【頭部外傷】

 話に聞かされた死因は、たった四文字だった。その四文字によって、大神伊織はあっけなく、けれど確かに、この世から去った。

 ……じゃあいったい、ここで今、考えている「私」は誰なんだろう。

 気がつくと、私は森宮和佳の体になっていた――主観的には、そう評するしかなかった。私の顔は和佳の顔だった。私の手は和佳の手だった。何度も鏡を見て、そして何度見てもそこには見慣れた友人の顔が映っている。

 でも私には、自分が「大神伊織」であった記憶があり、自覚がある。魂だけが移動したのか。それとも脳みそが混ざってしまったのか。あるいは、記憶がおかしくて、私は元々森宮和佳だったのだろうか。

 真相は、わからない。

 わかるわけがない。

 現実感がなさ過ぎて、けれど夢と呼ぶにはベッドの感触も、腕の強張りも、心の動揺もリアル過ぎる。

 その感覚を現実として自分で受け入れることはできないまま、けれど現実の方はミシミシと音を立てて私の思考を侵食していき、何日かが過ぎた。

 浅く眠っては起きてを繰り返し、多少なりとも冷静になってからようやく、本当の和佳はどこへいってしまったんだろうとぼんやり考えた。

 私が和佳の体にいるということは、和佳は私の体にいるんだろうか。だけど、私の体は……。

 ひょっとして和佳の方が、死んでしまった?

 その可能性にたどり着くのはあまりに遅過ぎたが、だからといって衝撃は微塵たりとも薄れなかった。気が触れるかと思った。

 恐怖、困惑、罪悪感、他にもごちゃごちゃと、様々な感情が入り交じって、どれが本物だったのかなんてわからない。

 和佳が死んだ? そんな馬鹿な。

 事故で死んだのは私だ。私のはずだったんだ。なのにどうして私は和佳の体で生き延び、和佳が私の体の中で死んでしまうの。そんな不条理が、あっていいはずがない。

 証拠なんて何一つない。

 だから私は、ひとまずその可能性を殺した。何度も念入りにナイフを突き刺すようにして、最後は八つ裂きにして心の奥底へ放り捨てた。

 それからはなんだか、ぼんやりすることが多くなった気がする。
 やることのないベッドの上では、頭だけがずっとぐるぐると動いている。いろんな顔が浮かんでくる。

 この体になってから見た顔はそんなに多くないはずなのに、どの顔も強く感情が顕れている。

 自分の遺体に縋りついて泣いていた母親の横顔。

 秀の悲痛な顔。

 目を開けない自分の顔。

 鏡で見慣れていたはずのそれは、少し違っていた。自分ではないみたいだった。何か、とてもよくできた、蝋人形のような何かだった。

 あんなに日に焼けていたはずなのに、そういう感じはしなかった。土気色とは、ああいう色のことを言うのだと思った。やはり他人事のように思ったのを覚えている。

 その後夢に出てきて、カッと目を見開くと、眼球がなく真っ暗な眼窩がこっちを見ていた……その日は結局朝まで寝付けなかった。

 私は死んだのだ。

 その夢を見てから、そう思うようになった。和佳の死は受け入れられないのに、自分の死はあっさり受け入れられた。

 それはあまりにも現実味がなくて……だって私はここで生きているのに、私の体はきっともうそう遠くないうちに、火葬場の火に焼かれて灰にされてしまうなんて言われても、なんの実感も湧かないのだ。

 思考はぐるぐる巡り続ける。

 時の闊歩に合わせて私の紡いだ思考の糸が、ゆらゆらと病室を埋め尽くしていく。

 あまりに日々に変化がなさ過ぎて、このまま世界が終わる日まで、私はこの孤独な病室を糸で埋め尽くしていくのかと思う。

 でも、孤独は気楽だ。孤独はいい。あまり人には会いたくない。

 私に会いにくる人はみんな、和佳に会いにきている。だけどここに和佳はいない。いないんだ。

 私は、自分が和佳のふりをするのが正しいのか、よくわかっていない。別に決めたわけじゃない。

 ただ、自分でもわかっていなくて、混乱していて、そもそも和佳を演じているつもりもない。だけどみんな、ここにいるのは和佳だと思っているのだ。私がどう振る舞おうと、和佳としか思われない。

 頭の隅に、妙に冷静が自分がいて、「私は本当は伊織なんだ」なんて、そんなこと誰が信じるんだい? と囁く。

 その通りだと思う。

 ひとしきり思考の糸を吐き出しきると、疑問符に埋め尽くされた脳は疲弊して、私はやがて深く考えることさえもやめた。

 太陽が昇った回数と、月が沈んだ回数だけをぼんやりと追うようになった。