家には帰らずに、少し寄り道をした。

 和佳の家の近くに神社がある。ちんまりと鎮守の森に囲まれて、地元の人からも存在を忘れ去られているような、小さな社だ。私は名前も知らないけれど、境内を通り抜けると近道ができるのは、つい最近知った。

 境内には狐の石像が向かい合っている。その足下に寄りかかるようにして、私は小さく吐息をついた。滅多に人が通らないし、大通りからは離れているので静かだ。

 ここは気持ちが落ち着く。

 木々の隙間に秋晴れの空が見える。
 あれも秋だったな、と私はいつもの記憶に思いを馳せる。

 秀と和佳を初めて会わせた日。映画を観る前の居たたまれない空気。私には少し小難しかったトリック。映画が終わって、それを口にすると途端に二人がすごい剣幕になって……あれ?

 あのとき、あの二人はどんな会話を交わしたんだっけ。

 私はゆっくりと身を起こして、神社の朽ちかけた鳥居をじっと見つめた。蝶々がいる。苔生したその鳥居の上で、翅を伸ばすようにゆっくりと羽ばたきしている。やがてその蝶が飛び去っても、私はその会話を思い出せなかった。

 なぜだろう。ど忘れとは少し違う気がした。そこにあったはずの記憶のピースが、ごっそり抜け落ちているかのような、奇妙な違和感。

 突然お社から冷たい風が吹き抜けてきて、私は身震いした。
 いつのまにか日が暮れかけていた。時計を見ると、すでに夕方五時を過ぎている。

「……あ、今日晩ご飯当番だ」

 私は弾かれたように立ち上がると、自分に作れそうなレパートリーを思い浮かべながら走り出した。