「そうだな」
「はい」
「オリビア!」
リーゼがオリビアに駆け寄って抱き着いた。
「リーゼ様?」
「無事に帰ってきて、失敗してもいいから、怪我をしないようにね。帰ってきたら、僕とアデーとサンドラとオリビアで、神殿の攻略に行くからね。僕が決めた事だから・・・。だから・・・」
「そうですね。カートもまだリーゼ様に勝てません。勝つまでやめません」
「うん。僕も簡単には負けないよ。だから・・・」
「はい。必ず、帰ってきます」
オリビアが泣きそうになっているリーゼの背中を撫でながら力強く宣言をする。
リーゼもやっと納得したのか、身体を離して少しだけ恥ずかしそうにして、ヤスの隣に戻る。隣に戻ってから、ヤスがリーゼを見ていたのに気が付いて余計に恥ずかしくなったのか、ヤスの後ろに下がって、ヤスの服の裾を掴むような仕草を見せる。
いつもの事なので、誰も突っ込まない。
「ヤス様。ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはしていない。それよりも・・・」
「はい。覚悟は出来ています。あっ必ず戻ってきます。私の覚悟は、もっと違う事です」
オリビアは、ヤスの問いかけに”覚悟”という言葉を使った。オリビアが、”覚悟”と言った瞬間にリーゼが顔を出したので、オリビアは慌てて言い直した。
「ははは。解っている。安全面にも考慮している。安心してくれ」
「はい。ありがとうございます」
ヤスにマルスから念話が入った。ヤスが、皆から一瞬だけ目を離した。
リカルダが、ヤスの前に来て、頭を下げる。
「ヤス様。私に何かありましたら、姫様を」「ダメだ」
「え?」
「メルリダも、ルカリダも、神殿の住民だ。住民を守るのが、主の役目だと言われた。だから、オリビアも二人も神殿の力を使って守る。皆、いいよな?」
ヤスの呼びかけに、アデレードもサンドラも頷いている。
知らないのは、オリビアとメルリダとルカリダと子供たちだ。
「ヤス。それじゃぁ!」
「あぁマルスも大丈夫だと認めた」
「よかった!」
リーゼがヤスに抱き着いて、オリビアに”よかったね”と話しかけるが、オリビアにも、メルリダにも、ルカリダにも意味が解らない。
当然だ。神殿の秘儀に近い情報だ。表に出していない情報の一つで、知っている者も少ない。
子供たちには教えていない。
「オリビア。メルリダ。ルカリダ」
ヤスは、三人を神殿の地下室に招き入れる。
もちろん、リーゼとアデレードとサンドラも一緒に地下に入っていき、子供たちには、解散が言い渡された。
カイルとイチカだけは、ドーリスがギルドに連れて行くことになっていた。
姫様が、ユーラットの宿屋の女将に頭を下げに来る。
帝国の姫様が、宿屋の・・・。それも、寂れた村にある宿屋の女将なぞに謝罪などありえない。
アイシャがルカリダを連れてきた。そして、姫様が持っていた、連絡用の魔道具を動かすための鍵を・・・。
姫様を騙したわけではない。姫様が正しい道に戻られるための試練なのだ。
ルカリダからは、姫様の行程を事前に調べさせた。
普段の行動でも、姫様が私にメッセージを送っているのが解る。
姫様は、神殿が使っているアーティファクトを使わずに、帝国の馬車でこちらに来るようだ。
やはり、姫様からの私に向けたメッセージで間違いない。
騎士の正装と言える恰好で待機している。
場所が宮殿でなく、寂れた港町の接収した古びた家屋なのが気に入らないが、ここから、姫様が神殿を御して、私たちが姫様の側近となり、王国を滅ぼし、私を騎士として落第だと言い放った者たちが・・・。帝国に凱旋して、私の前に跪くのが待ち遠しい。
ルルカとアイシャが準備をしている。
私の持つ剣を磨くのを忘れている。近衛兵団長の私の持つ剣を磨けるのは、名誉な事だ。鎧もしっかりと磨くように指示を出す。今は、3人だけだが私が騎士団長であるのは間違いない。
「そろそろか?」
立ち上がる。既に、姫様がこちらに向かっている。
ルルカとアイシャは、既に目的の場所に着いているはずだ。役割も与えている。使えない二人だが、足止め程度はできるはずだ。
姫様をお救いする場所は、神殿からユーラットに向かう街道だ。
愚か者の神殿は、神殿からユーラットに向かう道を折り重なるように作っている。私なら、一直線に作る。その方が、まっすぐで効率が良い。やはり、私のように優秀な人間が導かなければならない。姫様を神殿からお救いして、そのまま神殿を支配するための足がかりになる。
そして・・・。そして・・・。
ふふふ。
皆が私を認めるのも・・・。もうすぐだ。
---
「あの人は?」
「部屋で悦に浸っていました」
「本当に、愚かですね」
「計画は?」
「続行です。それにしても・・・」
「そうですね。あの人は、前には出ないのですね」
「配置に着きますか?」
「その前に、アーティファクトで神殿に来て欲しいそうです」
「え?」
「私たちは入れるようです。西側ですので、少しだけ急ぐ必要があります」
「わかりました。迎えが来るのですか?」
「指示された場所で待つように言われています」
---
予定になかったアーティファクトが、こちらに向かってくる?
私からは見えない場所で停まった?
こちらの作戦が露呈した?
