灰色の無骨な墓石には、確かに「大神」と刻まれている。新しく、それ故にしっくりこない、ぴかぴかの墓石だ。

「伊織の墓だ」

 秀がぽつりと言った。

 それは、私だけの墓だ。両親もいずれはここに入るつもりなのかもしれないが、少なくとも今、この墓には大神伊織の遺骨しか納められていない。

「魂入れ」という儀式があるらしい。お性根入れとか、みたま入れとも言う。文字通りお墓に魂を込めるためのもので、大神伊織の場合は納骨と同時に行われたそうだ。だから、ここにはすでに大神伊織の魂が納められていることになる。

 魂が納められたはずの器の外側から、その器を眺めている私は、幽霊か何かなんだろうか。

 自分の骨が納められた自分の墓を見るのは、奇妙な気分だった。悪い冗談みたいだ。切ない系のコメディ映画みたいな設定。傍から見れば私が不謹慎なんだろうけど、私から見たら、みんなの方がおかしい。

 秀が傘を首と肩の隙間に挟んで手を合わせている間、私は手を合わせなかった。

 秀がそんなに真剣に手を合わせていることに、申し訳なさを感じてしまった。

 ここにいるから、拝まなくていいよ教えてあげたかった。このお墓の中は、からっぽだと教えてあげたかった。拝まなくていいから、笑って私と話してほしいと思った。生前と同じように。今までと同じように。ついこないだと、変わらずに。

 だけどそれはもう、二度と叶わない。秀が大神伊織と話すことはない。この世界に、大神伊織という人間はもういない。目の前のお墓は、それを証明するものだ。

 気がつくと頬を涙が滴っていた。

 秀に気づかれないように傘を下ろしたけれど、すぐにばれてしまった。

「……悪い。やっぱりまだ、連れてくるべきじゃなかったな」

「ううん。違う。違うの」

 そうだ。本当に違う。
 秀が思っているような意味じゃない。そんな理由じゃない。

 いや、もしかしたら、そんな理由かもしれないけれど。泣いているのが私の心なのか、それとも和佳の体なのか、わからないから。

 どっちにしたって、原因は同じ。
 唐突に、妙に、実感が湧いてしまったというだけ。

 今日、私が死んだ。確かに死んだのだと、そう思った。