「おーい須藤、テストも終わったんだからみんなで打ち上げでも行こうぜ。」
「ごめん、今日は予定があって。」
返されたテスト用紙を、机の中に丸め込んで立ち上がる。
「今日も?だろ。お前も、ホントに一途だよな。分かった。勉強見てもらったお礼もあるんだし、そのうち、な。」
「うん、ありがと、安達君。絶対、ね。」
そういって学校を後にした。
「あの、今日も。」
「申し訳ありません。今日も、燈昌さんは、お会いになられることができないそうです。」
「そうですか。」
多分今日で、二十数回目。陽を増すごとに受付の人が申し訳なくなっていくのももう慣れたもので、今日は晴れの日だからあれだけど、雨の日ならもうそんなに気にも留めなくなっていた。
「お待ちください。」
受付の方に制止される。こんなの初めてで、何を言われるんだろうと、ドギマギした。そんなの、今までならちらほらと泡めくシャボン玉を見ればすぐに分かったんだろうけど、もう今はただのシャボン。これっぽっちも分からない。
「実は、燈昌さん。貴方とは、会いたくないと、断りを入れられているのですが。」
「そうですよね。」
知っている。こんなに会えないっていうのも、おかしな話だから。それで何を言われるんだろう。もうこないでください、とかそんなところだろうか。
「本当は、とてもいけない事です。ばれたら私は、上司ぐらいからめちゃくちゃに怒られてしまいます。」
「は、ぁ。」
「はい、これ。」
メモ帳の切れ端を渡される。そこには数字の羅列と彼女の名前が書いてある。
「毎日ですもの。きっと、ただならぬ理由がおありなんでしょう。くれぐれもご内密に。」
「あ、りがとうございます。」
やっぱり、何でもやってみるものだ。そうすれば、案外何とかなる。
メモ帳の数字を見ながら階段を昇る。
病棟を探索すると、案外簡単にその部屋は見つかった。
表札には、彼女の名前だけ。
ごくん。固唾をのむ。あれだけ覚悟してきたつもりだったんだけど、この扉の向こう側に彼女がいると思うと、緊張する。
よし。扉を開く。
「こんにちは。」
どうして貴方がここになんて顔は直ぐに引っ込んで、虫でも殺せそうな目でこっちを見てくる。
「はぁ、一体全体。何をしに来たんですか。もうすぐ全部忘れてしまう私を、嘲りにでも来たんですか。」
「いや、ちがくて。ほら、これ。」
ごそごそと、カバンに入れた答案用紙を開く。
「国語のテスト、ほら見てよ。こんなに高い点数とれたんだよ。」
96点。本当は、100点を取った方が衝撃は残りやすかったんだけど。
彼女は一瞬、僕の期待していた顔をしたけれど、直ぐに隠して冷徹なまなざしを向けた。
「それが、何か。私の日記を読まなかったんですか。貴方がどれだけここにきても、意味なんてないんですよ。」
駄目だ。案の定彼女は直ぐにふさぎ込んでしまった。もっと、記憶に残る、何かを。
気が気じゃなくて、頭も冷静には働かなくて、だから何が言いたいかっていうと、僕は冷静じゃなかった。
彼女は、僕の顔を見ずそのまま扉に手をかける。
「あやめさん。」
彼女の手を掴んだ。
何時かされたときみたいに、今度は僕が彼女の手を握って。
「へっ。」
また、仮面を壊した。驚く彼女を置き去りに僕は、僕は彼女にキスをした。言い訳をさせてもらうと、彼女をびっくりさせる何かが欲しかったわけで、でもその答えが一つしかなかったのかと問われればそうではないんだけど。当事者は僕なのに、眼前に迫る彼女と同じくらいに僕も驚いて、何が何だか分からなくなって、でも、それでもしっかり、瞳の奥に生まれた虹色のシャボンを手で掴んだ。
「な、いきなりなにするん、ですか。」
「言い訳も、この理由も、次会った時にするよ。」
「貴方は何をいって…。」
「君の、この記憶は消えない。僕が絶対に消させない。僕を信じて。」
「いったい、なんの…。」