そんなはずがない。私の計画は完璧だ。
違った。
ルルカとアイシャが飛び出さなくてよかった。
動いてしまって、警戒されたら作戦が台無しになってしまう。
作戦の場所に来てみれば、ルルカとアイシャが準備を終えているようです。
このくらいの作業はできるようですね。私の配下としては最低限でしょう。
やはり、近衛兵団には必要がない存在なのでしょう。
姫様の事を敬うように、団長である私を敬うことを知らないようです。私の姿が見えたのなら、すぐに作業を中断してでも、挨拶に来るのが正しい。
姫様が帝国の馬車を使う。残念ながら、帝国が産駒の馬は準備が出来なかったようだ。そのせいで、速度が出せない。帝国の馬を使えば、近衛が使っている馬を使えば、神殿のアーティファクトと同等の速度が出せるはずだ。帝国の技術は、大陸で1番だ。神殿さえも凌駕している。アーティファクトという未知の力のおかげで神殿は帝国と拮抗しているだけだ。
アイシャが聞いてきた話では、姫様の日記で、しっかりと神殿の戦力が分析されているようだ。流石は、姫様だ。あとは、私が調べた情報を付与して、帝国に送れば・・・。
やはり、ルルカとアイシャは姫様の・・・。その後に結成される近衛兵団には不適格だ。
剣や鎧の磨きも満足に出来ない部下は不要だ。切り捨てて、神殿がどれだけ非道な存在なのか帝国に知らしめる礎にしよう。
そうだ、ルルカとアイシャも姫様の為、未来の騎士団長である私の為なら喜んで死んでくれる。
アーティファクトが、目の前を通り過ぎた。
姫様ではないのは解っている。姫様が私に会いに来るのに、アーティファクトを使うはずがない。
いい加減な神殿のことだ、姫様の出発が遅れているのかもしれない。
メルリダとルカリダでは、姫様の準備に手間取っても不思議ではない。
鍵は、既に預かっている。
姫様が持っている極秘文章の入手は最低限の目標だが、姫様の救出も必要な事だ。
これから、帝国の精鋭が姫様の極秘文章を元に作戦を考えて、王国や神殿に攻め込む。
その時に、私がユーラットから帝国の精鋭を率いて、神殿で待つ姫様をお助けする。
いいぞ。いいぞ。
そうだ、私を先頭にして、神殿に攻め込む。
そして、姫様を救い出す。
姫様は、神殿と王国の情報を齎したことで、帝位継承の上位になる。私は、姫様をお救いしたことで、近衛兵団の団長に任命される。私以上に相応しい者は、帝国には存在しない。私が、団長となり、姫様の名で王国を滅ぼして、共和国や皇国や神国を滅ぼせる。
私が指揮する兵団が負けるわけがない。価値が確定している戦いだ。貴族や商人たちも、資金提供は断らないだろう。
そうだ。
姫様をこのタイミングでお救いするよりも、帝国の精鋭たちを私が率いて救出した方が、いいに決まっている。
姫様には、もう少しの間、我慢をして頂ければならないが、姫様なら解ってくださる。
---
「・・・」
「・・・」
---
ルルカとアイシャに指示を出す。
姫様が乗っている帝国の馬車が近づいてきている。
二人は、馬車の前方に出て、進路を塞ぐ。
逃げるようなら、御者を殺せばいい。
大事の前の小事だ。メルリダとルカリダが御者台に座っていても、躊躇しなくていい。
ルルカとアイシャに伝えた。
二人も解っているのだろう。黙って、頷いた。
二人の態度に私は満足している。しかし、この程度の事は、私が指摘しなくても、自分で考えて欲しい。やはり、二人は近衛には不要な人材だ。
蹄の音がする。
姫様が乗る帝国の馬車だ。
まだ見えない。
ルルカとアイシャの位置からなら見えるのか?
二人が武器を抜いて構える。
二人が飛び出した。
私の作戦通りだ。二人が馬車の進路を塞いだ。
馬の嘶きが聞こえてくる。
メルリダもルカリダも、訓練を受けている。
声を上げない。
姫様は?
私が待機している場所からでは、戦況が解らない。
剣戟が聞こえる。
メルリダかルカリダが倒れたようだ。
そろそろ、私の出番だ。
姫様を、帝国を導くものとして、しっかりと役目を果たさなければ・・・。
茂みから、馬車の位置を確認する。
ルルカとアイシャがルカリダを囲んでいる。
ここからは、私の役目だ。
茂みから飛び出す。
最初は、アイシャだ。
アイシャに斬りかかる。
アイシャは防御もできないまま、私の剣を右肩に受けて、そのまま地に伏せる。次は唖然としている、ルルカに斬りかかる。ルルカは、防御を行おうとしたが、私の速度には付いてこられない。左肩から私の剣が食い込む。反撃をしようとする、ルルカにもう一度、斬りかかる。
技量の差は埋められない。
簡単に、二人を血の海に沈める事ができた。悲鳴さえも上げる時間を与えない。
私ほどの技量が無ければ出来ない。
そのまま、唖然としているルカリダの腹に剣を突きさす。
メルリダも絶命しているとは思うが、技量が悪いルルカとアイシャだ、殺せていない可能性がある。
生き残るよりは、姫様と私の為に死ねるのだ、メルリダも本望に思うに違いない。
メルリダの首に剣を突きさす。
しっかりと、絶命しているのを確認して、馬車に近づく。私に、勝てる者は神殿には居ないが、油断はしない。最後まで、全力で戦うのが近衛の団長として必要なことだ。
近くに、誰も居ない事を確認してから、馬車に近づく。
姫様に・・・。
姫様が見つからない!
馬車の中を探しても、姫様の姿が見えない!
隠れている?違う。私が助けに来たのだ、隠れている意味はない。
そうか、私が助けに来たことを察知して、馬車から降りたのだな?
