サンプル別荘に入った3人は、驚愕で身体が固まってしまった。
 メイドからフロアの説明を聞いたからだ。

「ハインツ?」

「おい!ハインツ!」

「あっはい。ジークムント様」

「ハインツ。ジークと呼べ」

「あっはい。もうしわけありません。ジーク様」

 ハインツは、普段の癖が抜けきらない。
 サンドラのように、”さん”とは呼べないのだ。王宮に行っていた癖が抜けきらないのは無理からぬことだ。

「”様”も必要ないが、無理だろうな。ハインツ。お前は知っていたのか?」

 ジークムントが言っているのは、別荘に入ってきて、最初に説明を受けた、タブレットの事だ。
 ヤスとサンドラは、別荘地を快適に過ごしてもらうために、専有フロアの場合には、タブレットで気候をある程度は調整を可能にしたのだ。

 昼と夜の時間調整したりは出来ない。神殿がある場所と同じにしているのだ。
 気温はある程度は調整出来るようにした。しかし、極端に寒い気温や、極端に暑い気温には出来ない。天気は簡単に調整出来る。
 ただそれだけなので、ヤスもサンドラも神殿の迷宮区では一般的なことなので、深く考えなかった。

「いえ、知っていたら、これほど驚きません」

「そうだな」

「お兄様?ハインツ様?これが、そんなに驚くことなのですか?神殿の中ならできて当然ではないのでしょうか?」

「はい。アデー様。おっしゃるとおりです。神殿の中なので、当然だとは思っています。しかし、それを、こんなに簡単に、それも別荘を購入した者たちに提供するとは思っていませんでした」

「どうしてですか?」

「アデー様。もし、王都の周りで、1年間雨が振らなかったらどうなりますか?」

「お水が無くなって、作物が育たなくなります」

「そうです。でも、この神殿のリゾート区では雨を降らすことが出来ます」

「はい?」

 アーデベルトは、不思議そうな顔をして、ハインツを見る。神殿なのだから、当然だと思っているのだ。

「いいですか、アデー様。このフロアは、アデー様がご購入したら、アデー様の物です。王都と同じ広さがあります」

「そうですね。説明されましたよ?」

「そうです。アデー様ですと、例えが、難しいですね。そうですね。アデー様の御学友の子爵家が少し無理をして、このフロアを購入したとします」

「はい」

「農民を100名ほど連れて、開拓をしたとします。魔物も居ない、獣は居るらしいのですが、それさえも調整出来るようです。天気が調整できる。農民にとっては最高の場所でしょう」

「あっ・・・」

「そうです。それで、子爵家が不作になっても、100名が作る農作物は子爵家に届けられます。ローンロットまで運べば、そこから子爵家に食物が届けられます。魚や獣肉も可能でしょう」

「そうですね。王都の人数を賄うのは難しいでしょうが・・・」

 アーデベルトは思い出した。リップル子爵家の暴挙から始まった、王国の混乱。小さいながら、多数の貴族を絡んだ紛争が発生していた。問題になるのは、難民が発生してしまっている。王都に集まり始めているのだが、王都には、それだけの人数に与えられる仕事はない。仕事がない者は、生活が苦しくなり、スラムに行くようになってしまう。

「お兄様!」

「あぁハインツ。サンドラ嬢に、聞いて欲しい」

「はい。人はどこまで入れられるかですか?」

「それもあるが、神殿の中で作った作物や狩った獣の取り扱いだ」

「わかりました」

 メイドの一人が、3人の会話に入ってくる。

「失礼致します。ジーク様。アデー様。ハインツ様。専有フロアでは、”何をしても構わない”となっております。また、フロア内で得たものは、すべてフロアを持っている者の裁量によるとなっております」

