「和佳と浴衣デート。うらやましかろー?」
と送ったら、「なんで俺を呼ばないんだ!」と秀にキレられた。
知るもんか。
ってか様子見てこいって言ったのあんただし、ちょっとした嫌がらせだよ。見たかったのは和佳の浴衣姿だろうけど、見せてやらない。写真も送ってやらない。
私の方が綺麗に映ってるツーショットが撮れたら送ってやってもいいけど、絶対そんなの撮れないだろうな……。
花火ってわけでもないし、お祭りってわけでもない。
ただ、「なんか浴衣着たいね」って話になって、日本橋で着物のレンタルサービス見つけて、じゃあついでにその辺ぶらぶらしようかって。
提案するのはいつだって私で、和佳はどんなことを言っても基本的には付き合ってくれる。
私が秀ほどの無茶ぶりをしないせいかもしれないけど。
生憎の曇り空だった。
でも気温は高くて、むっと蒸し暑い。
駅で待ち合わせて、どうせ着替えるからとあんまり気合い入れない服装で行ったら、和佳もTシャツにジーンズでだるそうにコンクリートの壁に寄りかかっている。
暑さに弱いのだ。
「おはよ」
声をかけると和佳は顔を上げて、淡く微笑んだ。
相変わらず白い顔だ。蒼白と言ってもいい。
うちの学校は屋内プールだから、和佳は部活で日焼けしない。
まあ、屋外プールだったはずの中学時代だって、焼けているのは見たことなかったけど。
かくいう私は、
「焼けたね」
和佳の第一声がそれで、私はがっくしと頭を垂れる。
「日焼け止めちゃんと塗ってるんだけどさ、汗でどんどん流れるし、塗り直す時間はないし」
「健康そうでいいじゃない。帽子も焼けてる方が似合うよ」
私は被ってきたキャップを目深に下ろす。
「どうせガキっぽいよ」
ちょっと僻んだら、和佳はそうじゃないと笑った。
「可愛いってこと」
「ええー、どこがよ。こんな小麦色女子需要ないでしょー」
「差別発言よ、それ」
和佳がぴしゃりと言って、行こう、と私の前を歩き出した。
「インターハイは?」
「だめだったー。和佳は?」
「んー、都大会止まり……」
運動部らしく、それぞれの近況なんかをしゃべりながら、電車に乗った。
ドアの両横に二人で陣取るんだけど、この微妙な距離感が私たちらしい感じだ。
話しながらそれとなく和佳の様子をうかがうけど、そんなにいつもと違う感じはしない。
和佳はデフォルトでテンションがフラットだし、感情の起伏は乏しい。
笑うけどいつだって控えめだし、私みたいにげらげら笑ったりしない。
だから元気がないように見えても、基本的には元気なはずだ。
とりあえず秀のことを話題に上げてみる。
「最近秀とは?」
「んー、テストの結果が良かったって自慢された」
私は顔をしかめた。
「何が何点?」
「英語が九十点だって」
「うーわ。嫌味」
私の点数は……うん、ぎりぎり半分じゃない。
「私は九十六点だよって言ったら返信こなかった」
和佳がふふっと笑った。
相変わらずの秀才っぷり。
秀のやつ、テストで負けて勝手にへそ曲げてるだけなんじゃないのか。
秀のことをしゃべる和佳には、あまり気負う様子は感じられない。
一度新宿まで出て、そこから中央線十五分くらい。神田で乗り換えて三越前まで。ちょっとした遠出だ。
「日本橋くるの初めて」
和佳がぽつりとつぶやいた。
私は首を傾げる。
「三越前だよ」
「三越前駅と、日本橋駅は近いの。知らないのに言い出したの?」
「いや、なんか有名らしくってさ。金魚」
「金魚?」
「まあ、とりあえず浴衣着よう浴衣」
で、いざ着物をレンタル&着付けしてもらうと、私、やっぱり肌焼け過ぎててなんか似合わないわけだ。
浮いてるっていうか、柄をミスったのかな。水色のがかわいいなって思って選んだけど、焼けてるのがより目立ってしまう気がする。
和佳の方は朝顔柄の夏らしい浴衣で、完全にしっとり美人だった。
自分で言い出したくせに、今日一日この子の隣歩くの? と思ってしまう。
コンプレックスが爆発しそう。秀には絶対写真は送ってやらないと決めた。
お店を出て和佳と顔を見合わせて、ふふふと笑った。
なんだかむずがゆかったのだ。
浴衣と日本橋、というチョイスはちょっと背伸びしすぎだったかもしれない。
普段とは世界が違う。ものすごく、場違いな感じがする。
他の浴衣を着た人たちに紛れるようにして、私たちはコレド室町の地下へ向かった。
駅と繋がっている地下通路にはものすごい行列ができていて、中には浴衣の人もぽつぽつ交じっている。