「オリビア姉ちゃん!」
誰だ!
二つの車輪が付いたアーティファクトに乗った子供が二人、馬車に近づいてきた。
「カイル!イチカ!」
姫様が、馬車の中から出てきた?
探しても姿が見えなかったのに?
どこに居たの?
アーティファクトに乗ってきた二人の一人が、私に突っ込んできた。
とっさに避けた。
私くらいになれば避けると同時に攻撃を仕掛けるのは簡単だ。カイルと呼ばれている男児に切りかかる。
剣が弾かれた。
アーティファクトの権能か?
「オリビア様!」
イチカと呼ばれている女児が、姫様に手を差し出す。
姫様!
姫様!
姫様が、イチカに・・・。神殿に騙されてしまった。
神殿の勢力に、姫様を連れ去られてしまった。
私のミスではない。
そうだ、まだ・・・。
姫様は、最後まで馬車の中に隠れていた。
私の到着を待っていてくれた。
そうだ。
馬車の中に・・・。
やはり!
姫様は、まだ神殿でやることがあるのだ!そうだ!
姫様は、帝国の姫だ。
魔道具の起動に必要な鍵は、既に預かっている。
方法に間違いが無いように・・・。
姫様のお心は、私には解っております。
しっかりと、帝国に姫様が得られた神殿の情報を活用します。
---
カイルとイチカが、オリビアを救い出したのは、カイルとイチカの独断だ。ヤスたちが考えたシナリオではないが、カイルとイチカが動いても問題が内容には考えていた。
カイルは、オリビアがメルリダとルカリダだけを伴って、ユーラットに向かうと聞かされていた。
そして、ユーラットで問題になるような行動を行っているヒルダが、オリビアの奪還を考えていると教えられた。大人たちが、誰も護衛に付かないのなら、自分が護衛すると言い出した。
周りから”やんわり”と、”大丈夫だからおとなしくしておけ”と言われていた。カイルが言いつけを守るわけがない事も、大人たちは理解していた。イチカに、カイルが飛び出したら、一緒に”オリビアの救出”に向かうように指示を出していた。
二人が使っているモンキーにも細工が施されていた。普段は、結界の発動には、ハンドルにあるスイッチを押す必要があるのだが、この日はエンジンをスタートさせたら、結界が発動するようになっていた。スイッチは、トグルになっていて、スイッチを押下することで、結界が解除されるようになっていた。
モンキーの活動時間は短くなるが、問題にはならないと判断されていた。
オリビアたちが乗った馬車が、神殿を出てから、監視の目をかいくぐって、カイルとイチカが神殿の西門から飛び出た。大回りで、オリビアが乗った馬車を目指した。
襲われている状況が、見えてカイルが加速する。イチカも、カイルの加速に遅れないように、スロットルを開ける。
二人が見たのは、狂喜で表情が歪んでいるヒルダがルカリダの身体に剣を突き立てている場面だった。
ヒルダの攻撃をかいくぐって、オリビアを救い出した二人は、そのまま加速して、モンキーで通ることができる脇道に入って、西門を目指した。
最初に異変に気が付いたのは、カイルだった。
後ろを気にしながら、追跡がないことを確認して、カイルがモンキーを停めた。
「オリビア姉ちゃん。大丈夫か?」
カイルは、モンキーを降りて、イチカに捕まっているオリビアに話しかける。
カイルから見ても、オリビアが落ち着きすぎているように感じていた。
襲われて、従者が殺されたのだ.泣き叫べとは言わないが、冷静で居られるとは思えなかった。
「はい。カイル様。大丈夫です。ヤス様にお聞きでは無いのですか?」
イチカは、オリビアの言い方に違和感を覚えて、一つの可能性に辿り着いた。
「え?何を?」
カイルは、何も聞かされていない。
そして、イチカが辿り着いた可能性には、小指の先ほどにも届いていない。
イチカは、神殿で作業をする傍ら、サンドラやアーデルベルトやドーリスから話を聞いていた。他にも、神殿で生活をしている女性たちから噂話を聞いていた。その中の一つに、眉唾だと思っていた噂話がある。今、自分たちが置かれている状況を過不足なく説明ができる噂話があった。
「イチカ様も?」
オリビアは、カイルが知らないと把握して、イチカに質問を行う。
オリビアは、あの場所で殺されるか、ヒルダに連れ攫われることになっていた。カイルとイチカが助けに来るとは聞いていなかった。しかし、とっさにイチカの手を取ったのは、自分が死んだことになるよりは、神殿に連れ攫われたとヒルダが思い込むほうが有効だと”指示”を受けたからだ。
オリビアは、ヒルダに見つかって、自分と一緒に来るように言われる。それを拒否して、ヒルダに殺される予定になっていた。
「ふぅ・・・。他に、誰が知っているの?」
イチカは、可能性の確認を行うために、オリビアに質問を行った。
「ヤス様。リーゼ様。オリビア様。メルリダ様。ルカリダ様。ルルカ様。アイシャ様。サンドラ様。アーデルベルト様。アフネス様。ドーリス様です」
オリビアは、イチカが何を聞きたいのかわかったので、素直に質問に答える。
11名の名前を上げるが、実際には、あと数名は今回の作戦には直接関わっていないが、事実として知っている者が存在している。
オリビアは、自分自身に”様”を付けて名前を告げている。
