最後のページは、私が和佳と出かける、一日前だった。

【七月十六日】
 明日、伊織と出かける。たぶん、秀に何か言われたんだろう。
 私、やっぱりおかしいんだろうか。
 最近、学校生活とか、世界から、どんどん切り離されて、誰の目にも映らなくなっていく気がする。そこにいるのに、いないのと同じ。エレベーター、エスカレータ、自動改札や自動券売機。毎日目にするけれど、個体として認識することはないものたちと一緒。ああ、楽だ。私は無機物になりたい。

 人って、火葬すると有機物か無機物になるらしい。
 嫌だ。死にたくない。
 私はここにいると、知ってほしい。
 でも体を燃やしてしまいたいとも思う。
 もっとうまく、笑いたい。
 だけど死んでしまいたい。
 伊織みたいに、なりたい。
 私を殺したい。
 伊織みたいになって、君の、君たちの目に、ちゃんと映りたい。
 ……もし私が伊織だったら。きっともっとうまく、生きられたのかな。



 私は再び下唇を噛んだ。
 なんでこんな……こんなになっても、一人で抱え込んでいたんだろう。
 全部面と向かって言えばいいことだ。誰かに吐き出せばいいことだ。

 なのにこんなところにつらつらと書き出して、それで心を保っていたんだろうか。私や秀の前で、笑っているために?

 私みたいになりたいだって?
 私は、和佳みたいになりたかったよ。
 和佳に憧れていたよ。
 和佳みたいに綺麗な肌になりたかった。長い髪にしたかった。背が高くなりたかった。女の子らしくなりたかった。勉強ができるようになりたかった。
 秀の恋人に、なりたかった。

 和佳は和佳のまま、ちゃんと私の目に映っていたよ。

「……ばかだなぁ」
 ぽとり、と涙がこぼれる。

 私も和佳も、ないものねだり。相手のいいところばかり見て、そっちにばかり目をとられるから、本音が見えなかった。苦しんでいることを、わかってやれなかった。

 人は誰かになることなんかできないのに。
 たとえ他人の体を手に入れても、その人になれるわけじゃないのに。

 無駄な憧れだ。誰かになりたい、なんて。
 無駄だけどどうしようもなく親近感が湧いて、共感して、同情してしまった。

 私は和佳になれなかったし、和佳は私になれなかった。
 この不可解な現象で得た教訓と結論は、ただそれだけのことなのだと思う。