これがつまり「金魚」なのだ。
というわけで、二人で並んだ。
「ああ……これね」
和佳がポスターを眺めて納得したようにつぶやいた。
「秀が行きたいって言ってたっけ」
実を言うと、それは私も知っていた。
嫌がらせその二。
実のところ、周囲のカップル率は異様に高いし、和佳だって私より秀と来るべきだったとは思う。
「まあ……もう一回来たらいんじゃない」
私が苦笑して言うと、和佳が目を細めた。
「伊織と行ったから、もういいかな」
こういうところ、和佳は本当にあっさりしている。
実際に中に入るまでに三十分以上かかって、いざ入ってみると中も中ですごい混雑だった。
背の低い私には何がなんだか、とりあえず一番大きい金魚の水槽だけは見えて「ほーっ」と歓声を上げる。
綺麗、っていうかなんかすごい。豪華だ。
会場内は薄暗くて、あちこちで照明の色が次々に変わっていき、水槽の中の水が色とりどりに染まっていく。
中を泳いでいる金魚の色がよくわからなくなる。
端っこに置いてある小さい水槽の方は、水が透明なままなので金魚の赤や、黒や、白いのがよく映えていた。
風景は涼しげ……でも人混みがすごすぎて、冷房はしっかり効いているのに蒸し暑さを感じる。
慣れない浴衣で、足下も危なっかしい。
何度も段差に躓きそうになる。
「大丈夫?」
和佳に気遣われて、私は曖昧にうなずいた。
「ごめん、混み具合が想像以上だった」
「そうだね。綺麗だけど、なんかゆっくりできない感じね」
和佳は「出よっか」と言って、私の手を掴んだ。ひんやりとした和佳の手の感触に私はどきりとする。
和佳って、秀と手を繋ぐときも自分から繋ぐのかな。
こんなときまでそんなことを考えてしまう自分に、ちょっといらいらする。
結局あんまりゆっくりしないで出てきてしまったアートアクアリウムを後にすると、私たちは日本橋をふらふらした。
せっかく来たんだからと敷居の高い三越を冷やかし、日本橋を眺めて、またコレドに戻ってお店を見て回る。
別に何をするわけでも、何を買うわけでもないけど、商品を見てああでもないこうでもないとしゃべったり、写真を撮ったり、甘い物を食べたりして、時間はあっという間に過ぎていった。
と送ったら、「なんで俺を呼ばないんだ!」と秀にキレられた。
知るもんか。
ってか様子見てこいって言ったのあんただし、ちょっとした嫌がらせだよ。見たかったのは和佳の浴衣姿だろうけど、見せてやらない。写真も送ってやらない。
私の方が綺麗に映ってるツーショットが撮れたら送ってやってもいいけど、絶対そんなの撮れないだろうな……。
花火ってわけでもないし、お祭りってわけでもない。
ただ、「なんか浴衣着たいね」って話になって、日本橋で着物のレンタルサービス見つけて、じゃあついでにその辺ぶらぶらしようかって。
提案するのはいつだって私で、和佳はどんなことを言っても基本的には付き合ってくれる。
私が秀ほどの無茶ぶりをしないせいかもしれないけど。
生憎の曇り空だった。
でも気温は高くて、むっと蒸し暑い。
駅で待ち合わせて、どうせ着替えるからとあんまり気合い入れない服装で行ったら、和佳もTシャツにジーンズでだるそうにコンクリートの壁に寄りかかっている。
暑さに弱いのだ。
「おはよ」
声をかけると和佳は顔を上げて、淡く微笑んだ。
相変わらず白い顔だ。蒼白と言ってもいい。
うちの学校は屋内プールだから、和佳は部活で日焼けしない。
まあ、屋外プールだったはずの中学時代だって、焼けているのは見たことなかったけど。
かくいう私は、
「焼けたね」
和佳の第一声がそれで、私はがっくしと頭を垂れる。
「日焼け止めちゃんと塗ってるんだけどさ、汗でどんどん流れるし、塗り直す時間はないし」
「健康そうでいいじゃない。帽子も焼けてる方が似合うよ」
私は被ってきたキャップを目深に下ろす。
「どうせガキっぽいよ」
ちょっと僻んだら、和佳はそうじゃないと笑った。
「可愛いってこと」
「ええー、どこがよ。こんな小麦色女子需要ないでしょー」
「差別発言よ、それ」
和佳がぴしゃりと言って、行こう、と私の前を歩き出した。
「インターハイは?」
「だめだったー。和佳は?」
「んー、都大会止まり……」
運動部らしく、それぞれの近況なんかをしゃべりながら、電車に乗った。
ドアの両横に二人で陣取るんだけど、この微妙な距離感が私たちらしい感じだ。