イチカは、これで噂話が真実だと悟った。
イチカが、オリビアを見て、自分の目を指さす。
目を指さしたのは、神殿で見たオリビアと目と側に居るオリビアの目の色が違う。目の色の確認を込めて指さした。その行動には、本当に偽物なのか確認する意味があった。
「やっぱり・・・」
大人たちが不自然だったのを思い出した。
そして、救い出して大丈夫だったのか考え始めた。
イチカは、オリビアを見ている。
オリビアも、意味が解るのだろう、イチカをまっすぐに見て頷いた。
大人たちの作戦を自分たちが壊してしまったのではないかと考えたのだが、オリビアの反応から大丈夫だと思って安堵の表情を浮かべる。
「イチカ?何?どういうこと?」
カイルだけが解っていない状況だ。
「カイル。落ち着いて聞いてね」
まずは、カイルを落ち着かせる。
いきなり、話しても信じない可能性が高い事を、イチカは経験から理解している。
「あぁ」
イチカの声のトーンから、理由は解らないが、慌てなくても大丈夫だと感じたカイルは大きく息を吸い込んでから、大きく吐き出す行動を繰り返してから、イチカに言葉を返した。
オリビア(偽物)は、二人から少しだけ距離を取るように場所を移動した。
神殿の領域でも、普段から使われている道ではないので、魔物が出る可能性がある為に、魔物が飛び出してきても対処ができる場所に移動したのだ。
「オリビア様も、メルリダもルカリダも無事よ」
カイルは、オリビア(偽物)を救い出した瞬間を思い出そうとしていた。
「え?だって・・・。ルカリダ姉ちゃんが刺されて、だからおいら・・・。慌てて、メルリダ姉ちゃんも・・・。血が・・・。血?え?え?なんで?血が流れて・・・。え?」
剣がルカリダを突きさしているのを見て動揺した。思い返してみれば、突きさされた場所から血が出ていなかった。馬車が破壊され、4人が殺された場所なので、血が出ていなかった。まったく無かったわけではないが、微量の血が出ているだけだ。血の臭いが充満していなかった。
「そう。方法は、多分、帰ったら教えてもらえると思うけど、誰も死んでいない」
イチカは、血に関しては気が付いていなかった。
でも、そういうことだろうと理解している。
イチカの言葉を肯定するように、オリビア(偽物)が頷いている。
「はい。オリビア様もメルリダ様もルカリダ様も、ルルカ様もアイシャ様もご無事です」
「貴方たちは、死んだりしないの?」
「あの程度では、死んだりしません。核が破壊されない限りは、大丈夫です」
「核の回収は?」
「マルス様の指示で、確保に別の者が向かっています」
「そう・・・。大丈夫なのね」
「はい。カイル様。イチカ様。私をお救い頂いて、ありがとうございます」
オリビア(偽物)は、カイルとイチカに深々と頭を下げる。
そこには、感謝の気持ちが含まれている。
イチカも感謝の気持ちを汲み取って、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、サンドラやアーデルベルトに言われていたことを思い出した。
「いいのよ。はぁ・・・。これが、サンドラ様やアデー様が言っていたヤス様に騙されるな・・・。と、いう事ね。よくわかったわ」
「え?え?何?どういう事?」
カイルだけが、未だに解っていなくて、混乱のただなかに居る。
姫様が、攫われた。
私が助けて・・・。
違う。姫様をお救いする為に、本国に救援を求める。
あれは、間違いなく姫様の作戦だ。
その証拠に、私の手元に情報が揃っている。
あとは、私が姫様から託された作戦を・・・。しっかりと、愚かな者たちにも解るように書いた書類を添えて、本国に送れば、”姫様の救出”という名目で・・・。帝国が神殿や王国に攻め入ることができる。
姫様の日記に隠された私に向けた指示にもしっかりと書かれている。
まずは、馬車を確保しなければ、馬車に隠されている帝国に伝わるアーティファクトを利用して、情報を転送する。
低能な王国民や神殿の者たちには、本国が管理している転移のアーティファクトの価値が解らなかったようだ。
---
神殿の中に、急遽用意されたオペレーションルームに神殿の関係者が揃っている。
オペレーションルームは、椅子が扇状に8面のモニターが配置されている。
扇状の椅子の中央には、ヤスが座っている。
ヤスは、端に座ろうとしたのだが、中央に座らされてしまった。
そのまま、マルスから送られてくる映像を眺めている。
ヤスたちが見始めたのは、ドッペル・オリビアが馬車に乗り込んで、ユーラットに向った辺りからだ。
このオペレーションルームの存在を知っているのは、数名だけだったが、作戦の都合上、オリビアたちにも教えている。
反対意見もあったのだが、ヤスが面倒に思って許可した。
許可した理由も、このオペレーションルームの存在が敵方に知られても何も困らないからだ。
監視されていると解った状態で攻め込んでくるだけで、神殿側の対応は何も変わらない。
また、このオペレーションルームが占拠されるような自体になったら、神殿側の負けが確定する。ヤスの言葉に納得して、オリビアたちもオペレーションルームで、ヒルダ主演の活劇を見守ることになった。
