4.2
土日をまたいで週明けの今日、彼女は絶対にここに来る、そう確信していたのだが、待てど暮らせど彼女はとうとう現れなかった。そのかわりと言ってはなんだけれど、珍しい来客があった。
「ハルくん、どうしよう。」
「学校では佐原先生と呼びなさいと何度言ったらわかるんだ。飯田さん。」
自分でそのセリフを言いながら、同じことを静香にも言われていたなと思い出す。
しかし優香の場合、俺の気を引こうとしているのではなく単純に慣れでそう呼んでいるだけなので、そこには圧倒的な差異がある。
「だって、私、結衣子に嫌われたかもしれない。」
「は?だってお前、友達になったって喜んでいたの2,3日前の話だろう。一体何をしたらそんな速度で嫌われるんだよ。」
「わかんないよ。だから困ってるんじゃん。」
優香はカウンターの上にぺたりと倒れ込む。力なくため息をついているこんな姿は初めて見た。
「どうしよう、私何しちゃったんだろう。だって休み前の放課後までは仲良く話していたんだよ?」
「それで週が明けてみたら何故か怒らせていたと?」
「なんか、怒っているっていうより、避けられているみたいな感じなの。普通に話もしてくれるし、挨拶だってしてくれる。笑ってもくれる。でもなんかいつもの結衣子じゃないの。他のどうでもいいような人たちに向けるのと同じような種類の笑顔で私に笑いかけるの。もうそれ、絶対なにか怒っているじゃない。」
優香の話を聞いてなんだか妙な違和感を覚えた。
先週の終わり、岡本さんと最後に会った時、彼女はたしかにいつもどおりだった。そればかりか、彼女の方も優香のことを嬉しそうに話していた。それなのに週が明けたらいきなり怒っていた?なんの会話もなかったはずなのに?
そんなの、わけがわからない。それに彼女の場合、それは自己防衛的な反応であって、怒っているわけではない気がする。初めて会ったあの日、泣きそうな顔をしていたように。何かがあって、今も自分自身と戦っているのではないか。なぜかそんな気がしてならなかった。
俺と優香がカウンターを挟み、うんうん唸っていると、さらに珍しい来客が続く。
「なに二人して唸っているんです?」
「ああ、瀬尾。どうしたの。」
優香はばっと顔を上げた。
瀬尾と俺は中学の頃からの友人だった。ここの司書の仕事を斡旋してくれたのも瀬尾だ。
パッと見では対称的な二人だから友人関係にあることを知らない者はこの学校にも多いが、たまにこうしてふらりと図書室に現れては何食わぬ顔で仕事をサボっていたりもするので、その本質は結構自分と近いのかもしれない。
「借りていた資料を返しに。あとはまあ、察して。」
「真面目そうな外見してそういうところは相変わらずだな。」
俺は手渡された資料の返却処理をしながら悪態をつく。それすらも瀬尾は軽やかに笑い飛ばした。
「僕なりの処世術とでも言ってくれ。むしろ佐原の方が変わらなさすぎて、見ているこっちが心配だよ。」
「余計なお世話だ。」
瀬尾は手続きが終わるのを見届けるとそのままカウンターのところに居座った。
この二人はここをなんだと思っているんだろう。俺が言えたことでもないけれど。
「それで?二人はなにをそんなに悩んでいたわけ?あれ、優香ちゃん今朝のリップ落としちゃったの?」
「先生が落としなさいって言ったんじゃん。」
「まあ立場上、気がついたら言わないといけないでしょう。これも仕事のうちなので。でももったいなかったかな。似合ってたし、可愛かったのに。」
優香はわかりやすく顔を赤らめて下を向いた。年頃の女の子はやはり年上の男に惹かれやすいものなのだろうか。
「飯田さんの交友関係の悩み相談を受けていたんですけど、瀬尾先生もよかったらなにかアドバイスしてあげてください。僕では良い答えは出せそうにないので。」
