*

 その数日後、彼女はこの世から去った。私が退院する、ほんの数日前のことだった。

 ロビーに来なくなったなと思ったら、亡くなったのだということを看護婦さんから聞かされた。

 名前が清水さんだということを、そのとき初めて知った。

 思い返せば肉体的には確かに健康ではなさそうだったけれど、あまりに楽しそうにしゃべっていたから、まだ何年も生きそうに思ったのに。

 彼女は本当に、それこそ蝶々に乗って風に流されたみたいに、ふっといなくなってしまった。

 そのことを伝えてくれた看護婦さんから、清水さんからだと言って小さな袋を渡された。中身は、あのアサギマダラの髪留めだった。

 しばらくそれを見つめて、私は髪の毛を結んでみる。

 大神伊織だった頃、髪は結べるほど長くなかった。和佳の髪は長くて、さらさらとして、綺麗だ。ポニーテールにして、髪留めで留めた。

 ベッド脇に、白い新品のスマートフォンが置いてある。今日、和佳のお父さんがきたのだ。データの復元が終わったという、そのスマホを持ってきてくれた。私は、まだ一度も電源を入れていない。

 ――しばらく、そのお友達として過ごしてみるのも悪くないんじゃないかしら。

 窓の外を見れば、夏の夜。半月の夜。

 一年で最も青い季節の終わりが近いことを、カレンダーなんか見なくても、なんとなくわかってしまう。この夏は、もう終わりに近づいている。

 差し込む月光を反射して、スマホがきらりと光った。

「……和佳として過ごす、か」