「ヤス。いいのか?」
アフネスが、カイルとイチカが馬車を追いかけて、モンキーで飛び出したのを見て質問をしてきた。
「教えるのが、先になるか、後になるかの違いしかないから大丈夫だ。それに、カイルとイチカなら”生き延びる”選択をする。自己犠牲なんて考えはない」
ヤスのセリフは、アフネスの質問の答えになっているようで、なっていない。
アフネスは、カイルとイチカに、ドッペルの存在を教えて大丈夫なのかと聞きたかったのだが、ヤスの中では既に、教える予定になっているので、そのあたりは端折って説明をした。
ヒルダが馬車に奇襲を仕掛けた。
モニターを見ていた者たちが、小さな悲鳴を上げる。
全員がドッペルと解っているが、目の前にいる人物が切られるのは気分が悪くなるのが、当然の感情だ。
「オリビアさん。彼女の技量は、どの程度なのですか?」
サンドラが、オリビアに質問をする。
「どの程度とは?」
「動きが、素人に見えてしまって、失礼だとは思いますが、帝国の皇女の護衛としては・・・」
サンドラの質問の意図が理解できて、オリビアだけではなく、メルリダもルカリダも、肩を竦めて、ルルカとアイシャを見ている。
「サンドラさん。ヒルダの技量ですが、近衛騎士の中の中・・・。で、いいのよね?」
オリビアも心配になって、ルルカとアイシャを見ている。
ルルカが立ち上がって、オリビアに一礼してから、ヤスにも同じように頭を下げる。
「サンドラ様」「様は、必要ないわよ。呼び捨てが難しければ、”さん”でお願いします。ルルカさん」
ルルカは、サンドラの言葉を受けて、頭を軽く下げてから、背筋を伸ばした。
「サンドラさん。ヒルダの技量ですが、近衛の中では、中の上に手が掛かる程度です」
「え?平均以上?」
「はい。序列だけでは、もっと上です」
「??」
アイシャが立ち上がって、ルルカに変わって、序列の説明を始める。
序列の説明が終わった。アイシャは、また椅子に座りなおした。
「ごめんなさい。アイシャさん。序列は、強さだけではなく、”実績”が重視されて、その”実績”は、家格が影響していると?」
アイシャではなく、ルルカが頷いて、サンドラの疑問に答える。
「そう・・・。それで、帝国の近衛では序列が強さで無いのはわかったわ。それで、ヒルダの実際の強さは、どのくらい?」
「サンドラ。強さは、相対的でないと解らない。そして、状況によっても強さは違ってくる。競技場での戦いに強い奴が戦場で強いとは限らない」
アフネスの言葉で、視線がヤスに向かう。
剣での”一対一”ならヤスは簡単に負けるだろう。しかし、なんでも”あり”の戦いならヤスは、誰にも負けないだろう。そして、生き残るということにかけては、それこそ世界で一番だと皆が思っている。
「ヒルダの剣技なら、多分ですが、カイル君にも負けます。帝国でも、ヒルダに負ける”兵”はいないと思います」
ルルカの辛辣な言葉だ。
実際には、もっと弱いかもしれないと考えている。
ルルカとアイシャも神殿に来てから、考え方が変わっている。
オリビアと話をして、帝国が”おかしかった”と思うようになっている。そして、オリビアの提案を受けて、帝国の上層部の一掃ができたら素晴らしいと考えてしまっている。帝国のために、神殿の力を利用する。
実際には、最悪の場合には帝国が地図上から消えるのだが、それも”致し方ない”と考えてしまっている。
メルリダとルカリダと違った方向に壊れてしまっている。
「アフネス。ユーラット側はどうなっている?」
「ん?ユーラット?あぁ馬車か?」
「そうだ」
「元々の馬車が置かれていた場所には、偽物を置いて、アーティファクトやその他の仕掛けをそのままにして森の入口に移動した」
「わかった。ヒルダでも大丈夫だよな?」
「しらん。ギルドが大丈夫だと判断した場所だ」
今度は、ドーリスに視線が集まる。
「さきほどの話で心配にはなりますが、騎士なら大丈夫だと思います。カイル君なら一人で対応できる程度の魔物しか出てきません」
「カイルと比べても・・・。でも、しょうがないな。発信機・・・。位置が解るアーティファクトも残してあるよな?」
「はい。そのまま、馬車を移動させました」
ヤスが発信機と言ってしまったアーティファクトは、帝国が所有する物で、対になっているアーティファクトでお互いの位置が把握できる物だ。
本来は、オリビアが行方不明になった時でも、馬車に残った者が居れば、オリビアを助けに行ける物だ。
そして、対になっているアーティファクトは、両方が揃うと、マスターとして登録しているアーティファクトに”小物”を転送できる優れモノだ。
帝国は、過去に存在していた神殿を攻略して、このアーティファクトを大量に所有した。通話装置と違って、帝国はアーティファクトを秘匿した。権力基盤の維持に使っている。
「使えないな・・・」
アフネスの言葉だが、この場にいる人間に向けての言葉ではない。
ヒルダが、偽物の馬車に入って何かを探している様子を見ながらの言葉だ。
モニター越しでも、偽物だと解る貧相な馬車だ。
偽物だと気が付かないで、探している姿は滑稽だが、ヤスたちが望んでいるのは違う事だ。
