とりあえず止血ができたのを確認してから、血で汚れた指先を水で洗ってやる。
その間結城は黙ったままされるがままの状態だった。
持っていたタオルで手を拭いてやり、結城が用意していた絆創膏を貼ってやる。
「ありがとう……」
「別に、俺のせいだし」
再び野菜を切ろうと包丁を握ろうとした結城の手を止めて、「俺が切るから」と声をかけた。
少し戸惑った様子の彼女も、言われるまま俺に場所を譲ってくれる。
もしかしたらそのまま離れていくんじゃないかって不安もあったけれど、結城は俺の隣にいてくれて、切った野菜をバットに並べてくれている。
「あのさ、」
「はい?」
どう話し始めればいいのか、今になって分からなくなって口ごもる俺を、彼女は急かしもせず待っていてくれる。
まずは誤解を解いて、それから、もう一度……。
「俺さ、あの日からの記憶、曖昧なんだよね」
「え?」
「夏休みの1週間前の、あの日頭打ったこと話したろ」
ポツリポツリと独り言みたいに落とす言葉を、結城は小さく相槌を打ちながら聞いてくれる。
それに安心して、俺は話し始めた。
「全部、覚えていないわけじゃないんだけど。結城が浴衣の着付けにうちに来たこととか、夏祭りのこととか……でも、他から聞いたことで、俺が全然覚えていないことがあるんだ」
「覚えていない、こと?」
キャベツを切り終えた俺が次に手を伸ばしたのは、大きな玉ねぎ。
家だったら、目に沁みて痛いから苦手なやつ。
「結城に……酷いこと言ったらしいけど」
俺の言葉にあからさまに動揺を見せた結城は、俺から一歩離れて俯いてしまう。
彼女にこんな態度をさせてしまう位、俺が結城を傷つけたんだ。
「あのね、東条くんは別に酷いことなんて……私が勝手に勘違いしただけなの」
俯いた彼女の肩が震えているのが見えた。
傷ついているのに、それでもこうして俺を気遣ってくれる。
そんな結城を見ていると無性に悔しくなった。なんだか目の辺りがムズムズする。
「違う」
「え?」
「勘違いじゃないから」
「……でも」
包丁を置いて結城に向き直った。
驚いて俺からさらに離れようとする結城の腕を取って、その場に縫い付けるみたいに力を込めた。
「と、東条くん?」
「俺、結城の事好きだから」
「……⁉」
驚いて目を見開き、俺を見上げる結城に重ねて言った。
「俺が好きなのは、結城ほたる。それ以外の誰でもないから」
「……どうして、そういうこと言うの?」
「は?」
気付けば結城の両目には涙が溜まっていて、睨むように俺を見つめてくる。
落ちそうになる涙をグッと堪えているようで、溜まった涙の向こうに潤んだ瞳孔が見えて、それに情けない顔の俺が映っている。