わざとらしくそう言うと優香は恨めしそうにこちらを睨んだ。瀬尾は少し意表を突かれたような顔をした。
「へえ、友人関係の悩みだなんて珍しいね。どうかしたの?」
「なんでふたりとも私には友達がいない前提でいつも話を進めるかな…。」
不満そうな顔をしながらも優香は先程俺にした話と同じ話を瀬尾にもしてみせた。
すると、なにか思い当たることでもあったのか瀬尾は少し考え込むような顔をした。
「どうかしたのか?」
「いや。今日の放課後、彼女に頼み事をしたんだ。先週集めた授業ノートの返却なんだけど。」
「ちょっと、瀬尾先生なんでそんなこと女子に頼むんですか。力仕事なら男子に頼んでくださいよ。」
「男子は頼んでも忘れるから。結局誰に頼んでもなんかいつも岡本さんが来てくれるし、それなら最初から彼女に頼んだほうがいいのかなと。」
瀬尾の言葉に俺はそういえばと思っていた。
あの日、彼女と初めて会った日もそうだった。
彼女のクラスはあの非常扉がある方とは逆側にあるはずなのに、彼女はあの日、あの場所を通った。
最初見たときは見知らぬ少女だ、そう思ったが、よくよく思い返してみれば、今までにも煙草を吸いにあのあたりまで足を運んだ時、俺はすでに彼女の顔を何度か見て知っていた。お互いに話をしなかったからあまり印象に残っていなかったというだけで、よく見かけていたことをあとから思い出したのだ。
喫煙スペースとなっているあの非常口は職員室からも近いので、それだけ頻繁に彼女は職員室を訪れていたということになる。ひとクラスあたりの人数はせいぜい40人前後、その中で彼女だけがそれだけ仕事をしているというのは異常だと思った。
「岡本さん、別にクラスでいじめられているとか、そういうことじゃないんだよな?」
俺が優香にそう尋ねると優香はもちろんとうなずいた。
「そんなことになっていたら私が黙っちゃいない。」
「だよな。でもそれじゃなんで彼女だけそんなに雑務をしてるんだ?」
「それは、あの子がすぐに引き受けちゃうから。」
「ああ、そういうこと。」
瀬尾は納得したようにうなずいた。その言葉の意味くらい俺にだって理解はできる。
しかしなぜ、本人含め周りの人間が皆、しょうがないとでもいうような空気になっているのだろう。しょうがなくなんか、ないはずなのに。
「なんで誰も何も言わねえんだよ。そんなの、おかしいだろ。」
俺の言葉に瀬尾は冷たく言い放つ。
「そりゃ、便利だからだろ。喜んでやってくれるわけだし、無理強いはしていないし。」
「そうだけど」
「それに関しては彼女が選択する範疇のことであって、僕や佐原が口出すことじゃない。」
俺は何も言えなかった。
瀬尾はため息混じりに話を戻す。
「それでまあ、話は脱線したけれど、その岡本さんがね、今日の放課後ノートを引き取りに来たんだ。なんだか深刻そうな顔をして、ひどく悩んでいるという様子だったよ。なにか考え事をしていると本人もそう言っていた。」
「やっぱり私がなにか怒らせちゃったんだ。」
優香が泣きそうになりながらそう言うと、瀬尾は優香に聞いた。
「なにか、岡本さんを怒らせたり悩ませたりするようなこと、したの?」
「そんなことしない!わたしが結衣子にそんなことするわけない!」
「じゃあ違うんじゃない?」
「でも…。」
「身に覚えがないなら考えたってしょうがない。あんまり追い詰めてしまっても、彼女の性格だと自身を追い込んでしまいかねない。それならいっそ、彼女が言ってくるのを待ってみたら?」
「待つ、かあ。」
優香はうなだれていたと思ったら、今度は背もたれに体重を預け、天を仰いだ。
そんな様子の彼女を見て、瀬尾は面白いものでも見るようにしていた。
「それにしても、優香ちゃんがそんなに取り乱すところなんて初めて見た。」
