目の前の壁を乗り越えなければいけない。そう思った時だろう。不意に頭の中に何かの映像がよぎる。
「……こっちだ」
　僕は何かに導かれた様に目の前に飛び込んだ通路を走り出し始めていた。なんとなく、こっちに行けばいいのだと思う。
　確証なんて、どこにもない。けれど、間違いなくこの通路を通ればいいと思う。真っ黒な壁を真っすぐ、真っすぐ走り出す。
　聞こえてくるのは、コツコツとなる足音と、僕が吐いたり、吸ったりする時の音だけだ。それが反響していつもより大きめな音になっていた。これだけ走って無駄だったなんて言わせない。
　僕はただ熱心にこの通路を走り続けていた。
　目の前の景色がめぐるましく変わる。僕はただ、あの人のために走り続ける。
「美樹さん！」
　あの人の名前を叫びながら。

　どれだけ走ったのかまったくわからない。ただ懸命に、懸命に一直線に走っていた。そうして、僕は彼女を見つけた。
「……美樹さん！」
　大きく開いた丸状の大広間。その真ん中に空いた大穴に引きずり込まれる様にゆっくりと、ゆっくりと落下していく楠野さんがいた。遠くからよく見えないが、目を閉じている様に見えた。
「……！」
　このまま、飛び降りていいのかと迷った。もし落ちたらどうなるのかわからない。もしかしたら死ぬかもしれない。ここに飛び降りた瞬間に。
　けれど、それでもいい。
　僕はそんな迷いを捨てて身をこの大穴に任せた。
「……美樹さん！」
　僕が飛び降りた瞬間、周りの景色が変化を起こした。
　まるで、何か不可思議な力が働く様に真っ黒だった壁、廊下、天井は光を帯びて真っ白に光り始める。
　その瞬間、落ちるスピードが速まった。
　彼女からの返答はない。
「美樹さん！　美樹さぁん！」
　僕は出来る限りの大声で叫ぶ。