異世界の物流は俺に任せろ


 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。
 貴族位としては、伯爵だが通常の伯爵より上の辺境伯だ。儂の上は、侯爵家と公爵家があるだけだ。

 儂は、娘のサンドラが世話になっている神殿の都(テンプルシュテット)の敷地内に足を踏み入れた。軽い気持ちで着いてきたが、後悔し始めている。
 神殿の都(テンプルシュテット)は娘たちが名前を付けたと言っているが、信じていない。名前は、主が付けるのが当然で、主の権利なのだ。娘たちも気にして、仮称だとは言っていたが、実際に神殿の主であるヤス殿が認めたので、公式な文章にも使われるようになっている。

 そんな名前なんて、些細だと笑い飛ばせるような光景が目の前に広がっている。

 門からまっすぐに伸びている綺麗な道。石なのか固く綺麗になっている。道は、それだけではなく、城壁に沿って道が出来ている。綺麗に計画されて作ったのだろう。家が綺麗に立ち並んでいる。

「サンドラ・・・。儂は、騙されているのか?」

「どうしたのですか?」

「信じられないくらいに発展した街に来ている。ここが攻略されたばかりの神殿なのか?儂は、どこかの街に転移したと考える方が納得できる」

「・・・。いえ、残念ながら、お父様が、見ている光景は、間違いなく、攻略されたばかりの神殿の領域です」

「そ、そうか・・・。ダメか・・・。あっでも、中に入る為には、審査があって、審査に合格しないと、領域には入られない。この風景もわからない」

「はい。そうです、関所の村アシュリやユーラットまでなら馬車を使って来てもいいが、ユーラットから神殿に向かうためには、神殿が用意したアーティファクトでしか移動できません。その上に審査です。聞いた話では、領都にある大手の商隊は審査が通らなくて、小さな商店の店主の審査が通ったと言われています。それから、商隊は、ユーラットのギルドに依頼を出して、カスパル殿がユーラットまで依頼された品物を運んでいます。関所の村が出来たので、物資の調達や依頼をギルドに出して、関所の村アシュリまで運んでもらって、商隊はアシュリのギルドで受け取る形に落ち着くと思います」

 娘が一気に説明してくれたが、納得できる内容だ。
 確かに、商隊が来て商人だけが神殿の審査に落ちたとなると問題になる。商人は、神殿産の素材が欲しい。あと、できればアーティファクトの取引がしたいと考えているのだろう。アーティファクトは拒否される覚悟だろう。素材は、ギルドを通せば入手出来るとわかれば、神殿まで来なくてもいい。その上、ユーラットまでだったのが、アシュリで受け取れるとわかれば、商隊としてもメリットになる。

「お父様?」

「あっすまん。辺境伯として、神殿との付き合い方を考えていた」

 本当は、全く違うが少しくらい、娘に『格好いいと思わせたい』と思ってもいいだろう。

「そうですか、あ!バスが来ました。行き先は・・・。丁度良かった。神殿に向かうようです」

「”ばす”?」「はい。すぐにわかります」

 娘が見ている方向を見ると、大きめのアーティファクトが移動してきた。”ばす”と呼ばれたアーティファクトが手をあげた娘の前で停まる。

 儂の頭には”?”が大量に出ている。

「お父様。乗りますよ」

「おっおぉ」

 娘に言われて、アーティファクトに乗り込む。椅子のような物が何個も置かれていて、住民だろうか?座っている。

「サンドラ殿。辺境伯様。私は、ヤス殿に報告をするために、連絡を取ります」

 ディトリッヒ殿は、ここで別れて行動するようだ。
 連絡すると言っているが?どうやって連絡をするのだ?

「わかりました。私たちも、お父様の様子を見ながら連絡します」

 娘も・・・。何か、神殿の住民にしかわからない方法があるのだろうか?

「ヤス殿には伝えておく」

 ディトリッヒ殿が、儂の顔を見て娘を見た。娘の表情は見えないが、なんとなく解る。これは諦めている時の雰囲気だ。それも、いい意味のほうだ。

 ”ばす”と言われたアーティファクトの入口が閉じた。
 そして動き出した。

「サンドラ?」

「バスは、神殿の中を回っています。停留所と呼ばれる場所で、待っていると停まって乗せてくれます。そして、停留所に停まった時に降りるのです」

「対価は?」

「カードを持っていれば無料です」

「え?は?タダ?」

「はい。カードを持っていないと、神殿には入られないので、実質的にはタダです。あっユーラットと神殿の間もこのバスが走ります。そのときに、カードを持っているか、ユーラットで申請を行えば無料です。ヤスさんですから、今後はアシュリまで無料で送迎するでしょう」

「ヤス殿にメリットは?」

「それは、アーティファクトの練習です」

「言っている意味がわからない。サンドラ?練習?アーティファクトの?」

「えぇ今は、それで納得してください。後で、関連する施設に行くので、その時に詳しく説明します」

「わかった」

 娘は隠しているわけではなさそうだ。単純に説明が面倒だと考えているようだ。

 それにしても、この神殿は本当に規格外だ。王国にある神殿にも行ったことはあるが、ここまでの規模ではなかった。小国家群の神殿も見て回ったが、これほど発展している場所はなかった。儂の領地にある街を少しばかり大きくした程度の場所が殆どだ。

「お父様。次に停まったら、降りるので準備してください」

「わかった」

 しかし、このバスという仕組みは便利だ。
 アーティファクトではないが、馬車で出来ないだろうか?領に帰ったら、考えて見る価値はありそうだな。

 娘に言われて降りた場所は、門からまっすぐに伸びた道の終着点を西側に移動した場所だ。正面には、入ってきた門と同じ様に大きな門が見える場所だ。

「お父様。この四角場所にカードをかざしてください」

 娘に言われてカードをかざすと、門の時と同じで緑色に光って、扉に見えなかったが、扉が開いて、階段が現れた。娘も、同じ様にカードをかざす。これで、二人が中に入られるようになったようだ。神殿では、このカードがすべてなのだな。

「サンドラ。例えば、お前のカードを儂が使えないのか?」

「使えますが、おすすめしません」

「どういうことだ?」

「ヤスさんから最初に説明されましたが、カードには魔力が登録されていて、登録と違う魔力を認識すると、使えるのですが、扉を入ったり、門をくぐったりしたときに、迷宮区にある地下牢に強制転移させられるようです」

「・・・・」

 唖然としてしまった。転移?神殿だから出来るのか?聞かなければよかったと本気で思う。

「お父様。先に行きますよ?」

「おっわかった」

 階段を降りていくが、なんとなく想像が出来た。
 ドワーフたちの工房だな。彼らは、地下とか洞窟とかを好む。この場所は、ドワーフの為に作ったのだろう。

 かなりの距離を歩いた。屋敷の3-4階くらい地下に入ったと思う。小部屋が沢山並んでいる。槌の音が聞こえる。間違いなく、ドワーフの工房だろう。娘は、何を見せたいのだろう?

 どんどん。奥に歩いていく、工房で作られているのは、日用品から武器や防具まで様々だ。目利きではないが良い品を見てきたので解る。ここで作られている武器や防具は、近衛が持っていても不思議ではない物だ。冒険者で言えば、一流が持つべき物だろう。軽々しく仕入れたいと言わないほうがいいだろう。日用品も同じだ。高額な感じがする。

 一番奥まで歩いて、娘が扉をノックする。

「あっお父様。工房の仕入れですが・・・」「解っている。ここで作られている物を仕入れようとは思わない。神殿で使う物なのだろう?」

「え・・・。あっ・・・。そうでした。忘れていました。お父様。ここで作られている物は、神殿としては、二級品です。外に売りに出す物ですので、必要な物があれば言ってください。順番にはなりますが仕入れます」

 儂は、何度目かの衝撃を受けていた。
 しかし、こんな衝撃はまだ序の口だったのだ。軽い気持ちではないが、神殿に帰る娘に着いてこなければ良かったと心の底から思った。

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。だが、現在の状況が理解出来ない。
 ドワーフの工房は、凄まじかった。一級品の武器や防具が作られていた、日用品と思われる物もドワーフたちが作っていた。一部魔道具も見られた。ドワーフが魔道具を作る?と思ったが、エルフ族が居て、ドワーフ族と連携しているのなら可能なのだろう。こんな事が貪欲な貴族に知られたら、また胃に痛みが走る。

 娘の言葉にも耳を疑った。

「サンドラ。二級品とは、見てきた工房で作られている物か?購入できるのか?」

「えぇ。武器や防具は、冒険者が求めますが、作られる量に反して求める人の数が少ないのです。日用品も同じですね。必要な物は売れますが、人もまだ多くありません。それに・・・」

「それに?」

「それは、後で実際に見てもらったほうがいいでしょう。でも、お父様。一つ約束をして頂きたいのですが、よろしいですか?」

「なんだ?」

 急に、娘が真剣な表情をして、儂に約束を求めてきた。

「はぁ・・・。お父様。これから見る物と、私が住んでいる場所を見て、神殿に住むと言わないでください。約束をして頂けますか?」

 真剣な表情をしたので、何事かと思ったが、儂は辺境伯だ。領民を守る義務がある。
 その儂が、領民を見捨てて、神殿に住むなど考えられない。娘は、儂を何だと思っているのだ。

「ない。約束しよう」

「お名前に誓えますか?」

 娘はなぜここまで拘るのかわからない。『名前に誓え』とは、王国や我が祖先に対しての約束で最上位の誓いとなる。それほどの物が待っているのか?