「そうだ、待ち合わせをしよう。君が、年を挟んでも僕を忘れていないかどうか。隣の図書館の、何時もの場所でこの時間に。そこで好きなだけ、君に怒られるよ。いつまでも、待ってるから。」
そう言って、手に掴んだ彼女の虹色を初めて潰した。
パッと、そのシャボンは一瞬に地を作ってから直ぐに跡形もなくなって消えていった。
きっとこの呪いは、この時この瞬間のためだけに、誰もかれも持ち合わせていない僕だけの、僕と彼女のためだけの、祝福だった。
今まで、抱いていた呪いへの嫌悪も憎悪も、もう僕のシャボンにはなかった。
筈、なのだけれど。外から傘越しにその場所、二階の机を見上げる。少なくとも、毎日、約束の時間から小一時間はあそこで時間を潰している。でも、いつまでたっても彼女は、その面影すら見せない。
「ほんとに、遅いよ。」
今日で、多分百何回目。彼女をあそこで待ったのは。
日々溜まっていくもしかしてに、涙が出そうになる。でも、ぐっとこらえて思い起こす。虹色の彼女を。であった頃は、全然で、少し鬱陶しいくらいに思っていたのに。それが仮面でも、今は堪らなく恋しい。
もう、年度も終わってしまうよ。心にとどめた筈の言葉は、頭の後ろの方から、ぷくっと出てくる。色は一つ、形も一つ。こんな雨の日にすら出てくる僕は、彼女の言う通り、存外純粋なのかもしれない。
手に取った其れを、潰すことは、もうしない。
きちんと壊さないように丁寧に、鬱屈な空に飛ばす。
雨は、好きで嫌いで、好きだ。僕の偏屈でずっと好きになって、虹が見れないからと嫌いになって、それで、彼女を感じられるからと、又好きになった。
我儘で申し訳ないけれど、今は大好きだ。此処に君もいれば、言うことはなく完璧なんだけど。
物思いにふけっていると、傘に打ち付ける雫の音は聞こえなくなっていて、思わず空を見上げた。そこには、きっと誰も登ることなんて叶わない七色の架け橋がかかっていて、雲の間からは陽が照り付けてきている。
思いがけず涙が零れる。それは、君みたいに虹色に輝いていて、でも直ぐに消えてしまってって、あぁ、僕は一体独りよがりに何を考えているんだろう。
「雨は、もう、とっくに止んでいますよ。それなのに、傘をさしたままなんて、変わった人ですね。」
見上げていたから気づかなかったけれど、声の主はもう真隣まで迫っていて、耳元で嘯く声にたまらず振り向いた。
ああ、もう、ほん、とに、ほんとに、おそいよ。待ちくたびれた。
全く君は。
「傘も差しっぱなしにして。まるで焦がれているみたいに。もしかして、貴方は。」
ああ、そうだ僕は。ぼくは。
貴方は、雨が好きですか? 七色の君 終
①青春恋愛
あらすじ
人の心がその人ごとに頭から出るシャボン玉を通して見える少年、須藤八色は自ら頭を抑えることで心を殺して生きていた。皆から出てくるシャボン玉は青、赤、黄、と感情によって様々に色を変えて眼前に現れるが、その全てが澱み、醜く照りついて彼にとっては見るに堪えない代物だった。そんな毎日の鬱積に彼は頭を抱え、シャボン玉を己の頭から出させないことによって自分に嘘をついて生きている彼につけられたあだ名は頭痛君。その名前をあざけりをもって嘯くクラスメイトにも笑顔を崩すことなく無味無臭の毎日を送っていた。募るのは白紙の日々、その方があのときを忘れないですむ、と皆の汚泥から作ったようなシャボン玉にあてがわれ続け自らも腐っていった少年はある日、燈昌あやめに出会う。そのシャボンはまるで溶液から作られた本物のシャボンのように七色で、どうしてそんなに綺麗なシャボン玉を出すのか、周りとは明らかに一線を画す少女に興味がわき次第に惹かれていくことになる。
けれど、その虹色には彼女の一言では伝えきれない並々ならぬ事情が詰まっていることを知り少年は。
読了後、貴方は必ずもう一度読みかえしてみたくなる、そんな小説を書きました。
