和佳へ。
信じられないかもしれないけれど、この文章を書いているのは大神伊織です。
私はぱっと日記を閉じた。
一度深呼吸をする。それから、何度か瞬きをする。
自分の目がちゃんと覚めていることを確かめて、もう一度日記を開く。
先ほどと同じ文章が、確かにそこに並んでいた。
伝えたいことがあって、勝手にここに書くことにしました。ごめんね。でもきっと和佳は、本棚の日記帳が少し飛び出していたら、きっと気にするだろうなと思ったから。ここに書いておけば、そう遠からず読んでくれると思ったんだ。
なんで私がこの日記に書いているのかは、書いてもよくわからないと思うし、詳しく書きません。自分でもよくわからないし。
とりあえずこのページを読むことがあったら、これは私から和佳に、人生のアドバイス的なやつです。
まず、クラスのみんなとの付き合い方。五組って、いいクラスだね。まあ、三組ほどじゃないけど。
川村さんとは仲良くしてください。ちょっと変な子だけど、悪い子じゃないよ。お昼も一緒に食べてくれるし。和佳がどんな和佳でも、あの子はちゃんと受け入れてくれるから。
長谷川さんは怖いかもしれないけど、話せばちゃんとしゃべってくれる。あの子はたぶん、不器用なだけ。見た目ほどには怖くないです。
渡辺くんはすぐふざけるし、頭悪いけど、馬鹿だなあって笑ってあげたら喜ぶから、適当におだてておけばOKだよ。
坂部くんは――
そんな調子で、クラスメイトとの付き合い方がずらずらと書かれている。
私は心臓が激しく脈打つのを感じながら、それでもページをめくる手を止められない。
由佳ちゃんに負担かけたくないのはわかるけど、ときどきは頼るんだよ。森宮家はみんな「自分が自分が」みたいなところがあるから、お互いに頼らないとだめ。お父さんにもそれ、わかってもらうといいね。あと、三人でタコパをすること。これは命令です。っていうかもう約束しちゃった。
それからごめん、中学の後輩の比嘉さんには、謝っておいて。私、ひどいこと言ってしまった。水泳は続けてね。比嘉さんにとって、それがなによりも嬉しいことだと思うから。
あと秀とは、もっときちんと喋った方がいいと思う。なんでもかんでも自分で抱え込まないで、困ってたり、悩んでたら、ちゃんと相談して。秀は本当に和佳のことを心配しているし、和佳のことが大事なんだから。
知らず知らずのうちに口を押さえていた。そうしていないと、何かがこぼれてしまいそうだった。
私、あんまり和佳のことわかってあげられてなかったね。
ごめん。私馬鹿だし、鈍いし、単純だから、和佳が強がってても、それが強がりだってわからなかった。もっとわかってあげられたらよかった。ごめんね。
でも、どんなに苦しくても死にたいなんて思わないで。
私は和佳のこと、たくさん羨ましかった。和佳には和佳にしかない、いいところがたくさんあるよ。それをちゃんと、みんなに知ってもらったらいいと思う。そうすればちゃんと、和佳はみんなの目に映るんだから。
自分で自分を殺しちゃだめだよ。
和佳は和佳として生きなきゃだめだよ。
ちゃんと生きるんだよ。
約束だよ。
私は、日記を棚に叩きつけるように戻しながら喘いだ。
「……なによ、これ」