「わかった。クラウス・フォン・デリウス=レッチュの名前に誓おう。王国民として、デリウスの血を引くものとして、誓おう。神殿に住むとは言い出さない」

「ありがとうございます。お父様。丁度来たようです」

 先程、娘がノックしていた扉から声が聞こえてきた。

「おっ。嬢ちゃんか?今日はどうした?」

「イワンさん。申請していた見学です。よろしいですか?」

「そうだったな。辺境伯様が来たのか?」

 イワンと呼ばれた人物なのだろうか?ドアを開けながら外に出てきた。

「お父様。彼は、イワンさん。家名を持っていたそうですが、ここでは、イワンと呼んでほしいそうです。この工房の責任者です」

 また唖然とした。ドワーフの家名持ち?超が付く一流の職人が、家名を外して、辺境の辺境で作業に打ち込んでいる?ドワーフの家名持ちなら、王国に来たら、歓迎の宴が開かれてもおかしくない。

「イワンだ。しがない、職人だ。嬢ちゃん。儂は、責任者じゃないと何回言えば解る?」

「イワンさん。そうでしたね。工房の責任者はヤスさんで、イワンさんは代理でしたね」

 イワン殿が手を出してきたので、握手を交わす。

「クラウス・フォン・デリウス=レッチュだ。イワン殿は、工房で何を?」

「辺境伯様はせっかちだな。好ましいけどな。嬢ちゃんと同類だな。工房を案内してやる。嬢ちゃん。ヤスの許可は出ているのだろう?」

「はい。申請して許可されています」

「なら全部見せるぞ。レッチュ辺境伯様。酒は飲めるだろう?」

「イワン殿。私の事は、クラウスで頼む。エールとワインは飲みますが、王都のパーティーで飲んだウィスキーの味が忘れられなくて困っていました。エルフ族にお願いしても必ず手に保証はないですからね」

「クワハハハ。なら丁度いい。工房を案内する。来てくれ、嬢ちゃんはどうする?」

「お父様。私は、ここでお待ちしています。時間が来たら、お迎えに行きます。イワンさんよろしいですか?お父様は、この後も視察があるのです」

「なんだ・・・。嬢ちゃん。ここが最後じゃないのか?」

「イワンさん。お聞きしますが、ここだけは比較的まともだと思いますが?」

「ハハハ。確かに!確かに!ここなら、まだなんとか、自分を納得させることは出来るだろう」

 娘とイワン殿の話を聞いて、比較的まとも?非常識の塊であるドワーフの家名持ちが?

 イワン殿に案内されて、工房の最奥に入った。後悔した。ヤス殿は、何をしたいのだ?
 武器や防具の説明では、半分程度しか理解出来なかった。残りの半分も、理解したくなかった。ミスリル合金?アダマンタイトを0.1%の割合で混ぜると、しなやかで折れない武器になる?常時結界を貼り続ける防具?3属性に対応した人造魔剣?聖属性と闇属性が付与された短剣?それは聖剣と魔剣の融合?属性が変えられる武器や防具?
 だめだ、頭が・・・。身体が・・・。考えることを、覚えることを拒否する。特に、魔道具の作成は・・・。聞かなかった。儂は、何も見ていない。娘が言った理由が解った。確かに、表の工房は二級品だ。ここで作られているのは、ドワーフとエルフの一部が作った”悪意”と”好奇心”の塊を知ってしまったら・・・。

「イワン殿?ここの武器や防具は?」

「あっ武器や防具は、できの良いものはヤスに献上する。ヤスは、受け取らないけどな。儂らも解っている。神殿以外には出さない。神殿でも・・・。おっと。ここからは最重要な工房だ」

 イワン殿の説明で安心した。神殿以外には出さないと家名持ちが言ってくれたのは信頼出来る。ヤス殿も受け取らないのなら・・・。ん?売るつもりなのか?
 神殿の特産品として、表の工房で作っている世間的には一級品を売るのか?あの出来なら、神殿から出土したと言われれば納得出来てしまう。この工房を知らなければ信じてしまうだろう。

「クラウス殿。ここから先は、信頼できる者なら購入できる。クラウス殿には、ヤスも世話になったと言っていたからな。好きなだけとは言えないが、少しなら融通する」

 イワン殿には、様付けを辞めてもらった。家名持ちに様付けされるのは、何か違う。

「え?」

 間抜けな反応を返してしまった。

「さて、クラウス殿。ウィスキーの製法を知っているか?」

「え?あれは、エルフ族の秘法で作られていて、一部のエルフの、それこそ、ハイエルフしか知らされていない・・・。ドワーフ族でも知らないはずでは?」

「その認識であっている。今まで、この扉を通り抜けるまでなら・・・」

 イワン殿に連れられて、扉を入ると、何やらドワーフ族が作業をしている。不思議な場所だ。

「・・・。イワン殿・・・」

「もう気がついているだろう?ここは、ウィスキーを・・・。蒸留酒を作っている場所だ。他にも、多種多様な酒精を作っている。ドワーフ族の整地だ!」

 説明を聞いた。聞きたくなかったが、聞いた。頭では理解したが、心が拒否した。娘を、初めて恨んだ。なんて場所に連れてきた。
 エルフの秘法まで説明されてしまった。
 そして、秘法を実践している事や、売っている事や、他者に説明している事を、ハイエルフ族であるアフネス殿が認めていると・・・。耳がおかしくなったのかと思った。

 全力で逃げ出そうと思ったが出来なかった。
 イワン殿が試飲だと言って、いろいろな酒精を飲ませてくれた。王都でも、これだけの酒精が揃うとは思えない。でも、一つだけ疑問があった。

「イワン殿?エルフ酒は、熟成が必要だと教えられました。神殿が出来てから、まだ日が浅いのに、王都で飲んだエルフ酒と同じかそれ以上なのは理由があるのですか?」

「教えてもいいが、後悔しないか?」

「すでに、後悔していますよ。でも、疑問を残しておくと、余計に考えてしまいます」

「わかった。こっちに来てくれ・・・」

 行かなければよかった。聞かなければよかった。王国に、王家に報告を考えなければならない。
 本当にそう思った。娘のあの顔はそういうことだったのだな・・・。

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。好奇心に負けた過去の自分を殴りたい。

「クラウス殿。ここが貯蔵庫だ」

「貯蔵庫?」

「そうだ、ここで蒸留酒を寝かせている」

「しかし・・・」「そうだ、単純に寝かせているわけではない。ヤスが作った部屋で、端から1年。2年。4年。8年。16年。32年。と、なっている」

「??」

「嬢ちゃんに聞いていないのか?」

「えぇ何も?」

「そうか、それじゃしょうがないな。この部屋は、広さは20メートル四方くらいの部屋で、1日で言った年数が進む部屋だ」

「は?」

「扉を閉めている間だけ、時間が加速すると考えればいい」

「・・・。イワン殿?それは」

「本当だぞ。さっき試飲しただろう?あれは、8年物だ。神殿でも、この部屋があるのは、儂らの工房だけだ。エルフたちの果樹園は、エルダーエントやドリュアスの恵みがあるから通常よりも早く収穫できる上に品質もいい。それらの果実を使って、酒精を作って蒸溜して寝かせている。実験的に作った物も多いからな。味がよかった物から、量産している」

 確かに、ここはドワーフの聖地だ。うまい酒精で、酒精が強い飲み物が揃っている。それだけではなく、数も揃えられる。

「値段は、嬢ちゃんに聞いてくれ」

「え?」

「だから、値段だよ。欲しいのだろう?」

「もちろんですが、値段を公表していると言うのは?」

「かなり前から嬢ちゃんたちには言っているぞ?ヤスからも、娯楽品や嗜好品は売っても構わないと言われている。実は、工房で作った二級品の酒精が大量の在庫になっていて、困っている。クラウス殿。安くするから、買ってくれないか?あと、武器と防具と日用品や魔道具も頼む」

「は?」

「後で嬢ちゃんに言っておくが、魔剣や聖剣もできれば買っていって欲しいが、止められているからな王家に献上してもいいが、数本だろう?出来た酒の置き場の方が大事だからな。儂たちが飲んでいるが、出来る方が早い。ワインを蒸溜した物を32年の部屋で・・・。お!飲んだほうがいいな」

 何を言っているのか理解することを頭が拒否した。しかし、話しはそのまま進んだ。
 儂は、表で売っていた武器や防具や日用品を買えるのか?ここで作っている酒も買えるのか?

 そして、イワン殿が戻ってきて出された透明なグラスに琥珀色の液体が満たされている。ここで作った酒精だと言われた。出された琥珀色の飲み物を口に含んだ瞬間にすべてがどうでも良くなった。

「イワン殿。これは?」

「ヤスは、ブランデーと呼んでいたな。凄まじいだろう?32年の部屋で、5日間置き忘れていたら、最初の量の半分以下になってしまった残りだ。160年近く寝かせた物だ。ここには、それに匹敵する物が多い。儂たちが常に飲む物だ」

「・・・。確かに、これを飲んでしまうと、先程まで至高だと思っていた物が二級品と言われても納得してしまいますな」

「ハハハ。これが解る人だとは嬉しい。2-3本持っていけ!タダでくれてやる。その代わり、二級品をさばいてくれ、置き場所の為に、ヤスに工房の拡張を頼むのもあまり頻繁だと悪いからな」

「・・・」

 惜しいが、1本は王家に献上しよう。ヤス殿からの贈り物として・・・。それから、武器と防具も娘と相談だな。酒精は、商会を通したら・・・。ダメだ。通常ルートでは、王国にある酒精を作って居る貴族が何を言い出すかわからない。王家と儂の派閥だけで・・・。娘たちが売りに出さなかった理由が解る。売りに出せば、確実に問題になる。欲しがる者が殺到するだろうし、提供が少なければ値段が高騰する、多ければ既存の製作者が潰れる。
 本当に聞かなければよかった。

「イワン殿。在庫は?」

「二級品か?武器と防具は、二級品未満の物は冒険者と商隊が買っていくから、ある程度は捌けているが、奥の工房で作った武器と防具と魔道具が売れ残って困っている」

「作らないという選択肢は?」

「ないな」

 解っていたが、はっきりと言われてしまった。

「ヤスの奴は、俺たちがなにか作ると、新しい製法や理論を考えるからな。実験がてら作っているだけだからな。酒精は辞めないぞ?儂たちの命だからな」

「酒精は諦めました。それに、ドワーフ族が増えたら、消費も増えるでしょう。際限なく飲めるでしょう?」

「ガハハ。そうだな。ドワーフ族が増えれば、儂のようなエルダードワーフも来るだろう。そうなったら、在庫の問題も解決だな」

 ん?今、聞いてはならない情報が耳に入ったが、スルーさせてもらおう。
 イワン殿が、ドワーフ族の王族に連なる、エルダードワーフだとは聞いていないし、知らない情報だ。

「イワンさん。お父様。そろそろ次の視察に向かいたいのですが?よろしいですか?」

 正直な思いとしては”助かった”と思った。これ以上、この場に居ると知りたくない情報が入ってきそうだ。

「お!嬢ちゃん。クラウス殿が、在庫を処分してくれると約束してくれた」

 娘の視線が痛いが、これ以上の情報は欲しくないし、儂が考えを拒否している最中に、話が進んで、なんか買うと決まってしまったのだ。
 儂になにが出来たと言うのだ!