「ごめん、今日は予定があって。」
返されたテスト用紙を、机の中に丸め込んで立ち上がる。
「今日も?だろ。お前も、ホントに一途だよな。分かった。勉強見てもらったお礼もあるんだし、そのうち、な。」
「うん、ありがと、安達君。絶対、ね。」
そういって学校を後にした。
「あの、今日も。」
「申し訳ありません。今日も、燈昌さんは、お会いになられることができないそうです。」
「そうですか。」
多分今日で、二十数回目。陽を増すごとに受付の人が申し訳なくなっていくのももう慣れたもので、今日は晴れの日だからあれだけど、雨の日ならもうそんなに気にも留めなくなっていた。
「お待ちください。」
受付の方に制止される。こんなの初めてで、何を言われるんだろうと、ドギマギした。そんなの、今までならちらほらと泡めくシャボン玉を見ればすぐに分かったんだろうけど、もう今はただのシャボン。これっぽっちも分からない。
「実は、燈昌さん。貴方とは、会いたくないと、断りを入れられているのですが。」
「そうですよね。」
知っている。こんなに会えないっていうのも、おかしな話だから。それで何を言われるんだろう。もうこないでください、とかそんなところだろうか。
「本当は、とてもいけない事です。ばれたら私は、上司ぐらいからめちゃくちゃに怒られてしまいます。」
「は、ぁ。」
「はい、これ。」
メモ帳の切れ端を渡される。そこには数字の羅列と彼女の名前が書いてある。
「毎日ですもの。きっと、ただならぬ理由がおありなんでしょう。くれぐれもご内密に。」
「あ、りがとうございます。」
やっぱり、何でもやってみるものだ。そうすれば、案外何とかなる。
メモ帳の数字を見ながら階段を昇る。
病棟を探索すると、案外簡単にその部屋は見つかった。
表札には、彼女の名前だけ。
ごくん。固唾をのむ。あれだけ覚悟してきたつもりだったんだけど、この扉の向こう側に彼女がいると思うと、緊張する。
よし。扉を開く。
「こんにちは。」
どうして貴方がここになんて顔は直ぐに引っ込んで、虫でも殺せそうな目でこっちを見てくる。
「はぁ、一体全体。何をしに来たんですか。もうすぐ全部忘れてしまう私を、嘲りにでも来たんですか。」
「いや、ちがくて。ほら、これ。」
ごそごそと、カバンに入れた答案用紙を開く。
「国語のテスト、ほら見てよ。こんなに高い点数とれたんだよ。」
96点。本当は、100点を取った方が衝撃は残りやすかったんだけど。
彼女は一瞬、僕の期待していた顔をしたけれど、直ぐに隠して冷徹なまなざしを向けた。
「それが、何か。私の日記を読まなかったんですか。貴方がどれだけここにきても、意味なんてないんですよ。」
駄目だ。案の定彼女は直ぐにふさぎ込んでしまった。もっと、記憶に残る、何かを。
気が気じゃなくて、頭も冷静には働かなくて、だから何が言いたいかっていうと、僕は冷静じゃなかった。
彼女は、僕の顔を見ずそのまま扉に手をかける。
「あやめさん。」
彼女の手を掴んだ。
何時かされたときみたいに、今度は僕が彼女の手を握って。
「へっ。」
また、仮面を壊した。驚く彼女を置き去りに僕は、僕は彼女にキスをした。言い訳をさせてもらうと、彼女をびっくりさせる何かが欲しかったわけで、でもその答えが一つしかなかったのかと問われればそうではないんだけど。当事者は僕なのに、眼前に迫る彼女と同じくらいに僕も驚いて、何が何だか分からなくなって、でも、それでもしっかり、瞳の奥に生まれた虹色のシャボンを手で掴んだ。
「な、いきなりなにするん、ですか。」
「言い訳も、この理由も、次会った時にするよ。」
「貴方は何をいって…。」
「君の、この記憶は消えない。僕が絶対に消させない。僕を信じて。」
「いったい、なんの…。」
