武野おばあちゃんから聞いている話は家族のことだろう。それは、否定はしない。
だけど、後半、発した言葉は嘘である。
ワタシらしくいたいって別に今は考えていない。
今はただ何もかもがどうでもいいんだ。
天沢さんは優しい人であり、社会人で高校生の気持ちすらわかってくれるかもしれない。
どういう人か分かっているけど、何故か言葉に詰まってしまう。
言えばすっきりするのに、言えない。
私が発した言葉に反応した天沢さんはこう言った。
「…俺の家は、仲がいい家庭だった。その反面、嫌なこともあったよ。俺がなにしたって、これはお前には合わないって言われる。だから、俺は親が喜んで、俺もやりがいのある仕事をしようと。で、今教師をしてる。今では、感謝してるかな。無理して自分らしさを見つけなくてもいいんじゃないかな」
天沢さんはニコッと両手を両頬につけながら、私に笑いかけていた。
天沢さんはいい人過ぎて、逆に怖い。
私のことを心配してくれるのは有難いけど、でも、違うんだ。私が求めているのはこれじゃない。
「…ありがとうございます。そうですね。参考になりました」
私は天沢さんのことはいい人だっていうことは分かっている。
だけど、家族が仲いいからそんなこと言えるんだよ。
私の気持ちが分からないよ。
天沢さん家には、約三〇分滞在した。それから私は、おばあちゃん家に戻って、ボーとしていた。
その後、私は天沢さんとは会わなかった。
会えなかった。あれ以来、仕事が入って忙しくなったらしい。