そうして人気のない住宅街に景色が変わり始めてからしばらく歩いて十数分程経った頃だろう。
「着いた」
 片桐さんはそう呟いた。僕は立ち止まって片桐さんが向いている方へ顔を動かす。そこには住宅街に馴染んだ、比較的新しい一軒家が建っていた。この家には一階部分に屋根は付いておらず、二階部分にはベランダらしい出っ張りと上には屋根が付いていた。
 ここが楠野さんの家だ。そう思うと、かなり緊張してくる。何せ、僕はこういう所謂女子の家に来た経験はあまりない。だから、僕は緊張して汗が僅かに出てくる。思えば、今僕はとんでもない事をしているかもしれない。けれど、
 ――私、世界少女なんだよ。
 この言葉を思い出したら、そんな気持ちはすうっと風の様に消えて行った。そうだ、今はそんな事を考えている場合ではなかった。楠野さんの安否を気にして今、片桐さんと確認しに来た所なのだ。ここで逃げ出そうなんて、後悔するに違いない。
「ピンポン、押すよ」
 僕は頷いて返答する。片桐さんは頷き返すと、ピンポンの所のまで行ってそれを押した。その時、名称通りの音がこの狭い範囲に聞こえるぐらいの音量で鳴らされた。それからしばらくした頃だろう。片桐さんが反応した。
「あ、私片桐です……おばさんこんにちは。実はですね……」
 そう言って会話が始まる。どうやらピンポンに反応して出てきたのは楠野さんのお母さんらしかった。しばらく会話が繰り返されると、片桐さんは「ありがとうございます」と言って会話を切った。
「家に入ってOKだって」
 それを聞いた時、どこかほっと胸をなで下ろしたい気分になった。それだけ緊張していたのだろう。僕はそう自分で納得した。

「初めまして、美樹の母です」
「は、初めまして。僕は安曇一郎です……えっと」