「おいっ、」
そんな声がして、私の目の前にいた浜野くんの体が傾ぐ。
驚いて見上げた視界に映ったのは、不機嫌そうに眉を寄せる東条くんの顔。
そのすぐ傍には山見さんの姿もあった。
「結城……」
浜野くんの肩を掴んだ東条くんの視線が私へと向けられて、そして一瞬息をのんだのが分かった。
その彼の様子に、自分が泣き顔を晒していたことを思い出して、慌てて顔を逸らして涙を拭う。
「……っ、浜野おまえ……」
怒気を含んだ声音と、浜野くんの体がいきなり動いたことで私は驚いて顔を上げた。
目の前には、浜野くんの胸倉を掴む東条くんの姿があって、慌てて「待って!」と声を上げる。
「結城?」
「東条くん、どうしたの?いきなりこんなこと……」
東条くんの態度の意味が分からず、浜野くんへと伸びた彼の腕を掴んだ。
「泣いてるからだろ!」
「え?」
「結城が泣いてて、浜野が傍にいたら、コイツがなんかしたのかって思うだろ、普通」
心配してくれたんだって、そう思ったらこんな状況なのに、驚くのと同時になんだかすごく嬉しいと思ってしまった。
「誤解、だから」
東条くんの腕を逆に掴んで、浜野くんはあえてゆっくりと言葉にする。
私も同意する形で頷くと、東条くんは渋々浜野くんから手を離した。
「誤解?」
「ゴミ!」
「は?」
「目にゴミが入っちゃって……だから、浜野くんはなにもしてない」
私の言葉を聞きながら、東条くんはなんだか解せないって表情をしつつも、「そうなんだ」と言って浜野くんへ素直に謝った。
なんだか微妙な沈黙が流れる。
東条くんの隣には山見さんがいて、私をあえて無視しているのか視線も合わない。
私もどこを見ていいのか分からず、迷子の視線は足元へと落ちた。
「……イルカのショー始まるから、見にいこーぜ」
気まずい沈黙を破ったのは、東条くんだった。
「おぅ」
「うん」
何となくみんなで同意して、イルカショーが行われる屋外へと歩き始める。
私の隣には浜野くんが。そして私達の前を東条くんと山見さんが並んで歩いている。
前を歩く二人も、浜野くんと私も、誰も何もしゃべらない。空気だけがどんよりと重たくて、水槽の中を優雅に泳いでいる魚たちの方がずっと自由だと感じてしまう。
夏休みとあって、イルカショーがある屋外の席はあっという間に満席になっていく。
みんなで一緒に見たかったなと思いつつ視線を巡らせれば、最前席にさなちゃん達の姿が見えて、偶然目が合った彼女が手を振るのを見て私もそれに返した。