「失礼します……」
病院のスライド式のドアをゆっくりと開ける。
真っ白な壁の、薬品の匂いが微かに香る、そんな病室の中に、ベッドのリクライニングを起こした状態で私達の方を見た病衣姿の東条くんの姿がある。
この病院に東条くんが運ばれてきた夜、緊急の手術が行われた。その日から5日たってようやく面会に来ることができたのだ。
さなちゃんと東雲くんと連れ添って3人で病院にやってきた。
病室にはお姉さんとお母さんがいて、私達を笑顔で招き入れてくれる。
「おす、」
ベッドの中から片手を挙げて、照れ臭そうに笑った東条くん。
その笑顔を見た途端、ブワッと何かが込み上げてきて、思わず泣いてしまった。
病室に入るなり泣きだした私を見て、さなちゃんが「何泣いてるの」って頭をポンポンしてくれて、東雲くんが「東条が生きててホッとしたんだろ」と笑った。
「勝手に人を殺すなよ」
苦笑交じりで言った東条くん。
急に泣き出したことを謝って、慌ててハンカチで涙を拭いた。
だって、すごくホッとしたんだ。手術をした後特に後遺症もなくって、じきに通常の生活に戻れるって、お姉さんの電話で聞いていたけれど、実際に元気な彼を見るまではまだ安心できていなかったみたいだ。
「心配かけて、悪かったな」
「本当だよ。普段元気な奴が頭痛とか眩暈とか訴えるんだから、変な想像しちゃっただろ」
「変な想像って、俺はこの通りピンピンしてるし」
「頭の手術って聞いたけど、毛剃らなかったんだね」
「この病院は剃らなかったみたいだ。マジ、そこだけは良かったって思うわ。起きたら禿げって、結構虚しくなるじゃん」
「スキンヘッドの東条見てみてたかったわー」
「あほう!」
東雲くんやさなちゃんとの他愛ない会話が、ベッドの中っていう非日常だとしても、東条くんの顔色もいいし、元気そうで見てて嬉しくなる。
「そういえばさ、俺、夏祭りの日に倒れたって聞いたんだけど」
「覚えてないのか?」
「朔ね、夏休みの前後の記憶、はっきりしてないみたいなんだよね」
お姉さんが補足するように話す。
「先生の話だと、硬膜下血腫の影響で記憶とか認知の部分でも影響が出ることもあるって言ってたから、そのせいじゃないのかしら」
お母さんがそう言うと、みんなが納得したように頷く。
確かに最近の東条くんって、頭痛や眩暈以外にもちょっと様子が変だったし。
「やっぱり、あのたんこぶって、頭打ってできたんじゃないの?」
さなちゃんの言葉に少し考えるそぶりを見せた東条くんが、不意に大きな声を上げた。
「それな、俺、いつだったか、自転車と衝突して頭打ったんだったわ」
「「はぁ?なにそれ!」」
その場にいた全員が驚いて声を上げた。もちろん私も一緒だ。
「いや、なんでか今の今まで、あの時のことすっかり記憶からすっぽ抜けてた」
「信じられない。で、どこの誰とぶつかったの?もしかしてひき逃げ?」
「んにゃ、どっかのおばさんだったと思う。俺、名刺もらって……えぇと、どこにやったっけ」
考え込み始めた東条くんを、彼のお母さんが「無理をしないでいいから」となだめている。
手術後間もない状態で考え事とか、負担になると思ったのだろう。