優香は慌てて椅子に座り直すと言葉にならないように口をぱくぱくさせていた。
「いや、こんなんだろ、こいつは。」
俺が興味なさそうにカウンター周りの整理をしていると瀬尾は「ふうん」と言い、優香はきっと俺を睨んだ。
「じゃあ、そろそろ僕は戻るわ。飯田さんも、あまり根を詰めて悩まないように。何かあったら佐原先生じゃなく僕を頼ってもいいですからね。」
そう言い残すと瀬尾はさっさと歩いていってしまった。
「ハルくんは頼りにならないのに、なんで同い年の瀬尾先生はあんなに落ち着いててかっこいいんだろう。」
それなら最初からここではなく職員室に行って瀬尾に相談すればよかったのに。
まあ、そういうわけにもいかないのだろう。
「ねえ、ハルくん。」
「なに?」
「もし、もしだよ?結衣子に好きって言われたら、ハルくんどうする?」
俺はすぐには答えられなかった。
受け入れることはできない。けれど、その理由をどう言えばいいのかわからなかった。
「ハルくん。高校生なんてさ、大人から見たらずっと子供じゃん?そんな相手に好きって言われたら、やっぱり迷惑なのかな?」
「そんなことない。迷惑だとか、そんなことは、ないと思う。人によるとは…思うけれど。」
だんだん言葉の終わりが小さくなっていく俺に優香は吹き出した。
「あはは、やっぱりハルくんは頼りないや。」
「私も、もう行くね」と言って優香は鞄を肩にかけると、「じゃあね」と言って手を振った。
優香の言葉が頭の中で何度もリフレインする。
『高校生なんてさ、大人から見たらずっと子供じゃん?そんな相手に好きって言われたらさ、やっぱり迷惑なのかな?』
やはりあのときも、迷惑だったのだろうか。
あんな約束をして。それを守ろうと必死で。
あがいて、もがいて、ようやく今ここにこうして立っているけれど、未だに静香が言っていた『蝶になって自由に飛べるようになること』を今の自分が叶えられているのか、正直なところ、わからない。
「俺頭わるいから教えてくれよ。静香。」
一人になった図書室は相変わらずうるさいほど静かだ。
土日をまたいで週明けの今日、彼女は絶対にここに来る、そう確信していたのだが、待てど暮らせど彼女はとうとう現れなかった。そのかわりと言ってはなんだけれど、珍しい来客があった。
「ハルくん、どうしよう。」
「学校では佐原先生と呼びなさいと何度言ったらわかるんだ。飯田さん。」
自分でそのセリフを言いながら、同じことを静香にも言われていたなと思い出す。
しかし優香の場合、俺の気を引こうとしているのではなく単純に慣れでそう呼んでいるだけなので、そこには圧倒的な差異がある。
「だって、私、結衣子に嫌われたかもしれない。」
「は?だってお前、友達になったって喜んでいたの2,3日前の話だろう。一体何をしたらそんな速度で嫌われるんだよ。」
「わかんないよ。だから困ってるんじゃん。」
優香はカウンターの上にぺたりと倒れ込む。力なくため息をついているこんな姿は初めて見た。
「どうしよう、私何しちゃったんだろう。だって休み前の放課後までは仲良く話していたんだよ?」
「それで週が明けてみたら何故か怒らせていたと?」
「なんか、怒っているっていうより、避けられているみたいな感じなの。普通に話もしてくれるし、挨拶だってしてくれる。笑ってもくれる。でもなんかいつもの結衣子じゃないの。他のどうでもいいような人たちに向けるのと同じような種類の笑顔で私に笑いかけるの。もうそれ、絶対なにか怒っているじゃない。」
優香の話を聞いてなんだか妙な違和感を覚えた。
先週の終わり、岡本さんと最後に会った時、彼女はたしかにいつもどおりだった。そればかりか、彼女の方も優香のことを嬉しそうに話していた。それなのに週が明けたらいきなり怒っていた?なんの会話もなかったはずなのに?
