そうして、僕は決定的な言葉を口にする。
「えっと……誰です、か?」
 すると、彼女は本当に? と言わんばかりの呆れ顔をこちらに見せつけてきた。僕は一体何でそんな顔をするんだろ……と悩むが、誰なのかイマイチわからない。
「私、今年から同じクラスになった楠野なんだけど……」
 その苗字を聞いて、僕はハッと気づいた。もしかして、楠野っていうのは彼女の事なのか。初めて顔を見た。
「君ってもしかして、クラスの皆の顔、覚えない系?」
「いや、そうといえばそうなんだけど……」
「認めちゃうんだ」と楠野さんは突っ込む。さっきから彼女に翻弄されてばかりの様な気がしてならない。
 僕が言いたかった事は、君の顔を見るのは初めてだけど、名前は聞いた事ある……と言いたかった。彼女……楠野美樹は学校でもかなり有名な人物だ。一般的で平均的な僕と比べると、彼女は十分な話題性を持った人物と言える。
 成績優秀で、運動神経も平均以上。容姿も短めに切り揃えられたショートヘア―にどちらかと言えば美少女と言える程の顔立ちの良さも要素の一つだったが、彼女について一番印象深いのが、周りに不思議と人が集まる独特の魅力を持つという事だ。
 彼女の人間関係の噂はとても広く、誰々と付き合ったとか誰々と別れたとかそんな噂が立つほどの交友関係の広さを持つ。けれど、噂にはなってもそれらの噂が本当だったという話は一度も聞いた事がない。彼女はそういった何とも言えない独特の魅力を持った人物だと言えた。
「まあ、いいけどさ~。所で、安曇くんもこの本買いに来たの?」
 楠野さんは僕の目の前で正に今手に取ろうとした本を提示してくる。
「う、うん。そうだけど」
「やっぱり! 私、この人の本いつも買っちゃうんだ~」