「あ、おはよう」
「ちょっと外出てく」
 母からの挨拶に答えず手短にこう告げた僕は、急いで靴を履いて玄関のドアを開ける。外は夏の暑さにより、じんわりとした熱気が包み込んでいた。僕はそんな外の状態とは無関係の様に、そのまま走り出す。普段、運動をしている訳でもない僕が長い距離を走るのは不可能だけれど、できれば楠野さんのまで行けられたらいいと思っていた。
 何も持たず、自転車も使わず走ってあてもなく外に出るなんて普通は自殺行為に近い。けれど、僕はその普通を認識できないくらいには焦っていた。彼女の告げた事実をとても、受け入れられなかった。そして、ある事に気づいて僕は途中で足を止めた。
 楠野さんの家。そこがどこにあるのか、僕はわからなかった。そういえば、彼女から具体的な家の場所は教えてもらっていない。という事は、確認する術が無い。一体こういう時、どうすればいいのかがわからない。
 僕は道中で茫然と立ち尽くしていた。暑い。暑くてたまらない。とりあえず、家に戻って頭を冷やさなくては。足を家の方角に向けて歩き始めた。
 家に帰ったら母がさっきのは一体何だったのかと聞いてきた。僕はちょっと走りに行ったと誤魔化して難を逃れた。僕は冷蔵庫の中で冷えていた麦茶をコップに入れて、リビングで飲んだ。そうして、今までの事を振り返る。僕は楠野さんに本当なのかどうかを確かめるために、家まで行こうとしたんだ。僕は過去に楠野さんが住んでいる所を言及していたのが無いか、過去の記憶をさかのぼる。
 詳しい場所は聞いた事が無いが、確かどの辺りに住んでいるのか一度どこかで聞いた事がある。それは、僕が楠野さんと初めて出会ったあのショッピングモールでの事だった。
 それは、僕が楠野さん相手に道案内をしていた時だった。