「浜野が何を言ったか知らないけど、俺への返事をしてからにしろよな」
「東条……くん?」
なんだか不機嫌な東条くんの様子に、尋ねるべき言葉があるのに口から出てこない。
返事って、なんのこと?
そう聞けばいいのに、真っ直ぐに見つめてくる東条くんの目に、体が雁字搦めにされているみたいに動けない。
「まさか、忘れた?」
「……」
「俺、初めてだったんだぜ?女子にあんなこと言うの」
「……」
「結城にだから、言ったんだからな」
「……東条くん、それって」
それって、あの向日葵の花壇のところで言ってくれたあの言葉?
「好きだ」って言ってくれたあの言葉の事?
聞けばいい。今目の前に彼はいるのだ。そして、彼は私からの返事を待ってくれている。
「あの日の……」
あの日の事?そう聞こうと思った。
でも、瞬間蘇ってきた記憶が私の口を塞ぐ。
『結城さん、頭大丈夫?』
『なんか、怖い。妄想、とか、そういうのなら勘弁して』
『俺、なんか勘違いさせることしたのか?』
『それとも、なんかの罰ゲーム?こういう冗談俺大っ嫌いなんだけど?』
『結城さんって、そういう人だったんだ。なんか軽蔑するわ』
やめて。
やめて、やめて、やめてったら。
勘違いなんかしてない。
東条くんにこれ以上嫌われたくない。
必死に頭を振って、記憶を払う。またあんな苦しい思いをするのは嫌。
「結城?」
東条くんはどういうつもりなんだろう?あんな風にハッキリと私を拒絶しておきながら、こんな風に勘違いしてしまいそうなことを平気で口にするなんて。
私が知っている東条くんは、こんなひどいことをする人じゃなかった。
「東条くん、私のこと、そんなに嫌いなのかな?」
「え?」
泣きそうになるのをグッと堪えて口を開く。
「私、ちゃんと分かってるよ?あの日東条くんに言われた言葉、ちゃんと覚えてる。だから、不用意に近づいたりしていないし、東条くんが他の子と……山見さんと付き合うのを邪魔したりしないから……だから、もうこういう風に誤解する言い方しないで欲しい……」
分かってるの。
浜野くんからも聞いてるし、山見さんとのことちゃんと分かってる。
彼女に誤解されないように、ちゃんと友達としての距離を守るから。
だから、もう、意地悪なこと言わないで欲しい。
苦しいの。すごく苦しい。
こんな風に東条くんの言葉に一喜一憂して、ドキドキして、でも、それは全部違うんだって否定されたら、死にたくなるよ。
「結城?お前一体なに言って……」
東条くんの手が私に向かって伸びてくる。
でも、その手から逃げるように一歩後ずさる。
瞬間、何故か酷く傷ついた表情をした東条くんに戸惑ってしまった。
「東条くん!」
私達の間に流れる気まずくて重たい空気を断ち切ったのは、少し離れたところから駆け寄ってくる山見さんの声だった。
ほら、やっぱり。2人でここで待ち合わせしてたんだね。
ショックが一気に波のように押し寄せてくる。
私は山見さんを見て、もう一度東条くんを見て、それから一気に自転車置き場に駆け出した。