1年の時だって、結城の事が運動部で噂になっていると聞いていた。でも、今日まで誰も動きは見せなかったし、いつか東雲が言っていたみたいに遠巻きに見ているだけだって思っていた。
それなら、多分自意識過剰なんかじゃなく、今結城の一番近くにいるのは俺なんじゃないかって安心しきっていたんだ。
「朔弥」
「堀本先輩?」
部活の途中で堀本先輩に呼び出されて、コートを抜けて、顔を洗いに行くという堀本先輩の後を追った。
先輩は洗い場で豪快に出した水で顔を洗い、犬みたいに頭を振った直後、持っていた先輩のタオルを渡した。
出しっぱなしの水がコンクリートの上で跳ね上がって、水しぶきが方々へ散っている。
夏の日差しが反射して、眩しい。
「俺らも夏の試合の後で引退かなー」
俺たちバレー部は夏休み入ってすぐに試合があって、その後すぐにもう一回試合が行われる。
「まだ試合、あるじゃないですか」
「俺、県外受験組なんだわ。だから、他の3年は出れるとしても俺は出ない」
「エース不在でやるんですか?」
「次期エースならいんだろ」
確かに最近の練習試合では、堀本さんの代わりに東雲が出ることも多くなってきた。
でも、最後まで一緒にプレイできるって思っていたおれとしては、少し寂しい。
「ま、お前らも俺ら3年に甘えてないで、頑張れよ」
「はい」
新キャプテンの坂崎が既に部内をまとめている。こうして考えれば、いつ3年が引退しても大丈夫なように回りは着々と進んでいっているのだ。
「お前のたまに出る強烈なスパイク期待してんだからな」
「……堀本先輩」
普段人をあまり褒めることのない先輩の言葉に、無性に込み上げてくるものがある。
なんだよ、これ。
まるで別れの言葉みたいじゃね?
わざわざ俺を呼んで言いたかったことなの、これ。
そんな風にしんみりしてしまった俺の目の前で、堀本先輩が急に声を張り上げた。
「ほたるちゃん!」
は?
堀本先輩は傍にいる俺を無視して、名前を呼んだ相手に向かって走り始めた。
呼ばれた当の本人は驚いた顔をしてこちらを見ていて、堀本先輩に気付いて頭を下げている。
なに、それ。
ほたるって……、名前呼びとかありえねー。
ついさっきまでの俺の感動返しやがれ!
結城の目の前でテンション高めに話しかけている堀本先輩の、さっきまでと打って変わった様子に呆れて溜息を吐いた。
もしかして、田村の話って、あながち嘘でも冗談でもなかったんだ。
でも、結城の様子は相変わらず困ったように頭を振って何かを断っている。