そんなの、わけがわからない。それに彼女の場合、それは自己防衛的な反応であって、怒っているわけではない気がする。初めて会ったあの日、泣きそうな顔をしていたように。何かがあって、今も自分自身と戦っているのではないか。なぜかそんな気がしてならなかった。
俺と優香がカウンターを挟み、うんうん唸っていると、さらに珍しい来客が続く。
「なに二人して唸っているんです?」
「ああ、瀬尾。どうしたの。」
優香はばっと顔を上げた。
瀬尾と俺は中学の頃からの友人だった。ここの司書の仕事を斡旋してくれたのも瀬尾だ。
パッと見では対称的な二人だから友人関係にあることを知らない者はこの学校にも多いが、たまにこうしてふらりと図書室に現れては何食わぬ顔で仕事をサボっていたりもするので、その本質は結構自分と近いのかもしれない。
「借りていた資料を返しに。あとはまあ、察して。」
「真面目そうな外見してそういうところは相変わらずだな。」
俺は手渡された資料の返却処理をしながら悪態をつく。それすらも瀬尾は軽やかに笑い飛ばした。
「僕なりの処世術とでも言ってくれ。むしろ佐原の方が変わらなさすぎて、見ているこっちが心配だよ。」
「余計なお世話だ。」
瀬尾は手続きが終わるのを見届けるとそのままカウンターのところに居座った。
この二人はここをなんだと思っているんだろう。俺が言えたことでもないけれど。
「それで?二人はなにをそんなに悩んでいたわけ?あれ、優香ちゃん今朝のリップ落としちゃったの?」
「先生が落としなさいって言ったんじゃん。」
「まあ立場上、気がついたら言わないといけないでしょう。これも仕事のうちなので。でももったいなかったかな。似合ってたし、可愛かったのに。」
優香はわかりやすく顔を赤らめて下を向いた。年頃の女の子はやはり年上の男に惹かれやすいものなのだろうか。
「飯田さんの交友関係の悩み相談を受けていたんですけど、瀬尾先生もよかったらなにかアドバイスしてあげてください。僕では良い答えは出せそうにないので。」
わざとらしくそう言うと優香は恨めしそうにこちらを睨んだ。瀬尾は少し意表を突かれたような顔をした。
「へえ、友人関係の悩みだなんて珍しいね。どうかしたの?」
「なんでふたりとも私には友達がいない前提でいつも話を進めるかな…。」
不満そうな顔をしながらも優香は先程俺にした話と同じ話を瀬尾にもしてみせた。
すると、なにか思い当たることでもあったのか瀬尾は少し考え込むような顔をした。
「どうかしたのか?」
「いや。今日の放課後、彼女に頼み事をしたんだ。先週集めた授業ノートの返却なんだけど。」
「ちょっと、瀬尾先生なんでそんなこと女子に頼むんですか。力仕事なら男子に頼んでくださいよ。」
「男子は頼んでも忘れるから。結局誰に頼んでもなんかいつも岡本さんが来てくれるし、それなら最初から彼女に頼んだほうがいいのかなと。」
瀬尾の言葉に俺はそういえばと思っていた。
あの日、彼女と初めて会った日もそうだった。
彼女のクラスはあの非常扉がある方とは逆側にあるはずなのに、彼女はあの日、あの場所を通った。
最初見たときは見知らぬ少女だ、そう思ったが、よくよく思い返してみれば、今までにも煙草を吸いにあのあたりまで足を運んだ時、俺はすでに彼女の顔を何度か見て知っていた。お互いに話をしなかったからあまり印象に残っていなかったというだけで、よく見かけていたことをあとから思い出したのだ。
喫煙スペースとなっているあの非常口は職員室からも近いので、それだけ頻繁に彼女は職員室を訪れていたということになる。ひとクラスあたりの人数はせいぜい40人前後、その中で彼女だけがそれだけ仕事をしているというのは異常だと思った。
「岡本さん、別にクラスでいじめられているとか、そういうことじゃないんだよな?」
俺が優香にそう尋ねると優香はもちろんとうなずいた。
「そんなことになっていたら私が黙っちゃいない。」
