この家には三つ部屋があるので、3LDKということになるのだろうか。
 
 一つはご両親の寝室(今はきっと、お父さんが一人で使っている)。もう一つは妹の部屋。もう一つが和佳の部屋だ。
 
 外見はこじんまりとしていたけれど、中は結構広い。そして、三人で暮らすには少し広過ぎる感じもする。
 
 和佳の部屋は、日頃の彼女から想像するとおりの内観だった。
 
 本棚と机、椅子、ベッド、姿鏡、他には本当に何もない。本はサイズが同じもので綺麗にそろえて入れてあり、よく見ると作者の五十音順になっている。ミステリが多い。
 
 机の上には、遺影と同じ女性が写っている写真があった。私が知っているのより、少し幼い和佳と、だいぶ小さい由佳ちゃんと、あの強面のお父さんも一緒だった。
 
 いつの写真だろう……母親は和佳に似ている。少なくとも見た目は。
 
 目が特に印象的だった。
 ほとんど黒だけど、よく見ると色が混ざっている。地球の目(アース・アイ)って言うのだったか、黒い絵の具に少し青色の絵の具をこぼして、混ざりきらなかったみたいな、複雑な色味。とても綺麗だ。
 
 由佳ちゃんは笑顔だった。こんな顔で笑うところ、まだ一度も見ていない。和佳も笑っている。だけどなんとなく、違和感がある。

「……いつから」
 
 この写真の様子から想像して、少なくとも中学時代、和佳はすでに母親を亡くしていた。
 私たちと会ってから? それとも、それ以前から? どっちにしても、私は気づかなかった。自分の鈍さをこんなにも憎たらしく思うのは、初めてのことだった。
 
 由佳ちゃんが軽快に包丁を使う音が台所から響いている。
 
 母親不在の父子家庭、しかもあの忙しそうなお父さんのことだ、家のことはきっと和佳や、由佳ちゃんがやってきたのだろう。和佳だけでなく、由佳ちゃんのしっかりした様子も見た今、それくらいは想像がつく。
 
 私は髪を留めているアサギマダラに触れる。
 
 私、今日からこの家に住むの?
 この家で暮らすの?
 あの由佳ちゃんやお父さんと、うまくやっていける?
 
 なにより、和佳のお母さんの仏壇に、どうやって手を合わせればいいんだろう。
 
 私はあの人の娘じゃないのに。生きている人はなんとか誤魔化せても、死んでしまった人の目まで誤魔化せる気がしない。遺影の目を、まっすぐに見れる気がしない。

「お姉ちゃーん、ご飯!」

 由佳ちゃんの呼ぶ声がする。

 本当のことを話す?
 話す分には別にいいけど、どうやって信じてもらう?

 さっきから、ただでさえ様子のおかしい私は由佳ちゃんに心配されているか、もしくは怪しまれている。これ以上変なことを言って、プラスになる気がしない。

 森宮和佳はしっかり者のお姉ちゃんなんだ。そうでなくとも母親がいなくて、頼る相手の少ない由佳ちゃんを揺さぶるようなこと、言うべきじゃない。

 それに和佳は、いつか帰ってくるかもしれない。そうしたらそのとき、違和感なく元の和佳に戻れる方が、いいはずだ。