私は、ディアス・アラニス。もうすでに、アラニスの姓は捨てたから、今はただの”ディアス”だ。
アデヴィト帝国で生まれたのだが、帝国を恨んでいる。家族を殺されたからだ。そして、私も殺されかけた。カスパルに救われて、私は神殿の都に住んでいる。
神殿の主であるヤス様にお願いされて、子供たちに神殿を案内している。子供たちは、来たばかりで神殿の施設に入る許可は降りていないが、神殿の都の施設なら案内できる。
まずは、魔の森方面に向かう。子供の代表は、カイルとイチカと名乗った男の子と女の子だ。獣人族のようだ。
「神殿の上の方にある時計が見えますか?」
「姉ちゃん。数字が書いている奴はわかるけど、時計って何?」
そこからですか・・・。
数字が読めるということは、最低限の教育はできているようですね。時計が読めないと、神殿の都での生活が不便になってしまいます。ヤス様にお願いして、子供たちに神殿の都で生活できる最低限の知識を教えないとダメですね。
「朝と夕方に鐘が鳴りますよね?」
「うん!」
何人かの子供が反応してくれます。よかった。帝国と同じなのですね。
「その鐘をもっと正確にしたのが時計です」
「へぇ・・。音が鳴るのか?」
カイル君が素朴な疑問を投げてくれます。
「違います。棒と数字で”時間”を知るのです」
「え?魔道具なのですか?」
イチカちゃんが反応します。
「そうですね。ヤス様は、魔道具ではないと言っていましたが、アーティファクトかも知れませんが、気にしないようにしてください」
「アーティファクト・・・?」
「気にしないでください」
「・・・。はい」
イチカちゃん以外は気にしないようですが、イチカちゃんだけは時計を見つめています。好奇心が旺盛なのでしょう。
「君たちを神殿まで運んだアーティファクトは知っていますよね?」
「うん」「早かった」「なんで動くのか・・・」
やはりイチカちゃんだけは違う感想を持っているようですね。
「あのアーティファクトが、神殿の都の中を回っています。住民なら誰でも乗れます」
「え?」
「神殿の都に入るときに、審査を受けてプレートを作りましたよね?」
「うん!」「作った!」
「それがあれば、アーティファクトに乗れます」
「ディアス様。その、私たち・・・。お金を持っていなくて・・・」
「大丈夫です。ヤス様は、お金を取らないと言っています。あっ私の事は、”様”は必要ないです」
「え?お金がいらない?本当に?」
「えぇ賤貨の一枚も必要ないですよ」
カイル君とイチカちゃんは異常だと気がついたようです。
でも、まだ始まったばかりです。これから、もっとびっくりしてもらいましょう。
「ほら、時計の長い棒が12に近づいてきているわよね?」
子供たちは時計を見えあげて、動いているのにびっくりしている。
「長い棒が12の所に来たら、アーティファクトがここに来ますよ」
「え?」
実際には、少しだけ遅れたり、早かったりしますが、それを言わなくてもいいでしょう。
定刻通りにアーティファクトが来てくれました。
子供たちは、アーティファクトに乗れるのが嬉しいのでしょう、大はしゃぎです。
服が引っ張られます。イチカちゃんの様です。
「ディアスお姉ちゃん」
お姉ちゃん。いい響きです。妹が居なかった私には嬉しい言葉です。
この子たちを私の妹と弟にしてしまえば、カート場に入った時には・・・・。リーゼの勢力に勝てるかも知れません。夢が広がります。
「どうしたの?」
「うん。気になって・・・」
「ん?なにが?」
「あのアーティファクトはヤス様が見つけられたのですよね?」
「そうね」
「大丈夫なのですか?」
「なにが?」
「盗まれたり・・・」
「大丈夫よ。動かせる人は限られているし、皆ヤス様に感謝の気持ちを持っているからね」
「それでも、脅されたら・・・」
「大丈夫なのよ。盗んでも、資格がなければ動かせないのよ」
「え?でも、アーティファクトでも魔道具なのですよね?魔力があれば動かせるのでは?」
「それが違うのよ。魔力は確かに使うようだけど、魔道具と違って起動時に使うだけで、アーティファクトに蓄えられた魔力が使われるのよ」
カスパルが家に帰ってきて、知り得たアーティファクトの仕組みや情報を嬉しそうに話してくれた。セバスやツバキにも確認したが間違っていなかった。
カートに乗っている時も、最初は魔力が使われる感覚はあるが、動かしている最中に魔力がなくなっていく感覚にはならない。リーゼのコーナで挙動やサンドラのブレーキングに神経を使うが魔力は減らない。カートも連続で使っていると動かなくなる。リーゼのように無謀な運転では魔力が早くなくなってしまうのだろう。うまくセーブしながら動かさないと長距離では勝てなくなってしまう。他のアーティファクトも同じだと教えられた、うまく動かさないと魔力が切れてしまう。動かしながらの魔力の補充はヤス様以外には不可能だと言われた。動かなくなったアーティファクトは神殿の領域内で休ませておけば復活してくる。