「え?それは、作物を育てても、狩りをしても、川で漁を行っても、山で採掘を行っても・・・」

「はい。しかし、資源を復活させるためには、対価が必要です」

「対価?」

「はい。ご説明しますか?」

「お願いしよう」

 ジークが前のめりでメイドに食いつく。
 メイドは、タブレットをジークの前に提示した。

 メイドが提示した場所には、”木の復活”/”鉱石の復活”/”獣の復活”/”魚の復活”/”地力の復活”と並んでいる。他にも、細かく細分化されている。

「これは?」

「例えば、木を切りすぎたと思った時に、木を復活させる必要があります。もちろん、幼木を持ってきて育てる方法もございますが、木の復活を行えば・・・」

 メイドは、別荘から見える場所に”木”を復活させた。

「こうなります」

「え?」「は?」「・・・」

 三人は空いた口が塞がらないと言った感じだ。

「それで、木を一本増やすための対価が、この数字です」

 木の横に数字が出ている。復活させる場所で、数値が変わっている。20ー40の間で移動している。

「その数字が、対価なのか?」

「はい。そうです。対価は、この部分に表示されています」

 メイドがタブレットの上部の数字を指差す。
 現在は、5,731になっている。

「そうなると、20の木を200本以上は復活させられるのだな」

「そうです。この対価を支払えば、資源の復活が可能です」

「その対価は、どうやって増える?」

「このフロアで人が過ごすことで増えます。あとは、お勧めしませんが、”課金”という方法もあります」

「過ごすだけでいいのか?」

「はい」

 アデーが、ハインツとジークの間に身体をねじり込むようにしてタブレットを見る。

「お兄様!それなら!」

「そうだな。でも・・・。対価は、どのくらいで増えるのだ?」

 当然の質問だ。

「明確な数字は、わかりません。平均でよろしいですか?」

「構わない」

「平均で、一人の人間が3日程度過ごせば、”1”増えます」

「そうか、木が60日程度で伐採できるのか?産業として考えると、”あり”だな。木の種類は選べるのか?」

「はい。果実が出来る樹木もあります。先程のタブレットがカタログになっております」

 アデーが、ジークやハインツからタブレットを奪い去って、カタログを穴が空くような視線で見つめている。
 操作がわからないのか、メイドに質問を重ねている。

 そして、一つの項目で目が止まる。

「お兄様。ハインツ様。これを見てください」

「はぁぁぁぁ?」「・・・。サンドラ。頼む。嘘だと・・・」

「あの・・・。これは、本当に・・・」

 アデーが指し示す項目は、”エント”となっている。

「??」「エント?魔物の?」「え?サンドラは、何を・・・」

 ハインツがパニックになっている。

「エントですが育てて、擬態が出来るまで育ちますと、人形の精霊を産み出します。簡単な、屋敷の管理や草木の環境維持を行えます。便利です。魔力を必要としますが、名付けして頂ければ、外に連れ出すことも出来ます。おすすめです」

「・・・。魔物だよな?」

「はい。分類は、魔物ですが、カタログから産まれたエントは、産み出した方々に危害を加えません」

「そっそうか・・・」

「戦力にはなりません。通常の人と同じ程度の力しかありません」

「ねぇ。これ、借りていい?今晩だけでも、じっくり見たい!」

「構いません。何かお試しになりたい時には、おっしゃってください。必ずとは言えませんが、なるべくご期待に添えるようにいたします」

「ありがとう!お兄様。ハインツ様。私は、ここで失礼します。あ!お風呂があるのでしたわよね?」

「はい。ございます」

「入りたい!準備にどのくらい時間が必要なの?」

「準備は出来ております。神殿から、お湯が提供されております。お湯が湧き続けているので、好きな時にお風呂を使えるようになっております」

「お兄様。ハインツ様。私は、お風呂に入ります。その間、タブレットをお預けしておきます」

 アデーはメイドを見て、案内を頼んだ。
 先程まで説明をしていたメイドとは違うメイドが、アデーの前で会釈して、案内をするようだ。

 タブレットを渡されたジークとハインツは疲れ切った顔をしている。

「そうだ!この専用フロアの内容は、父上。クラウス辺境伯は知っているのか?」

「わかりません」

「そうだよな。サンドラに聞かなければダメだな」

「ハインツ。俺」「ダメです」

「まだ、何も言っていないぞ?」

「どうせ、ここに住みたいとか言い出すのでしょう。貴方は、第一王子なのですよ。ダメに決まっています」

「ほら、神殿は別の国だろう?留学という感じで・・・。それに、弟も」「ダメです!サンドラと父様が言っていたのは、これだったのか・・・」

 ハインツは驚愕しているが、それ以上に帰る時に、第一王子と第二王女をどうやってこの別荘地から引き剥がそうか考えるので、頭が痛くなってきた。

「(はぁ・・・。俺も、ここに住みたいよ。サンドラの奴・・・。うまくやったな)」