「ヤス。いいのか?」
「ん?なにが?」
「転送のアーティファクトだ。帝国に売りつけることができるぞ?」
「あぁあんな欠陥品。必要ない。解析も終わっている。解析の結果が知りたければ、マルスに説明させるぞ?」
ヤスの言葉だが、アフネスは呆れてしまっている。
帝国が版図を広げた原動力にもなっている転送のアーティファクトを”欠陥品”だと言い切った。それだけではなく、解析まで終わらせている。
『ドッペルの回収に成功しました』
マルスからの報告を聞いて、皆が安堵の表情を浮かべる。
まずは、作戦の第一段階は成功したと言ってもいいと考えている。
『個体名カイル。個体名イチカ。ドッペル・オリビアが、面会を求めています』
「え?ドッペルも一緒?」
『是』
「どこに来ている?」
『神殿の入口です』
「そうか、セバスが神殿に居るだろう?案内をさせてくれ」
『了』
「マルスからの報告もあるが、そろそろ第二幕の準備が必要かな?」
ヤスの言葉を受けて、皆がヤスに集中していた視線を一つのモニターに移動する。
森の中に置いてある馬車が映されているモニターに、一人の騎士姿の女性が近づいてきている。
「マルス!馬車の周りに誰も近づけさせるな!ヒルダが、転送を行ったら馬車を封鎖」
『了』
カイルとイチカとドッペルたちが揃ってオペレーションルームに入ってきた。
「旦那様」
「ありがとう。セバス」
ドアを開けて、カイルとイチカが中に入ったのを確認した。セバスは、全員が部屋に入ったのを確認してから深々と頭を下げた。
ドッペルは、ドッペルだと解る姿に戻って、オリビアの横に移動する。オリビアが、自分のドッペルから”痛み”の情報以外を貰い受ける。ドッペルから見ていた情報をオリビアが必要だと判断した。
ヒルダの蛮行を誰かに聞かれた時にしっかりと自分の言葉で説明を行うためだ。
そして、カイルとイチカにしっかりと”礼”を伝えるためだ。
記憶をオリビアに戻したドッペル・オリビアは、壁際まで戻った。
記憶を受け取ったオリビアは、少しだけ椅子に座ったまま目を閉じた。
皆の視線がオリビアに集中した時に、目を開けて立ち上がった。
しっかりとドアの所に居るカイルとイチカを見てから、深々と頭を下げた。
「カイル様。イチカ様。私たちを、御身を顧みずに助けて頂いて感謝いたします」
オリビアの口上が終わると同時に、メルリダとルカリダとルルカとアイシャが立ち上がった。
同じように、カイルとイチカに深々と頭を下げる。
戸惑うのは、カイルとイチカだ。
特に、イチカの動揺が酷い。勝手に助けに向った。助けに行くことには、カイルと話をして了承をしていた。”いい事”だと思っていた。しかし、ドッペルから話を聞いて、自分たちが行ったのは、皆が考えた作戦を台無しにした可能性に思い至った。
それだけではない。ヤスが何度も言ってきた、”まずは自分たちの安全を考えろ”を無視した形になっている。オリビアを助けるのは、正しい行動だとは思っていた。しかし、助ける為の行動で、自分やカイルが危険に身を曝す行為ではなかったのか?
オリビアからの言葉は嬉しいが、言葉の中に”御身を顧みず”という言葉が、イチカの心にのしかかった。
そして、イチカはヤスを見て、悟ってしまった。
「ふぅ・・・。イチカ」
ヤスは、イチカの気持ちが解るのか、優しい声で話しかける。
「はい」
イチカは、ヤスの呼びかけに、緊張した声でまっすぐにヤスを見ながら答えた。
「イチカは、解ったのだろう?」
ヤスは、優しい声で、イチカに向って問いただす。
これから、やるべきことを考えて憂鬱な気分になっているが、自分の役目だと解っている。年長者であるアフネスは、部外者に近い立場だ。身分で言えば、アデレードでもいいのだろうが、年齢がカイルとイチカに近すぎる。
「・・・。はい」
ヤスの言葉で、イチカは呆れられていないことだけは理解が出来た。
「え?なに?解った?」
カイルは、ヤスとイチカのやり取りを聞いていたが、自分たちの行動が、悪い事だとは思っていない。
最悪の方向に発展しなかったのは、運が良かったからだ。それが解らない。
「カイル。俺は、誰かを叱るのが苦手だ」
ヤスは、テーブルの上に両手を置いて、まっすぐにカイルを見つめる。
宣言している通りに、これから、ヤスはカイルを”叱らなければ”ならない。子供だからでは、終わらせてはダメな状況だ。
「え?」
叱られるとは思っていなかったカイルは、睨むようにヤスを見るが、ヤスが哀しそうな目でカイルを見るので、反抗心が折れそうになっている。
「カイル。誰が神殿の領域から出ていいと言った?」
ヤスは、イチカに話しかけるように、ゆっくりと問い詰めるような口調ではなく、優しく諭すような口調で、カイルに質問をする。
「・・・」
「カイル。答えろ」
カイルが黙っているのは、反抗心から来る沈黙だと考えたヤスは少しだけ強い口調で、カイルに問いただす。
「誰も・・・。でも!」
「”でも”じゃない。それに、お前は、イチカと一緒に、出たよな?」
カイルが答えた事で、ヤスは口調を戻す。
それでも、最初の優しい口調ではなく、上司が部下に指示を出す時の機械的な口調を目指して、問いただす。
