「朔、遅い!」
「姉貴……」
キッチンの扉が開いて、姉貴が顔を覗かせる。
こういう時、姉貴がジュース位入れてくれればいいのにって思うけど、うちは年功序列で圧倒的に俺と弟は不遇を強いられている。
「すみませんっ、今持っていこうと思ってたんです」
トレイを持ち上げたのは結城だった。委縮した様子で姉貴に向かって頭を下げている。
「あー、違うの。ほたるちゃんは今日はゲストなんだから。しかも、着付けをするためにわざわざ来てもらったんだからね。持成すのはこっち。ほら、朔弥さっさと持っていく!」
姉貴は結城からトレイを取り俺に押し付けると、彼女の肩を抱いてキッチンを出て行く。
浴衣を着る面々は1階の居間に集まっていて、俺と……。
「朔弥のねーちゃん、すっかり結城のこと気に入っちゃってんな」
いつの間にキッチンに来ていたのか、東雲がダイニングの椅子に座ってトレイから取ったジュースを一気に飲み干した。
女子がうちの家で浴衣の着付けをするというのをどこから聞きつけたのか、東雲が女子達と一緒にやってきて居座っているのだ。
「お前、何しに来たんだよ……」
「え、ジュース運んでやろうかなって思ってさ」
「絶対違うだろ」
「いいから、いいから。女子のみなさんがジュース待ってますよ。ほら、俺が持っていくから」
自分のグラスを空にしてシンクへ置くと、俺の手からトレイを引き取ってキッチンを出て行く。
その後を追って居間に向かう。
居間の中では浴衣の品評会が行われているのか、あちこちで浴衣が広げられている。
「ジュース持ってきたから、先に飲んじゃえば?こぼして浴衣を汚すといかんし」
「そうだね、みんな飲んじゃってから着付けしてこうよ」
姉貴に勧められるままに女子のみんながジュースに手を伸ばす。
俺は何となく広げられた浴衣を見た。
白地に紺地、緑もあれば、赤もある。柄も様々で目がチカチカする。
女子ってこんな面倒な支度までして浴衣とか着るんだ。
今日もTシャツとジーンズで出かける予定だった俺は、感心した様子でそれらを見ていた。
その中で、ふと目に付いた浴衣があった。
紺地に白い百合の花が咲いている浴衣。
「これ、結城のだろ?」
偶然隣にいた結城に浴衣を指さして尋ねた。
「え?あ、そう。よく分かったね」
「去年も着てたじゃん。花、好きだよな結城って」
「うん。小物でもつい花柄のを選んでる。無意識にね」
「百合以外にどんな花が好きなの?」
「花なら何でも好きだけど……夏の花は元気が出るから好きかな。向日葵とか」
「向日葵……」
そう呟いた途端、後頭部がズキッと急に痛み出した。
思わず手をやって俯く。