「あの……、き、昨日のことなんだけど」


口を開いたのはいいけれど、まっすぐ彼を見ることができなかった。

好きだと言ってくれた昨日の東条くんと、朝から怒っているのか冷たい彼の、両方の顔が浮かんで、どれも真っすぐ見ることができないと思って、地面ばかり見ていた。


「昨日?なにかあった?」

「……え?」


一瞬、東条くんが何を言ったのか分からなかった。

だから、顔を上げて彼の顔を見た。

今の彼はどんな顔をして、私にそう言ったのか、気になったから。

目の前の東条くんは、本当に訳が分からないって顔で私を見ている。

私を見ている東条くんの表情は、今まで見ていた私の知っているどの彼の表情とも違っていた。


「昨日、東条くん、私のこと好きだって……言ってくれたよね?」


急に自信がなくなって、語尾が震えて小さくなっていく。

だって、こんなのって、どうして?

冗談?それとも、怒ってるから意地悪いってるの?


「結城さん、頭大丈夫?」

「え?」

「なんか、怖い。妄想、とか、そういうのなら勘弁してよ」

「……」


どうしよう。

東条くんの声がすごく遠くで聞こえる。

指先が冷たくなってきた。


「俺、なんか勘違いさせることしたのか?」


呆れたような声がすぐ近くで聞こえる。

でも、紡いでいるのは東条くんで。

私が好きだった、少し高めのよく通る声で。

その声で私を突き放す言葉を口にする。


「それとも、なんかの罰ゲーム?こういう冗談俺大っ嫌いなんだけど?」

「……」

「結城さんって、そういう人だったんだ。なんか軽蔑するわ」


坦坦と紡がれる言葉が、まるで鋭利な刃物みたいになって、私の胸に突き刺さってくる。


やめて、やめて、やめて。


声にならない叫びが、喉の奥で熱くて重たくてどす黒い何かになって蠢いている。

吐き出したいのに、吐き出せない。


「俺、さっき、他のクラスの子に告白されたんだよね。結城さんのそういう冗談聞かれると誤解されるから、もう二度とするなよな」


決定的な言葉が降ってきて、そして、彼が離れていく足音が聞こえる。

見上げた先には既に小さくなっていく東条くんの背中が見えた。

私を拒絶して、大嫌いだって言って、離れていく、大好きな人の背中。

気付けば、さなちゃんが心配して探しに来るまで、私はその場にへたり込んでいた。