「うん。アイツらが、3人だと聞いて、おいらが、一人を抑えている間に、イチカにオリビア姉ちゃんを助けて・・・」
「カイル。お前が怪我をしたり、捕まってしまったり、最悪は、殺されている可能性だってあるのだぞ?」
「・・・。うん。でも!オリビア姉ちゃんたちを助けないと・・・」
カイルの中では、神殿で生活をして、会話ができる人は”仲間”なのだ。
帝国の姫と言われて最初は戸惑った。話してみれば皆と何も変わらない。それが嬉しくて、他の人たちよりも、近くに感じていた。
「そうだな。その気持ちは大事だ。大切な気持ちで、お前の考えは正しいと思う」
「なら!」
カイルは、自分が”正しい”と考えて行動した。
行動した結果が伴っている。ドッペルだったけど、オリビアを助け出した。
だから、自分の行いは”正義”だったと思っていた。
「カイル。お前が怪我して、二度とモンキーに乗れなくなったとしてもいいのか?」
「・・・。うん。残念だけど、おいらが自分で実行した事だから・・・。でも!」
「カイル。お前が怪我をして、モンキーに乗れなくなったとして、お前は自分の責任だと、諦められるのだな」
「うん。兄ちゃん。おいら。おいら」
「カイル。お前が怪我してまで助けたオリビアはどうしたらいい?お前を助けられなかったと考えてしまうイチカはどうしたらいい?それだけじゃない。俺も、お前とイチカを二人だけで行かせたことを後悔するだろう。他にも、アデーもサンドラも・・・。リーゼも、後悔する」
カイルの”正しさ”は、他の人からも”正しい”と認識されると、カイルは思っていた。
「・・・」
「俺たちも、オリビアを見殺しにしようとは思っていない。危険な役割を頼むのは、皆が解っていた。そのうえで、できるだけ安全にオリビアたちが助かる方法を考えていた。カイル。解るよな?お前の行動がどれだけ危なかったのか?そして、それはお前だけが危険に晒されたわけじゃないことを・・・」
「・・・。うん」
カイルは最初の勢いもなくなって、俯いてしまっている。
道筋を作って話せばカイルは解ると、ヤスは考えていた。
だからこそ、オペレーションルームに呼んで、説教を行おうと考えた。
他の場所では、神殿の中でも視線がある。
カイルが虚勢を張る可能性があった。
ここなら、無責任にカイルに味方をしようとする人が居ない。
そして、ヤスが慣れないことをしているのを、”生暖かい視線”で観察する程度には、ヤスの事を信頼している者たちだ。
「イチカ!」
「はい」
「お前も、同罪だ」
「兄ちゃん!イチカは、おいらが無理矢理」
「解っている。イチカを怒るのは、解っているよな?」
「はい。私は、カイルが一人で行くくらいなら、一緒に行って、カイルが危なかったら、バイクでヒルダに突撃を・・・」
「そうだな。イチカの目の前で、カイルが剣で切られるところは見たくないよな」
「はい」
「でも、イチカ。カイルと逆の立場になっているだけで、何も変わらない。わかるよな。お前が怪我をして、カイルが助かったとして、カイルはお前に感謝はするだろう。でも、それ以上に後悔する。わかるだろう?」
「はい」
カイルとイチカは、ヤスを見て、謝罪の言葉を口にした。
「そうだな。お前たちの事を心配したのは、俺だけじゃない。解っているな。それに、この場合は、謝罪はダメだ」
「え?」「??」
「お前たちが、謝罪してしまうと、助けられたオリビアが困るだろう?今日は、ドッペルだったから謝罪でも、まぁいいけど・・・」
「兄ちゃん?」「ヤス様?」
「カイルとイチカにしか使えない方法を教える」
「うん!」「はい」
「”ただいま。無事に帰ってきた”で、いい。お前たちの無事が俺たちが求める事だ」
カイルとイチカは、お互いの顔を見てから、皆に頭を深々と下げてから、大きな声で・・・。
「「ただいま帰りました。二人とも無事です。ご心配をかけました」」
息があった言葉だ。
「おかえり。カイル。イチカ。見事だった。でも、危ない事はしないでくれ」
「「はい!」」
ヤスが照れているのを他の者たちはニヤニヤしながら見ている。
「マルス!状況の説明を頼む!」
ヤスが慣れないことをしている頃。
リーゼは、神殿に来ていた。
サポートは、ファーストだけだが、マルスが監視をしているので、大きな問題になっていない。
リーゼが神殿に足を踏み入れるのは、今回が初めてではない。
エルフの里から戻ってきてから、皆が忙しそうにしている時に、黙って神殿に入ろうとした。武器と防具の一式を持ち出して・・・。
マルスからファーストに連絡が入って、アタックする前に見つかってしまった。
リーゼは、皆がヤスの為に知恵を絞っているのを、自分では知恵の面では役に立たないから、力をつけようとしたようだ。
エルフの里での経験や、帰り道での経験から、リーゼの心境にも変化が見られた。
そして、ヤスへの気持ちを自覚し始めた。
友愛なのか、親愛なのか、線引きが出来ないフラフラとした状態だが、ヤスの側に居るのは自分だと強く意識するようになった。
ヤスの手伝いの為に・・・。
自分に何ができるのか?
そして、何をしたほうがいいのか?
