その週末の土曜、だんだんと日も暮れ始めた頃、僕は重いリュックを背負って家を抜け出していた。ついに僕が企画を発表する時だった。

 青春部の活動は、隔週土曜の十九時からが基本的な活動日時で、時間はその時々によって多少の前後があるみたいだった。非公式で活動をしている青春部にとって人目を避けることは絶対条件であり、そのために生徒も教師もいない土曜の夜が活動日に選ばれたのだと青葉から聞かされた。

 あの場所へ一人で行くことが不安な僕は、家の前で青葉と合流してから旧校舎へと向かっていた。普段は滅多に使わない背中のリュックが、いやに肩にのしかかる。その中にはこの後の「企画」で使う荷物が入っている。荷物はそれなりの重さがあって、何より不用意に揺らしてはいけないのがきつかった。

 青葉に続いて正門を乗り越えて、学校の敷地に侵入する。背中の荷物の重さの分だけ足に負担がかかって、着地の瞬間は痛かった。

 夜の学校は相変わらず明かりもなく不気味で、青葉が一緒にいてくれる分だけ恐怖は和らいだけど、それでも胸の辺りが涼しくなる。

 ようやく旧校舎の裏口の前まで来たところで立ち止まると、青葉は僕の緊張に気づいたみたいだった。

「大丈夫? やれそう?」
「とりあえず準備はしてきたし、やれるだけはやってみるよ」

 半分は自分に言い聞かせた言葉だった。試験の前と一緒で、今さら不安に思ったところで何ができるわけでもない。

「なら良かった」

 青葉は安心したように微笑んでから、慣れた様子でドアを開けて中に入っていく。校舎の中にはわずかに明かりがついていて、今日はその中に入ることに抵抗はなかった。

 旧校舎の中では、先に来ていた四人がスマホをいじったり壁にもたれていたり、時間を潰している様子だった。

 そして、やっぱりみんなはこの前と同様に、普段の学校とはかけ離れた姿をしている。この姿を見るのは二回目だけど、どうにも慣れそうにない。

「ごめん、お待たせ」

 玄関から入ってきた僕の姿を認めた加瀬くんは、サングラスを上にずらすと、少し安心したような表情をのぞかせた。

「お、古河もちゃんと来たな。やれそうか?」
「まあ一応は……」

 そう答えながらも、隣から突き刺さってくる強い視線に意識がいってしまう。中に入った瞬間から、晃嗣くんの明らかに敵意のこもった視線には気づいていた。

「荷物、それだけで大丈夫なの? 事前の準備とかもしなかったんでしょ……?」

 ぼそりと、遠慮がちな声で赤川さんが言った。その声には、前に職員室の入り口で聞いた時のような明るさはかけらもない。

「う、うん。一応必要なものは全部リュックに入ったから」
「……そう」

 つぶやくと、すぐ目をそらすように手元のスマホに視線を戻した。旧校舎の赤川さんは、なんとなく話しづらい。

 と、晃嗣くんが前に出てみんなの前に立った。

「全員そろったことですし、そろそろ始めましょうか」
「お、やる気満々だな。じゃあ順番はどうする?」小清水先生が訊いた。

 答えたのは加瀬くんだった。

「そうだな。結局この前はお手本見せられなかったし、先行けるか?」
「分かりました……ただ、オレの企画がお手本代わりになるかは分からないですけど」

 晃嗣くんは不敵な笑みを浮かべた。自分の企画にどれほどの自信を持っているのか、その表情から伝わってくる。

「じゃあ、晃嗣が先攻で、春樹は後攻ってことでいいな?」

 小清水先生の言葉に、晃嗣くんと同時に「はい」と応えた。

 改めて「後攻」という言葉を使われると、勝負事なんだと意識してしまう。たとえ企画の面白さを競い合うだけのものだとしても、勝負事はあんまり得意じゃない。

 晃嗣くんは、自信たっぷりな笑みを浮かべて、

「オレが用意したのは、この上の階です」
「この上っていうと、中教室とか?」青葉が言った。
「来ていただければ分かります」

 晃嗣くんは、意気揚々と階段の方を目指して歩き出す。みんなはその後ろをついていきながら、これから見せられる企画を予想し合っている。僕はさらに後ろを歩きながら、その楽しげな様子をなんだか遠くの出来事のように感じていた。

