練習の後、サッカー部も練習が終わったというので秀を待った。
三学期は色々バタバタしていたし、あっという間に終わってしまって、あまりゆっくり話していなかった。
病院にも何度か来てくれたけど、私がうまく話せなくて、こうしてきちんと顔を合わせて話すのは、本当にとても久しぶりな気がする。
サッカー部のジャージ姿のまま「腹減ったー」と呻きながら少し前を歩いていく秀の、半歩斜め後ろを、私はゆっくりついていく。
その立ち位置が普通だったはずなのに、今はなんだか居心地が悪い。
「今日一年生来たんだろ。どうだった?」
「ああ……うーん。知ってる子がいた」
「中学の後輩? じゃあ俺も知ってるかな」
「ううん。会ったことはないと思う。沖縄の子」
「へえ。なんか今年は沖縄に縁があるのな、和佳」
お互いに顔が見えないまま、言葉だけを交わす。
これじゃあ顔を合わせて話しているとは言えないなとぼんやり思う。
思えば私は、秀の目を見るのが苦手だった。
伊織もそうだけど、まっすぐに人の目を見て話すから。
私は人の目を見るのが苦手だ。
なんだか胸の奥底まで、見透かされているような気分がする。自分がとても弱くなったような気がしてしまう。
そこに映った自分を見るのが、怖かったのかもしれない。
でもそんなことを考えていると、またお腹のあたりでぽんぽんと何かが跳ねだす。
「……あのさ」
私は思い切って、秀の隣に並んだ。
秀が横を向いた。私も横を向く。目が合って、私は一度すぐにそらしてしまう。それでもゆっくりと元に戻すと、秀はまだこっちを見ていてくれた。
その目に確かに、自分が映っていた。
「色々、ごめんなさい」
「色々って、なんだよ。俺そんなに和佳に謝られることある?」
秀が笑う。
「うん。きっと、あると思う」
私は真顔で言う。
「……なんか怒ってるみたいな顔になってんぞ?」
「顔に力入れてるの」
「なんで」
「そうしないと、秀の目を見ていられない」
「なんだよ、それ」
秀が笑う。その笑い声はからからと、軽く、人気の少ない銀杏並木に響いた。
そうだ。私はきっと、色々と、秀に謝ることがある。
ずっと心配してくれていたのに、相談に乗ってくれようとしたのに、私は頑なに何も話さなかった。
今だって、話すことには抵抗がある。
自分のことを明かすのは、鎧を一枚ずつはがされるような感じがして、とても不安になる。
だけど少しずつでも、自分のことを話せたら。いつかはその鎧ごと、脱ぎ捨てることができるかもしれない。
「これからは、もう少し、話すよ」
私は精いっぱいそれだけ言った。
秀は何も言わずに立ち止まった。
心地いい風が吹いている。三月だけど、今日の空気は温かい。
もう春が近いのだ。少しずつ緑が芽吹き始めた並木道は、ちょうど春風の通り道になっていて、残っていた冬の空気はすっかり飛ばされてしまったかのようだった。
秀が振り向いて、何気なく私の手を握った。
それから少しだけ、私の唇に自分の唇を押し付けた。
ほんの一瞬。そして、初めてだった。
それは温かくて、心地よくて、ただそれだけの感触に、とても安心して……そしてこんなにも幸せな気持ちになるものだと、初めて知った。
三学期は色々バタバタしていたし、あっという間に終わってしまって、あまりゆっくり話していなかった。
病院にも何度か来てくれたけど、私がうまく話せなくて、こうしてきちんと顔を合わせて話すのは、本当にとても久しぶりな気がする。
サッカー部のジャージ姿のまま「腹減ったー」と呻きながら少し前を歩いていく秀の、半歩斜め後ろを、私はゆっくりついていく。
その立ち位置が普通だったはずなのに、今はなんだか居心地が悪い。
「今日一年生来たんだろ。どうだった?」
「ああ……うーん。知ってる子がいた」
「中学の後輩? じゃあ俺も知ってるかな」
「ううん。会ったことはないと思う。沖縄の子」
「へえ。なんか今年は沖縄に縁があるのな、和佳」
お互いに顔が見えないまま、言葉だけを交わす。
これじゃあ顔を合わせて話しているとは言えないなとぼんやり思う。
思えば私は、秀の目を見るのが苦手だった。
伊織もそうだけど、まっすぐに人の目を見て話すから。
私は人の目を見るのが苦手だ。
なんだか胸の奥底まで、見透かされているような気分がする。自分がとても弱くなったような気がしてしまう。
そこに映った自分を見るのが、怖かったのかもしれない。
でもそんなことを考えていると、またお腹のあたりでぽんぽんと何かが跳ねだす。
「……あのさ」
私は思い切って、秀の隣に並んだ。
秀が横を向いた。私も横を向く。目が合って、私は一度すぐにそらしてしまう。それでもゆっくりと元に戻すと、秀はまだこっちを見ていてくれた。
その目に確かに、自分が映っていた。
「色々、ごめんなさい」
「色々って、なんだよ。俺そんなに和佳に謝られることある?」
秀が笑う。
「うん。きっと、あると思う」
私は真顔で言う。
「……なんか怒ってるみたいな顔になってんぞ?」
「顔に力入れてるの」
「なんで」
「そうしないと、秀の目を見ていられない」
「なんだよ、それ」
秀が笑う。その笑い声はからからと、軽く、人気の少ない銀杏並木に響いた。
そうだ。私はきっと、色々と、秀に謝ることがある。
ずっと心配してくれていたのに、相談に乗ってくれようとしたのに、私は頑なに何も話さなかった。
今だって、話すことには抵抗がある。
自分のことを明かすのは、鎧を一枚ずつはがされるような感じがして、とても不安になる。
だけど少しずつでも、自分のことを話せたら。いつかはその鎧ごと、脱ぎ捨てることができるかもしれない。
「これからは、もう少し、話すよ」
私は精いっぱいそれだけ言った。
秀は何も言わずに立ち止まった。
心地いい風が吹いている。三月だけど、今日の空気は温かい。
もう春が近いのだ。少しずつ緑が芽吹き始めた並木道は、ちょうど春風の通り道になっていて、残っていた冬の空気はすっかり飛ばされてしまったかのようだった。
秀が振り向いて、何気なく私の手を握った。
それから少しだけ、私の唇に自分の唇を押し付けた。
ほんの一瞬。そして、初めてだった。
それは温かくて、心地よくて、ただそれだけの感触に、とても安心して……そしてこんなにも幸せな気持ちになるものだと、初めて知った。