したがって、アーティファクトを盗んでもしばらくは動く可能性があるが、魔力が切れてしまえば動かない。
カートをいじってもらうためにドワーフたちにも見てもらったが、ほとんどの部分が精密過ぎて直せないと言われた。カートに使われているネジ一つだけでも考えられないと言われた。実際に、私のカートとリーゼやサンドラのカートの同じ場所についているネジを外して見てみると、全く同じ物だった。一本だけなら作ることができるかも知れないが、複数のネジを同じ規格で揃えるのは不可能だと言われた。
「それなら、盗んでも意味がない?」
「そうね。でも、ヤス様のアーティファクトはそれだけではないのよ」
「え?」
魔力を必要としないアーティファクトや洗浄機能付きトイレはしっかりと説明しなければならない。説明する順番がすごく難しい。
ミーシャに聞いても、まだ何も説明はしていないはずと言われてしまった。トイレくらいは説明しておいて欲しかった。
「後で教えてあげるわ。まずは、魔の森に向かいましょう」
「え?大丈夫なのですか?魔物が出てくるのですよね?」
「大丈夫よ」
神殿の都を説明しながら魔の森方面に向かう。問題はない。ヤス様が作った壁があり、魔物の侵入を防いでいる。
東門に到着した。魔の森に関する説明をしなければならないな。
「カイルくん」
「なに?ディアス姉ちゃん」
「この先に魔の森があります。何か他の街と違った所はありませんか?」
名指しされたカイル君が考えます。唸っているカイル君が可愛いです。私も、あんな子供が・・・カスパルとの間に・・・。
「はい!わかりません!」
「カイル君。少しは考えてください。カイル君以外でわかる子は居ますか?」
「ディアスお姉ちゃん。門があるけど、いつもと同じなの?」
やはり、イチカちゃんですね。
「そうですよ」
「門番がいません」
「そうです。ここは東門ですが、西門にも門番はいません」
「え!ディアス姉ちゃん。それなら!俺も魔の森に行っていいの!」
「そうですね。門が開けられたら、行く資格があるので、大丈夫ですよ」
子供たちの顔には疑問でいっぱいになっている。
実際、私も仕組みを説明して欲しいと言われても困ってしまいますが、そういう物だと教えるしか無いのです。
「試していいか!」
「良いですよ。大きな門は、アーティファクト用ですので、横にある通用門を開けてみてください」
「よし!」
カイル君が門を押してみたり開いてみたりしますが開きません。
イチカちゃんが近づいてきて、私の服を引っ張ります。
「どうしたの?」
「ディアスお姉ちゃん。もしかして、門の横にある魔道具が関係しているの?」
本当によく見ています。でも、まだ正解にはもう少しだけ足りません。
「半分だけ正解です」
「え?」
カイル君は弟たちを呼んで力で開けようとしています。あの門は力では開きません。開く時には、触れるだけで門が開くのです。
「ディアス姉ちゃん。門じゃないだろう!びくともしない!」
「開きますよ。やってみましょうか?」
「うん!」
私は、カードを取り出して魔道具にかざします。私は、認証されていますし、魔の森に行く資格を持っているので、通用門が開きます。
門が開いた所に、カイル君が走り出します。痛い目に有ったほうが良いでしょうから、黙っています。
”ゴン”
やはり。
大きな音が鳴ります。あぁーあ。やっぱり・・・。
カイル君は頭を抑えて蹲っています。
「ディアスお姉ちゃん。今のは?」
「門を開けた人以外が門を通過しようとしたら、透明な壁ができるのです」
「結界ですか?」
「そうですね。なので、門を開けたときに魔物に襲われても、よほど強い魔物でなければ大丈夫ですよ」
「よほど強い・・・って?」
「ヤス様の説明では、エンシェントドラゴンのブレスだと言っていました」
「え?ドラゴンのブレス?よほど強いじゃなくて、ほとんどの攻撃が無効になりますよね?」
「そうね。でも、ブレスには強いけど、何発も連続で打たれたら結界が壊れるかもしれないと言っていましたけどね」
「・・・。ドラゴンが出た時点で街に逃げ込んでもダメですよね?」
「そうね。でも、ヤス様は、街に逃げ込んだ人たちを助けたいと思っているのね。外の結界が破られたら、神殿の中に逃げ込んで、外から入られなくしてしまうらしいわよ。そうして、違う出口を作って逃げるとか言っていたわよ」
「・・・。わかりました。私は、カイルや弟や妹にヤス様に逆らうなと言っておきます」
「うん。それは大事だけど、イチカちゃん。ヤス様は、逆らってもいいと言っているよ?」
「え?」
「ヤス様の行動がおかしかったら指摘して欲しいらしいですよ」
「・・・。わかりました、ヤス様は変わった方なのですね」
「そうね。その認識が一番会っていると思うわよ」
次のバスで次の見学場所に向かうまで、カイル君は頭を撫でていた。