知識では、アーデルベルトやサンドラには及ばない。人生経験では、辺境伯だけではなくアフネスやロブアンだけではなく、イザークやルーサにも及ばない。力では子供を除けば弱い方から数えた方が早い。愛嬌はあるとは思っているのだが、ヤスの好みなのか聞いたことがないから解らない。
アーティファクトの操作では、ヤスを除けば一番だと言えるかもしれないが、ヤスの代わりはできない。
全部が中途半端に思えてしまっている。
そこに、帝国からの姫が亡命してきた。リーゼから見ても、素敵な女性だと思えた。
リーゼは、ヤスの隣にいるために、自分だけの武器を得る必要があると考えて、神殿にアタックをおこなおうとしていた。
リーゼに手を差し出したのは、マルスだ。
マルスは、エルフの里にある”マリア”から情報を得て、エルフ種の上位種族である”ハイ・エルフ”の能力解放が発生する方法の把握を行っていた。リーゼには、ファーストが説明をしているのだが、”能力解放”がハーフで発生する可能性は低い。それを認識した上で試練に挑むのならサポートを行うと説明をしている。
リーゼは、ファーストの提案を二つ返事で受け入れた。
可能性が低いだけで、”0”でないのなら挑戦をする。”能力解放”がおこなわれれば、ヤスの隣に居られる。それなら”挑戦する”しか考えられなかった。
それから、リーゼはマルスから指示を受けているファーストと一緒に、神殿の奥地で訓練を行っている。
神殿の入口では、ギルドからの依頼や貴族からの依頼を受けた者たちが活動を行っている。そこに、女性二人だけのパーティーが入り込むと、目立ってしまう。その為に、マルスは専用の入口を作成して、リーゼたちはそこから神殿の奥地に移動している。そうでなくても、リーゼは神殿では有名だ。その為に、二人が他の者たちからの干渉を受けない場所をマルスが用意した。
「リーゼ様。もうそろそろ・・・」
「もう少しだけ、何かが掴めそう」
「わかりました。前方の角を曲がった先に、エント2体。来ます」
リーゼの”能力解放”が、発生するのか、マルスの計算でも高く見積もっても1割を下回っていた。実際には、2?3%くらいだと思われていた。
エントを倒した瞬間に、リーゼは何か解らない力が身体から、心から溢れだすのを認識した。
目を瞑り、力の根源に意識を集中した。
手順は解らない。でも、間違っていないと確信している。
力の場所を把握して、自分の身体に溶け込むように受け入れる。概念の世界で、リーゼは欲しかった力を手に入れた。
実際には、まだ力の片鱗を掴んだに過ぎないが、大きな力の入口にリーゼが立ったことになる。
伝説の巫女が誕生するまであとわずかの所まで辿り着いた。
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マルスは、リーゼの覚醒(の始まり)を歓喜の想いで受け止めた。
マルスは、ヤスのサポートを行うための演算装置だ。
感情を持って産まれる生命体ではない。
マルスは、神殿と融合した。
正確に言えば、神殿を支配し、吸収してしまった。神殿の本来の力を、マルスが統合したのだ。
マルスは、ヤスの指示に従って、神殿を拡張した。
拡張の過程で、多くの者を取り込んでしまった。
取り込んだ者や、生活している者からの影響を受けて、マルスは感情を”理解”した。
マルスは、自分が感情を得たのだとは思えなかった。感情を持っている”生命体”から学んだのは、感情が心だけでなく、肉体にも影響を及ぼすということだ。その為に、肉体を持たないマルスでは、感情が得られないと思えた。
マルスは、自分は感情を得たのではなく、感情を理解したと考えた。
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リーゼが、覚醒の扉に手をかけて、マルスが感情を理解している頃。
「ルーサ」
「悪いな」
「何だ、大将関係か?」
「最終的には・・・」
ルーサは、仕事の合間を見つけて、集積所に来ていた。
エアハルトに相談をするためだ。
既に、ルーサ/ヴェスト/エアハルトには、オリビアたちが考えた作戦が伝えられている。
その結果、誘導されるように発生する物事も予測だと注意書きがあることが伝えられている。
「戦争か?」
「帝国の姫が神殿に亡命してきたのは聞いたな?」
「そうか・・・。相手は帝国か?」
「そうだ。集積所は大丈夫だと思う。大将から行動計画は来ているよな?」
「ぶっ飛んだ計画が来ている」
「ははは。俺のところにも来て、エアハルトと相談して欲しいと言われた」
「相談?」
「ローンロットもトーアフートドルフも攻められる心配はなさそうだ。違うな、ローンロットは・・・。可能性は低いが、森を抜けられたら・・・。防衛戦に戦力が必要だろう?」
「そっちは、大丈夫だ。手配した」
森の中にある村に指示を出している。指示だけではなく、指示を実行するための機材や人材の手配も終わっている。攻め込まれたら逃げてくるように伝えて、森の中でも移動が可能なアーティファクトを待機させている。次いで、日頃の物資の搬送頻度を上げている。
「そうか・・・。アシュリは、今回は物資の一時保管場所になる」
「主戦場が大将の予測通りなら、たしかにアシュリが・・・」
「そこで、アシュリにある機密情報や外に出しにくい物資の搬送を頼みたい」
「搬送?どこに?」
「保管場所は、ローンロットで頼む。それから、外に出せる物資をアシュリに集約させたい。頼めるか?」
「うーん。ルーサの目的は解ったが、預からせてくれ、王国内への配送がまだ終わっていない。大将が動いてくれたら、簡単だが・・・」
セミトレーラは、ヤスしか運転が出来ない。
実際には出来るのだが、ディアナが拒否してしまうために、実質的に動かせるのはヤスだけだ。その為に、王国内の配送は軽トラックが主戦力になってしまっている。道幅の問題もあり、トラックでの運用が可能な場所は限られてしまっている。
「わかった。だが、アシュリからローンロットへの輸送だけは頼みたい。俺たちだけだと、終わりが予測できない。慣れた奴に頼みたい」
「わかった。そっちはシフトを考える。期間は?」
「できるだけ早く。報酬は?」
「物資のなかから流せそうな物があれば、物資が欲しい」
「武器?」
「この件で、ヴェストが欲しがっていた。足りてはいるけど・・・」
「聞いている。義勇兵だろう?」
「あぁ帝国から、現在の帝国に反発する者が流れてきているようだ」
「中途半端な奴らに武器を渡していいのか?外に出せないような物が多いぞ?」
「それは、大丈夫だと思う。見せるための武器が欲しいと言っていた」
「見せる?」
「義勇兵の奴らには渡さない。大丈夫だと判断された奴に渡す武器だ」
「それなら・・・。わかった。大将には?」
「伝えてある。ルーサの・・・。アシュリに流れている武器は、尖がった性能が多いから、帝国に流れても問題はないと言っていたぞ?」
二人は、お互いの指示を確認して、大きなため息を吐き出した。
「「大将・・・」」
この場には居ないヤスに向けて・・・。
しかし、やることはやらなければならない。トーアヴェルデに居るヴェストを呼び出して3人で物資の搬送と必要になりそうな人員の確保を行うことにした。
神殿以外では、いつ戦争になっても不思議ではない雰囲気が漂い始めている。