「結城」
その声に呼ばれるたび、体がビクッと震える。
今日何度目かになるその反応に、多分東条くんも気付いているはずで、そのたびに彼が困ったように笑うのを見て申し訳なくなる。
「隣、座っていい?」
「は、はいっ」
それでも彼は根気強く距離を縮めてくれるのが嬉しくて、でも恥ずかしくてと気持ちがグルグル回っている。
「肉、食ってる?」
「は、はいっ」
「オニギリ、食う?」
「は、はいっ」
「オレンジジュース、飲む?」
「は、はいっ」
「俺の事好き?」
「は、は……えっ?」
「ちぇ、引っかからねーのな」
揶揄われていることに気付いて、彼を睨むと楽しそうに笑うのがなんだか悔しい。
こんな風に揶揄われるならさっさと返事をして、堂々と彼氏彼女になってしまった方が精神的疲労が少ない気がしないでもない。
隣に座る東条くんの、サラサラの髪が風に揺れるのを見つめる。
入学式の時には短めだったサラサラの黒髪は、数カ月に一度切りそろえられて、2年になる頃にはワックスも使って手入れしているんだと聞いたことがある。
初めて見た時から、随分大人っぽく、カッコ良くなった彼の隣に座るのはいつも緊張していた。その緊張が今日は倍以上に膨れ上がる。
そんな彼からの告白に、YESの返事をするだけなのに、どうしても緊張するし恥ずかしくて仕方ない。
「さっき、『はい』って言っちゃえばよかったのに」
洗い物を始めたところで、さなちゃんが隣にきて一緒に洗い始める。
「さなちゃんは、東雲くんに告白されたんだよね?」
「ほえっ?」
プラスチックの皿を危うく落としてしまいそうになった、さなちゃんの慌てぶりが他人事じゃない。
「そういえばゆっくり聞けてなかった。今、教えて?」
自分のことを話すのは苦手だけど、幸せな人の話を聞くのは好き。
照れるさなちゃんにお願いを繰り返して話してもらった。
それを聞いて自分の参考になるかは分からないけど、自分なりの動き方は見えるかもしれないと思ったんだ。
「ほたるが想像するみたいな、ロマンチックとか、そういうの全然なかったからね?」
「ロマンチックって、少女漫画みたいな?」
「ない!ドキドキとか、キュン、とかそういうの感じる瞬間もなかったからね?」
「えっと、それじゃあ、どういうのだったの?」
逆に興味ある。
東雲くんって、女子に人気あるし、彼女が過去にもいたのかもしれないと思う位に女子の扱いもうまそうだと思ってた。
勿論さなちゃんには言えないけど。
さなちゃんとは口喧嘩ばっかりで、兄妹みたいな雰囲気だったから特にどんなふうに告白したのか気になる。