 階段を上り一つ上の階に着いてすぐ、廊下の奥に視線を向けた瞬間に、それは目に飛び込んできた。

 平たいひものような形をした真っ黒なビニールが暖簾のようにいくつも垂れ下がり、廊下の奥の様子を隠している。廊下の電気は点いていなくて、頼りになる明かりといえば、廊下の窓から差し込むわずかな外の光くらいだ。暗さのせいで満足に目が利かなかったけど、それでも、この真っ黒な暖簾の奥にあるものが何なのかは分かった。

「おばけ、屋敷……?」

 暖簾の前に立った晃嗣くんは、得意げに語る。

「春樹先輩との対決だと聞いた次の日から毎日一人で忍び込んで、コツコツと準備を続けてきた力作です」

 ごくり、とつばを飲み込んだ。入り口しか見えないこのおばけ屋敷に、いったいどんな仕掛けが用意されているかは分からない。けど、夜の旧校舎が持つ問答無用の不気味さも手伝って、いかにも不穏な雰囲気がある。

 ていうか、企画ってこんなに本格的なものなの……?

 自分のリュックの中に用意したものが頭に浮かんで、いたたまれない気持ちになる。片やこの巨大なおばけ屋敷で、片やこんなリュックに収まるようなちっぽけな……

「こりゃあ、久しぶりに大作の予感だな」
「ね。今回のはなかなか楽しめそう」

 加瀬くんと青葉の感心するような声。まだ何も始まってすらいないのに、すでに僕に勝ち目なんてなかった。

 いや。勝ち目がないのなんて、たぶん最初からだ。

「じゃあ、まずは俺が先に行って採点だな」

 小清水先生が入り口の方に進んでいく。

「悲鳴はほどほどにしてくださいね」晃嗣くんは不敵に笑う。
「言うねえ。それじゃあ、お邪魔しますよっと」と、余裕の様子で暖簾をくぐって入っていく。先生が消えていった暖簾の向こうをしばらく見守っていると、「ぎゃああああ!」と悲鳴が聞こえてきた。

 思わず、またつばをのんだ。

「小清水先生って、怖いの苦手だったりする……?」

 そんなわけないと思いつつ、つい青葉に訊いてしまう。返ってきたのは、案の定の答えだ。

「そんな話は、私も聞いたことないけど」

 それからも小さい悲鳴が繰り返し聞こえてくる。声の位置から、どうやら廊下だけじゃなくて廊下に面した教室も使っているようだった。

「そろそろ大丈夫ですかね。次は誰が行きますか?」
「……じゃあ、私行く。伊織も一緒に行かない?」

 加瀬くんのことを誘った赤川さんの声は、さっき玄関のところで僕に話しかけた時より、ずっと自然な声に聞こえた。

 加瀬くんはからかうような声で、

「なんだ、一人じゃ怖いのか?」
「別にそんなんじゃないけど……」
「晃嗣、二人一緒でも大丈夫か?」
「まあ、お二人なら大丈夫ですよ」

 晃嗣くんが答えると、「じゃあ行くか」と、軽い調子の加瀬くんが赤川さんを引っ張るようにして、二人一緒に奥へと消えていった。

 わざわざ二人で行こうとするくらいなんだから、すぐに赤川さんの悲鳴が聞こえてくるだろうと思っていたら、すぐに聞こえてきた「うわああああああ!!」という情けないくらいに大きな悲鳴は、加瀬くんのものだった。

 いよいよ、この入り口の手前で取り残されたのは、僕と青葉だけになった。定期的に聞こえてくる加瀬くんの悲鳴がだんだんと遠くなってきたころ、青葉が僕の方を向いて訊いた。

「どうする、私たちも二人で行く?」
「……ううん。僕が先に行く」

 これは、加瀬くんと赤川さんが二人で入っていくのを見た時から決めていた答えだった。

 僕たちが二人で行くことを、晃嗣くんは絶対に許さないだろう。だけどそれ以前に、これは一人で乗り越えなければいけない壁だと思っていた。

「春樹先輩も、どうぞ楽しんできてください」

 挑戦的な晃嗣くんの声。その言葉の応えの代わりに、暖簾をくぐって中に入った。

 暖簾の奥の廊下の窓には暗幕が張られていて、ますます視界が悪くなっている。けど、わずかに隙間から漏れる明かりのおかげでうっすらとは見えて、その曖昧な視界が逆に恐怖心を煽っている。

