【五月十五日】
新しいクラスでいじめられている子がいる。先生に報告しているけれど、新しい担任の先生は消極的だ。あんまり状況は改善しない。伊織だったら、秀だったら、面と向かって止めに入るんだろうか……私にはできない。
私はずっと、誰のことも助けられていない気がする。お父さんも、由佳も、私のせいで苦しんでいるのかもしれない。
この頃やけに私と比べているのは、きっとこの頃に秀と喧嘩をしたのだろう。そのことは、どうやら敢えて日記には書いていないようだった。
けれど、ところどころに本音が漏れ出ている。だんだんと、不穏な文章が増えていく気がする。
また一つ、泡沫のように、記憶の泉から和佳の過去の記憶がぷかぷかと浮かんできた。彼女が母親を亡くした直後の、学校での出来事だ。
――え、おまえんちお母さんいないの?
――ウン。
――変なのー。お父さんは?
――お父さんはいるよ。
――ふーん。じゃあご飯とかお父さんが作るの?
――違うもん、お姉ちゃんいるもん。
――はあ? じゃあお姉ちゃんがお母さんじゃん。
――なんだそれ。お姉ちゃんが母親とか、キモ。
二人の男子に詰られているのは由佳ちゃんだ。
まだ幼い、小学校に上がったばかりのように見える少女。
彼女も、そして男の子たちも、きっとなぜ母親がいないかなんて説明されたって、理解できないのだろう。それゆえにその会話は容赦がなく、残酷だ。
――由佳、帰るよ。
やがて中学の制服姿の和佳がやってきて、由佳ちゃんの手を引いて帰っていく。由佳ちゃんが涙目になっているのに気がついて、「どうしたの」と訊く。
――なんでもない。
――またお母さんがいないってからかわれたの? 言わなきゃいいじゃない。
――お姉ちゃんは黙ってるの?
――そう。私は学校で言ってないから、誰にもいじめられたりしてないよ。
――そうした方がいい?
――そうね……その方が、いいと思う。
和佳の答え方には、少し迷いがあった。自分はそれでよくても、妹にそれを勧めることには抵抗があったのかもしれない。地味だが、強い効果を持つ言葉だ。
実際、今の由佳ちゃん歳不相応なたくましさは、きっとこのときの和佳の答えに影響を受けている。