ただ、ただどこに行っても逃げ道の無いようなお先真っ暗な、そんな暗黒を立ち込めた様な影のある声だった。
 もう、彼女はこの時点で諦めていたのかもしれない。
『……何というか、難しいけど、さ。私、特別な異性と一度はこういうことをしたいって思っていたの』
 ――だから、安曇くんと一緒で本当に良かった。
 不意に声が聞こえた。それは、観覧車の時に彼女が話してくれた事、そして彼女が思っていた事。
 ――安曇くんにも、いつか本当の事話さないといけないのかな……。
 その恐怖。
 ――きっと、この時に言わなきゃいけないかも……。
 花火大会に行く人々の中で隣にいる僕に対して思っていた事。

『わたしね、世界少女なんだよ』

 あまりにも断片的な記憶の中で彼女がこの一言を僕に言うのは、一体どれだけの葛藤があったのだろう。
 それは、僕には全くわからない。彼女にしかわからない事だ。
 けれど、それでも僕はいい。
 僕はわからなくても、彼女の傍にいてあげたかった。
 僕は、僕は。

 楠野さんを助けたい。

 その時、水の沫が弾けて浮いていくような音が耳元に響いた。
「え……」
 目の前に広がっていたのは真っ黒い天井。そして顔を上げると全面真っ黒の部屋だった。
 僕は一体今どこにいるのだろう。とにかくここにいても仕方ない。僕は彼女の元へ行こうとする。
 けれど、どうした事だろう。
 ここはどこかよくわからない。けれど、彼女がどこにいるのかわからない。つまり、今の僕はどうしようもない。もしかしたら、あの時の光の衝撃で僕はまだ夢の中にいるのか、それとも肉体は消えてなくなったのか、それともこれが現実なのか。
 わかりやしなかった。
 今がどうだって、どうしようもなくたっていい。