「はぁ・・・。わかりました。多分、そうなるだろうとは思っていました。お父様。値段や量などは、後日でよろしいですか?」

「それで頼む。頭がパンクしそうだ」

 儂と娘が立ち去ろうとした所で、イワン殿が何かを思い出したのだろう、娘を呼び止めた。

「嬢ちゃん。ヤスから、渡されて困っている物がある。相談に乗ってくれ」

「・・・。はぁいいですよ?でも、アブソーバーみたいな物は困りますよ?」

「ハハハ・・・。はぁ・・・。嬢ちゃん・・・。すまん。先に謝っておく」

「え?」

 娘が言ったアブソーバーも気になったが、イワン殿が先に謝るような物とは?

 イワン殿が奥から、抱えられる程度の箱を持ってきた。なぜ、儂は、この時点で逃げなかったのか・・・。嫌な予感はしていたが、好奇心が勝ってしまった。

「これは?」

 イワン殿は、箱を娘に渡した。娘は、受け取ったあとで中身を聞いたが、イワン殿は、開けて中身を見て欲しいと言っている。
 娘は、諦めたようで、箱をテーブルに置いて蓋を開ける。そこには、瑞々しい葉っぱと神気さえ感じる枝。そして、蓋はしてあるがそれほど豪華でなない入れ物に入った水のような物だ。娘を見ると、顔色が赤くなってから青くなって・・・。今は、白に近い色になっている。

「イワンさん。ヤス様のことですから、これだけではないですよね?」

「正解だ。葉っぱは、100キロ。枝は200キロ。樹液に関しては、ほぼ無制限にある。奴は、あのバカは、この樹液で果実水を作ったら美味しかったから、酒の原料に使って欲しいと言ってきた。葉っぱや枝は、不純物を除くし、”菌”を殺すから、部屋の浄化にも使えるだろうと・・・。どうしたらいいと思う?」

「・・・。イワンさん。それで作ったのですか?」

 娘がイワン殿を睨む。イワン殿も諦めたのか、正直に言った。

「・・・。作った」

 何を作った。そもそも、それは?

「サンドラ?イワン殿?」「お父様・・・。後悔しますよ?」

「クラウス辺境伯様。これは、精霊樹の葉と枝だ。水は、精霊樹の樹液だ」

「・・・・・・・・。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?せ、精霊樹?今、確かに精霊樹と言いましたか?」

 娘が頭を抱えている。娘の魔眼なら、精霊樹の素材だと解ったのだろう。

「イワンさん?」

「すまん。巻き込みたかった」

「それはもういいです。お父様も自ら聞いたのです、自業自得です。それで?作った物は?」

 イワン殿が別の箱を持ってきた。さきほどの箱と比べて大きめだ。
 凄まじい効果がある。儂も欲しい。王家も欲しがるだろう。いや、貴族だけではなく、値段次第では誰もが欲しがる。

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。
 ドワーフ族だと名乗ったのに、実はエルダードワーフだったイワン殿。家名持ちと教えられた時点で気がつけばよかった。

 目の前にあるものは見なかったことにして、自分の屋敷に帰ろうと本気で考えた。娘が、帰さないと徹底抗戦だ。たしかに、王家からの頼みをヤス殿に伝えないとならない。娘を睨むが、娘は、もういろいろと諦めている表情をしている。

 目の前に置かれている、魔道具と酒精。見なかったことにしたい。

「イワンさん。それで、量産は可能なのですか?」

「残念ながら・・・・」

 そりゃそうだろう。いくら伝説のエルダードワーフでも無理だろう。それだけの効果がある魔道具だ。

「簡単だ。表の奴らでも量産出来る。素材もヤスが準備出来る。100や200なら明日にも渡せる」

 ダメだ。ドワーフに面白い素材を渡してはダメだ。

「そうですか、魔道具は、偽れますか?」

「そうだな。こっちは可能だ」

 イワン殿が提示したのは、部屋に置いておくと定期的に部屋の中に漂う有害な物を排除してくれる魔道具だ。ヤス殿は、”空気清浄機”と命名したようだ。独特の命名だ。確かに、精霊樹の素材が使われていると宣伝しなければ・・・。毒を無効化して、部屋の中にある微細な汚れを吸収するらしい。精霊樹の素材を使っていると知らなければ、疑いながらも一つは試しに買ってみるだろう。

「もうひとつは、ダメだ。飲めば解ってしまう」

 儂もイワン殿の話を聞いて納得した。
 そもそも、精霊樹の樹液で酒精を作ろうとしないで欲しい。それだけで、伝説のエリクサーの材料で、高値で取引される物だ。それも、小指ほどの瓶に入った物でも白貨の価値はある。目の前にあるのは・・・。

「それでイワンさん。樹液で作った酒精は、何が出来たのですか?」

 娘は儂が聞きたくなかった話を聞いてしまった。

神の酒(ソーマ)の出来損ないだ」

「え?」「は?」

 今、イワン殿は、神の酒(ソーマ)と言ったか?間違いないよな?

「イワン殿?」

「儂ら、ドワーフ族に伝わる言葉がある。『精霊樹の葉を精霊樹の枝で叩き、汁を金毛羊の羊毛で濾して、精霊樹の樹液と金毛羊の乳を加えて、100年寝かせた物が神の酒(ソーマ)となる』と言われている。これは、128年寝かした物だ」

「は?」

「でも、神の酒(ソーマ)にはならなかった。伝説では、神の酒(ソーマ)は、『琥珀色で光っている』と言われている。色は、神の酒(ソーマ)だが光っていない。最高にうまくて、古傷まで治るが、不死にはならなかった。ヤスに頼んで実験したが、欠損部分は治ったが、死ねなくなる効用はないと言われた。その時は、落胆したが・・・」

 ん?不死の実験をした?どうやって?誰で?絶対に聞かない。聞いては絶対にダメな情報だ。
 神の酒(ソーマ)ではないと聞いて安心したが、欠損や古傷が治るとなると、上級ポーションの上だろう。エリクサーと同等の効用があると考えられる。

「そうだ。これは、飲まないと効用がなかったそうだ。ポーションの様にかけても効果があるような代物ではなかった」

 安心できる情報ではないが、エリクサーでもないようだ。
 イワン殿は、神の酒(ソーマ)をさらに蒸留して寝かせてみたと言っている。本当にドワーフという生き物は・・・。

 その前に・・・。

「イワン殿?そう言えば、金毛羊は無理なのですよね?魔物自体も超々レアだと思います、金剛羊の変異種ですよね?生きている状態で刈り取る必要が有ったと思いますが?」

「・・・」「お父様・・・。残念なお知らせです」

 聞きたくない。

「ヤスさんは、それに関しても、とんでもない物を眷属にしています」

「眷属?」

「はい。銀色の毛と金色の瞳を持つ狼。金と銀の瞳を持つ漆黒の猫。額に赤く燃えるような宝石を宿している栗鼠。赤く鋭い角を持つ金色の兎。赤い翼を持ち全身は金色に輝く巨大な鷲。そして、全身を金色の毛で覆われた羊。眷属のトップとしてヤスさんに従っています」

「・・・。サンドラ」

「嘘でも、誇張でもありません。事実です」

「嬢ちゃん。違うだろう?」

 イワン殿が複音とも言える訂正を入れてくれる。伝説の6体が揃い踏みしているわけがない。

「そうですね。正確には、眷属として、『その他多数の魔物を従えている』でしたね」

「は?」

「お父様にわかりやすい所だと、イリーガルウルフやイリーガルキャットあたりは当然ご存知だと思います」

「あぁ強くはないが、我が領の兵5人で1体に当たる程度だ。小さな村では、一匹現れたら全滅の可能性だてある」

「はい。それでは、インフェルノウルフやインフェルトキャットなら?」

「災害級だな。領都なら持ちこたえる可能性があるが、小さな都市では一匹で全滅だ」

「はい。そのインフェルトウルフやインフェルトキャットの変異体や上位個体・・・。特化個体が、先程の魔物達の王に従っています。数は、私がヤスさんに確認した時には、10体と言っていました」

「嬢ちゃん。少し古いな。俺が、精霊樹の素材を貰った時に聞いたら、それぞれ20とか言って笑っていたぞ?弱い個体がうまれてきたから、また鍛えるとか言っていたぞ」

「・・・。な・・・。な・・・・。なんで?そんな状況に!」

「お父様。ここに来るまで、魔物を見ましたか?」

「え?」

「街道沿いでも、神殿に上がる道でも、神殿でも構いません。魔物を見ましたか?」

「見ていない。だから、信じられない」

「間違っていません。さて、それでは、ヤスさんは、どこに眷属を集めているのでしょう?」

「まさか・・・」

「はい。神殿の迷宮区です。それも、冒険者の邪魔になってはダメだろうという気遣いで、最奥部に、最高濃度の魔素が吹き出る場所で生活をさせているそうです」

「もしかして・・・。餌は?」

「狩り放題でしょう。私が見学した時には、グレーターバッシュミノタウルスを集団で飼って、美味しそうに食べていました。もちろん、魔石も、すごく美味しそうに食べていました」

「嬢ちゃん。魔石じゃないだろう?魔晶石だろ?それだけの個体なら、魔石じゃなくて、魔法触媒にもなる魔晶石だっただろう?」

「そうですね。でも、些細な違いでしょう」

「ガハハ、確かに、確かに、些細な違いだな」

 儂の頭が悪いのか、娘とイワン殿が話している、魔石と魔晶石の違いが些細な違いとは思えない。売買価格で100倍以上の開きがある。そもそも、希少性を考えれば、もっと高い取引になる場合もある。それを、魔物が食べている?グレーターバッシュミノタウルス?魔法名を持っている個体?それが餌?熟練の冒険者が数パーティーで挑む魔物でアンタッチャブルな存在だ。それが餌?

