自分のスマートフォンには、撮った覚えのない写真がたくさん残っている。

 夏から秋にかけて、文化祭や沖縄で撮ったとおぼしき写真はそれぞれアルバムにまとめられている。そこには私の知らない私が写っている。

 川村さんと二人で写った写真。文化祭のたこ焼き屋台での写真。
 家で撮ったのか、由佳とのツーショットもある。由佳の笑顔にも、私の笑顔にも、えくぼが小さく浮かんでいる。

「なんなの……」
 私は呻くようにつぶやいて、スマホを放り出した。

 写真だけじゃない。最近、やけに通知がうるさい。気がつくと、メッセージアプリのフレンドリストが十倍くらいに増えていた。
 以前は通知を鳴らすのは秀ばかりだったのに、最近は川村さんや、クラスのグループチャットがほとんどだ。私はそれらに、一度も返信をしていない。

 ぼんやりと自室の天井を見つめる。

 なぜ生き残ってしまったのだろう。
 最近、そればかり考えている。

 あの日、事故で死んだのは伊織だけだった。彼女は頭部外傷で、病院に運ばれたけれどまもなく死亡した。
 私の方は、彼女がクッションになったおかげで致命傷を免れた。免れてしまったのだ、と今は思う。

 あのとき、私が死ねばよかったのに。
 伊織が生きるべきだった。私なんか、生きたってしょうがないのに。

 どうして神様は、あのとき伊織を助けてくれなかったのだろう。私なんかの命を、長らえさせてしまったのだろう……。

 ふわふわと視線を泳がせていると、ふと本棚に差し込まれた日記に目がとまった。

 そういえば、三年日記をつけていたのだった。ブランクが長くてすっかり忘れていた。今さらつける気もしないけれど、なんとなしにそれに手を伸ばす。
 微妙に背表紙が飛び出していて、しっかり棚にささっていないのが気になったのだ。

 押し込むつもりだったけれど、結局私はそれを引き出してページを開いた。
 最後に書いたのは、去年の夏頃のはずだった。事故に遭う前日。ひどく支離滅裂なことを書いていた覚えがある。

 事故に遭った翌日からは、確かに空白が続いている。高校二年の大半が空白で埋め尽くされた日記帳は、十七歳の私をよく表している気がした。
 何も中身のない、誰の目にも映らない、真っ白なパズルのピースみたいだと思った。

 ぱらぱらとページをめくっていた私は、ふっと手を止めた。
 数ページ戻って、息を止めた。

 十月下旬のページに、突然文章が綴られていた。
 私の字だと思ったけれど、私が書いたはずはない。私にはその記憶がないのだ。

 なにより、その日記は「和佳へ」と始まっていた。