♪side:翔一 《過去》

コンビニでセブンスターの四ミリとビールとつまみを少し買った。
支払いを終え、店の外の灰皿の横で煙草に火をつけた。いつも思うが、長野県の冬は吐く息が他の所よりもいっそう白い気がする。航大は先に店を出て煙草を吸っていた。ほとんど根元まで吸われてフィルターだけになったショートホープを灰皿に捨てた航大が口を開いた。
「あのさ、なぁ、翔一」
「んだよ」
「知ってるか?最後のキスってタバコのフレーバーがするんだぜ」
「は?あ、でもなんかそんなフレーズどっかで聞いたことある気がする」
「どこでもいいだろ、そんなの」
「んっ……」
「やっぱり、苦くて切ない香りだな」
「どういうことだよ」
「そういう事。じゃあまたな」
「待てよ」
「じゃあ、な」
そう言って背を向けて歩き出した航大は振り返らなかった。伸び切った灰が落ちるのにも気づかずに、俺はずっとそこで佇んでいた。灰皿に少しだけ雪が積もっていた。
もう長いことあいつの唇の柔らかさなんてものに触れてこなかったのに、しっかりと覚えていた自分が嫌いだ。あの頃はお互い違う煙草を吸っていた。だからさっき、ちょっとだけ変わったあいつのにおいに身体が火照った。温もりが欲しかった。
二本目のタバコをもみ消して、灰皿に捨てた。
ちらつき始めた雪の中に足を踏み出して、長野駅へ向かう。もう全てを投げ出して新宿に帰ろうと思った。