 全身の神経が集中しているのが分かる。目を凝らすと、椅子の上に鎮座している古びたテディベアが見えた。その体勢は、ぐったりと力なくうなだれているみたいだ。少し歩いて左を見ると、教室のドアらしきものが見えた。ドアはもともと開いていて、そのまま中へと入る。教室は真っ黒なパーテーションのようなもので区切られていて、細い道のようになっていたけど、特に細工のようなものはほとんど見当たらない。夜のうす暗い教室そのものが持つ不気味さが、そのままに引き出されている。

 教室の壁には絵画のような額がいくつか飾られていた。子供が描いたような不気味な絵や、人物画、見ていて不安になるような不思議な模様の絵まである。どこかから水滴が垂れる音がする。と、足元にひんやりとした風が漂って、ぞくりと背筋に鳥肌が立った。どこから風が来たのか、辺りを見回そうとした時だった。

 ガタリ、音がした。目を向けると赤子を抱いた女性の描かれた人物画が傾いていた。

 ドサッ、と、背後からまた物音。とっさに音のした方を見ると、足元には赤ん坊の人形が落ちていた。と、突然その人形がガタガタと震えだす。「ヒィッ」と、思わず小さく悲鳴を漏らし、人形から距離を取るように後ずさる。かろうじて絶叫はしなかったけど、心臓がバクバクと暴れている。

 ただ圧倒されていた。

 これだけのものを、一個人がたったの一週間で、しかも放課後の時間だけを使って作ったというのか。クラスメイト全員で力を合わせて作る文化祭の出し物のレベルさえ超えている。

 間違いなく、これだけのものを作るのは簡単じゃなかったはずだ。部活だなんて言っても、結局はただのおふざけで、そんなものにこれだけの労力をかけるなんてバカみたいだ。

 いったい、これを作るためにどれだけの時間や手間をかけたんだ。バカらしさに呆れてしまう。だけどどこか、こんなことに本気になれるのが羨ましかった。

 理解してしまった、突きつけられてしまった。

 これが、青葉が所属している青春部なんだ。

 早くここを抜け出したかった。勝負はもう、僕の負けでも何でもいい。うす暗い教室の中を恐る恐る進んでいく。その後も容赦なく襲ってくるいくつかの仕掛けに小さな悲鳴をあげつつ、それでもゴールを目指して突き進む。と、入り口と同じ暖簾が、教室のドアに取り付けられているのが見えた。ようやくゴールできる。そう思った時、身体のすぐ近くで何かが動く気配があった。思わず足を止め、視線を向ける。

 と、それは確かにそこにいた。

 この学校の制服に身を包んだ髪の長い女子生徒。長い前髪で顔は隠れ、表情は見えない。が、明らかにその姿に生気はない。

 人に似たカタチのそれは両手を僕の方に伸ばすと、滑るようにしてその距離を近づけてきた。

 そして――

『ねえ、一人にしないで……』

 確かに声が聞こえていた。一瞬にして全身から血の気が引いていく。

「う、……うわあああああああああああああ!!」

 もう耐えられなかった。ここまで我慢していた悲鳴が、ついに口からあふれ出た。

 逃げ出すように、慌てて出口に向かって一直線に走る。暖簾をくぐって廊下に出ると、窓から差し込む光と、慌てる僕の様子を見て笑っている三人の姿が見えて、胸の中に安堵が広がっていった。

 教室の方を振り返っていても、「あれ」が追いかけてきている、なんてことはない。大きく息を吐くと、どっと疲れが押し寄せて、全身が冷や汗でびっしょりと濡れてしまっていることに気づいた。

