翌日は少し天気が崩れて、曇天になった。雲が薄く広がって、薄水色に染まった空は寒そうで、地上にもひんやりとした冷気が流れている。

 仕込みがあって、私は少し早めに登校した。仕込み場として解放されている家庭科室へ行くと、すでにそこそこ人混みができている。

 クラスごとにテーブルは決まっていて、黒板に書かれているので、私は五組のところへまっすぐ向かおうとして足を止めた。

 佐島がいる。誰かとしゃべっている。
 相手の女子生徒の顔に、見覚えはなかった。少し日に焼けている。でもうちのプールは屋内だから、水泳部じゃないと思う。

 盗み聞きしていると、あまり話が噛み合っていなさそうだった。主語がよく抜ける子だなとぼんやり思いながら近づいていくと、向こうがこちらに気づいた。
 睨まれた、ような気がする。

「じゃあね」

 少女は佐島に手を振って、別のテーブルへ歩いていった。私ははたと気づく。あれは、二年三組のテーブルだ。

「誰?」

「三組の吉田美羽」

「ふーん……」

 知らない名前だった。

「知り合い?」

「一年のとき、同じクラスだった。陸上部と水泳部は部室が近いしな」

「へえ、陸上部にあんな子いたっけ……」

 みしっと、頭の芯が軋んだ気がした。私はとっさに額を押さえる。

 記憶の断片が一瞬、フラッシュバックして、私の脳裏に先ほどの少女の顔が浮かんだ。

 夏の外周。
 私は走っている。

 その隣には彼女の姿がある。
 途中でばてて、先輩がいないのを見計らって少し歩いて、二人で顔を見合わせて苦笑する。

 春。
 先輩が走っている。隣で彼女の声がする。声が枯れるほどに応援している。私も声を張り上げて、先輩の名をめちゃくちゃに叫ぶ。

 初夏。
 先輩の引退。涙。
 そして、私たちは誓う。
 
――走るよ。今年は。

「森宮?」

 佐島の声が私を現実に引き戻した。
 私は頭を振る。

 今見た光景はすでに薄れ、あっという間に靄のように霧散した。あとには記憶の泉が、わずかに波紋を残して揺れるばかりだ。

「……なんでも、ない」

 佐島が私の目を見て、何かを言おうとした瞬間、

「おはようもりみー!」

 背後から強烈な川村さんの抱きつきタックルをくらって、私はぐはっとうめき声をあげた。