「あっ。お父様。だから、金毛羊の羊毛も素材として入手が可能です」

 神の酒(ソーマ)の問題は小さく感じてしまう。神の酒(ソーマ)は、確かに重大な物だが、問題はない。神殿内部でだけ飲んだり使ったりすればいい。外部に出すときにも、信頼できる商隊に任せればいいだけだ。
 だが、魔物は別問題だ。一体で、国を滅ぼしかねない。神殿の奥に居ると言っているが・・・。神殿の守護者の立場なのだろう。そう考えれば、ヤス殿が神殿を公開している理由がわかる。攻略は絶対に不可能だ。伝説の魔物が6体揃って、それぞれの眷属が20体付き従っている。そんな場所を攻略できる者が居ると思えない。

 ひとまず、”空気清浄機”は神殿の中で流通させる。儂も5つ持って帰って、2つ王家に献上する。一つは信頼出来る商家に見せて反応を見る。2つは実際に屋敷で使ってみる。神の酒(ソーマ)も同じ様にする。王家に黙っているのは無理だ。知られてしまった時に、反逆を疑われても文句が言えない。ヤス殿と儂の名前で王家に献上する。

 娘の儂を見る目の意味がやっと解った。
 王都から帰るアーティファクトの中で、『神殿に行ってヤス殿に面会する必要がある』と言ったときに、娘が止めたのに関わらず、『神殿の施設を視察できないか』と聞いてしまった。あのときの目は、こうなると予測・・・。いや、確信していたのだろう。

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。

 ドワーフの工房で精神的に疲れてしまった儂は、いろいろ譲歩・・・。ではなく巻き込まれてしまった。娘の策略を疑っているが、悪い話ばかりではない。いや、違う・・・。本来なら、領を富ませる最高の物を得たと喜ばなければならない。ただ、他の領主や王家だけではなく、領内の有力者に知られた時に、誰にどれだけの情報を流すのか、調整が難しい。

 そして、ドワーフの工房の最奥部に入るときに、娘が言っていた。『神殿に住むと言わないで・・・』の意味が解った。何もかも投げ出して、神殿に住めれば、この気苦労を感じなくて済む。それは、出来ない。儂にも辺境伯だという矜持がある。

 嘘である。

 長男のハインツを呼び戻して、領主として教育をして、家宰と守備隊をつければ、儂が引退しても大丈夫にならないかと本気で考えた。すぐは無理でも、2-3年もすれば・・・。多分ダメだ。ハインツには王都での仕事もあるし、貴族社会で揉まれないと、当主としてやっていけない。

 ドワーフの工房を出て外に戻ってきた。扉は、儂らが出たら自然と閉まった。どういう仕組なのか、我が屋敷にも導入したい。

「そう言えば、サンドラ、マリーカはどうした?」

「家に居ますわ」

「そうか、お前」「あっお父様。もうしわけありません」

 娘は、カードを取り出して、不思議な動きをする。カードに触れて、何やら喋っているのだ。
 相手が誰なのかわからない。

「お父様。ヤスさんが会議室で待っているそうです。ただ、視察を先に終わらせておいて欲しいということです」

「え?」

「ヤスさんは、ディトリッヒさんから報告を聞くそうです。それが終わる位に連絡をくれるそうなので、それまで視察を続けて欲しいという連絡です。それから、残念なお知らせです」

「ん?残念?」

「視察場所が増えました」

「どういうことだ?教習場と迷宮区とサンドラの家ではなかったのか?」

「はい。家は、会談の後になりました。迷宮区に行ってから、カート場に行って、教習場に行きます」

 もう、半分以上はどうとでもなれという思いだ。

「わかった。サンドラに任せる」

 いつもの癖で言葉が先に出てしまった。神殿では命取りになりかねない。娘の笑顔が眩しい。そんな風に、笑えるようになったのだな。少しは、ほんの少しだけだが、ヤス殿に感謝だな。魔眼を持っている娘は、見たくないものも見えてしまっていた。それで、心を閉ざして無能者になろうとしていた。それが、親を罠にはめて、イタズラが成功した子供のように笑うのだ。

 娘の頭を、数回軽く叩いてから、言葉を続ける。

「それで、カート場までも先程のバスで移動するのか?」

「あっいえ、カート場は歩いていける距離です。今日は、誰も使っていないので、許可が出たようです」

「そうなのか?何をしている施設なのだ?」

「行ってみても・・・。わからないとは思いますが、まずは見てください」

「わかった」

 カート場も神殿の地下にある施設だと教えられた。
 ドワーフの工房に入ったときと同じ様にカードをかざすと扉が開いた。階段があると思ったが、階段ではなく小さな部屋があっただけだ。壁に何かボタンが着いている。儂が部屋の中央に立ったのを見て、娘が壁のボタンを押した。読めない。数字は解るが、それ以外は何が書いてあるのかわからない。
 入ってきた扉が閉まった。

「お父様。箱が動きますが、驚かないでください」

「は?」

 間抜けな声を出してしまった。ガクンと振動が身体を揺らしたかと思うと、箱が落ち始めた。娘が落ち着いているので、大丈夫だと思うが・・・。

 しばらく、数字が書かれたボタンが光っている。

”チーン”

「お父様。着きました。正面の扉が開きます」

 箱の動きが完全に停まった。娘が宣言通りに正面が開いた。そこには、門から伸びる道と同じような色をした道が広がっていた。

「ここは?」

「説明が難しいのですが・・・。”カート”と呼ばれるアーティファクトをヤスさんが貸し出してくれている場所です」

「アーティファクトを貸し出す?すまん。サンドラ。意味が全くわからない」

「はい。だと思います。今日は、特別にお父様にも許可が出ているそうなので、実際に試してみるのが早いと思います」

「あぁわかった」

「こちらに・・・」

 娘に案内された場所には、表現が難しい物が並んでいた。微妙に形が違うが似たような物だ。乗ってきたアーティファクトに使われるような車輪をかなり小さくした物を付けたアーティファクトだ。街中で少しの荷物を運ぶときに使う物に似ている。

「私は、専用のカートがありますので、それを使います。お父様は、そうですね。サイズはそれほど違いませんが、大人用になっている物を使われたほうが良いと思います」

 娘が何を言っているのか解らなかったが、手で押せば動くと言われて、一台を並んでいる場所から手で押した。黒く綺麗に整っている石の上に、白い線が沢山書かれている場所まで移動させてから娘を待っていると、娘が似たような物に跨って移動してきた。よく見ると、儂が動かした物と色が違う。

「サンドラ!おま・・。アーティファクトを動かせるのか!」

 娘が、儂が動かしたカートの横に移動して来て、カートを停めた。娘に教えられながら、カートを動かした。
 なにこれ・・・。すごく楽しい・・・。馬車が自分の意思通りに動くのと違った感じだ。そう、自分がすべてを支配して動かしている感じがする。

「お父様。カートは、こういう乗り物です。この地下でしか動かせません。そして、神殿の住民なら全員が動かせるわけではありません」

「どういうことだ?」

「はい。お父様は特別に許可を頂きましたが、本来なら、神殿の主であるヤスさんをサポートしているマルス殿から許可される必要があります」

 また新しい情報だ。マルス殿?

「サンドラ。マルス殿とは?儂が会えるのか?」

「無理だと思います。ヤスさんとセバス。ツバキ以外にはお会いにならないようです。リーゼやドーリスも会えていません」

「そうか、ヤス殿のサポートをしながら、神殿を運営しているのだから、かなりの負担なのだろう」

「はい。そう思います。マルス殿から、許可が降りなければ、カート場はもちろん、先程のドワーフの工房も、これから行く教習場や迷宮区にも入られません」

「ん?でも、どうやって、許可が降りるか知るのだ?会えないのだろう?」

「それは、カードでわかります。許可が降りれば、印が着きます」

 よく考えられている。カードが身分証明書になっている上に施設に立ち入るときの鍵になっている。

「審査はどうなっている?」

「セバスやツバキに申請して・・・。あっ、最近ではギルドでも可能になりました。マルス殿が行動履歴を調べて、ヤスさんが許可をだす様です」

「そうか・・・。出すようですという事は、審査基準は不明確なのだな」

「いえ、マルス殿から、明確な基準は示されています」

「それは?」

「神殿への帰属意識です。忠誠心と言えばいいのかも知れません」

「ん?それこそ難しくないか?」

 忠誠心がわかる方法があれば儂も知りたい。部下を疑って過ごすのは気分的にも落ち着かない。

「お父様。ここが、神殿だというのをお忘れですか?」

「忘れては居ないが・・・。まさか、アーティファクトなのか?」

「はい。このカードもアーティファクトだと言えば、アーティファクトです」

「そ、そうだな」

「そして、カードは神殿に入る時から、持っていないと生活が出来ません。家の鍵にもなっています。バスに乗る時にも必要です。買い物の時にも必要になっています」

「・・・」

「行動履歴とは、そういうことです。スパイを炙り出せるのです。ある程度住んでいれば、すべての施設ではありませんが許可がおります。ただ、頻繁に外に出かける者や頻繁に外の者と会う場合には、許可が降りなくなります」

