旧校舎での出来事の翌日、朝の通学路を青葉と二人で歩いていた。

 いつも通りの朝のはずだけど、少しだけいつも通りじゃない。青葉の顔を見ると、昨日の夜のことがどうしても頭に浮かんでしまう。

「まさか、あんな謎の部活に入ってたなんて。教えてくれてもよかったのに」
「……ごめん。うちは非公認だから秘密にしなきゃいけなくて」
「それは分かるけど……時々、放課後とかに用事があるって言ってたのも、このことだったの?」
「そうだね。普段の活動の他にも、普通にみんなで集まったりもあるから」

 自分の知らない青葉がいたことと、それを打ち明けてもらえなかったことを悲しく思っている自覚はある。

 だけどあの部活に入れば、これからは青葉と一緒にいられる時間が増える。もちろん、それ自体は嬉しく思ってる。それでも、あのメンバーの中に自分が入ることの不安は拭いきれない。

「そもそも、僕はもう完全に入部する流れになってるの? なんだか気づけばそういう感じになっていたけど」
「入りたくなかった?」
「そういうわけじゃないけど……僕なんかがあそこに混じっていいのかなって」

 あの五人の中に混じって立つ自分の姿を想像してみる。まるで、砂金に混じった砂利か、白鳥の群れに混じった鳩みたいなものだ。

 自分がその砂利や鳩になるのは耐えられない。磨いたって砂利は砂利だし、背伸びしたって鳩は鳩だ。

 気づけば、足の速い青葉にまた置いていかれていた。慌てて追いかけようとした時、青葉は立ち止まって振り向いた。

「いい悪いじゃなくて、春樹はどう思ってるの?」
「それは……」

 つられて僕も立ち止まっていた。青葉がいるし、入りたい気持ちはある。それに、加瀬くんに言われたように、このまま卒業したくない想いがあるのも本当だ。

 答えを言いよどんでいると、

「私は、春樹が入ってくれたら嬉しい」

 それは、願ってもみなかった言葉だった。胸の奥に光が差したように暖かくて、背中を押されたような気がした。

「正直なところ、あの部活でやっていける自信はないよ。けど、一回くらいはちゃんと参加してみたい……かな」
「良かった」と、青葉が微笑んだ。その表情に安心してまた追いかけると、青葉も前を向いて歩き出した。
「でもいくらなんでも、いきなり面白い企画で勝負しろなんてさすがに無茶だよ……どんなことをすればいいのかも分からないし」
「伊織は無茶ぶりが好きだから」青葉が苦笑する。

 加瀬くんが見せてくれると言っていたお手本は、校舎に残っていた先生の存在によって打ち切りになってしまった。昨日は慌ただしいまま解散になってしまったけど、きっとこのままぶっつけ本番で企画を見せることになるんだろう。

「ていうか、昨日の加瀬くん、普段の学校の時と雰囲気が全然違ったんだけど……いや、雰囲気というか、もはや別人だよね、あれ」
「むしろ私としては、あの伊織の方が私の知ってる伊織だけど」

 アロハシャツに身を包み、ニヤリと笑う加瀬くんの表情が頭によみがえる。あの笑顔は、驚くほどに自然だった。

「でも、企画なんていまいちイメージが湧かないんだけど、たとえば今までどんなことしてきたの?」
「そうだな……本当に一例だけど、階段を使って流しそうめんをしたり、64を持参してスマブラ大会をしたり……あ、あとマジックショーみたいなやつもあったかな」
「なんとなく分かったような、ますます分からなくなったような……」
「みんなそれぞれ特徴があるし、好き勝手なことをしてるだけだから。あんまり深く考えなくていいんだよ」

 青葉のあげてくれた例はどれも突拍子もないものばかりで、きっと僕ではどれだけ頭をひねっても考えつかない。ますます自信がなくなっていた。

「僕みたいなカタブツ真面目人間に、面白いことなんて思いつくのかなあ……」
「別に面白いことをしようなんて思わないで、春樹は春樹のできることをすればいいんじゃない?」
「そんなこと言ったって……」

 対戦相手に指定された晃嗣くんの顔が思い出される。頭に浮かんできたのは睨むような表情だ。あの睨みつけるような目も、気が重くなる原因の一つだ。

「明らかに嫌われてるよなぁ」
「誰に?」
「晃嗣くん、だったよね? 二年生の」
「ああ」と、青葉は納得したように、「晃嗣はメガネ外すと目つき悪くなるから」

 一昨日の朝、晃嗣くんが青葉に挨拶をしていた時のことを思い出す。去り際に僕を睨んだ時の晃嗣くんはメガネをかけていたはずだった。

「はあ。相手のことは気にしないで、とりあえずやれるだけやってみるしかないかな」
「うん、頑張って」

 頑張って、か……

 きっとそれは、青葉にとっては何気ない励ましのつもりだったはずだ。それでも、僕が頑張ってみようと思うには、あまりにも十分なひとことだった。