 呆然と出口の方を見つめたままいると、奥から人の気配が近づいてきて、「あー、怖かった」と、さわやかな笑顔を浮かべた青葉が暖簾をくぐって現れた。

「あれだけの目にあって、なんで青葉はそんなに余裕なのよ」
「意味わからん……」

 赤川さんと加瀬くんの、どこか恐ろしいものを見るような目にも、青葉は爽快な笑顔を浮かべたまま応える。

「そんなに余裕でもないよ。すごく刺激的で楽しかった」

 青葉のこんな笑顔、見たこともなかった。

 学校での青葉は感情を見せないようなクールな表情を浮かべるだけで、僕と二人の時だけは優しい笑顔をのぞかせる。だからこそ、僕だけが青葉の本当を知っているみたいで、密かにそれを誇らしく思っていた。なのに、こんなに溌溂とした笑顔があるなんて、想像をしたこともなかった。

 初めて見たその表情に僕はドキッとして、そして悲しくなった。こんな笑顔、僕と二人でいる時には絶対に見せてくれない。

 負けだ。

 ひたすらに負けだ。敵う要素なんて一つもない。勝敗なんて、もう分かりきっている。

 すぐにでもこの場から逃げ出したかった。この後、自分がどんな企画を発表するのか、自分だけが知っている。

 これだけの企画を見せつけられた後に? そんなの、ただの恥さらしの罰ゲームだ。

 打ちひしがれていると、教室の出口から晃嗣くんが出てきた。手には大きな懐中電灯を持っている。

「ふう。自分で作ったものでも、改めて入ると怖かったな」

 みんなは一斉に企画者である晃嗣くんを囲むと、面白かった、怖かったけど楽しかった、と口々に感想を伝えている。

 僕は輪の外に立ってそれを見ていると、やがて晃嗣くんがこっちに向かって挑戦的な視線を向けた。

「さあ、次は春樹先輩の番ですよ」
「……うん」

 もう逃げられない。もうどうにでもなってしまえ。

「すぐにできそうか? 準備とかがいるなら待つけど」心配そうに加瀬くんが訊いた。
「……いや、大丈夫。もういけるよ」

 何か大掛かりな準備いるわけじゃない。この背中のリュックの中身さえあれば、すぐにそれは見せられる。

「えっと、場所は旧校舎の中ならどこでもいいんだよね?」

 改めてそれを確認すると、加瀬くんが「ああ」とうなずいて答えた。僕はその答えに安心しつつ、企画を見せるために選んだ場所を伝えた。



 僕が場所に選んだのは、旧校舎の調理室だった。

 授業で使われなくなった今、調理をするための機能が生きているかは分からないけど、水場さえ使えればそれでよかった。

「調理室っていうと、前に莉愛が魚の解体をした時以来だな」
「ちょっと伊織……?」赤川さんは、ぎろりと冷たい目を加瀬くんに向ける。
「ああ。解体ショーをやるとか豪語してたくせに、ふたを開いてみたらただイワシを三枚におろして終わっただけの、あの」
「青葉も、黒歴史なんだから思い出させないでよ……私だって、本当はちゃんとマグロを解体するはずだったんだから。ただ、高すぎて手が出せなかっただけで……」
「普通、企画を思いついた段階で気づくと思うけどな」

 小清水先生も加わって、赤川さんは集中砲火を食らっている。

「そんなこともありましたね」と、晃嗣くんも言うと、赤川さん以外のみんなは、くっく、と笑い合っている。赤川さんは拗ねたように唇を尖らせて不満顔だ。

 普段の学校では絶対に見られない光景だった。

 これがこの青春部の素の姿なんだろうなと思って、少しだけ寂しさを覚えた。反応に困っていると、加瀬くんが気づいた。

「悪い悪い、話を脱線させちゃったな」

 加瀬くんの笑いを噛み殺しながらのひとことで、みんなの視線が一斉に僕を向いた。

 みんなが僕を見る目は興味深げで、この新人は何を見せてくれるのだろうかと楽しみにしているのがありありと伝わってきた。

 心臓が締め付けられるような感覚がした。みんなが絶賛したあの企画の後に見せられるものじゃないことは分かっている。恥ずかしい思いをするくらいなら、やっぱり今からでも逃げ出してしまいたい。

 でも、青葉の前でそれはできない。

「春樹なら大丈夫」青葉が言った。

 僕はそれに視線で応えて、一度深呼吸をしてから、背中のリュックを下ろしチャックを開けた。

 リュックから取り出したのは、二リットルタイプのコカ・コーラと、包装紙でスティック状に包まれたメントス。それを見た全員が何かを察したような顔になったのは気づいたけど、気づかないふりをした。今はただ予定通りに続けるしかない。