「サンドラは大丈夫なのか?」

「私は、大丈夫です。お父様にも神殿の中に来て頂けました」

「あっそうか、儂にもカードを渡したので、大丈夫と判断されるのか?」

「わかりませんが、お父様の許可はヤスさんから頂いています。それに・・・」

「それに?」

「お父様。正直に聞きます。神殿の勢力に対抗しようと思いますか?」

「無理だな。ヤス殿のアーティファクトだけでも敵対しようとは思わない。神殿の(真実)を見てしまってからは、良き隣人になって利益を享受する方法を考える」

「はい」

 娘が一番の笑顔で儂の言葉を肯定する。

 儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。神殿の視察で、神殿の真実の一端に触れてしまった。しかし、これが終わりではなかった。娘の笑顔を見て、これで終わったと思ったが違っていた。
 もう少し、カートを動かしたいと思ったが、ダメだと言われた。今度、休みが許可されたときにまた来て視察し(遊び)たい。ドワーフの工房は心臓に悪いから、カート場だけでいいか・・・。だが、ドワーフの酒精は魅力がありすぎる・・・。

 カート場を出て、バスと呼ばれたアーティファクトに乗って、教習場と呼ばれる場所に着いた。先程のカート場を大きくしたような場所だ。

「お父様。ここが、教習場です」

「サンドラ?」

 儂は自分の目を疑った。
 バスだけでなく、儂が神殿に来るまで乗っていたアーティファクトと比べると一回りほど小さいアーティファクトが動いている。

「サンドラ。ここは、もしかして・・・」

 聞きたくないが、聞かなければならない。バスに乗った時にも違和感があった。アーティファクトを動かしていたのは、人族の女性だ。

「はい。お父様が考える通りの施設です。ヤスさんのアーティファクトを貸し出して、動かし方を教えている場所です」

「それは、誰でも出来るのか?」

「いえ、教習場はカート場よりも審査が厳しいです」

「審査?」

「はい。マルス殿の審査の合格は必須なのですが、それ以外にも、読み書きや計算。あと、簡単な戦闘の確認もあります。あっあと、アーティファクトの操作に、ある程度の魔力と身長が必要なので、最低限のチェックが存在します。それから、”筆記試験”と呼ばれているテストに合格してから、教習場でアーティファクトの操作を覚える修練が始まります。修練期間は最大で6ヶ月とされています。その間に、試験を受けて、合格できたら、ヤスさんからアーティファクトが貸し出されて、最初は神殿の都(テンプルシュテット)内部を自由に移動できるようになって、更に試験を受けて合格できれば、ユーラットや関所の村まで移動できる許可がおります。その後は、多分ですが、領都までになると思います」

 娘が省略したが、領都はレッチュ領の領都だろう。
 アーティファクトでの輸送が行える?ヤス殿以外にも?

 ドワーフの工房で見た二級品と言われていた、品質の高い武器や魔道具や日用品が手に入る?
 それだけではない。目に見えないメリットも大量に発生する。まずは、塩や砂糖の輸送が可能になる。関所の村が出来たと言っても、そこから領都までは、安全とは言えない。盗賊は日頃から討伐しているから大丈夫かもしれないが、魔物の被害は・・・。それに、リップル子爵がどう動くのかわからない。帝国も驚異だ。

「お父様?考え事をしている所で申し訳ないのですが、考えている内容は、想像が出来ます。それを実現するためにも、ヤスさんに報告をして提案を受けていただかなければならないと思いますが?」

「そっそうだな」

 いろいろ衝撃的な情報が多くて忘れていたが、儂が神殿に来た理由を思い出した。

「お父様。迷宮区に移動します」

「わかった。どうやって移動する?また、バスに乗るのか?」

「いえ、少しだけ歩きますが、ギルドから移動します」

「ん?」

「大丈夫です。行けばわかります」

 教習場からギルドは割と近かった。それ以上に、住民たちが乗っているアーティファクトが気になった。

「サンドラ。あれは?」

「あれは、ヤスさんが言うには、”バイク”と言うそうです。そして、あれが、”原付き”という名前で呼んでいます」

「自転車とも違うのだな?」

「そうですね。アーティファクトではありますが、自転車は自分の力で動かします。”バイク”や”原付き”は魔力を使って動きます」

「そうか・・・。そうなると、バイクや原付きが欲しくてもダメだな」

「はい。自転車で満足してください。あっギルドや建物の説明は必要ないですよね?建物は、それほど違いはありません」

 確かに、ギルドの雰囲気には違いはない。なぜか安心してしまった。
 娘が、受付に居る女性に何やら話をしてから戻ってきた。

「お父様。行きましょう」

「大丈夫なのか?」

「えぇ問題はありません」

 娘についていく、今までと同じ様にカードをかざすと扉が空いた。緩やかな下り坂になっている。

「お父様。ここが、迷宮区の入口です」

 坂道を歩いて広場のような場所に出た。冒険者らしき者たちが、洞窟の入口あたりで何かを見ている。

「あれは?」

「あぁ相場を見ているのだと思います」

「はい。階層別に、狩れる魔物が違います。ギルドが買い上げた値段や商人が買い取った値段の新しい物から表示されています。時々、商人の希望買い取りも表示されたりします」

「なぜ?」

「ヤスさんが言うには射幸心を煽るためだと言っていました。他にも、正面にいくつも”モニター”があります」

「あれは?」

「近づけば見えてきますが、迷宮区の中を表示しています」

「え?」

 娘に言われて近づいたら、たしかに魔物と冒険者が戦っている様子が表示されている。理解できないが、理解しよう。どうやって表示しているのかは、この際は気にしない。子供ではないが若い者が表示されている戦いを食い入るように見ている。戦闘の参考にするのだろう。真剣な眼差しだ。

 傷だらけの者たちが休んでいる場所がある。迷宮に潜っているのなら、怪我もするだろうし、相手次第では死ぬこともあり得る。なのに、けが人だけが大量にいる場所があるのは理解できない。

「サンドラ。あの部屋は?」

「救護部屋ですか?」

「救護部屋?」

「はい。あっ丁度いいですね。右端のモニターを見てください。そろそろ、消えると思います」

「消える?」

 娘に言われて、右端で戦っている者たちを見る。戦闘は訓練だけではなく実践を見てきているので、娘ほどではないが実力を見る目は持っている。儂から見ても、あの者たちが挑める魔物ではない。もって、5分。早ければ、1~2分でパーティーが崩壊するな。

 儂の見立て通り、1分後に前線を支えていたタンクがやられそうになった。ダメだな。死んだな。

 そう思った瞬間。パーティーメンバーの身体が光に包まれた。そして、次の瞬間には、写っていた場所から消えていた。同じタイミングで、救護部屋の一部が光った。光が収まると、先程戦っていた者たちが現れたのだ。

「サンドラ!どういう、一体、なぜ!?」

「お父様。落ち着いてください。彼らは、約束を守ってくれていたようです」

「どういうことだ?」

「ヤスさんからの命令で、迷宮区に入る時には、ある特定の魔道具を身につける約束になっています。私たちは、ヤスさんの命名通り”リターン”と呼んでいますが、腕輪タイプや足輪タイプ、イヤリング、指輪。いろんなタイプがあります。身に付けて、入口の・・・。あっ彼らのように、全員で入口近くにある魔道具に触れると、パーティーとして認められて、パーティーの誰かが瀕死の状態になった場合に、パーティーメンバー全員が救護部屋に転移されます」

「・・・。死なないということか?」

「そうですね。でも、残念ながら必ず助かるわけではありませんが、魔の森の探索や他の神殿に比べれば死ににくい状況ではあります」

「・・・。サンドラ。この情報は?」

「え?あっもちろん、ギルドには知らせています。お父様。でも、勘違いされるかも知れませんが、攻略が容易になっているわけではありません。実力がなければ、攻略できないのは同じですし、ギルドの難易度で言えば、最高ランクを軽く凌駕しています。ただ、他の場所と違って、順番に攻略していけば実力も身についていくように調整されているだけです。あと、お父様がいきなりどっかのパーティーに入って高難度の階層にはいけません。パーティー内で最低の実績に合わせた階層までしか許可されません」

「・・・。そうか・・・」

 それしか言えなかった。
 ギルドがこれで運営を許可しているのなら、口出ししてもしょうがないのだろう。王都周辺や他の街に居る冒険者が集まってくる事態にならなければいいとは思うが、そのくらいは考えているだろう。

「お父様の懸念がわかりますが、ここは神殿です」

「解っている」

「いえ、解っておられないと思います。迷宮区に入るにも申請が必要です。いきなり、今日住民になった者が迷宮区に入られるわけではありません。それに、神殿の都(テンプルシュテット)の住民になるのにも審査があります。ヤスさんが言うには、冒険者の審査はゆるくしているとは言っていますが、最低でも2回の審査があり、実績で狩場が決められるような、場所に他の場所で実績を作っているパーティーが来ると思いますか?話の種にするために一度は来る可能性はありますが定住はしないと予測できます」

「そうだな・・・」

 迷宮区の入口を見回すと、確かに若手の冒険者しか居ないように見える。
 武器や防具を売っている店もあるが、人影はまばらだ。道具屋もある。一般的な迷宮と考えれば普通の光景にみえなくもない。

 ここは、モニターや転移を除けば”比較的まとも”だと思える。他の施設がひどすぎたから、感覚が麻痺しているだけかもしれないが問題は内容に思える。
 正直、疲れた。本気で疲れた。来なければよかった。ヤス殿なら、領都に来てくれと言えば来てくれたと思う。サンドラと一緒に来てくれと伝えればよかったのだ。
 そして、心の底から後悔している。好奇心に負けてしまった。でも、視察に来て自分の目で見て知れたのは良かった。後から、知ったら後悔では済まなかったかも知れない。王家に土産も出来た。そうだ、ハインツにも神殿の視察をさせよう。その後で、土産を持って王都に行かせればいい。王都で、王家とのパイプ役をやらせて、ゆくゆくは辺境伯を継がせる。そして、儂は神殿で隠居生活を行う。

