わからないことは、他にもたくさんある。

「もりみーだー!」

 退院してリハビリを挟み、やがて迎えた登校初日、昇降口で靴を履き替えていると、いきなり小柄な少女に抱きつかれて私は悲鳴をあげた。

「な、なに……」

「もう大丈夫なの?」

 上目遣いに訊ねられて、私がそれがクラスメイトの川村さんであることに気がつく。
 とはいえ、自分がなぜ彼女に抱きつかれているのかはまったくわからない。

「あの、離して」
 私が強張った声を出すと、川村さんが不思議そうに私を見上げた。

「あ、ごめん」
 そう言って離してくれたけれど、私が逃げるように上履きに足を通して、足早に歩き出しても、隣をトコトコついてきた。

「半年のうちに二回も死にかけるなんて、もりみーもなかなか運がないね」
「でもだいじょーぶ。それだけひどい目に遭ったんだから、この先はきっといいこといっぱいあるよ」
「困ったことあったらいつでも言ってね。勉強教えられる自信はちょっとないけど」

 なぜこんなに親しげに話しかけてくるのだろう。含みのなさそうな笑顔だったけれど、私は彼女を振り切ろうとますます早歩きになった。
 彼女はやっぱりトコトコついてくる。

 ほとんど小走りに教室に駆け込むと、ぽつぽつ登校してきていたクラスメイトたちがこっちを向いた。私はぎょっとする。彼らは一様に私の顔を見るなり、ぱっと顔をほころばせたのだ。
 それはつい今さっき見た川村さんの笑みと、よく似ていた。

「おはよう、森宮さん」
「久しぶり。もう体大丈夫なの?」
「おう、森宮。元気そうでなにより!」

 男女問わず、その場にいたほとんどの生徒から挨拶をされて、私は戸惑った。意味がわからない。さっと目をそらして自分の席に逃げようとしたが、自分の席がわからなくて途方に暮れる。

「あんたの席、ここだよ」

 低めの女子の声がして、そちらを見た私はぎくりとした。長谷川さんだった。
 長谷川さんと言えば、川村さんをいじめていた、このクラスで一番目立つ女子グループの一人だ。彼女が指差しているのは、彼女の目の前の席だった。よりにもよって、今の私の席は長谷川さんの前らしい。

 少し暗い気分になりつつ、私は長谷川さんの目を見ないようにして席に座った。川村さんが自分の席からこっちにきそうな気配を感じて、話しかけられないように机に突っ伏し、眠っているふりをする。

「もりみー?」
 それでも川村さんは一度声をかけてきたけれど、無視した。なんとなく、教室のざわつきが、私を責めているように聞こえた。

どうして? 今までも私は、こんなだったはずなのに。