話しながらそれとなく和佳の様子をうかがうけど、そんなにいつもと違う感じはしない。
和佳はデフォルトでテンションがフラットだし、感情の起伏は乏しい。
笑うけどいつだって控えめだし、私みたいにげらげら笑ったりしない。
だから元気がないように見えても、基本的には元気なはずだ。
とりあえず秀のことを話題に上げてみる。
「最近秀とは?」
「んー、テストの結果が良かったって自慢された」
私は顔をしかめた。
「何が何点?」
「英語が九十点だって」
「うーわ。嫌味」
私の点数は……うん、ぎりぎり半分じゃない。
「私は九十六点だよって言ったら返信こなかった」
和佳がふふっと笑った。
相変わらずの秀才っぷり。
秀のやつ、テストで負けて勝手にへそ曲げてるだけなんじゃないのか。
秀のことをしゃべる和佳には、あまり気負う様子は感じられない。
一度新宿まで出て、そこから中央線十五分くらい。神田で乗り換えて三越前まで。ちょっとした遠出だ。
「日本橋くるの初めて」
和佳がぽつりとつぶやいた。
私は首を傾げる。
「三越前だよ」
「三越前駅と、日本橋駅は近いの。知らないのに言い出したの?」
「いや、なんか有名らしくってさ。金魚」
「金魚?」
「まあ、とりあえず浴衣着よう浴衣」
で、いざ着物をレンタル&着付けしてもらうと、私、やっぱり肌焼け過ぎててなんか似合わないわけだ。
浮いてるっていうか、柄をミスったのかな。水色のがかわいいなって思って選んだけど、焼けてるのがより目立ってしまう気がする。
和佳の方は朝顔柄の夏らしい浴衣で、完全にしっとり美人だった。
自分で言い出したくせに、今日一日この子の隣歩くの? と思ってしまう。
コンプレックスが爆発しそう。秀には絶対写真は送ってやらないと決めた。
お店を出て和佳と顔を見合わせて、ふふふと笑った。
なんだかむずがゆかったのだ。
浴衣と日本橋、というチョイスはちょっと背伸びしすぎだったかもしれない。
普段とは世界が違う。ものすごく、場違いな感じがする。
他の浴衣を着た人たちに紛れるようにして、私たちはコレド室町の地下へ向かった。
駅と繋がっている地下通路にはものすごい行列ができていて、中には浴衣の人もぽつぽつ交じっている。
これがつまり「金魚」なのだ。
というわけで、二人で並んだ。
「ああ……これね」
和佳がポスターを眺めて納得したようにつぶやいた。
「秀が行きたいって言ってたっけ」
実を言うと、それは私も知っていた。
嫌がらせその二。
実のところ、周囲のカップル率は異様に高いし、和佳だって私より秀と来るべきだったとは思う。
「まあ……もう一回来たらいんじゃない」
私が苦笑して言うと、和佳が目を細めた。
「伊織と行ったから、もういいかな」
こういうところ、和佳は本当にあっさりしている。
実際に中に入るまでに三十分以上かかって、いざ入ってみると中も中ですごい混雑だった。
背の低い私には何がなんだか、とりあえず一番大きい金魚の水槽だけは見えて「ほーっ」と歓声を上げる。
綺麗、っていうかなんかすごい。豪華だ。
会場内は薄暗くて、あちこちで照明の色が次々に変わっていき、水槽の中の水が色とりどりに染まっていく。
中を泳いでいる金魚の色がよくわからなくなる。
端っこに置いてある小さい水槽の方は、水が透明なままなので金魚の赤や、黒や、白いのがよく映えていた。
風景は涼しげ……でも人混みがすごすぎて、冷房はしっかり効いているのに蒸し暑さを感じる。
慣れない浴衣で、足下も危なっかしい。
何度も段差に躓きそうになる。
「大丈夫?」
和佳に気遣われて、私は曖昧にうなずいた。
「ごめん、混み具合が想像以上だった」
「そうだね。綺麗だけど、なんかゆっくりできない感じね」
和佳は「出よっか」と言って、私の手を掴んだ。ひんやりとした和佳の手の感触に私はどきりとする。
和佳って、秀と手を繋ぐときも自分から繋ぐのかな。
こんなときまでそんなことを考えてしまう自分に、ちょっといらいらする。
結局あんまりゆっくりしないで出てきてしまったアートアクアリウムを後にすると、私たちは日本橋をふらふらした。
せっかく来たんだからと敷居の高い三越を冷やかし、日本橋を眺めて、またコレドに戻ってお店を見て回る。
別に何をするわけでも、何を買うわけでもないけど、商品を見てああでもないこうでもないとしゃべったり、写真を撮ったり、甘い物を食べたりして、時間はあっという間に過ぎていった。