「お父様」

「どうした?」

「セバスが来ています。私の家は、ヤスさんとの面談の後でいいですか?」

「大丈夫だ。サンドラの家も気になるが、領都の屋敷とそれほど違いはあるまい」

 娘の可愛そうな人を見る目は気になるが、領都の屋敷は最新の魔道具で固めている。大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫・・・・。だよな?
 娘がヤス殿に会うまで儂の顔を見ようとしなかったのは気になったが、気持ちを入れ替えよう。交渉次第で動き方が変わってくる。


 疲れた。一言で、表現してしまったが・・・。心の底から軽蔑する相手だが、リップル子爵と話をしたときの方が疲れなかった。

 別に、ヤス殿が嫌いとか軽蔑すべき人物だという意味ではない。自分で言っていてよくわからないが、ヤス殿との交渉は本当に疲れた。

 疲れただけの成果は有った。

「お父様。お疲れ様でした」

「サンドラ。疲れた。あの地図!?それに、モニターはあのようにして使うのか?セバス殿はまともだと思ったのだが?」

「お父様。それは無理というものです。ここ1週間住んで見ればわかります」

「どういう意味だ?」

「心配するのが馬鹿らしく思えます」

「ん?あっそうか、地図は、誰でも見られるのだな?モニターも・・・」

「はい。そろそろ、大丈夫だと思いますので、私の家に行きましょう。最後の視察です。お父様。くれぐれ先程のお約束を忘れないようにお願いします。そして、レッチュ領の領民がお父様を必要としていると忘れないでください」

「大丈夫だ。サンドラ。儂は、レッチュ領の領主だ」

「・・・」

 娘の反応が悪い。
 確かに、一度・・・ではないかも知れないが、神殿への移住が可能か考えたが、それでも、やはりレッチュ領が大事だ。ハインツが領を継ぐまでは頑張るつもりだ。少し、ほんの少しだけ陛下に進言して、ハインツを領主・・・。駄目だ、娘に考えている内容を読まれそうだ。どんどん、目が冷たくなっていく。

「はぁ・・・。お父様。ここが私の家です。マリーカも中にいます」

「・・・。ん?サンドラ?二人の家なのか?」

「そうです」

 目の前にあるのは、神殿の大通り(ヤス殿に教えてもらった呼び名・・・??)に、並んでいる邸宅だ。貴族の別荘かと思っていた。
 まてよ・・・。今までのパターンで言うと・・・。

「サンドラ。一応、確認しておく」「そうですよ。私とマリーカだけで住んでいます。二人または三人で住む家です」

「やはりか・・・、他の」「他の住民も殆ど同じですね。家族になると、もう少しだけ広くなります。あぁ一人とか、食事を作りたくないという人向けに、宿屋・・・。そうですね。王都の最高級宿屋を思い浮かべてください。あれと同等かそれ以上の部屋が与えられます。あと、ドワーフ族の様に、工房があればいいという人向けに宿も用意されています」

「・・・。サンドラ・・・」

「聞かれませんでしたので・・・。外で話しても進まないので、入りましょう」

 娘が家の壁に着いているボタンを押す。

『はい』

「サンドラです。マリーカ。お父様のカードを一時許可にしてください。あっお父様。カードを当ててください」

 何だ?あれは?
 マリーカの声が聞こえてきたぞ?何かの魔道具のようだ。あれも導入したい。書斎から・・・。いろいろできそうだ。

 娘に言われたようにカードをかざす。
 今までと違って、すぐに緑色に光らない。

『旦那様。許可が出来ましたので、大丈夫です』

「おっわかった」

 少し、声が大きくなってしまったが、マリーカがどこから聞いているのかわからないからな。この位でいいだろう。

”カチッ”

 ドアが開いて、マリーカが顔を出す。

「旦那様。サンドラお嬢様。お飲み物の準備が出来ています」

 そのまま、マリーカに案内されて家の中に入る。エルフ式なのか、ドアを入ったら靴を脱ぐように言われた。兵士病(水虫)になっていると、警告が出るらしい。儂は大丈夫だが、兵士には辛いかもしれないな。ちょっと待て?警告が出るとかマリーカが言っていたな?嫌な予感がする・・・。

 リビングに通された。
 調度品もソファーも最高級品ではないが、高級品だろう。サンドラの家だからなのか?

「サンドラ。兵士病だけ」「ありますよ。今、ドワーフの工房で、エルフ族と協力して、解析しています。試作品が出来て、冒険者に”治験”してもらっています」

「・・・。それは」「もちろん、ヤスさんの指示です。購入も出来ます。ただし、安全性が確認されてからです」

「わかった。それで、この」「部屋の調度品は、私だからではありません。全部の家が似たような調度品になっています。違いは色や配置ですね。あっ魔道具も似たような物です。そうだ、お父様。お風呂はどうしますか?我が家にもありますが、公衆浴場もあります。私は、疲れたので一端下がります。マリーカ。お父様のお相手お願いします。食事は、6の鐘でお願いします」

 娘は、儂の言葉を遮って一気に話をしてリビングを出ていってしまった。

「旦那様・・・」

 唖然とする儂をマリーカが見つめている。
 ひとまず、マリーカが持ってきた紅茶を飲んで落ち着いてから、マリーカが知っている神殿の情報を教えてもらう。驚いたのは、マリーカは、迷宮区にも潜れる様になっている。そして、アーティファクトでユーラットと関所の村アシュリまでは買い出しに行ける許可をもらっている。
 家の中を案内された。娘が話していた内容がやっと理解出来た。駄目だ。ここに住みたい。
 風呂が貴族の屋敷なら設置している場合が多い。性能が格段に違う。魔力を流すだけで、お湯が溜まる。それも、一定量になったら止まる?
 他にもいろいろあるが、考えるのが疲れてきた。

 6の鐘がいつなのかわからないが、マリーカに案内された部屋は王都にある貴族用の宿よりは狭いが、調度品は上だろう。ベッドも気持ちよさそうだ。今は、疲れているからと寝られない。
 マリーカに食事まで時間があるので、公衆浴場に案内してもらった。

 感想。
 ただすごかった。疲れが取れたが、疲れてしまった。マリーカが表で待っていた。丁度バスが来たので乗って帰る。

「お父様。公衆浴場はどうでしたか?」

「サンドラ。あれを、領都に作ると考えると」

「そうですね。すでに、ドワーフの工房で”ボイラー”の開発は終了しているので、売り出すのは可能です」

「え?」

「マリーカ。公衆浴場は、西側?東側?南側?」

「お嬢様。南側です。一番小さくこの時間でしたらドワーフの方々もいらっしゃらないと思いました」

「お父様。本日、行かれた場所でしたら、浴槽の数も多くありませんので、金貨で100枚程度です。場所の確保や建物の用意はお願いします」

「そっそうか・・・。100枚・・・。歳費で賄えるな」

 もっと必要かと思ったが、建物を入れても、金貨で200枚もあれば出来るのだな。
 そうか、ランドルフの分隊が使っていた場所を解体して・・・。

「サンドラ。頼めるか」

「わかりました。ヤスさんに話を通しておきます。お父様。明日はどの様に、領都まで向かわれますか?」

「あっ」

 すっかり忘れていた。
 帰らなければならないのだ。それも、どうやって帰ると聞かれて、いつものように馬車でと思ったが、来るときはアーティファクトで来たから、帰りの足がない。ユーラットと領都の間では辻馬車も運行していない。
 考えていなかった。

「やはり・・・。マリーカ。お願い出来ますか?」

「はい。サンドラお嬢様。私は、アシュリまでしかいけませんが?」

「大丈夫です。先程、マルス殿に申請して許可されました。マリーカには、試験を受けてもらいます」

「試験ですか?」

 試験?なんの?
 娘はマリーカに説明しているが、試験は口実なのだろう。ヤス殿に、アーティファクトを借りて、儂と娘を乗せて、領都まで移動する。朝に出て夜になるまでに、神殿に戻ってこられたら合格で、次から領都までのアーティファクトを移動出来るようになるという事だ。

 食事をしながらサンドラに更に詳しく神殿の話を聞いた。
 聞かなければよかったが、聞いてよかったと思える。領都に導入できそうな物や、貴族の屋敷に導入したほうがよいだろう物をいろいろと話をした。買える物、買えない物、持ち出せない物、開発中の物。全てではないが、かなりの情報がオープンになっている。

「サンドラ、最後に一つだけ教えて欲しい。情報を、儂に語っているが、問題はないのか?ヤス殿やマルス殿に疑われたりしないのか?」

「お父様。最後の質問に対する答えですが・・・。マリーカ。教えてあげて」

「旦那様。サンドラお嬢様がお話になった、通常ですと機密指定になって居るような情報だと私も認識しています」

 さすがはマリーカだ。裏の仕事もこなせるだけはある。

「そうだな」

「しかし、これらの情報は、旦那様が入ってこられた門の近くにあります。”図書館”に行けば提示されています。また、家のモニターでも参照できます」

「は?」

 サンドラは、肩をすくめて、儂にモニターを見るように指差す。

「・・・。サンドラ?これは?誰でも見られるのか?」

「流石に誰でもではありません。住民だけです」

「・・・。サンドラ。それは、誰でも見られると、同じではないのか?」

「そうですね。私も、ミーシャも、ドーリスも、ディアスも、ヤスさんに大丈夫なのかと聞いて、閲覧禁止にするか、神殿の運営に携わる者だけが見られるようにしたらどうかと進言しました」

「当然だな。それで?」

「ヤスさんは、笑いながら、『情報は隠せば隠すほど、後ろめたいと思われてしまう。皆が知っている情報なら、外部に漏れても”だからどうした?皆が知っている”といえる。本当に、隠すべき情報は、美味しいレシピや好きな子を思って書いた恋文の内容だ』と言っていました。私も疲れて、それ以上は何も言いませんでした。でも、実際にユーラットで神殿に弾かれた商人が、神殿の悪い噂を流していたのですが、皆がヤスさんなら悪い話もオープンにするはずだと言って信じませんでした」