「だよな。でもそれじゃなんで彼女だけそんなに雑務をしてるんだ?」
「それは、あの子がすぐに引き受けちゃうから。」
「ああ、そういうこと。」
瀬尾は納得したようにうなずいた。その言葉の意味くらい俺にだって理解はできる。
しかしなぜ、本人含め周りの人間が皆、しょうがないとでもいうような空気になっているのだろう。しょうがなくなんか、ないはずなのに。
「なんで誰も何も言わねえんだよ。そんなの、おかしいだろ。」
俺の言葉に瀬尾は冷たく言い放つ。
「そりゃ、便利だからだろ。喜んでやってくれるわけだし、無理強いはしていないし。」
「そうだけど」
「それに関しては彼女が選択する範疇のことであって、僕や佐原が口出すことじゃない。」
俺は何も言えなかった。
瀬尾はため息混じりに話を戻す。
「それでまあ、話は脱線したけれど、その岡本さんがね、今日の放課後ノートを引き取りに来たんだ。なんだか深刻そうな顔をして、ひどく悩んでいるという様子だったよ。なにか考え事をしていると本人もそう言っていた。」
「やっぱり私がなにか怒らせちゃったんだ。」
優香が泣きそうになりながらそう言うと、瀬尾は優香に聞いた。
「なにか、岡本さんを怒らせたり悩ませたりするようなこと、したの?」
「そんなことしない!わたしが結衣子にそんなことするわけない!」
「じゃあ違うんじゃない?」
「でも…。」
「身に覚えがないなら考えたってしょうがない。あんまり追い詰めてしまっても、彼女の性格だと自身を追い込んでしまいかねない。それならいっそ、彼女が言ってくるのを待ってみたら?」
「待つ、かあ。」
優香はうなだれていたと思ったら、今度は背もたれに体重を預け、天を仰いだ。
そんな様子の彼女を見て、瀬尾は面白いものでも見るようにしていた。
「それにしても、優香ちゃんがそんなに取り乱すところなんて初めて見た。」
優香は慌てて椅子に座り直すと言葉にならないように口をぱくぱくさせていた。
「いや、こんなんだろ、こいつは。」
俺が興味なさそうにカウンター周りの整理をしていると瀬尾は「ふうん」と言い、優香はきっと俺を睨んだ。
「じゃあ、そろそろ僕は戻るわ。飯田さんも、あまり根を詰めて悩まないように。何かあったら佐原先生じゃなく僕を頼ってもいいですからね。」
そう言い残すと瀬尾はさっさと歩いていってしまった。
「ハルくんは頼りにならないのに、なんで同い年の瀬尾先生はあんなに落ち着いててかっこいいんだろう。」
それなら最初からここではなく職員室に行って瀬尾に相談すればよかったのに。
まあ、そういうわけにもいかないのだろう。
「ねえ、ハルくん。」
「なに?」
「もし、もしだよ?結衣子に好きって言われたら、ハルくんどうする?」
俺はすぐには答えられなかった。
受け入れることはできない。けれど、その理由をどう言えばいいのかわからなかった。
「ハルくん。高校生なんてさ、大人から見たらずっと子供じゃん?そんな相手に好きって言われたら、やっぱり迷惑なのかな?」
「そんなことない。迷惑だとか、そんなことは、ないと思う。人によるとは…思うけれど。」
だんだん言葉の終わりが小さくなっていく俺に優香は吹き出した。
「あはは、やっぱりハルくんは頼りないや。」
「私も、もう行くね」と言って優香は鞄を肩にかけると、「じゃあね」と言って手を振った。
優香の言葉が頭の中で何度もリフレインする。
『高校生なんてさ、大人から見たらずっと子供じゃん?そんな相手に好きって言われたらさ、やっぱり迷惑なのかな?』
やはりあのときも、迷惑だったのだろうか。
あんな約束をして。それを守ろうと必死で。
あがいて、もがいて、ようやく今ここにこうして立っているけれど、未だに静香が言っていた『蝶になって自由に飛べるようになること』を今の自分が叶えられているのか、正直なところ、わからない。
「俺頭わるいから教えてくれよ。静香。」
一人になった図書室は相変わらずうるさいほど静かだ。