八月末。よく晴れた、夏の日だった。
　終わろうとしている夏の残滓を絞り尽くすような灼熱が、アスファルトを強く焼きつけていた。
　
　十時に妹が迎えにきて、私はお世話になった看護婦さんに見送られて病院を後にした。
　
　この体になってから、太陽の光を直接浴びるのは初めてだった。効きがいまいちとはいえ冷房の効いた部屋にずっといたので、外気に触れただけで頭が少しくらくらする。
　
　タクシーに乗り、駅へ向かった。家までは電車で帰るようだ。
　なんとなく会話がないまま、私たちは新宿で電車を乗り換える。
　
　タクシーに乗っている間も、電車に乗ってからも、由佳ちゃんはずっと自分のスマホに目を落としている。すごい早さで指が動いている。和佳はどちらかというとあまりスマホを触らない子だったけど、由佳ちゃんは現代っ子のようだ。

「中学生だよね？」

　うっかり訊いてしまって、由佳ちゃんが勢いよくこっちを向いた。

「何？」
　
　片眉がすごい角度で曲がっている。

「あ、いや……何年生だっけ？」

「二年」
　
　ぶすっと答えてから、由佳ちゃんは私をまじまじと見た。

「大丈夫？　タクシーで帰ればよかった？」

「ううん、平気平気」
　
　私が曖昧に笑いながら両手をぶんぶん振ると、由佳ちゃんの眉の角度はさらに跳ね上がった。

　ああ、やばい。
　和佳ってこういう大げさなリアクションしないんだ。っていうか、笑わない。そもそも妹の学年を訊かない。
　
　それきり私はだんまりになり、由佳ちゃんは再びスマホに目を落とし、やはりすごい速度で画面を押し込んでいった。ゲームをしているのか、メッセージを打っているのか、なんとなくその無音の打鍵が私に対して苛立っているように聞こえてしまう。
　
　地元の駅まで着くと、ちょうど正午だった。駅ビルの窓ガラスに反射した陽光で、視界が真っ白に染まる。

「お姉ちゃん、お腹空いてる？」

　由佳ちゃんが訊ねる。

「家、素麺しかないんだけど」

「あ、うん……」
　
　なんで妹にそんなことを訊かれるんだろう。まるで由佳ちゃんが作るみたいな言い草だった。

「買い物してく？　今冷蔵庫からっぽなんだ」

「えっと……」
　
　私はふっと、財布の中のレシートを思い返した。

「まあ、一回帰ってからでいっか。お姉ちゃんギプスだしね」
　
　由佳ちゃんは一人で納得してしまい、そのまま目の前を通りかかったタクシーをつかまえた。手慣れた様子で家までの経路を伝える彼女を、私はぼんやり眺めているだけだった。
　
　再びタクシーに揺られて、私たちは見慣れた町を通り抜けていった。
　
　和佳の家がどのあたりなのか、私は知らない。中学が一緒だったから、同じ学区内だとは思うけど、近所だった秀と違って、和佳の家に遊びにいったことはなかった。
　
　年賀状をやりとりしていたから住所は知っているはずだけど、そんなにぱっとは思い出せない。
　
　やがてタクシーが止まったのは、何の変哲もない、こじんまりとしたマンションの前だった。