 考えさせられる話だ。
 隠せば弱みになる。隠さなければ、弱みにならない。

 一度、ヤス殿とじっくりと話がしたくなってきた。もしかしたら、よりよい統治に必要な知識を持っているのかも知れない。

 儂は、娘との時間を楽しみながら、ドワーフ達が作った最高の二級品の酒精を飲んでから寝た。
 ベッドも最高品だ。枕もいい。これはぜひ欲しいと娘に伝えたら、そのまま持っていっていいと言われた。簡単に買えるらしい。妻の分を含めて、数組用意して、ドワーフの最高の二級品の酒精を土産に領都に帰った。

 疲労困憊だが、精神は元気になった。
 考えなければならないが、それでも前向きな状況になるのは間違いない。まずは、王家と派閥に報告だな。

 クラウス辺境伯が、長い後ろ髪を引っ張られながら、領地に戻っていってから、2週間が経過した。

 ヤスは、一つの仕組みをドワーフのイワンと構築していた。
 殆どは、マルスの仕事だったのだが、必要になって構築をおこなって、本日テストとして使うことにした。

『おぉヤス。どうだ?』

「お!感度もいいな。問題はないな」

『これはいいな。工房にいながら注文が出来る』

「イワン。会議用だぞ?注文に使うのは控えろよ」

『解っている。たまにならいいだろう?』

『ヤスさん。イワンさん。こちらも、問題はありません』

 サンドラとドーリスが確認を行っている。

『トーアフードドルフのルーサだ。こちらも問題はない』

『お初にお目にかかります。神殿の主様。集積所(ローンロット)を預かるエアハルトです』

『同じく、お初にお目にかかります。神殿の主様。帝国側関所(トーアヴァルデ)を預かる。ヴェストです』

「ヤスだ。エアハルト。ヴェスト。これから頼むな」

 実際には、魔通信機での会話は行っていた。
 しかし、実際に顔を見るのは初めてだ。実際は、マルス経由で確認はしているので、本人確認を含めて終わらせてある。

『はっ。ヤス様。よろしくお願いいたします』

『はい。ヤス様』

 エアハルトもヴェストも、ルーサからの推薦だ。
 ヤスが、思いつきで作った集積所を任せる人材がいないかと、皆に相談したときに、ルーサから元々は商人をしていたが、リップル子爵家と息のかかった商人に家を潰された者だと推薦を受けた。家族や従業員はレッチュ領に逃がして、自分はスラムでルーサを補佐していたのだと教えられた。
 帝国側関所(トーアヴェルデ)は、村ではない。駐屯している者たちがいるだけの場所だ、所属はルーサが治めているアシュリの配下となるが、独立した場所として扱ったほうがいいだろうとサンドラから進言されて、ヤスが認めたのだ。駐屯している者たちは、ルーサの部下だけではなく、難民の中から戦える者を加えている。数は、40人程度だがイワンたちが神殿のためだけに作った武器防具を利用している。当然の様に、大量の魔道具(イワンに言わせると二級品以下)も大量に配備されている。責任者も同じくルーサから推薦されたヴェストが行っている。ヴェストは、元々はリップル子爵家で守備隊の一つを任されていた。100人規模の隊の隊長だった。幼馴染の嫁をリップル子爵家の分家扱いになっている男爵家から寄越せと言われて断った。演習を行っている最中に、嫁を子供と一緒に殺された。それから、ルーサの下で殺した犯人を探している。

 神殿に属している彼らが、ヤスを含めての”情報交換をしたい”と申請してきたのを受けて、ヤスが”ネット会議”を思い出したのだ。魔通信機を応用して、5フレーム程度の動画をサーバになっている神殿に送って共有出来るようにしたのだ。

 主な、報告は関所の村であるアシュリから行われる。

「ルーサ。それで?」

『はい。リップル子爵家は、帝国への出兵どころではなくなっているようです』

「ほぉ・・・。なぜだろうな?」

『ヤスさん。お父様からも同じ報告が上がってきています。ただ違うのは、エアハルトさんの所でしょうか?』

『はい。サンドラ様。ヤス様。ローンロットには、難民と孤児が集まり始めています』

「難民だけじゃないのだよな?」

『はい。孤児です。難民もいますが、多くはありません。マルス様の審査が通れば、大人でも雇い入れると通達しております』

「わかった。ヴェストがやりやすいようにしてくれ、割符には問題は出ていないか?」

『まだ始めたばかりですので、なんともいえません』

「サンドラ。バスの運行計画はどうなっている?」

『はい。ルーサさんとヴェストさんとエアハルトさんと話したのですが、まずはアシュリまでが妥当だろうと思います』

「わかった。アシュリまで問題が出ないように計画してくれ、ローンロットまで何日かおきに運行出来ないか考えてくれ、難民と孤児が多いと大変だろう。ルーサ。まだ余裕はあるよな?」

『アシュリですか?ユーラットですか?』

「アシュリだな」

『問題はありません。ただ、ヤス。できるだけ、神殿で受け入れて欲しい』

「そうだよな。サンドラ、どうだ?」

『ルーサさん。冒険者を中心に、アシュリに移動してもらおうかと思っていますがどうでしょうか?』

 サンドラに変わって、ドーリスが現在、ギルドが中心になって動かしている計画を説明する。

『そうだな。ただ、アシュリは、神殿ほど稼げないからな・・・』

『大丈夫です。そのためのバスの運行です』

 ルーサは考えてから、メリットとして、神殿の広場では家族ものを中心になってしまう。ヤスが作った住居の基準だから。宿屋の数も絶対的に足りない。正確には、宿屋を運営出来る人数が足りないのだ。急激に人が増やせない事情があるので、しょうがないことだ。その点、アシュリなら人が増えても問題は食料だけだが、神殿の森があり、海に出られる場所も作ったので、ある程度の食料が確保出来る。

『ドーリス殿。承諾した。ヤス。アシュリの住居や宿が足りなくなる前に建築を頼む』

「わかった。あと、ルーサ。エアハルトの所から流れてくる難民で、戦えそうな者を、トーアヴァルデに派遣してくれ、マルスに試算させたが、最低で100。できたら、300は必要と言われた。予備兵力で同数を確保する必要があるが、眷属たちを使えば予備兵力は必要ないと言われた」

『ヤス様。兵力ですが、私も試算してみました。今の武器防具と魔道具の配置から、200程度が妥当ではないでしょうか?』

 疑問形になっているのを、ヤスは感じた。

「どうした?」

『イワン様。武器防具を、あと160人分と予備をいただくのは可能ですか?魔道具も同じです。あと、ヤス様。関所の森での訓練の許可をお願いします』

『武器防具は、正式な物ができるまでは、二級品で我慢しろ。でき次第、渡す。魔道具は、欲しい物をリストアップしておいてくれ、工房は酒の仕込みで忙しい』

 ドワーフはドワーフということだ。
 二級品の武器防具とイワンが言っているが、王都で売っている最高級品と同等以上の品質を持っている。十分に使える物だ。

『感謝いたします。魔道具は、必要になりそうな物をリストアップいたします』

『わかった』

「イワン。売らない魔道具も、ルーサとエアハルトとヴェストに送っていいよな?」

『大丈夫だ』

「ルーサとエアハルトとヴェストで、魔道具のテストや機能調整をしてくれ、量産する必要が無いものを作ってもしょうがないだろう」

『わかった』『かしこまりました』『はい。受諾いたします』

「人、物、金は、足りているか?」

『ヤス。工房を広げてくれ』

「またか?今度は?」

『仲間が酒精の話を聞きつけて集まってきた。人数は、20程度だ。住む場所は必要ない。あっ。女のドワーフも増えてきた』

「わかった」

『ヤスさん。サンドラですが、イワンさん。住民の一部から、ドワーフ族に苦情が出ています。酒精を公衆浴場に持ち込まないで欲しいという話です』

「イワン?」

『すまん。徹底していたのだが、ワインは、水と同じという感覚が抜けなくて・・・』

「そうか・・・。イワン。工房に隣接する形で、小さめの公衆浴場を作るか?」

『いいのか?』

「サンドラ。どう思う?酒盛りが出来る公衆浴場で、子供は入浴禁止。工房と迷宮区から行けるようにするのは?」

『儂も、それでよい。ヤス。是非作ってくれ、いちいち表に出て、浴場に行くのは面倒だ。それに、冒険者となら浴場で武器や防具に関して飲みながら話が出来る』

『賛成です。特に、迷宮区から行けるようにしてくれると助かります。汗臭いままギルドに来るので・・・』

「わかった。それから、ドーリス。商業ギルドから来ていた申請は、許可する。ただし、迷宮区の広場だけだ。神殿の広場は住民だけだ」

『ありがとうございます。商業ギルドに通達します。税は?』

「任せる。ゼロでもいいぞ?」

『はい』

『ヤスさん。領都の宿屋が神殿にも宿屋を作りたいと言ってきていますが?』

「神殿内部は却下だ。アシュリやローンロットは許可できる。ルーサの所は、宿屋は足りているよな?」

『そうだな』『ヤス様。ローンロットでは、宿屋が足りていません。それから、言葉が悪いのですが、できましたら、高級宿屋や貴族用の宿の建築する許可を頂きたい』

「サンドラ。頼めるか?」

『わかりました』

「餌が必要なら、迷宮区の広場とアシュリなら宿屋の建築を認めてもいい」

『ありがとうございます。十分な餌だと思います』

「旦那様。サンドラ様のご提案ですが、以前お話をしていました、別荘地を作ってみてはどうでしょうか?最低、3名の常駐を認めれば、貴族や豪商が競って別荘を建築すると思われます」

