空模様は相変わらず少し悪くて、今にも降り出しそうな雨を懸命にこらえている。スマホが小さく振動して、私はディスプレイを確認した。通知欄に秀の名前が出ている。
なんとなく、催促というか、念押しの気配を感じる。言われなくたって、わかってるよ。私は数歩先を歩く和佳の細い背中を見つめる。
和佳は自分のことを言わない、言わなすぎると秀は言った。まあ、そうなのかもしれない。
今日だって私たちは、当たり障りのないことしかしゃべっていない。和佳は自分のことを話さないし、私のことにも踏み込んでこない。
「ねえ、和佳」
私はぼんやり訊いた。
脇の大通りを車が走っていき、その騒音が遠ざかるのを待って続ける。
「秀と喧嘩した?」
結局ストレートになってしまった。
和佳は私を見る。澄んだ瞳に自分の浴衣姿が映っている。
「秀に何か言われた?」
「んー、和佳があんまり自分のことを話してくれない、みたいな」
和佳はなんとも言えない表情になった。和佳のそういう顔は初めて見たかもしれない。
それは、そう、ちょうど雨が降り出しそうな、今の空みたいな。
「喧嘩っていうかね……」
前を歩いていた和佳が、信号で立ち止まる。私はその半歩後ろで立ち止まる。なんとなく、今の和佳の顔を見るのは怖くて。
「あ」
ぽつり、と。
鼻の頭に、冷たい感触が落ちた。
「雨」
降ってきたかもしれない。借り物の着物が濡れるのはまずい。
「傘あるよ」と和佳が小さな折りたたみ傘を取り出した。広げようとして、どこか引っかかったのか、四苦八苦している。
また脇を、タクシーがぶぉんと通り過ぎていった。通りを挟んで向かい側に三越がある。この通りは中央通りというらしく、国道十七号が通っている。
大きなトラックやタクシーなんかが通っているのを、今日何度か見かけている。ちょうど赤信号の向こう側から、大きなトラックがやってくるのが見えた。
私は和佳の方に視線を戻す。和佳は傘を広げたところだった。道路にぽつぽつと、黒い染みが広がっていく。
「入る?」
そう言って微笑んだ和佳に、うなずきかけたときだった。和佳の背後にトラックが見えた。
え、どうして、と思う間もなかった。
「和佳!」
私は悲鳴染みた叫び声をあげて飛び出した。
道を外れたトラックが歩道に向かって勢いそのままに突っ込んでくる、
その先端には和佳が無防備に背中を向けている、
私は浴衣が許す限りの可動域で足を動かし懸命に走ろうとする、
たったの半歩だ、届け、届け、届け!
ぐっと和佳の肩を掴むのと、私がバランスを崩すのはほぼ同時だった。
和佳がよろける、私が倒れる、トラックのランプが目の前に、
その刹那、私は確かに、ふわふわと飛んでいく、光る蝶を見て、
――衝撃。
なんとなく、催促というか、念押しの気配を感じる。言われなくたって、わかってるよ。私は数歩先を歩く和佳の細い背中を見つめる。
和佳は自分のことを言わない、言わなすぎると秀は言った。まあ、そうなのかもしれない。
今日だって私たちは、当たり障りのないことしかしゃべっていない。和佳は自分のことを話さないし、私のことにも踏み込んでこない。
「ねえ、和佳」
私はぼんやり訊いた。
脇の大通りを車が走っていき、その騒音が遠ざかるのを待って続ける。
「秀と喧嘩した?」
結局ストレートになってしまった。
和佳は私を見る。澄んだ瞳に自分の浴衣姿が映っている。
「秀に何か言われた?」
「んー、和佳があんまり自分のことを話してくれない、みたいな」
和佳はなんとも言えない表情になった。和佳のそういう顔は初めて見たかもしれない。
それは、そう、ちょうど雨が降り出しそうな、今の空みたいな。
「喧嘩っていうかね……」
前を歩いていた和佳が、信号で立ち止まる。私はその半歩後ろで立ち止まる。なんとなく、今の和佳の顔を見るのは怖くて。
「あ」
ぽつり、と。
鼻の頭に、冷たい感触が落ちた。
「雨」
降ってきたかもしれない。借り物の着物が濡れるのはまずい。
「傘あるよ」と和佳が小さな折りたたみ傘を取り出した。広げようとして、どこか引っかかったのか、四苦八苦している。
また脇を、タクシーがぶぉんと通り過ぎていった。通りを挟んで向かい側に三越がある。この通りは中央通りというらしく、国道十七号が通っている。
大きなトラックやタクシーなんかが通っているのを、今日何度か見かけている。ちょうど赤信号の向こう側から、大きなトラックがやってくるのが見えた。
私は和佳の方に視線を戻す。和佳は傘を広げたところだった。道路にぽつぽつと、黒い染みが広がっていく。
「入る?」
そう言って微笑んだ和佳に、うなずきかけたときだった。和佳の背後にトラックが見えた。
え、どうして、と思う間もなかった。
「和佳!」
私は悲鳴染みた叫び声をあげて飛び出した。
道を外れたトラックが歩道に向かって勢いそのままに突っ込んでくる、
その先端には和佳が無防備に背中を向けている、
私は浴衣が許す限りの可動域で足を動かし懸命に走ろうとする、
たったの半歩だ、届け、届け、届け!
ぐっと和佳の肩を掴むのと、私がバランスを崩すのはほぼ同時だった。
和佳がよろける、私が倒れる、トラックのランプが目の前に、
その刹那、私は確かに、ふわふわと飛んでいく、光る蝶を見て、
――衝撃。