朝五時半に目覚まし時計が鳴る直前でアラームを切った。起き上がって鏡を見ると、ひどい隈ができていた。
 寝たはずなのに、眠った気がしない。何かあまりよくない夢を見たような気もする。

 着替えて台所へ行くと、冷たいフローリングに少し目が冴えた。二月の朝はさすがに冷え込んでいる。
 慌てて暖房とテレビのスイッチを押した。

 さして興味もない朝番組を聞き流しながら、冷凍庫からサランラップに包んだご飯を取り出して、電子レンジに突っ込む。お弁当箱を三つ取り出して、卵三つをボールに割り入れる。冷蔵庫から作り置きのきんぴらを取り出して、ご飯と入れ替わりにレンジにかける。

 テレビから、今日の天気予報が聞こえてきた。からりとした快晴になるそうだ。
 十五分ほどして、由佳が起きてくる気配がした。

「お姉ちゃん、今日は私やるよ」

 彼女には退院直後、ひどく怒られた。一年の内に二度も死にかけるなんて不注意すぎる、もっと気をつけろ、と涙目で怒られて、言い返す言葉もなかった。それきり、うまく口をきけていない。お父さんとは、そもそも話す機会がない。

「朝練あるんでしょ。もう少し寝てな」
 私は電子レンジを睨んだまま言った。

「今週ずっとお姉ちゃん作ってるじゃん。たまには休みなよ」
 そう言いながら由佳が卵の入ったボールを取ろうとした。
 手伝ってくれるのはありがたいけど、由佳にはあまりそういうことをやらせたくない。私はとっさに手を伸ばした。

「いいってば!」

 手が滑った。私の指に弾かれたボールは、一瞬時間が止まったみたいに宙に浮き、すぐに重力に捕まって真っ逆さまに落ちた。大きな音が響いて、私はぎゅっと目をつぶった。

 ゆっくり目を開けると、ぬるぬるとした卵液がフローリングに広がっていく。敷いたマットにも染みていく。

 私と由佳は、無言でそれを見つめていた。先に動いたのは私だった。キッチンペーパーを数枚とって、卵を吸い取る。マットは洗濯機にかけないとダメかもしれない。なにより卵を三つもダメにしてしまった。

「……ごめん」
 由佳が謝る声がして、私は顔を上げないまま首を横に振った。

「ううん。今のは私が悪かった。ごめん」

「洗濯機回すね」

「いいよ、私がやるから」
 そう言うと、頭の上に小さな吐息がかかる感触がした。

「……なんかお姉ちゃん、前みたいに戻ったね」

 私は顔を上げる。

 由佳の寂しそうな顔がそこにあった。なぜ彼女がそんな顔をするのか、私にはわからない。
 わからないはずなのに、確かに胸が軋んで、苦しいと思うのだ。