「サンドラ。どう思う?他の者も意見をくれ」

『概ね賛成ですが、どこに別荘を作らせるのですか?』

「ん?あぁそうか、場所は二箇所だな。関所の森の湖近くと、神殿の中に作る階層だな」

『ヤス。関所の森はわかるが、神殿の中というのは、迷宮区のような場所か?大丈夫なのか?』

「ルーサの心配はわかるが、西門を使おうと思う」

『西門?』

 ヤスは、皆にセバスと考えていた計画を披露する。
 関所の森は、誰でも別荘を作る許可を出す。神殿の中にも別荘を持ちたいと言い出す貴族や商人が出てくるだろう。そのために、閉じられている西門をオープンにする。西門の方向には、施設はまだ作られていない。神殿に入る門を設置して、簡単な審査だけで通過できるようにする。別荘区と名付ける階層を作る。別荘区には、西門から入った先にある門からしか侵入できない。特別な場所だという印象をもたせる。西門なので、アシュリを通過する必要もなく、到着できる。条件として、人を常駐させることを条件として提示する。常駐する人間は神殿の審査を通過する必要があるが、買い物の都合上、必須の条件となる。

「反対意見がなければ、準備を始める」

 誰からも反対意見がなかったので、ヤスは別荘の作成と道の整備をマルスに指示した。

「次は、ルーサが集めてきた、噂に関しての検証だな。リップル子爵家と帝国の一部の貴族が相当追い詰められているらしいじゃないか?」

『はぁ・・・。ヤス。まぁいいけどな。まずは、リップルからでいいか?』

「頼む」

『その前に、サンドラ嬢。ディトリッヒは居るか?』

『いますよ。ミーシャと後ろに控えています』

『そうか、まずは、ディトリッヒから、塩と砂糖がどうなったのか報告させたほうがいいと思うが?』

 ヤスが承諾したので、ディトリッヒがサンドラに変わって、前に出て説明する。ヤスとルーサは聞いていた話だが、黙ってディトリッヒの報告を聞いた。サンドラは、父親からの説明を受けていたので、実際の現場以外で行われていた内容を補足するように説明した。

 ディトリッヒの報告は簡潔だ。
 神殿の使者として、王都に『神殿から採取された、塩と砂糖と胡椒を献上する』目的で馬車を動かした。

 レッチュ辺境伯も協力を申し出て、道中の護衛を約束して、息子のランドルフに最後のチャンスとして王都までの護衛を命じた。

 想定していた場所ではなく、リップル子爵領を通り過ぎた場所で強盗に襲われた。
 ディトリッヒは、強盗を数名だけ倒したが、その場から撤退する。強盗とランドルフは積荷を持って、リップル子爵領に消えていったという。ディトリッヒの後ろから斬りかかろうとしたランドルフを逃してしまったのが、痛恨の極みだと言っている。サンドラは、苦笑しただけで終わったが、ミーシャはランドルフがリーゼに言い放った言葉をまだ覚えていて、なぜ殺さなかったとディトリッヒに詰め寄った。
 ヤスが、ランドルフは殺さないと言ったので、ディトリッヒは殺さなかったのだと説明されて、やっと怒りが鎮静した。

 サンドラの補足は、その後の積荷の動きだ。
 ランドルフの配下に手のものを忍び込ませている。定期連絡で受け取った内容は、予想の範疇を出ていなかった。リップル子爵は、すぐに塩と砂糖と胡椒を商人に鑑定させた。寄り親になっている伯爵に貢いで、公爵に取り次いでもらい、塩と砂糖と胡椒を通常の10倍以上の価値があると触れ込みを行い。献上を行った。
 公爵は子爵の対応を評価し、定期的に入手する方法を模索するように命令する。

 その頃には、レッチュ辺境伯が王家に”神殿産の塩と砂糖と胡椒”を、献上していた。

 サンドラの補足は、ランドルフの処遇にまでおよんだ。
 ランドルフが、領都を出立してから、ランドルフが密かに使っていた倉庫を強襲した。不正の証拠や、今までの悪事を公にした。神殿から帰ってからの最初の仕事となった。廃嫡は決められていたが、貴族籍からの除籍及びレッチュ領からの追放を宣言した。同時に、派閥貴族家からの絶縁も宣言された。あわせて、夫人に関しても数々の問題や不正行為を公表して離縁した。侯爵家には、離縁の理由を告げて、王家からの許可ももらったと告げている。侯爵家としてはうなずくしか無い状況だったのだ。

「さて、ルーサ。ディトリッヒとサンドラの報告に補足はあるか?」

『そうですね。ランドルフですが、死にましたよ』

「へぇ死んだのだな。殺されたのではないのだな?」

『そうですね。殺されたですね』

「ふーん。殺したのは、侯爵家の者か?」

『・・・。ヤス。お前・・・』

「状況を考えるとそうなると思っただけだが、合っているのか?」

『ルーサさん。ランドルフは、殺されたのですか?お父様に連絡したほうがいいですか?』

 サンドラは、ランドルフの悪行を知って、余計に嫌悪感をつのらせていていつの間にか敬称を付けなくなった。敬称だけではなく、兄とも呼ばなくなっていた。

『サンドラ嬢。そうですね。ヤスが言った通り、侯爵が手を回したようです。奥方も、王都に向かっている最中に盗賊に襲われて殺されました』

「あれ?でも、ランドルフの母親はそれほど高い地位じゃなかったよね?」

『いえ、ヤスさん。あの人は、侯爵家の次女ですので、ランドルフが戻ってしまうと、継承順位が変動します。そして、戻ってきたら、地位や領地を与えないわけには行かないと思います』

「ふぅーん。面倒だな。証拠はないよね?」

『もうしわけない。流石に、侯爵家が使うような者だ、証拠は残していない。俺たちが知ったのも、もしかしたらわざとかも知れないと思っている』

「わかった。神殿としては、動く必要がないし、ランドルフの生死にはそれほど興味がない」

『はい。ヤスさん。お父様に連絡を入れておきます』

「うん。お願い」

『ヤス。それで、子爵家は王都に荷物を運んでからが面白かったぞ』

「ん?」

『侯爵と公爵に自慢した塩と砂糖と胡椒を持って、王宮に行ったらしいが、そこで出された紅茶に自分が持ってきたのと同じ砂糖が使われていた。それで、謁見の間ではなく、通されたのは通常の執務室で、対応したのは王家ではなく、宰相だった。王宮では、後見として公爵と侯爵の執事が一緒だったらしいが、宰相の執務室から出てきた二人は激怒していたという話だ』

「へぇ塩と砂糖と胡椒に、10倍・・・。いや、20倍の価値があるとでも言って、献上したのかな?それも、子爵家単体ではなく、侯爵と公爵の名前も使ったのではないのか?」

『ヤス。見てきたように話すなよ。詳細は、多分サンドラ嬢が後で詳しく辺境伯から聞くだろうから、置いておいて、公爵も侯爵も子爵家からかなりの塩と砂糖と胡椒を購入して、取り巻きに売りつけたようでな。恥をかかされたと言われているようだ』

『それで、帝国への出兵計画が遅れているのですね』

『それはわからないが、子爵家が孤立し始めているのは、間違いではない』

「ルーサ。子爵家は、トーアヴァルデの存在は知っているのか?」

『ヤスさん。神殿と同じに考えないでください』

『サンドラ嬢の言っているとおりです。ヤス。お前は少しだけ神殿が異常だと知っておくべきだ。イワン殿。あんたも同類だ!』

『ルーサ。儂は、関係がないぞ!ヤスが作って欲しいと言うから作っているだけだからな!ドワーフは、新しい物が作れて、研究できて、うまい酒精があればいいだけだ!』

『このクソドワーフ!確かに、武器防具は一流だし、酒精もうまい。だが、限度という物があるだろう。限度が!』

 ルーサとイワンの口喧嘩はしばらく続いたが、解決する見込みは一切ない。
 ルーサもイワンも相手を認めているから喧嘩をするのだ。

「解った。解った。ルーサには、俺からウィスキーを数本届ける。イワンには、新しい自転車を渡すから研究してくれ、話を続けてくれ」

 ヤスが仲裁にもならない仲裁を行った。話を聞いたサンドラは眉間を押さえて頭を振った。また新しいおもちゃをドワーフに与えると言っているのだ、何が出来るのか解ったものではない。エアハルトにしてもヴェストにしても、ルーサにウィスキーが渡るとしたら、しばらくは仕事にならないと解っている。仕事が滞ってしまう可能性を考えたのだ。関所の村アシュリではルーサは飾りになっているが、書類が滞ってしまうのは問題なのだ。

「ルーサ。サンドラ。いやがらせの第一段階は成功したと思っていいのか?」

『あぁ思った以上の効果を発揮した』

「自業自得なのだけどな。塩と砂糖と胡椒を得たときに、レッチュ辺境伯に返していれば、報奨金を貰えて終わったのに・・・」

『そうだな』

「サンドラ。ルーサ。調べて欲しいことがある」

『はい』『なんだ?』

「リップル子爵領の特産物だ、できれば、同じ特産物が生産出来る他の領も調べてくれると助かる」

『可能ですが、どうされるのですか?』

「いやがらせ第二弾だな」

『??』『??』

「ローンロットを大きく動かす。エアハルト。倉庫には余裕があるよな?」

『はい。まだ、塩と砂糖と胡椒と少量の香辛料があるだけです』

「サンドラ。今、リップル子爵領から物を買うのは何故だ?」

『・・・。あっそうですね。ローンロットに遠方から物資を運んできて、そこから近隣に輸送すれば、コストも押さえられる。品質も同等以上の物が手に入る』

「それだけじゃない。税が抑えられると思うし、安くなるだろう?ローンロットから出す分には税をかけないと約束してもらっている。ようするに、直送したのと同じだ」

『・・・。はい』

「リップル子爵が追い込まれたら、税を上げるだろう?」

『間違いなく』

「ほら、そのときに、同等の品質で物が安くはないが同等以下で買えたらどうする?」

『買いますね』

「ということで、ルーサとサンドラは情報収集を頼む。あと、ヴェストには駐屯している者たちの訓練と哨戒を頼む」

 ヤスの指示を受けて皆が行動を開始する。