「そうだ、待ち合わせをしよう。君が、年を挟んでも僕を忘れていないかどうか。隣の図書館の、何時もの場所でこの時間に。そこで好きなだけ、君に怒られるよ。いつまでも、待ってるから。」
そう言って、手に掴んだ彼女の虹色を初めて潰した。
パッと、そのシャボンは一瞬に地を作ってから直ぐに跡形もなくなって消えていった。
きっとこの呪いは、この時この瞬間のためだけに、誰もかれも持ち合わせていない僕だけの、僕と彼女のためだけの、祝福だった。
今まで、抱いていた呪いへの嫌悪も憎悪も、もう僕のシャボンにはなかった。
筈、なのだけれど。外から傘越しにその場所、二階の机を見上げる。少なくとも、毎日、約束の時間から小一時間はあそこで時間を潰している。でも、いつまでたっても彼女は、その面影すら見せない。
「ほんとに、遅いよ。」
今日で、多分百何回目。彼女をあそこで待ったのは。
日々溜まっていくもしかしてに、涙が出そうになる。でも、ぐっとこらえて思い起こす。虹色の彼女を。であった頃は、全然で、少し鬱陶しいくらいに思っていたのに。それが仮面でも、今は堪らなく恋しい。
もう、年度も終わってしまうよ。心にとどめた筈の言葉は、頭の後ろの方から、ぷくっと出てくる。色は一つ、形も一つ。こんな雨の日にすら出てくる僕は、彼女の言う通り、存外純粋なのかもしれない。
手に取った其れを、潰すことは、もうしない。
きちんと壊さないように丁寧に、鬱屈な空に飛ばす。
雨は、好きで嫌いで、好きだ。僕の偏屈でずっと好きになって、虹が見れないからと嫌いになって、それで、彼女を感じられるからと、又好きになった。
我儘で申し訳ないけれど、今は大好きだ。此処に君もいれば、言うことはなく完璧なんだけど。
物思いにふけっていると、傘に打ち付ける雫の音は聞こえなくなっていて、思わず空を見上げた。そこには、きっと誰も登ることなんて叶わない七色の架け橋がかかっていて、雲の間からは陽が照り付けてきている。
思いがけず涙が零れる。それは、君みたいに虹色に輝いていて、でも直ぐに消えてしまってって、あぁ、僕は一体独りよがりに何を考えているんだろう。
「雨は、もう、とっくに止んでいますよ。それなのに、傘をさしたままなんて、変わった人ですね。」
見上げていたから気づかなかったけれど、声の主はもう真隣まで迫っていて、耳元で嘯く声にたまらず振り向いた。
ああ、もう、ほん、とに、ほんとに、おそいよ。待ちくたびれた。
全く君は。
「傘も差しっぱなしにして。まるで焦がれているみたいに。もしかして、貴方は。」
ああ、そうだ僕は。ぼくは。
貴方は、雨が好きですか? 七色の君 終
①青春恋愛
あらすじ
人の心がその人ごとに頭から出るシャボン玉を通して見える少年、須藤八色は自ら頭を抑えることで心を殺して生きていた。皆から出てくるシャボン玉は青、赤、黄、と感情によって様々に色を変えて眼前に現れるが、その全てが澱み、醜く照りついて彼にとっては見るに堪えない代物だった。そんな毎日の鬱積に彼は頭を抱え、シャボン玉を己の頭から出させないことによって自分に嘘をついて生きている彼につけられたあだ名は頭痛君。その名前をあざけりをもって嘯くクラスメイトにも笑顔を崩すことなく無味無臭の毎日を送っていた。募るのは白紙の日々、その方があのときを忘れないですむ、と皆の汚泥から作ったようなシャボン玉にあてがわれ続け自らも腐っていった少年はある日、燈昌あやめに出会う。そのシャボンはまるで溶液から作られた本物のシャボンのように七色で、どうしてそんなに綺麗なシャボン玉を出すのか、周りとは明らかに一線を画す少女に興味がわき次第に惹かれていくことになる。
けれど、その虹色には彼女の一言では伝えきれない並々ならぬ事情が詰まっていることを知り少年は。
読了後、貴方は必ずもう一度読みかえしてみたくなる、そんな小説を書きました。