「え、えっと。今からこのコーラにメントスを一袋入れて、どうなるのか実験しようと思います……」

 反応はない。それでも続ける。

 みんなの方を見るのが怖かった。メントスコーラをやると決めてから、頭の中で何度もシミュレーションは繰り返してきた。だから、今はシミュレーション通りに続けるだけでいい。

 コーラのボトルを調理場の流しに置く。あふれても平気なようにと、この場所を選んだ。ボトルのキャップを開けると、プシュッ、と勢いよく炭酸が抜けて、少しだけ中身もこぼれた。

 この企画を選んだのは、たくさん調べた結果だった。動画サイトでは、いろいろな人が本当にいろいろなことをしていたけど、僕にできることは限られている。自分は初心者だからあんまり冒険はしないように……と、そんなことを考えた結果だった。

 メントスの袋を破いて、コーラの飲み口のところにセットする。期待通りにならなかったらどうしよう。心臓が早鐘を打つ。ここに来るまでかなり揺らしたから、コーラの炭酸もだいぶ抜けてしまった。

「これを、一気に入れます……!」

 袋の中に入ったメントスをボトルの中に押し込むと、ぼとぼと、とコーラの中に落水する音がした。

 こい……!

 コーラのボトルに祈りを込める。

 と、一拍を置いてからそれは起こった。想定よりも少ない量のコーラがボトルから噴出して――想定はしていたけど、やっぱり歓声は上がらなかった。

 沈黙が耳に痛い。それをごまかすかのように心臓がバクバクと鳴っている音だけが耳に届いていた。

 ぶくぶくとボトルから溢れ続ける、泡のようになったコーラがむなしい。が、それもすぐに収まって、いよいよ調理室の時間が止まってしまった。

「えっと……終わり、です」

 かろうじてそう絞り出すと、拍手が一つだけ聞こえてきた。顔を上げると小清水先生だった。その後を追うみたいに、青葉や加瀬くん、他の二人が続いていく。

 まばらなその音に、いたたまれない気持ちになる。

「なんというか、王道できたな」加瀬くんは苦笑する。
「いろいろ考えたんだけど、やっぱり最初は基本に忠実にいった方がいいのかなって」
「青葉の幼馴染で伊織の推薦だっていうから、どんな企画をするのかと思ってたけど……なんかお役所みたい」

 赤川さんがそっけなくつぶやくと、青葉は言いにくそうに、

「莉愛、春樹のお父さんは本当に公務員だから」
「あ、ごめん……?」
「でも、イワシといい勝負じゃないか?」からかうような加瀬くんの声。
「うっさい。美味しかったからいいでしょ」
「実際、三枚おろしは本当に上手かったし、さすが調理部って感じだったからね」

 不服そうな赤川さんを青葉がフォローすると、場をまとめるように小清水先生が少しだけ大きな声を出した。

「はいはい。そろそろ、二人の得点発表に移っていいか?」
「得点発表?」
「そう。それぞれの企画に先生が点数をつけて、その点数で競い合うの」答えたのは青葉だった。
「はあ」

 小清水先生が補足をする。

「もちろん、個人の主観が入らないように、点数の基準は設けてる。『芸術性』『わくわく度合』『新鮮さ』、それぞれ五点満点の合計十五点だ」

 自分の企画を思い返してみる。当たり前だけど、どの項目にも当てはまるわけがない。

「採点基準に疑問はないか?」
「……はい」

 答えると、小清水先生は小さく息を吐いて溜めを作ってから、

「まず先攻、館野晃嗣の点数は――芸術性四点! わくわく度合五点! 新鮮さ四点! 合計得点……十三点だ!」

 先生がその点数を言い切ると、途端にみんなが沸いた。どれだけ優れた得点だったのかは、その反応で分かった。

「もしかして最高得点?」

 赤川さんの驚いた声とは対照に、晃嗣くんは落ち着いた声だった。

「……いえ。伊織先輩の記録には一歩及ばず、ですね」
「やっぱり伊織の壁は高かったね。あの宝探しの企画はなかなか抜けないよ」

 青葉が言った。

 小清水先生は脱線した話を、コホン、とわざとらしい咳払いで遮って、

「後攻、古河春樹の点数は――」